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All I Need Is Kill 【Last】

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All I Need Is Kill 【Last】

リアクション

 虚虚実実

 二十一時。盲目白痴の暴君、少しだけ離れた場所。
 暴君の近くでその醜悪な姿を見上げながら、ドクター・ハデス(どくたー・はです)は歓喜の高笑いを行っていた。

「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス!
 ククク、ついに、我らの計画通り盲目白痴の暴君の召喚に成功した! この力をもって世界に破壊と混乱をもたらし、既存の秩序を破壊する! そして、我らオリュンポスの統治する世界の創成の序章とするのだ!」

 そしてハデスは暴君に立ち向かう契約者―特にホープを―見つめながら、口元を吊り上げて呟いた。

「だが、召喚までは予定通りだったとはいえ、未来から来たホープとやらがいるのは想定外だな。
 ホープや未来人たちは、この計画に対するイレギュラーな因子になりかねん。アルテミス、デメテールよ、速やかにホープを排除せよ!」
「了解しました、ハデス様!」

 アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)は勢い良く返事をすると、スピアドラゴンを構え直す。
 そんなアルテミスを見ながら、天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)は<防衛計画>の知識と<ユビキタス><情報撹乱>による通信傍受から、前衛の部隊の陣形とホープの居場所を推測し、口を開いた。

「アルテミス君は敵側面からの陽動を。デメテール君はその隙をついてホープの暗殺です。ホープを失えば、彼らは壊滅するでしょう」

 十六凪の言葉を聞いて、デメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)はゆるーりと片腕をあげた。

「りょーかいー。あのホープっていう未来人を倒してくればいいんだね。ちゃんと報酬の高級アイスを忘れないでよー」
「フハハハ! 一ヶ月分でも一年分でも好きなだけ用意をしてやるぞ!」
「ほんとー!? やったー!」

 ハデスの言葉を聞いて、デメテールの両目が爛々と輝く。
 そして駆け出したデメテールとアルテミス、その後に追随する形でついていくハデスを見て、十六凪は静かに呟いた。

「……『大逆転のハッピーエンド』ですか。
 ですが、もしここで本来の歴史を改変し惨劇を回避したところで、その因果の歪みはより大きくなり、また別の場所、別の形で現れることでしょう」

 そして、暴君に立ち向かう契約者達をどこか冷めた瞳で捉えながら、続けるために言葉を紡いだ。

「暴君を倒す因子として君達がいるのと同様に、その君達を阻止する因子として、我らオリュンポスが居ることをお忘れなく」

 ――――――――――

 盲目白痴の暴君、前衛。
 雨のような触手の攻撃を避け、暴君の本体へと近づく契約者達。
 ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)は手を握り締め、頑強な拳を作りながら呟いた。

「あー……こいつはでっけぇなー。しかし、でかいだけだろ?」

 ラルクは触手を<体術回避>で避けながら、暴君へと駆ける。
 しかし、うじゃうじゃといる触手の防御は固く、契約者達を思うようには進ませない。

「防御が固そうだが……それを抉じ開けるのが真の武道家って奴だぜ?」

 ラルクはそう呟くと、<雷霆の拳>で素早く身近な触手に拳を叩き込み、破壊する。
 続けて、自分達の前に立ち塞がる数多の触手に向けて、雲海従術で天候を操作し巨大な竜巻を巻き起こす。

「その触手……ぶった切ってやるぜ!」

 ラルクは竜巻が渦巻いている間に接近すると、<自在>の闘気を辺りの触手に飛ばしていく。
 形を持った闘気が直撃した触手は、風船のように破裂し、血と肉片を撒き散らす。
 ガイ・アントゥルース(がい・あんとぅるーす)はそれを見て、<士気高揚>で前衛の部隊に号令をくだす。

「兵は神速を尊ぶ。決して足を止めてはいけませんぜ! みなさん!!」

 ガイの号令によって前衛の部隊は奮い立った。
 そして彼はバイクを操作しながら、ラルクに続いて火炎放射器で触手を焼き払うと、他の契約者の道を作っていく。
 その時、彼の<殺気看破>が数人の害意がこちらに迫ってくることを警鐘した。

「危ねぇですぜ、みなさん! 他の奴らがこっちに来ているようです」

 ガイはそれをいち早く他の契約者に伝え、警告した。
 それを聞いたホープは覚悟を決めて、彼に伝える。

「あなた達は先に行ってください。ここは私に任せて」
「……でも、一人では」

 良心から戸惑うガイの言葉を聞いて、ホープはエディの言葉を思い出す。

(――知りもしないことを知ってるふりではったりかませ)
「……私はあの人達のことを知っています。過去であの人達と戦いました。
 だから、負けることはありません。一人でも、大丈夫です」
「……分かりました」

 ガイは頷くと、バイクのアクセルを回し、先陣を切り他の契約者達を引き連れて走る。
 ホープのついた言葉は嘘だ。それはトラウマのせいでたぶん暴君との戦いで使い物にならない自分よりも、彼らが行ったほうが遥かに効率的だと判断したからだった。

(……ここで死ぬのは私だけでいい)

 ホープはそう思うと、腰から拳銃を抜き取った。

 ――――――――――

 不意に暴君へと向かう契約者の集団に向けて<機晶ビーム>が襲い掛かり、集団の足並みが乱れる。

「フハハハ!
 たとえ未来からの干渉があろうとも、あらゆる事象は定められた状態に収束する!
 どうあがこうとも、暴君による世界の破壊という運命の選択からは逃れられんのだよ!」

 そう叫んだのは指揮官の大砲を構えるハデスだ。
 ハデスは再び<機晶ビーム>を<陽動射撃>で発射すると、アルテミスとデメテールが飛び込むための隙をつくる。

「フハハハハ! 行くのだ! アルテミスとデメテールよ!」

 その言葉に返事をしてアルテミスが<龍飛翔突>で集団に突撃する。

「本当でしたら、もっと騎士らしく正々堂々とお相手したかったのですが、これも主ハデス様のご命令とあらば仕方がありません。悪く思わないで下さい!」

 突然の襲撃者に、集団の足並みが更に乱れた。
 そしてアルテミスは集団の中央に突っ込み、スピアドラゴンを目一杯振るい、契約者をなぎ倒す。
 その行為は、目の前の触手の相手に手一杯の契約者達に混乱を生じさせる。

「ッ。皆さん落ち着いて――」
「あなた、厄介ね。ちょっと黙っていなさい」

 先陣を切るガイが号令を響かせる前に、綺羅が<奈落の鉄鎖>を発動。
 急に重力が増し、ガイはバイクから落ちそうになるが、気合でどうにかそれを避ける。が、思わず動きが鈍った。

「幻惑の中で死んでゆくがいいわ」

 綺羅はそう呟くと、<吸精幻夜>を発動。
 地を蹴り、宙を舞い、鞘から妖刀村雨丸を抜き取って、ガイに切りかかろうとし――。

「そうはいかない」

 空中で瀬乃 和深(せの・かずみ)が、綺羅を地面へ打ち落とした。
 遅れて着地した和深は、ガイに向けて言い放つ。

「さあ、先に行って。ここは俺達に任せるといい」

 ガイは頷くと、アクセルを回して先陣を切っていく。
 和深はそれを見送ってから、ドラゴンスレイヤーを構え直し、綺羅のほうを向いた。

「あんたの相手は俺だ。覚悟しろ」
「……ふふふ、いいわよ。楽しませてね? 身の程知らずの勇者様」

 綺羅はそう挑発すると、両者は間合いを詰めるために駆けた。
 互いに肉迫すると刃を振るう。金属の悲鳴をあげ、衝突を繰り返す。
 一見互角にも見えるその戦い。しかし、確実に和深は押されていた。それは彼は暴君の触手も、気にかけて戦わなければならないからだった。

「そんなに余所見してて、戦えると思っているのかしら? ねえ」
「――!?」

 綺羅が一瞬の隙をつき、和深のドラゴンスレイヤーを弾く。
 手から離れたドラゴンスレイヤーは空に飛び、回転しながら地面に突き刺さった。

「武器もない。あとは盲目白痴の暴君に蹂躙されて、あっけなく踊り食いにされる凄絶な最期だけ。
 なら、そうなる前に楽にしてあげる。この刀で首を切り落としてあげる。これこそが私の『慈悲』」

 綺羅はそう呟くと、和深に肉迫。そして彼の首に刃を奔らせた。
 が、凶刃が首に届くよりも前に、上守 流(かみもり・ながれ)が和深を押しのけた。

「流――ッ!?」

 和深の目に映る光景がスローモーションになる。流は少しだけ彼を見て、優しく微笑んだ。
 刹那、流の首が刎ね飛ぶ。噴出する温かい血液が、和深の顔に飛び散った。

「あああぁぁぁあああああ!!」
「あらあら、違う人を殺しちゃったわね。まぁ、別に構わないわよね」

 綺羅は刀を軽く振動させ、刃についた血液を払う。そして、すぐさま和深に向かって突撃。
 和深は流の握っていた魔剣ディルヴィングの柄を握る。それにはまだ、彼女の体温が残っていた。

(絶対に、どんなことがあっても、これ以上大切なものは壊させない。そう、思っていたのに。ちくしょう、チクショウォォ!!)

 和深の脳で何かがプツリと音を立てて、切れた。
 パートナーロストの影響で痛む身体を無理やり、動かす。
 放たれた一閃は、迫ってきた綺羅の身体を切り裂いた。そして続けて、彼女の頭を無理やり掴んだ。

「……あんたに慈悲なんて与えない。暴君に蹂躙されて、あっけなく踊り食いされろ」

 そして自分に迫ってきた触手の前に、綺羅を無理やり放り投げた。
 触手が彼女を貫き、内蔵を攪拌する。血と肉の香りに惹かれ、どんどんと彼女に迫る触手の中、悲鳴だけがその場に反響した。

 ――――――――――

 戦うホープを風上の場所から見て、デメテールは陽気に思った。

(くっくっくー、ここから攻めれば完璧なのだー。報酬はいただきだー)

 デメテールは<しびれ粉>を手に取り、空中に散布した。
 風に流されてホープのもとへと運ばれるその粉は、ホープの身体を痺れさせた。

「……ッ。これはっ」

 ホープは身体の違和感に気づき、空中に紛れたしびれ粉に気づいた。
 が、もう遅い。千デメテールは<千里走りの術>と<疾風迅雷>と<先制攻撃>を併用して高速移動。
 ホープの死角に飛び込み、<毒使い>で毒の塗られたデモニックナイフを使って、<ブラインドナイブス>を放った。

「前回はしくじったけど、今回こそは報酬はいただきだよー!」

 刃がホープに迫る。が、それよりも先に。

「――ちょっと燃え散って死んどけやぁぁ!」

 <天の炎>による空から落ちてきた巨大な炎が、デメテールを焼き尽くした。
 ホープは声のしたほうに目をやる。そこには腕を伸ばし、魔法陣を展開する七枷 陣(ななかせ・じん)がいた。

「ありがとうございます」
「気にすんな。あいつらにはさっきの恨みもあるし、敵になるならオレが相手する。けどな――」

 陣は指揮官の大砲を構えるハデスを睨み、そう言うとホープに視線を移し、少しだけ怒ったように言い放った。

「ホープさん。あんた、ちょっと不注意すぎや。それやと、死んじまうで?」
「……別に構いませんよ。私は暴君を倒すためになら、死んでしもいいですから」
「アホか」

 陣はゴツンとホープの頭を拳骨で叩いた。

「い、痛ッ!?」
「あのなぁ、ホープさん。あんたは未来の部隊の隊長なんやろ? それなら、生き残らなあかん」
「……え?」
「隊長ってのは生き残らなあかんのやって。先に死んでいった奴らのためにも。何より、その部隊を担う者としてな」

 陣はそう言うと、「じゃあちょっとあいつらを殺してくるわ」と言って走り出した。
 残されたホープは思う。死ぬことはダメだ。でも、でも、と。

「……私はこの戦いに生き残ったとしても、これからも生きようなんて思えるのでしょうか?」

 ホープの問いかけに答えてくれるものはもういない。夜風に流され、誰にも届くことはなく、消えていった。