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リアクション
第5章 狼の試練 2
契約者たちの相手をリーズが引き受けている間。
シャトラへと立ち向かったのは、彼女の仲間たちだった。
「あら? 皆さんお揃いでどうしたの?」
「向こうの相手はリーズがしてくれてるからね。こっちの相手は、私たちがさせてもらうわよっ」
美羽がシャトラに剣を突きつける。
緑の髪をツインテールに纏めた少女。小柄で目立ちたがり屋。天真爛漫な印象を受ける。だが、今の彼女の瞳は強い意思をたたえて、シャトラを見据えていた。
シャトラはしばらく彼女らを眺め、
「いいわよ」
不敵に笑った。
「しばらく私も身体がなまってたものね。ああ、いや、この場合は魂か。どっちでもいいけど。……とにかく、久しぶりに腕がなるわ。さあ――どっからでもかかってきなさい!」
シャトラの宣戦布告。
美羽をはじめとするリーズの仲間たちが、彼女に襲いかかった。
「腕がなるのはこちらも同じ! 覚悟しなさい!」
セフィー・グローリィア(せふぃー・ぐろーりぃあ)が、雅刀を叩き込む。
腰まで届く金の長髪が、その動きに合わせて揺れる。色っぽい艶やかな印象を受ける彼女だが、その動きは洗練された戦士そのものだ。
鋭い剣戟が次々と甲高い音を鳴らす。シャトラの獲物は、自らの手が生み出した炎の剣だ。ごうっとうなりをあげる剣と、雅刀がぶつかり合い、打ち払い合った。
「鋼鉄の白狼騎士団総長として、負けるわけにはいかない!」
「へえ、狼の名を冠する騎士団ね。面白いわ」
くすっと笑ったシャトラには余裕が見えた。
やはり全員で戦わねば分が悪い相手である。
セフィーに続くように、オルフィナ・ランディ(おるふぃな・らんでぃ)とエリザベータ・ブリュメール(えりざべーた・ぶりゅめーる)も、それぞれの武器を手に彼女へと飛び込んでいった。
「セフィー、どけっ!」
「も、もう、勝手なことばっかりっ!」
セフィーを無理やり押しのけるように、オルフィナは前に出た。
焼けたような褐色肌に、ショートにまとめた真紅の髪。その手に握られるバスタードソードが、轟然と振るわれた。
シャトラはそれを軽やかに避ける。すると、ニヤリと笑った彼女はオルフィナの身体に手を伸ばした。
「ひっ……ど、どこ触ってやがるっ!?」
「いひひ、ねーちゃん、良い身体してるねぇ」
いやらしい親父の笑み。シャトラの手がわきわきと動き、オルフィナをまさぐった。
「あっ……ひゃっん……」
「感じてる?」
「か、感じてなんか……いねぇ、よっ」
オルフィナは顔を真っ赤にして、自分の身体を抱きしめるように後退した。
「何をやってるのですか、あなたはっ!」
「だ、だってよぉ……」
「次は私が……相手です!」
エリザベータがフェザースピアを突き込んだ。
戦乙女と呼ばれるにふさわしい、凛とした出で立ち。栗色の髪が羽のように靡く。
シャトラはしかし、依然として彼女たちの攻撃をすべて打ち払っていた。得意とする炎の魔法も、容赦なく叩き込まれる。
一瞬、美羽がその動きについていけずに、魔法を食らいそうになった。
だが――
「!?」
どこからか現れた影が、それを防いでいた。
「ローザマリアさん……」
「まったく、陰で見守ろうとしてたらコレだからね。リーズが来るまで持ちこたえないとダメよ」
美しいブロンドの髪。くっきりした目鼻立ち。ハンガリー系アメリカ人の契約者――ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、光学迷彩を解いてブラックコートを脱ぎ捨てた。
「というか、これまでずっと隠れてついてきてたのっ!?」
「ストーカーみたいな言い方やめてよ。見守ってたってこと」
口をへの字に曲げて、ローザマリアは言った。
「ベトリーチェさん。あなたは美羽さんの回復をお願い」
「は、はい、わわ、わかりました」
慌てて、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が駆け寄ってくる。
茶色のポニーテール髪に、知性を感じさせる丸眼鏡。温和そうな印象を受ける。彼女は、小刻みに震えていて、シャトラに怯えていた。
「いや、あの、ベアトリーチェ……。あれ、幽霊とかじゃないから」
「で、でもでもっ! もう亡くなってる方なんですよ! 幽霊じゃないですか! 間違いなく幽霊じゃないですか〜!」
ベアトリーチェは幽霊が苦手なのである。
いつもの冷静な姿は微塵もなく、消えていた。
それでも、美羽の回復をしっかりと努めるところはさすがである。暖かな回復魔法が彼女の傷を癒やしてくれた。
「セフィーたちだけじゃ分が悪いわ。もっと増援を……」
ローザマリアがつぶやく。
すると、彼女たちを飛び越えてシャトラへと飛び込んでいった影があった。
「うおおおおっ!」
青年が雄叫びをあげる。
オールバックにした黒髪。現代用に改良してある忍者装束。羅刹刀クヴェーラを片手に、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)はシャトラへと果敢に挑みかかった。
「やれやれ、唯斗のやつめ。やる気まんまんだのぉ」
後から唯斗を追ったエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が言う。
銀の長髪に、吊り上がった目。見た目は少女だが、どこか老獪している印象を受ける娘だった。
「死に急ぐことがなければいいのですが……」
辛辣な言葉を口にする、プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)。
一見クールな印象を受ける、乳白金の長髪をポニーテールにした女。実に正直に発する彼女の言葉に、紫月 睡蓮(しづき・すいれん)がわたわたと慌てた。
「に、兄さん死んじゃうんですか!?」
彼女はとても素直な性格をしているのだ。
金のセミロングの下で、つぶらな瞳が哀しげに揺れた。
「睡蓮。プラチナの言うことをまともに受け取るな。心臓がいくつあっても足りんぞ」
「ひどい言い草です」
彼女なりに抗議の声を発すプラチナ。
普段から顔色や表情がほとんど変わらないだけに、本当にひどいと思っているのか怪しいところだった。
「え、ええっと……とにかくじゃあ、兄さん、気をつけてくださいね〜」
「おおっ!」
シャトラと刃を交えながら、唯斗は元気よく返事する。
彼女たちは戦いに参加しないのかという疑問は、いまの彼にはないようだった。
そのとき、背後から狼が飛び込んでくる。
それは唯斗がはじめて見る狼だった。
一瞬、敵か? と攻撃に移りそうになる。だが、その瞳と毛並みは、彼の知る少女の印象を色濃く残していた。
「リーズ!?」
「……ったく、さっさと気付きなさいよ」
「いや、ていうかそれは……」
唯斗に答える前に、リーズは狼の変身を解いた。
本来、彼女にとって狼になることはあまり好ましくないことだった。なぜならそれは、自分が獣であるという現実を突きつけられるような気分になるからだ。それは恐らく、獣人であれば誰しもが一度は抱く葛藤かもしれない。
しかし、いまの彼女は自ら進んで狼になる。
それが、定めであるとともに、『己』であると主張するように。
「あら、獣に躊躇はなくなったの?」
シャトラがからかうように言った。
「これも、わたしだからね。舐めてると痛い目見るわよ。主に噛みつく意味で」
「絆創膏の用意をしておいてね。包帯でもいいけど」
シャトラが不敵に笑い、リーズも同じように笑った。
やはり血は繋がっている。いまの二人を見ると、唯斗はそう思った。
「リーズさんっ」
リーズのもとに御神楽 陽太(みかぐら・ようた)が駆け寄ってくる。
「あ、陽太? 隠れといてもよかったのに」
坊ちゃん刈りの黒髪のしたで、大人しく優しそうな童顔の顔が苦々しく笑った。
「そうもいかないですよ。俺、これでも男ですから」
「でも、あなたに怪我させると後々が怖いからなぁ……」
主に彼の奥さん的な意味であった。
「ははっ。大丈夫です。彼女は優しいですから」
そうは言うが、リーズには噂しかまだ耳にしたことがない相手である。
いつか彼のいう人物像が本当かどうか、会ってみたいと思った。
「それより、頑張ってくださいね。最後まで」
「あったりまえよ。わたしはリーズ・クオルヴェル。集落を背負って立つ身なんだからね」
あっけらかんと笑うリーズと、周りの契約者たち。
シャトラをそれをしばらく眺めていたが、やがて彼女は、みなに問うた。
「……あなたたちは、どうしてそこまでこの娘に手を貸すの?」
「決まってますよ」
陽太が言う。
「リーズは大切な友人です。友人の手助けをするのは当然です」
続けるように、唯斗が、
「そんなもんは、俺がリーズを好きだからだ! 惚れた女を助けるのは、当たり前だろうが!」
「…………」
リーズは頭を抱えていた。
シャトラはくすっと笑う。それは、どこか誇らしげに笑っているようにも見えた。
「友達は助ける! 必ずね!」
美羽が、自信を持って言う。
そして彼女は、リーズに自分の持っていた剣を手渡した。
「これ……」
「いまのリーズなら、ちゃんと扱えると思う。リーズは、強くなったんだもん。自信を持って」
リーズは美羽の目を見て、力強くうなずいた。
達人の剣を構える二人。
「いくよ、リーズ!」
「ええっ」
美羽のかけ声に従って、リーズは仲間たちとシャトラに挑んだ。
周囲から集める聖なる力が、美羽とリーズの剣に集まる。輝ける閃光の中で、シャトラは美羽、唯斗、陽太、ローザマリア――リーズの数々の仲間たちを見た。
そして、閃光はシャトラを貫いた。
シャトラも、最後はそれなりに抵抗したらしい。
得意の炎の魔法で壁を作っていたようだが、皆のパワーが一点集中された攻撃には、敵わなかったようだ。
「はい、降参〜」
「軽いっ!?」
シャトラはパタパタと白旗をあげていた。
「まあ、ぶっちゃけ、リーズが狼の力を物にしてたところで試練は終わってたんだけどね」
「それを先に言えっ!」
やっぱり面倒くさい相手だと、改めてリーズは思った。
「さてと……これで一応『狼の試練』は終わりだけど……。実はちょっと、あなたに会いたいって言ってる人がいるのよ」
「わたしに?」
「そっ。ダンジョンの出口もある部屋で、待ってるらしいわ。そこの扉の向こうね」
シャトラはそう言って、部屋の奥にある扉を指さした。
リーズたちはそれに従って扉へと向かう。ふと、その途中でリーズは振り返った。
「……ありがと」
一瞬、シャトラはぽかんと突っ立った。
リーズがそんなことを言うとは信じられなかったのかもしれない。しかし、やがて彼女はくすっと笑ってみせた。
「どういたしまして」
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