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リアクション
この光景。そしてこの事実はその場に居合わせたすべての者に衝撃を与えた。
『あの機体は何なんだ……一体誰が乗ってるってんだよ……!』
蒼空学園の面々がしばし絶句していた後、ややあって最初に立ち直った和深が戦慄に震えた声を絞り出すようにして言う。その声を通信帯域越しに聞き取ったのか、すぐに共通帯域への一斉送信で通信が返ってくる。その声の主は若い女、それも少女を思わせるものだった。
『ごにゃ〜ぽ☆ この機体は禽龍。そんでもってボクは天学の鳴神 裁(なるかみ・さい)。よろしく!』
裁に続き、同じく禽龍からの通信に今度は妙齢の女の声が入ってくる。きっと裁のサブパイロットだろう。
『同じくメフォスト・フィレス(めふぉすと・ふぃれす)だ。よろしく頼む』
実を言うと禽龍には更に二人のパイロット――裁がパイロットスーツとして纏う魔鎧のドール・ゴールド(どーる・ごーるど)とサブパイロットのメフォスト・フィレスに憑依した奈落人である物部 九十九(もののべ・つくも)がいるという大所帯である。
『しかしとんでもない機体ですね。“フリューゲル”と同様、性能面において現用機を明らかに凌駕している』
続いて平静を取り戻した貴仁がそう語りかけると、裁は相変わらずの快活な声を返事をする。
『うむ、なんともピーキーな性能の機体なんだよ。どこまで性能を引き出せるかわからないけどやってやるさ――さぁ、風になろうぜ、禽龍☆』
裁の言葉とともに、ホバリング状態にあった禽龍のジェットエンジンが再び爆発的な噴射に備えて稼働率を上げていく。禽龍が今にも超加速に入ろうかという時、共通帯域に新たな音声が聞こえてくる。
『驚いたな。俺たち天学の中では最後に発進したにも関わらず一番乗り、おまけにもう一機撃墜しているとは。俺たちも負けていられない』
声の主は天御柱学院のグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)。そして彼の愛機であるシュヴァルツ・zweiもこの空域に姿を現している。
『グラキエス様、整備員達からも散々言われたでしょうが、もう一度言います。最高速度を保ったままの活動は、機体よりもグラキエス様ご自身の負担が大きくなります。レリウスがサポートをしてくれると言うなら、それを上手く活用しましょう』
そう釘を刺すのはシュヴァルツ・zweiのサブパイロットであるエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)だ。エルデネストがパートナーであるグラキエスを慮る発言をすると、今度はまた別の通信が入り込んでくる。
『グラキエスがめっちゃ努力したってのは俺も分かる。けどな、体の方がなあ……。あいつ体弱いじゃねえか。そっちが心配だっての。まあ、心配なら俺らが守ればいいってね。一回半端ねえ目に遭ってるし、盾でもなんでもやってやろうじゃねえか』
通信とともに友軍各機のコクピットで新たな機影をキャッチしたことへのアラートが鳴り響く。機体は一機、識別信号はシャンバラ教導団だ。新たにキャッチされた機影こそグラキエスが共に戦う仲間――レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)の愛機であるシュペーアだ。そして声の主はそのサブパイロットであるハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)だろう。
『ハイラル、グラキエスを心配する気持ちは分かります。ですが技術のない人間にあの機体は動かせません。記憶を失ったからこそ、以前の技術を上回る努力をしたんでしょう。勿論、努力すれば勝てるわけじゃないと俺も分かってます。だから俺達が一緒に戦うんです』
ハイラルの声と同じくシュペーアが発信源の新たな通信。今度の声の主はハイラルのパートナーにしてシュペーアのメインパイロットであるレリウスだ。
『グラキエス、敵を倒す事だけに集中しろ。他は何も気にしなくていい。守りも考えるな。それは俺達がやる』
傭兵モードへと気持ちを切り替えたハイラルは手短に通信を入れると、飛行形態のままツインレーザーライフルを連射して濃緑の“フリューゲル”一機を牽制しにかかる。
『鏖殺寺院か……確実に撃破しなければ』
レリウスとハイラルのシュペーアに続き、シュヴァルツ・zweiも遠距離から20ミリレーザーバルカンでの狙撃を行い、レリウス機が標的とするのと同じ“フリューゲル”に向けて銃撃を放つ。
二機によるレーザーの弾幕に対し、濃緑の“フリューゲル”は当然ながら回避を試みるも、余裕で回避できていた今までとは違い、明らかに回避に苦慮しているようで、端的に言えば逃げ回るのがやっとのような状態であり、あれだけの機動性を見せつけた機体であったのがまるで嘘のようだ。
どうやら先刻、禽龍によるすれ違いざまの斬撃を受けた際に飛行ユニットを一部損傷したらしく、おそらく機動性において本調子ではないのだろう。回避に全力を注ぎ込み逃げまわるのがやっとの“フリューゲル”はレーザーの弾幕による牽制に紛れてのシュヴァルツ・zweiの接近を許してしまう。
懐に入り込んだシュヴァルツ・zweiは新式ビームサーベルとソードブレイカーをそれぞれ抜き放ち二刀流の構えを取るが早いか、一瞬の間も置かず“フリューゲル”に斬りかかる。
それに対し“フリューゲル”もビームサーベルを抜き、大出力の光刃を振るって反撃するも、その動きには精彩がない。だがそれでも機体が持つ基本性能の絶対値における差は大きいようで、手負いのハンデを負っているにも関わらず“フリューゲル”はシュヴァルツ・zweiを圧倒。新式ビームサーベルを払い、それに次いでソードブレイカーを払うと、大出力のビームサーベルをシュヴァルツ・zweiのコクピットに突き立てようとする。
シュヴァルツ・zweiのコクピットが貫通されるまさにその瞬間、後方からのレーザーの発射とともに“フリューゲル”の腕が撃ち抜かれ、大出力のビームサーベルを持った腕が爆破四散する。
『……レリウス! 助かった!』
命拾いしたシュヴァルツ・zweiの後方ではシュペーアがツインレーザーライフルの銃口を“フリューゲル”に向けている。
もし、“フリューゲル”が本調子であれば、持ち味である凄まじい機動性を活かし、『自分が攻撃している最中にされる攻撃という』本来ならば反応できない攻撃すらも回避してのけただろう。だが、今の“フリューゲル”は違う。そしてそれこそが、圧倒的な機動性を持つ“フリューゲル”に対する勝機に他ならない。
一方の“フリューゲル”は腕を吹き飛ばされたショックはあるものの、すぐに残った方の腕でプラズマライフルを構えると、その銃口をすぐ眼前にいるシュヴァルツ・zweiに向けて即座にトリガーを引きにかかる。
『俺がやられたら、サポートしてくれるレリウスに敵が集中する。だから――絶対に、仕留める』
しかし、シュヴァルツ・zweiは敢えて更に踏み込んだ。スラスターを最大噴射し、激突寸前まで接近すると同時、両手に握った新式ビームサーベルとソードブレイカーを交差する太刀筋で大きく振り抜く。さしもの“フリューゲル”とはいえ、これだけの攻撃がクリーンヒットしてはひとたまりもない。
X字に機体を断ち切られ、“フリューゲル”はやはり凄まじい爆発とともに消滅する。もはや塵に近い状態まで細かく破砕された残骸が舞い散る中、爆発の余波を受けて損傷はしたものの、シュヴァルツ・zweiは健在だ。
『やったな』
レリウスからの手短な通信。
『ああ』
そしてこちらも手短なグラキエスの応答。
二人にはそれだけで十分だった。