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全ては、あの子の為に

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1章 「領主とクリム」


 〜屋敷近辺・街〜


「ふう……これで大体の資料は調べたかな」

 資料の一枚を机に置き、一息つくエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)
 彼が調べていたのは、この地に伝わる伝承の類。災厄、伝承の魔物等の資料であった。

「ふむ、ここまで調べて可能性が高いのは……死を運ぶ闇の伝承か」

 そういうのは、注意深く資料に目を落としていたメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)

「死を運ぶ闇か、確かにいくつもの資料の中に出て来るワードだけど……何を指しているのかな」
「大きな天変地異、流行病、魔物……ここの資料だけでは、絞り込めそうにないね」

 エースは立ち上がり、大きく伸びをしながら、

「そうなると……やっぱり団長達に話を聞きに行かなきゃだよね」

 エース達は町の図書館を後にすると、領主の屋敷に向かう。
 屋敷の入り口で団長に面会を頼むものの、その対応は冷たく、門前払いに近いものであった。

「……あそこまで追い返すなんて。何かありそうだ……」
「そうだね。しかし、無理に侵入するわけにもいかない。ここは町の人達からの情報に期待しよう」

 メシエに言われ、町の人々から情報を得る二人。
 死を運ぶ闇に関する情報を得ることはできなかったが、領主の屋敷に出入りしていた商人から
 領主と団長のクリムがここ最近口論を頻繁にしていたという。

「口論ね……さすがに内容までは聞けていないみたいだったけど……関係の悪化かな?」

 結論付けようとするエースに待ったをかけるようにメシエが言う。

「いや、そう結論付けるのは早いよ。口論と言っても、内容にもよるし、一概に関係の悪化が原因とは思えない」
「……うーん、もう少し情報を集めてみようか。」

 二人はさらなる情報を集める為に、再び町の人からの聞き込みを開始した。


2章 「潜入」


 〜屋敷内部・地下〜


 屋敷の地下深く。光の届かない蝋燭の灯りのみが頼りの洞窟。
 数人の私兵団員が隙間なく見回りをしているその場所の天井付近の壁に影が一人。

「……こいつを連れてきて正解だったなぁ。普通に潜入していたらあの警備を抜けるのは
 少し骨が折れそうだし」

 そういって、足に装着したモンキーアヴァターラ・レガースを軽く撫でる紫月 唯斗(しづき・ゆいと)
 彼は屋敷に潜入し、情報をかき集めているうちに、地下洞窟の存在を察知。
 警備は決して甘くはなかったが、天井付近の壁を移動することにより、洞窟深部へと達することができている。

 彼の真下で洞窟に似合わない大きな扉の前を警備している二人が話している。
 唯斗はその声に耳を傾けた。

「なあ、個の扉の奥って……何があるんだ?」
「さあな……誰も入れちゃいけないし、入ってもいけないとしか聞いてない」
「……気にならないか?」
「気になるが……鍵をもらってないし、そもそもドアノブのような部分すらないぞ」

 確かに、扉は装飾は施されているものの、ドアノブのような掴む場所が全くない。
 それこそ、装飾された壁のようにも見える。

「……内容を知らされていない、機密保持か……あるいは……」

 考えを巡らせる唯斗であったが、得た情報を頭の中で組み立ててみても、
 答えは結局出なかった。

「もう少し……ここから様子を見てみるか」

 そう言うと、唯斗は息を潜め闇に溶け込んでいった。


3章 「凶手の影」


 〜領地内・屋敷内部〜


 クリムは領地内の地図を眺めていた。
 シエルとリールの逃走経路を割り出す為である。

「雨のせいで視界が悪い、岩陰を経由されたら見つけるのは困難か……」
「いえ、その可能性は低いかと」

 クリムの言葉に割って入る男……ファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)

「あくまで、二人が独力で逃走しているという予想の上での話ですが……」

 ファンドラは静かに歩き、地図のあるポイントを指さす。

「この辺りの地形は荒地も同然。シエルだけならば何も問題はありませんが……
 この雨の中、町の外を歩きなれていないリールを連れていては、例え最短経路でも
 使うことはできないかと思いますよ」

「ならば、平原の方に放った者達の報告待ちだな……して、そちらの凶手は
 依頼を完遂してもらえるのだろうな?」

 ファンドラは感情の籠らない瞳をクリムに向け、言う。

「ええ、依頼は完遂させていただきます。彼女に任せておけば何も問題はありません」

 彼の口は笑っているが、目は一切笑っていない。何か異質な感じのする男、ファンドラ。
 戦闘経験豊富なクリムでさえ、その底知れぬ異質感に言い知れぬ不気味さを覚えるほどであった。

「ならば、いい。この計画、依頼の成功が明暗を分ける。しっかりと頼んだぞ」
「はい、わかっていますとも」


 〜領地内・平原〜


 シエルとリール、契約者達の前に不自然すぎる小高い丘が現れる。
 その上に立つのは白衣の人物。ドクター・ハデス(どくたー・はです)

「フハハハハハハッ!! 運搬ご苦労! 契約者の諸君ッ!! 
 リール嬢の身柄は我々秘密結社オリュンポスが受け取ろう!!
 その方が彼女の為……ひいては秘密結社オリュンポスの為になるのだ!!」

 北都が言う。

「とりあえず、無視して先を急ごうか」

 モーベットもそれに答える。

「そうだな、我も同感だ」

 小型飛空艇オイレが速度を上げ、ハデス達の前を横切ろうとした時、
 エリート戦闘員とオリュンポス特戦隊がその行く手を阻む。
 バズーカやら機関銃の砲撃を受け、小型飛空艇オイレは地上に不時着する。

「フハハハハハーーッ!! そのぐらいの行動、俺が読んでいないとでも思ったか!
 ふっふっふ……ここまで面白いように計画通りにいくとは、我ながら自分の才能が恐ろしくなる」

 丘の上でハデスは自らを自画自賛している。誰も言葉を聞いていないことなぞ気にしていないようだ。

「……こんな所で捕まるわけにはいかないんだッ!!」

 特戦隊と交戦するものの、体力がまだ回復していないシエルは押し込まれてしまう。

「ぐわああッ!!」

 特戦隊の機関銃がシエルに狙いを定める。銃が火を噴き――特戦隊は倒れた。
 セレンの【シュヴァルツ】【ヴァイス】から白い硝煙が立ち上っている。

「まったく、回復魔法で傷は回復しても体力は戻らないんだから大人しくしてなさい」
「……す、すいません……」

 セレンは落ち込んだ様子のシエルの背中を叩くと、

「ほら、落ち込むよりも先にやる事があるでしょ? サポートするから、まずはここを切り抜けるわよ!」
「……は、はいっ!!」

 セレンの言葉に励まされ、シエルは再び立ち上がった。

「そろそろ頃合いか……さあ行けッ! 我が部下、鬼怪人・神奈よッ!!」
「だっ、誰が鬼怪人じゃ、誰がっ! ま、まあ命令じゃからな……仕方あるまい。
 そのような小娘一人、あっさりと攫ってきてやろう」

 顔を伏せ、赤くなり始めたその表情を見せないようにして奇稲田 神奈(くしなだ・かんな)は叫ぶ。

「べ、別にハデス殿のためではないからな!
 か、勘違いするでないぞっ! よいなッッ!!」」

 ハデスに紹介された鬼怪人、もといは神奈は
 丘から飛び降りると、リール目掛けて一直線に駆ける。
 走る神奈を上から見ていたハデスはふと、小型飛空艇オイレのそばにいたリールと視線が合った。

「フハハハ!領主の娘よ! お前の父親や家族を殺した私兵団が憎くはないか?
 復讐がしたければ、我ら秘密結社オリュンポスが復讐を手伝ってやろう!」
「……そんな、復讐……なんて、私は……」

 ハデスの言葉にその表情を曇らせるリール。
 その様子は気にせず、ハデスは言葉を続けた。

「…なに。対価は、お前の領地で構わん。どうせ、貴様のような小娘に領主は務まらん。
 復讐を終えた後は、そこの男と幸せになるなり、好きな人生を歩むがよかろう!」

「好きな……人生……でも……私は……」

 困惑するリールの元に神奈が接近する。

「では、この小娘は頂いて……ッ!?」

 神奈は何かを感じ、咄嗟にバックステップする。
 さきほどまで神奈のいた位置に数本の短刀が突き刺さっていた。

「すまぬな。こやつらはわらわの獲物じゃ。」
「なんじゃとっ! 横から出て来て横取りとはずいぶんと行儀の悪いッ!」

 童子切りと龍神刀を構えた神奈は、突如現れた少女と相対する。
 少女……辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は毒虫の群れを放つ。

「うわっ!? なんじゃこの虫どもはええい、小賢しいッ!!」

 乱撃ソニックブレードを放ち、毒虫の群れを蹴散らした神奈の目の前に白い粉が舞っていた。
 呼吸を止める間もなく現れた為、思いっきり粉を吸い込んでしまう神奈。

「が、はッ……ひ、がぁ……」

 数秒も経たずに地面に倒れ込んだ神奈は、ビクッビクッと、小刻みに痙攣する。
 その目の焦点は合っておらず、閉じることができずに開かれたままの口からは
 だらしなく舌が垂れさがり、口の端から流れ出る涎が淫靡な感じを醸し出していた。

「安心するがよい。毒薬でも媚薬などではなく、ただの身体が動かなくなるだけじゃ。
 依頼外の殺しはしない主義なのでのう」

 神奈に背を向け、シエルの元に駆ける刹那。
 シエルが振り向くよりも早く、その身体を柳刃刀で貫いた。

「ぐはッ……お前は……がふっ」
「悪く思うなよ、こちらも仕事じゃからでのぉ」

 口から血を吐き、血は口から溢れ、彼の首のペンダントを紅く染めていく。
 その場に力なく崩れ落ちるシエル。
 それを見ていたリールが悲鳴を上げる。

「嫌ぁあああッ! いや……シエルーーッ!!」

 セレンは刹那に反応し、銃撃を行うもののその銃弾は全て短刀で防がれている。

「哀れよのぅ……貴様のような小娘と共にいなければ、人並みの一生を送れたものを。
 こやつの人生を奪ったのは、狂わせたのはお前じゃ、リール」
「私が……シエルの……」

 リールの瞳が暗い闇に彩られ始める。

「そうじゃ、こやつを殺したのは……死の運命に導いたのは、お前じゃ……リール」
「あ、ああ……あああああああああああああああああああああッッッ!!!!」

 叫び声を上げたリールを黒い霧のようなものが包み込み、周囲の空気を一変させた。
 重苦しく、ここにいる事さえ嫌になるような嫌悪感。
 纏わりつくような、死の香り。

 刹那は紅く染まったシエルの首元を眺めると、

「依頼は完了……ここに長居は無用じゃな」

 刹那はリールの変貌を見届け、その場を離脱する。

「うァァァアアアアアアああああああああああーーッ!!」

 リールの悲しい叫び声が辺りに響き渡っていた。