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デート、デート、デート。

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デート、デート、デート。
デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。 デート、デート、デート。

リアクション


●水飛沫浴びて恋の花咲く

 ざんぶと水飛沫上げて、冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)の姿が水に呑まれた。
 いや正確に言えば彼女は飛び込んだのだ。大きなプールに。ウォータースライダーを使って。誰よりも愛している冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)と二人で。
 たくさんの泡が弾け昇っていくのを皮膚で覚えながら、日奈々は水面に顔を出した。
「気持ちいいですぅ」
 ほんの少しだが息を止めていたので、肺に入ってくる酸素はひんやりとしている。濡れた髪が漂う感じも心地良かった。
「うん、すっごく!」
 日奈々の体に両腕をまわした状態で、千百合も水面に上昇した。そのまま日奈々を誘導してプールサイドまでゆらゆら、くらげのように泳いでいく。
 日奈々は水飛沫も、水面も、抜けるような青空も目にすることはできない。しかし水の冷たさ、揺れる波、空から射す日光を肌で感じることはできる。むしろその感覚は、他の誰よりも強いだろう。
 けれどそのいずれよりも、日奈々の胸をときめかせるのは千百合の感触だった。千百合の体温、背中に伝わってくる鼓動、耳を撫でる息づかい……すべてが愛しい。
 今日、新調の水着を着た日奈々にすぐに気づいて「似合ってるよ」と千百合は言ってくれた。自分も新調の水着なんだ、と多少照れくさそうに彼女は言い加えてもいる。どうやら、去年の水着は胸がきつくなって着られなくなったらしい。(そのことは、背に当たる彼女の胸の位置で十分に日奈々には判っているのだが、あえてそのことは言わないでおいた)
「どう? 定番のウォータースライダーだけど面白かった?」
「ちょっと怖かったけど面白かったですぅ〜。だってぇ」
 千百合の腕に身を任せながら、日奈々はうっとりと告げた。
「千百合ちゃんがこうやって抱きしめててくれたからですぅ〜」
「嬉しいこと言ってくれちゃって!」
 千百合はくすぐるように、触れるか触れないかのキスを日奈々の耳にプレゼントしてくれた。
 プールサイドにあがると、千百合はすぐに、日奈々の腕を取った。まるで生まれたときからそうしているようなごく自然な動作だった。同じく日奈々も、母猫に従う仔猫のように彼女に身を預ける。二人でいる限り、いつだって千百合は日奈々の目であり杖、いや、それ以上の半身ともいうべき存在だ。
「さて、次はどこに行こうか?」
「えっとぉ……流れるプールに、行きませんかぁ〜? 二人でぷかぷか、漂うんですぅ〜」
「流れるプールか、それもいいね、そうしよう」
 特大サイズのスプラッシュヘブンだけに、流れるプールのスペースもやはり特大だ。
 ウレタン製のボードを波に浮かべて、そこに日奈々、千百合は腹ばいになった。
「ぷっかぷかですぅ〜」
「うん、リラックスできていいよね」
 でも私は、と、日奈々は言った。
「千百合ちゃんといる限り、いつだってリラックスできるんですぅ〜」
 くすくすと顔を見合わせて二人は笑った。
 今日の千百合ちゃんは――日奈々は思った――お日さまの匂いがします、と。

 なんだかもどかしい、というのが、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)を見ていて抱く感想である。お互い好きあっているのは明白なのに、どうしても素直になれない、そんな風に見えるのだ。それでも日進月歩、最近ようやく二人の仲が進展してきたようなので、そろそろこのもどかしさともお別れかもしれない。
 今日にしたって、なんと美羽から誘って、二人でスプラッシュヘブンへ行くのだという。
 プールでデートだ。水着でデートだ。
 これは大変だ(なにが大変なのかはよくわからないが)――というわけで、こっそりとベアトリーチェは二人を尾行している。もちろんプールなので自分も水着だが、地味目の水着で背景になりきり、そろそろと付いていく。今も椰子の木陰から……
「ベアトリーチェ、なにしてるか?」
 ふいに声をかけられ、ベアトリーチェはマンドラコラばりの大きな声を出しそうになった。
 大きな目、大きな口、大きいのは顔のパーツだけではない。背も高ければ胸も……とても大きい。彼女はローラ・ブラウアヒメル(ことクランジ ロー(くらんじ・ろー))だ。ワンピース水着姿であろうとも、そのナイスバディは隠せない。
 かくかくしかじかとベアトリーチェが説明していたところで、更衣室から美羽が出てくるのが見えた。
 美羽はコハクに水着を披露している。その水着というのがなんとまあ、リボンとフリルたっぷりの、グラビアアイドルみたいな姿ではないか。これは随分気合いを入れてきたものだとベアトリーチェには思えた。たちまち、ぱっと花が咲いたようになる。
「美羽かわいぃ……うぐ」
 ローラが手を振って声を上げかけたので、ベアトリーチェは飛びついて彼女の口をふさいだ。
「気づかれてはダメなんです。ほら、コハクくんの反応を確かめないと」
 そうだった、と言いたいのか「ほうひゃっは」と呟いてローラは口を閉ざした。
 ベアトリーチェとローラの位置からだと、コハクが何を言っているのかは聞こえない。だが聞こえなくてもわかる。実際彼はなにも言っていないのだから。絶句したようにコハクは口をぱくぱくしていたのだが、どうもまともに直視できないのか、目を逸らして短く何か告げた。
「コハク、どうしたか?」ローラは気をつけて、ベアトリーチェにだけ聞こえるような小声で告げた。
「戦場で槍をふるえば、一騎当千の強さを誇るコハクくんですが……普段は温和でおとなしい少年です」ベアトリーチェも囁き声で返す。
「つまり?」
「つまり、純情なので美羽さんの水着を真っ直ぐに見ることができないのでしょう」
「ふーん、ややこしいね。どうしたらいいか?」
「これは経緯を見守るしかなさそうですね……」
 そんな会話をしていた折も折、突然美羽が、流れるプールに飛び込んだ。
「あれは!?」
「コハクくんがちゃんと見てくれないことにすねたのかもしれません」
 まあしかし美羽は泳ぎが得意なので……とベアトリーチェは言いかけるも、世には河童の川流れという言葉があることを忘れていたようだ。
 結論から言う。
 美羽は、溺れた。
 運動は得意な美羽のはずである。だが基本中の基本、『泳ぐ前には準備体操』を失念していたのはやはり、せっかくの水着にコハクが向かい合ってくれず、そのフラストレーションが溜まっていたからかもしれない。
 飛び込んだ途端足がつった。しかもプールの流れは、美羽の予想よりずっと速かった。
 たちまち美羽はくるくると駒のように回転しながら流されていった。足が底に届かない。手を伸ばしても縁をかするのがやっとだ。小柄な自分の体をこれほど憎らしく思ったことはなかった。
 パニックになれば呼吸困難になるのが道理だ。しかもそこで少なからず水を飲んでしまい、美羽の意識は一瞬にして泡となった。
 誰かの腕が自分の胴に回されるのを美羽は感じた。細いがたくましく、頼りがいのある腕……。
 気がつくと美羽の背中には、堅い感触があるばかりだった。床に寝かされているのだろう。
 けれど、
 唇には、
 柔らかな唇の感触があった。
 ――コハク。
 その名をはっきり発音できたかは判らない。咳き込みながら美羽は目を開けた。
「良かった」
 彼女の顔をのぞき込みながら、コハクが笑っていた。
 美羽の胸に彼の両腕が置かれている。この姿勢は知っている。人工呼吸(マウストゥマウス)だ。そして自分は、人工呼吸する側ではなく『される』側だろう、どう考えても。
 ……ということは。
 美羽の顔は急に、火にかけたポットのように熱くなった。
 マウストゥマウスということは!
「おめでとうございまーす!」
 祝福半分、からかい半分といった口調で、手を叩いている人物がいる。声だけですぐにわかった。ベアトリーチェだ。来ていたのか。
「コハク、やったね。美羽、助けたね。コハク、いっぱい頑張ったよ。ワタシ、見てた♪」
 しかもローラまでいるではないか。
 美羽はコハクとキスの経験ならある。けれどそれはその場の勢いという感じで、しかも短いものだった。されどマウストゥマウスということならば、まさか一回ということはあるまい。唇と唇が触れあう程度のはずもない。
 記憶にはほとんどないが、美羽の唇は彼の唇を覚えていた。柔らかくて甘い。それに、靱(つよ)い。
「え、えーと……えとえと」
 沸騰した頭で美羽は、ともかく一言だけ、言った。
「コハク、ありがとう……」
 と。
 宝石のような夏の思い出が、ひとつ、美羽にできたようだ。

 本日、白波 理沙(しらなみ・りさ)には使命があるのだ。指名でも氏名でもなく使命だ。要するにThe Missionだ。
 それは本日の同行者、白波 舞(しらなみ・まい)龍堂 悠里(りゅうどう・ゆうり)に関係する話だ。
 先に手札のほうを明かしておくと、悠里が舞を好きだということを理沙は知っている。だが舞の気持ちのほうは知らない。しかしこれは勘だが、舞のほうも悠里に気がないわけではないと見ている。
 したがって本日の理沙のThe Missionとは、二人の仲を取り持つこと、思いを遂げさせるとまではいかずとも、その距離を近づけることなのだ。
 無論、だからといって自分もスプラッシュヘブンで遊ばないわけではない。それどころか主としてランディ・ガネス(らんでぃ・がねす)と共に、大いに楽しむこれぞ一石二鳥の心構えである。
 いや、『心構え』ではない。
 すでに理沙は楽しんでいたのだから!
「うっひゃーーーー!」
 声が裏がえる。なんて波。大波高波すごい波が、理沙めがけて打ち寄せた。音が聞こえたのはそこまで、たちまち理沙は浮き袋がわりのビーチボールごと波に飲まれ、澄んだ青い水とぷくぷくの気泡と、体が浮き上がる水中の世界に包まれることになった。
 すいすいと水をかき分けて理沙は浮き上がり、トビウオのごとく水上に飛び出して新鮮な酸素を胸に吸い込んだ。そんな彼女が身につけているのは、赤チェックのタンキニ水着、ハイビスカスの花を思わせる紅色が、元気な理沙にはよく似合う。
「すっげー♪」
 理沙のすぐそばに、ランディの頭が浮き上がってきた。ランディも水にたっぷり濡れて、髪も頭の耳もぺったりと張り付いている。けれどランディはさっきの波が気に入ったらしい。
「もっかいやろうぜ! もう一回!」
 と、今は静かになった波に向け、両手をむけて煽るようなジェスチャーを繰り返している。
 ビーチボールを見つけて捕まえたまま、理沙は首を巡らせ二人に声をかけた。 
「舞と悠里も楽しんでるー?」
「びっくりしたわ」
 舞は器用に立ち泳ぎしながら、垂れた前髪をかきあげている。
「ここの『波の出るプール』って噂以上ね。ときどき超特大の波が来るとは聞いていたけれど……」
 ふう、と舞は息をついた。彼女の胸元を飾るのはトロピカルフルーツ柄のオレンジ地のビキニだ。いまは水の下に隠れているが、腰にも鮮やかなパレオを巻いている。 
「オレも驚いた。けど、こいつを体験できただけでも満足だ」
 身長のある悠里でもこのあたりの場所では足がプールの底に付かない。舞同様に立ち泳ぎしていた。
「いったん上がらないか? 水泳というのは思った以上に体力を使うものだ。こまめに休まないとな」
 悠里がそう提案し、舞も賛意を唱えたこのとき、理沙の目がきらりと光ったことに気づいた者はなかった。
「そう? じゃあ上がってもいいけど……私はまだ休まなくてもいいかな」
 さりげなく理沙が視線を滑らせると、(実はこのThe Missionについてはなにも聞かされていなかったにもかかわらず)絶妙のタイミングでランディが声を上げた。
「まだまだ休まなくたってオレも平気っ! じゃあ理沙、今度はあっちの高飛び込み台に行ってみようぜ!」
「そうねランディ、そっち面白そうだから行ってみましょ〜」
 ランディではなく舞と悠里に聞こえるようにそう告げると、悠里にむけ短くウインクして、理沙は波の出るプールから上がった。そして、
「行こう、行こうー♪」
 とはしゃぐランディに手を引かれながら、息を呑むほど高い位置にある飛び込み台を目指して歩き出したのである。
 理沙は短いウインクに、意味を込めたつもりだ。
 ――悠里、あとは頑張るのよ☆
 というメッセージである。残念ながら悠里には届いていなかったようだが。
「やれやれ……さすがにあの二人の無限な体力には負けるな」
 肩をすくめて悠里は、舞とともにプールから出る。
「ちょっと泳ぎ疲れたし、何か飲みながら休憩でもしましょうか……」
「そうだな、今のうちに休憩しながら次どこに行くか決めるか」
 ちょうどいい具合に付近に、パラソルとビーチチェアがあるのを見つけ、二人は揃って腰を下ろした。
「あら? もう理沙とランディさんはあんなに遠くにいるわ。本当にあの二人はタフよね〜」
「ま、こっちはこっちで自分たちのペースで楽しむとしよう」
 いつの間にやら二人っきりになっていることに、悠里も舞も気がついていないようだった。まだ『四人』で来ている気持ちなのである。
 だから悠里の言葉も、変に意識して堅くなったりはしない。
「じゃあ、オレはドリンク買ってくるから舞はそこで休んでろよ。ドリンクは何にする?」
「ありがとう。じゃあ、トロピカルドリンクで」
「トロピカルドリンクって一言で言っても色々あるぞ?」
「それは悠里さんのセンスに任せちゃいます」
「また難しいことを」
 悠里は苦笑気味だが、それでも友達を見つけた子犬のような駆け足でドリンクを買いに言った。
 やがて、ブルーのグラスとオレンジのグラス、二つを並べて二人はテーブルに向かい合うことになった。
 他愛もない話に花を咲かせた。普段の生活の延長線上にある会話だが、それでもこの特別な環境ゆえか、妙に語気が弾む。
 理沙とランディに戻る気配がなさそうだと気づいたのは、グラスが空になる頃だった。
「えっと……どうする? 探しに行ったほうがいいかな。館内アナウンスで呼び出してもらうとか」
「きっと盛り上がってるんですよ。私たちは私たちで……その」
 なぜだろう、ふと、胸の高鳴りを覚えながら舞は続けた。
「私たちだけで……移動しながら遊んでいてもいいと思います」
「そうだよな。移動しつつなら理沙たちも見つかるかもしれないし」
「それじゃ……行きますか?」
「行こう」
 無意識にさし出しかけた手を、気づかれないよう引っ込めて悠里は頷いた。