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第6章 気紛れ

「ご主人様、それは、代償行為ではないのでしょうか」
「なに?」
 ジャウ家、廊下。
 執事の本郷 翔(ほんごう・かける)を口説こうとしたムティルに告げられたのは、彼を諭す言葉だった。
 朝から酷く疲れ不機嫌な様子のムティルは、翔の言葉に端正な顔を歪める。
 それに構わず、翔は静かに告げる。
「本当は、ムシミス様とそういう関係になりたいのでは? 抑制しているが為に歪んでしまっておられませんか。実際に会って、愛を告白してはいかがでしょう?」
「……お前もか」
 痛い所を突かれたように、低く唸る。
「ご主人様?」
「あいつの事は、口にするな」
 乱暴に翔から離れると、部屋に向かう。
 それができれば、とっくに…… そんな呟きを、翔は聞いたような気がした。

「……これは、何だ?」
 自室に戻ったムティルが見たのは、部屋の真ん中に縛り上げられている美少年、真田 大助(さなだ・たいすけ)だった。
「秘宝を盗みに来た賊を捕えました。よろしければ、キミの自由にしてやってください」
 薄い笑いを浮かべて隣りに立つのは、皇 玉藻(すめらぎ・たまも)
 大助にはあらかじめ、「氷藍の邪魔しちゃいけないよねえ」と言い含めてある。
 抵抗する筈はない。
 ムティルは冷たく問う。
「秘宝をどうするつもりだった」
「ムティルさん、っておっしゃいましたよね」
 それには答えず、大助は真っ直ぐに目の前の人物を見る。
「貴方こそ、どうして秘宝を欲しているんですか」
「何?」
「それよりも、弟さんの事をもっと考えてあげて下さいよ!」
 弟、という言葉にムティルの表情が険しくなる。
「彼よりも秘宝の方が大事だって言うんですか?」
「……うるさい」
「ムティルさ……」
「賊が、分かったような口を聞くな」
 怒りが、ムティルを動かす。
 大助の口を塞ぐ。
 最初静かに。次第に乱暴に。
「……っ、ふっ……」
 興奮が、大助にも伝染していく。
「は、あ……っ」
 唇を離すと、破るように大助の衣服を脱がしていく。

(ああ、これは良い光景だねえ)
 睦み合う縛られた大助とムティルの様子を満足そうに見物している玉藻。
 そのうち、ふと悪戯心が湧き上がる。
 そっと指を伸ばすと、大助に溺れるムティルの背後から、触れる。
 ぴとり。
「ひゃ……っ」
(おや)
 ムティルの、思った以上に良い反応に思わず笑みを漏らす。
(これは、私も参戦してあげなくてはいけないようだ)
 くすくすと笑うと、ムティルの腰に手を伸ばした。
「んっ……何、を……」
 緩慢な動きで玉藻の方を向くムティル。
「私も混ぜて貰えないかと思ってね」
「……す、好きに、しろ……」
「では遠慮なく」
 腰に、手を回す。
 3人の時間が始まる。

(玉たちの「作戦」は上手くいってるようだな……)
 柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)はそっとジャウ家の屋敷内、今は使われていない古い部屋へと忍び込む。
 ムティル達を引きつけておく「秘策」が玉藻たちにはあると言う。
 それを信じ、氷藍は大胆に屋敷内を動き回っていた。
(……これも、役には立たないな)
 書類、手記。
 そのどこかに、秘宝についての情報がないか氷藍は探す。
 ムティルの祖父の部屋、資料部屋。
 しかし、ムティルも考えることは同じだったのだろう。
 あらかたの資料はムティルが調べ着くし、そして大した成果は得られていなかった。
(ん、これは?)
 氷藍の目に留まったのは、ムティルの祖父の手記だった。
 備忘録のように、ごくごく簡単なメモしか書かれていない。
 しかしその中の一文。
 何故かそれは、氷藍の心に残った。
「ムティルとムシミス。二人なら、きっと秘宝は見つけられるだろう――」