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リアクション
<part1 麺屋一流>
麺屋一流の店内は、その知名度に違わぬ立派な内装だった。
大ホールにはずらりと円卓が並び、中華風の四角い椅子が囲んでいる。円卓の天板には渦巻き模様。天井には提灯に似た独特の照明器具が据え付けられている。
ラーメン屋というよりは、高名な中華料理店といった雰囲気。
その店内で円卓に就き、御宮 裕樹(おみや・ゆうき)はちゅるっとラーメンをすすった。途端、顔をしかめる。
「げっ……。マジでマズいな。ドラゴンから採れる食材に依存しすぎなのか、その食材に特化した味つけなのか……」
微妙に足らない塩気。微妙にきつい油分。微妙に伸びた麺。そのすべてがことごとくツボを外しており、渾然一体となって究極のマズさを実現している。
裕樹が隣の席に座っている麻奈 海月(あさな・みつき)を見やると、海月は無言ながら砂利でも噛んだような顔で口を押さえていた。
一方、別の円卓では堂島 結(どうじま・ゆい)がラーメンをあっという間に一杯平らげ、スープまで飲み干してから、どんぶりをテーブルにどんと置く。
「うーん……。このまずさ筆舌に尽くしがたし、です。店員さん、もう一杯」
「へ、へい! ただいま!」
心配そうに見守っていた店員が、前掛けをからげて厨房に走っていく。
裕樹が怪訝そうに結に訊いた。
「美味しくないのにおかわりするのか? そんなに腹が減ってるのか?」
「美味しくなくてもラーメンはラーメンです。なぜ食べるのかと問われれば、そこにラーメンがあるからとしか答えられませんが」
「……」
意味が分からず押し黙る裕樹。
プレシア・クライン(ぷれしあ・くらいん)が結を肘で小突いた。
「もー、結が変なこと言うから困ってるじゃない! ごめんね、お兄さん! この人、末期のラーメン中毒なの」
「……そうか、お大事にな」
裕樹は苦笑いして椅子を立った。
「間に合わせに、まともなラーメンを作るか。店主が帰ってきたら店が潰れていた、なんてのは気の毒だからな」
厨房へと向かう裕樹の後ろを、海月がとてとてと幼子のようについていく。
裕樹は厨房に入ると、店員たちに断って鍋と調理スペースと食材を借りた。麺屋一流の元々の味は知らないが、とりあえず客を逃さずに済む堅実な味を目指すことにする。
裕樹はテレパシーで海月に話しかけた。
――海月は野菜炒めとかサイドメニューを頼めるかな。
――はい。
海月もテレパシーで返事し、まな板に向かった。キャベツを包丁で手際良く短冊切りにしていく。
裕樹は製麺機で玉子麺をこしらえた。縮れ麺と真っ直ぐな麺の二種類。
鍋に鶏ガラ、昆布、削り節、シイタケを入れて煮込み、臭み消しに玉ねぎとニンニクを加える。これがダシだ。
次いで、醤油、塩、味噌の三種類のタレを作る。収納するときのことも考えて、液状ではなく粉末とペーストにしておいた。化学調味料は嫌いだから使わない。
――兄さん、チャーハンの味つけはどうしましょうか?
海月が中華鍋をジャッジャッと振るいながら訊いてきた。脂の乗った米粒が宙を舞い、芳醇な芳香が漂っている。
――そこの塩タレ粉末使ってくれ。濃さは任せる。
裕樹は作ったばかりのラーメンのタレを指差した。瓶に収められて調理台に置いてある。
――これですか? 分かりました。私には少し濃いぐらいに調整します。
海月は瓶を取って塩タレの粉末をチャーハンに振りかけ、しっかりと混ぜ合わせた。新しいスプーンでチャーハンを味見してみる。しょっぱい感じだが、海月は薄口派だから他の人にはこの程度がちょうどいいだろう。
裕樹はラーメンの具を用意していく。ニンニクのすり下ろし、煮卵、ネギ、メンマ、ナルト、海苔。オーソドックスだが外れもない。
――兄さん、野菜炒め仕上がりました。
――ああ、ありがとう。
裕樹の準備したラーメンの上に、海月が野菜炒めをよそった。
店員たちが二人を眺めてささやき合う。
「すげぇ息合ってるぜ」「阿吽の仲って奴?」「よっぽど長く一緒に料理してたプロなんじゃねえか?」
テレパシーだけで会話していると端からはそう見えるらしい。海月は少しくすぐったく感じた。
フロア裏手の従業員休憩室にて。
夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)はテーブルに手を突き、仲間たちの顔をぐるっと見回した。
「俺は麺屋一流の味が気に入っている。潰れるには惜しすぎる。それでだ。麺屋復活大作戦を実行しようと思う。ここまでさびれちまった以上、インパクトと宣伝は大事だ」
「ふむ。ライバル店を半径十キロメートルに渡って吹き飛ばして、麺屋一流の攻撃だと声明を出すのじゃな?」
草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)がうなずいた。
「そんなインパクトは要らないし、その宣伝は逆効果だろう。わしが提唱するのはこれだ」
甚五郎はテーブルから身を翻すや、背後のホワイトボードに大きく書き殴る。
ちんどん屋、と。
ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)が目を輝かせる。
「わ〜、面白そうです〜」
「ちんをどんとする屋ですか。外道な戦闘集団ですね?」
ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)はよく分かっていない様子でメカニカルな頭を傾げる。
甚五郎は微苦笑した。
「要するにアナログな宣伝屋だ。知らないなら検索をかけてみてくれ。ちんどんは古いが、今なら物珍しさも手伝っていい宣伝になるだろう」
ひとまず、地球出身の人々には。シャンバラ出身者には、そこから口コミで評判が広がっていくのを期待すればいい。
「羽純は衣装の制作、ホリイは太鼓持ち、ブリジットは衣装やのぼりやビラのデザインをやってくれ。さあ、始めるぞ!」
甚五郎は手を打ち鳴らして気合いを入れた。
「豚骨ラーメン一丁、バリ硬、煮卵載せでね!」
プレシアはホールから厨房に駆け込むと、裕樹に向かって叫んだ。
「了解!」
裕樹は金属のカゴから生麺を掴み取り、煮立っている鍋に放り込んだ。
海月ができあがった他のラーメンをお盆に載せ、おずおずとプレシアに差し出す。無言も失礼なのでなにか言おうとするのだが、生来引っ込み思案なのと、活気のある厨房の雰囲気に呑まれてしまって上手く言葉が出てこない。
「ありがと、海月さん!」
プレシアは笑顔でお盆を受け取ってホールに戻った。アイドルもかくやという愛敬でお客にラーメンを出し、ふうと額の汗をぬぐう。
裕樹がまともなラーメンを作り出したのもあってか、客足が少しずつ戻ってきていた。それはいいのだが、ずっと閑古鳥で本来の店員がだいぶ休んでいるため、手伝いのプレシアたちに皺寄せが生じている。
――結どこいったんだろ? さっきまでは一緒に仕事してたのに。
プレシアが店内を見回すと、……いた。
結が客用の円卓の一つを占領し、またラーメンをずるずるとすすっていた。
「これはなかなか……美味しくないことはないですね……どれ、もう一杯」
「このラーメン中毒者あっ!」
プレシアは結に駆け寄り、首根っこを掴んで厨房に引きずっていく。じたばたもがく結。
「あーれー。ラーメンが、ラーメンがまだ残ってるのにー」
「はいはい、ちゃんとお手伝いしようね、結」
プレシアの笑顔には小さな青筋が立っていた。
鹿島 ヒロユキ(かじま・ひろゆき)は市場で買い集めてきた食材を調理台に並べ、腰に手を当てて息をついた。
「中華街ってわけでもないのに、結構揃ってたな。さすが麺屋一流のお膝元ってところか」
モミジと呼ばれる、鶏の足。鶏ガラ。イカ、海老、ハマグリ、トビウオ、ホタテなどの魚介類。キャベツ、白菜、人参、セロリ、ショウガ等の野菜だ。
調達組が豪食竜ジローから食材をぶんどってこられるかどうかは分からないが、具だけでラーメンは作れない。あらかじめスープを用意しておけば、すぐに最高のラーメンを客に出せるだろう。ヒロユキはそう考えていた。
「ねえねえっ、なにを作るの? 豚骨? 味噌? 塩? 醤油?」
ホミカ・ペルセナキア(ほみか・ぺるせなきあ)がテンション高めに訊いてきた。
「醤油スープだ。一番基本だし、この店でも人気商品だからな」
「分かった! じゃあ私も手伝うね!」
「待て!」
鶏ガラを掴もうとするホミカの手を、ヒロユキはとっさに止めた。
「どしたの?」
きょとんとするホミカ。
人畜無害そうな顔をしているし、大抵の場合は無害なのだが、一つだけ問題があった。殺人的な料理オンチなのだ。味や見た目がおかしいというのではない。普通の味なのに、なぜか食べた者がことごとく昏倒するという、デストラップのごとき料理ができあがってしまうのである。
「おまえは……その、なんだ。麺の用意をしてくれないか」
「麺? どうして?」
「とにかく頼む! 麺が切実に必要なんだ!」
ヒロユキはだらだらと嫌な汗を流しながら懇願した。
ホミカは笑顔になる。
「うん、分かったー!」
言って、厨房の外に出ていこうとしたが、途中で珍しい機械を見つけた。
「あ! これってもしかして製麺機!? すっごーい! 美味しい特製麺作っちゃおー!」
陽気だが禍々しい言葉を背後に、ヒロユキは後悔していた。彼女をここに連れて来るべきではなかったのでないか。せめてホールに回すべきだったのではと。
――だ、大丈夫だよな? 麺なんて小麦粉と塩を入れるだけだから、間違いなんて起こるはずが……。
自分にそう言い聞かせる。
「始めていいですか、ヒロユキさん」
ウィンディ・ベルリッツ(うぃんでぃ・べるりっつ)が包丁を手に尋ねた。
「あ、ああ。始めよう」
ヒロユキは寸胴鍋に鶏ガラとモミジと水を入れ、火にかけた。
ベルリッツが軽やかなリズムで白菜を切り刻む。まな板を斜めにし、ざあっと包丁で白菜を寸胴鍋に流し込む。ヒロユキはその様子を見て感心した。
「手慣れてるな。調理の勉強でもしたのか?」
「いいえ。料理自体、あまりしたことがありません」
答えながらもベルリッツは作業の速度を緩めない。
「それでその手際か……」
調理経験のあるヒロユキよりも上手い。自分も負けてはいられないとヒロユキは闘志を燃やした。
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