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渚の女王、雪女郎ちゃん

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渚の女王、雪女郎ちゃん
渚の女王、雪女郎ちゃん 渚の女王、雪女郎ちゃん

リアクション

 第三章


「雪女郎ちゃん、疲れたときは甘い物だよ」

 すっかりお世話係のように雪女郎の側に陣取っている刀村。そんな刀村を見て親衛隊の連中が嫉妬をすれば、どこからともなく現れる瀬山が次々と勧誘を始める。

「お兄さん、ありがとう」

 冷えたチョコレートドリンクを受け取りながらにっこりと笑う雪女郎に、刀村はくっと呻いて眉間を押さえる。
 アイツばかりずるいと声も上がるが、実はこの時刀村はショックを受けていた。
 一体どうしたら、おじさん、もしくは爺と呼んでもらえるのだろうか。
 実年齢よりも見た目が若い分、もうおじさんと呼ばれる領域に差し掛かっているにも関わらずお兄さんと呼ばれることが悔しかった。
 どうせなら小さい子たちにおじさん、もしくは爺と呼ばれ足元にわらわらと寄って来てくれたら。
 お兄さんというのも悪くはないのだが、どうにも自分の中で納得いかない。
 それでもちみっ子たちといられるのならと出来るだけ考えないようにしていたのだ。
 そんな苦しみを親衛隊が理解できるはずもなく、雪女郎にお世話できて嬉し涙でも堪えているようにしか見えない。その状況で嫉妬するなというほうが無理な話だ。
 そしてそんな嫉妬の炎渦巻く連中を瀬山が見逃すはずもなかった。


「なぁ、さっきの雪女郎ちゃんのビーチバレー見たか?」
「見た見た! 超可愛かったぁ〜」

 ビーチバレートーナメント決勝戦の前に休憩時間を設けたことで観客は海の家にどっと押し寄せていた。
 おかげで海の家は大忙しでセレンや吹雪たちは客席を止まることなく回り続け、飛んでくる注文の嵐をさばき、厨房では店内側と屋台側からの注文の殺到っぷりにてんてこ舞いになりながらも一つ一つ確実にこなしていった。

「こっち、やきそば上がりました!」

 レグルスが手馴れた様子で鉄板からやきそばを順々にさらに盛り付け、次々に入ってくる注文を確認して再び鉄板に油を敷きなおす。

「随分慣れてきたじゃないか」

 シャリシャリとかき氷を手際よく作りながら綺雲はレグルスに声をかける。
 大会の合間に一気に客が押し寄せてくるのを確認して、厨房責任者のシンドーが屋台側の注文係へと綺雲を回したのだった。

「やっぱり注文窓口には女の子のほうがいいもんねぇ」

 いらっしゃいませ、と綺雲が頭を下げるたびに大きな胸がぷるりと揺れる。
 紳士の目線がその度に下へと動くが綺雲が気付く様子はまるでない。
 先ほどシンドーが立っていたときにはそれほど屋台側の注文口へは客は来なかったのだが、綺雲にバトンタッチしてからはちらほらと客足が増え始め、今では列も出来ている。
 かき氷のシロップも定番のものだけでは普通の店と代わらず物足りないからと、シンドーに提案して様々な味のシロップも用意した。
 イチゴやメロンといった定番のフルーツ系を始め、宇治金時にキャラメルやバニラ、コーヒーに紅茶、果ては味噌風味まで様々な味を用意したのだ。
 これだけあればお客も楽しめるし、何か新しい味を作ってそれが売れたらこの店の名物になる。そう考えて綺雲はどんどん新しいことに挑戦していった。

「すごいなぁ……よし、俺も負けずに頑張らないと!」

 手際よく材料を刻み、鉄板の上に散らばせる。
 さらに調味料を加えて炒めるとジュウッと野菜の焼けるいい匂いが辺りを漂った。
 暑さで垂れる汗を拭いながら、レグルスは笑顔で鉄板に向かうのだった。


「……ねぇ、今の話聞いた?」

 海の家の店内、壁際の席で藤林 エリス(ふじばやし・えりす)アスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)が妖しい笑みを浮かべていた。

「もちろん。さ、今度はあたしたちが仕掛ける番よ。いい加減にみんなの海を返してもらわないとね」

 がたりと席を立ち二人は雪女郎のもとへと向かうのだった。

「ねぇリカイン、兄貴は今頃何してるのかな?」
「近くにいることは間違いないと思うんだけど……」

 あらかた氷像をまとめて動かしたので、リカインとサンドラは海の家を訪れていた。
 いつもの夏の浜辺だったら見つけるのはそこまで難しくないのかもしれないが今年は違う。まるで新年のお祭りか、花火大会かとでもいうような感じで人でごった返しているからだ。
 こんなのビーチじゃないと文句を言いつつ、運ばれてきたやきそばを頬張る。

「そのうち見つかるわよ。いくら遅くても夜までには見つかるでしょう」

 思いの外落ち着いているリカインを見て、それもそうかとお腹に麺を流し込んだ。

 その頃のアレックスはというと。

「やっぱさぁ雪女郎ちゃんのちょっぴりドジッ子なところがまた可愛いと思うわけよ」
「分かる分かる。ボールぶつけて謝ろうとして転んだときなんか可愛かったなぁ〜」

 写真撮っとけばよかった、と本気で悔やむ親衛隊の連中の輪の中、話の内容をあまり理解していないがとりあえず黙って頷いておけば問題ないと紛れ込んでいるアレックスの姿があった。

 あらかた作業を終えた桐条は、店の裏で冷茶を飲みながら涼んでいた。
 そもそもアルバイトの手伝いに来るなんて聞いたこともないのだが、何だかんだ文句を言いながらも結局手伝いに来てしまっている自分は甘いなと自嘲気味に小さく笑う。

「ねぇリース、何か向こうで別のイベントやるみたいだよ。ちょうど休憩だし、ちょっと見に行かない?」

 エプロンを外したリースとマーガレットが裏口から出てきて、何やら話しているようだが、もはや声をかける気力も桐条には残っていない。
 気付けばリースたちはどこかへ出かけたようだ。
 セミの声がやけにうるさく聞こえて、埋め尽くすような人のざわめきが小さく思える。
 厨房から聞こえてくる調理の音と元気の良い声。
 それを聞きながら遥か高く空を流れる白い雲を見つめて、一人の時間を堪能する桐条だった。