シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

想いを取り戻せ!

リアクション公開中!

想いを取り戻せ!

リアクション

 
「―なぁに? 怖い顔して見てるだけ? こんなカッコのあたしたちが怖いの?」
 挑発するような声が狭い通路に響き、細くしなやか影が誘うように岩壁に踊る。
 続いて、団子のように連なったお世辞でもスタイルが良いとは言えない影が続く。
「一本道の先は三叉路――右端に飛び込んで、さらに脇道へ」
「いいわ。任せて、セレン」
 小声で囁き合うとセレンフリティとセレアナは走り出した。
 振り返る顔に笑みを浮かべて交わす言葉は追ってくる野盗には聞こえていない。
 だが、くすくすと何事かを囁きあい、流し目を送ってくる美女二人の間には匂い立つような色香がある。
 野盗たちを惑わすには十分過ぎる。
 地を蹴ってしなやかに踊る体を包むのはトライアングルビキニとレオタード。
 翻るブラウンとブラックのロングコートの下から白い素肌が覗く。
 目の前に惜しげもなく曝される肢体に男たちは我知らず喉を鳴らし食らいついた。
 だが、掴めない。
 二人の体はするりと魔手を逃れて、奥へ、奥へと駆けて行く。
「は! バカめ!!」
「その先は行き止まりだぜ!!」
 鼻息も荒く押し掛ける男たちをセレンフィリティとセレアナは背中合わせで待ち受けていた。
 追い詰めたとばかりに斧を持った男と魔法の武器らしい剣を持った男がじりじりと距離を詰めてきた。
 残る三人が退路を塞ぐ様に銃を構える。 
「ひゃはははは。袋の鼠。いや、袋の子猫ちゃんだなぁ。えぇ?」
「おとなしくしてりゃ、可愛がってやるぜ、ぐへへ」
(――馬鹿な連中……まんまとセレンの策にハマったわね)
「――袋の大馬鹿はあんたたちよ!」
 地の利が相手にあるのならそれを逆手にとればいい。
 余裕は隙に繋がる。それを狙っていのたのだから、外すわけがない。
 刹那、眩い光が周囲を包んだ。セレアナの放った《光術》だ。
 ガラ空きになった男の懐にセレンフィリティが飛び込んでいく。
 銃を持つ手をそのままに胸元で交差した肘を勢いつけて左右に叩き込む。
 そして、流れるように伸ばされた腕の先で二丁の拳銃が火を噴いた。
 細く白い手の流線。
 美しいまでの銃の舞。
 それを理解する暇もなく男たちは崩れ落ちた。
 
   * * * 
 
 男はぐらぐらと揺れる頭で考える。
 何を? 
 自分の、いや、自分たちの、泣く子も黙るレッドアームズの本拠地で何が起こっているのか。
 そして、自分の身に何が起こっているのか。
 敵が攻め込んできた。
 馬鹿な奴らだと、そう思って――目の前にいた、痩せた、どこかぼんやりとしたように見える青年に向って得物を振り上げた。
 ――はずだった。
 けれど、結果はどうだ。
 振り上げた得物を避けようとしたのか、止めようとしたのか。
 細い腕が無造作に伸びた。闇雲に突き出されかのように見えたそれに強かに手首を撃たれた。
 痺れが走り、手から武器が吹き飛ぶ。
 だからと言って引き下がれるわけがない。
 踏鞴を踏んで態勢を立て直すと、掴みかかる。
 得物がなくとも拳がある。胸倉を掴んで、二、三発殴れば問題ない。
 だが、繰り出したそれはひょいと躱されてしまう。
 野郎――疑問と悔しさで声を上げる前にすっと手が伸びてきた。
 それはまるで、知り合いの肩に手を置くような動作で。
 いやーまぁ、落ち着きぃなぁとかなんとか言われた次の瞬間。
 顔面に痛みが生じた。続いて、足元が揺らぐ。
 無造作に一歩近付いてきた青年が足を払ったのだ知れた。
 知れたところで最早どうにもならない。
 ふらりと上体が後ろに傾ぐのをどこか他人事にように理解する。
 ――ドコッ
 目の中に星が飛んだ。
 逆さまの、歪んで霞む視界で件の青年が笑う。
「うわぁ――下っ端ーズの人、自分、へーき?」
「……ぐっ、お、まっ」
「あぁ。痛いん? んじゃー気失っちゃえば楽やな?」
 よくよく見れば――前髪に隠れた目つきはすこぶる良くない。悪い上に、どこか剣呑だ。
 つと、青年の視線が動いた。
 視界に影が差す。仲間が駆けつけてきたのだろう。
「んー? あぁ」
 まるで、何事もなかったように青年は身を起す。
 立ち上がりながら、殺気だって伸びてきた野盗の腕を何気なく払う。
「――っ? ぎゃぁぁ!!」
「てめぇ!? 何しやがった?!」
「んん? あぁ。かんにんなぁ」
 呑気に頭を下げれば、野盗の拳が空を切った。
 そして、図らずも上げようとした頭が顎を砕く。
「――まぁ、でも気絶しちゃえば――同じやね」
 意図も害意も、何も見えないそれは――見る者が見ればわかる、戦いの極意の一つ。
 相手の虚を突く、無拍子と呼ばれるものだった。
「あ。下っ端ーズの人は頭突きと腹パンどっちが好き?」
 問うてくる顔には何もない。
 正義も悪も、想いも――あるのは底知れない狂気のような――。
 ただ、戦いという、剣呑な空気に惹かれてやってきた青年。
 瀬山 裕輝(せやま・ひろき)はへらりと笑みを浮かべた。