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第5章 友人とキノコ

「ね、ルゥちゃん」
「……んー」
「ルゥちゃんてば!」
「わ! え、な、何、急に?」
「美笑さんは、先程から呼んでらっしゃいましたよ」
 神羽 美笑(かんなわ・みえみ)は、ぼーっと一点を見つめているルゥ・ムーンナル(るぅ・むーんなる)と、そんな彼女の側に寄りそうメルティナ・バーンブレス(めるてぃな・ばーんぶれす)に小さな笑いを漏らす。
 ルゥの視線の先にいるのは……
「行きたいんでしょ、雅羅ちゃんの所に」
「え、あの……」
 図星を指され、戸惑うルゥ。
 もうじき、ルゥは転校する。
 その前の想い出づくりに、雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)と秋の一時を過ごしたかったのだ。
「行ってきなよ。私の事はいいから」
「で、でも……」
 背中を押す美笑を、心配そうに見る。
「実は、私も気になるヒトがいるんだ。だから、ね」
「……ん、じゃあ行ってくる! ありがとね」
「がんばってねー」
 走って行くルゥに向かって大きく手を振る。
「さあ、私もがんばるもんね!」
 つい先刻。
 ルゥが、主催のサニーに差し入れのワインを渡すのに付き合ったとき。
 その時会ったあの人が、忘れられないっ。
 サニーたちのいる輪の中に向かう美笑。
 一生懸命何か話しているあの人に、声を、声をかけて……
「……もふもふーっ!」
「……っ!?」
「もふもふもふもふーっ! あぁもう我慢できないはにゃーんごめんなさいごめんなさいっ!」
「……ぁ、う……」
 キノコの効果で我慢できなくなった美笑が飛びついたのは、エメリヤン。
 突如飛びついて来た美笑に驚いた様子だったが美羽自身もまた驚いているようで。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいーっ!」
 謝りながらもモフることを止められない。

   ※※※

「あった! でも気を付けてね雅羅。あなたの事だからどんな毒キノコに当たるか分からないんだから」
「否定しきれない所が悲しいわね……」
 雅羅・サンダース三世は白波 理沙(しらなみ・りさ)たちとキノコ狩りをしている最中だった。
「はあ……」
 少し離れた所から、想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)が七輪や炭など重い荷物を持ってついて来ている。
 どこか気まずそうに。
 先日の満月の夜の告白。
 あれ以来、雅羅と会う機会をわざと避けていた夢悠を引っ張ってきたのは想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)だった。
「雅羅ちゃんを災難から守るために参加しなさい!」
 と言われれば、やはり行かざるを得ない夢悠だった。
「雅羅っ! 私も一緒していい?」
「ええ、構わないわ」
 そこに、ルゥとメルティナも合流する。
「よーし、じゃあここらでキノコを食べることにしましょう!」
 そう言うと、早くも夢悠に七輪の準備をさせて網の上にキノコを乗せる瑠兎子。
 実は、彼女にはある目的があったのだ。
「ほらほらもう焼けた! まずは雅羅ちゃん、どうぞ!」
「ちょーっと待ったあ!」
 瑠兎子が雅羅に差し出したキノコを横から取り上げたのは理沙。
「雅羅が食べる前に、まず変なキノコじゃないかよく確認してからにしなきゃ」
「えー、大丈夫よ(ちっ……)」
「おー、美味そうなキノコ!」
 言い合う理沙と瑠兎子の間に割って入るとひょい、とキノコを取り上げた影。
 ランディ・ガネス(らんでぃ・がねす)は一瞬の躊躇もなく、それをぱくりと口に放り込む。
「あーっ」
「あー」
「何だよ、こんだけあるんだから先に食ってもいいだろ……ん?」
 驚く二人にむくれて見せるランディだが、ふと自分の内に湧きあがる異変に気付く。
「……したい」
「え?」
「読書が……したい! 本が、本がっ、小難しい本が読みたーいっ!」
「えー!」
 突如として知識欲が発現したランディは、理沙の荷物を奪い取ると中にあった本を取り出して読み始める。
「ふむふむふむ……ちっとも分かんねっ! ああけど止めらんねえ……」
「なにこれ」
「何だか分からないけど……こんなの絶対おかしいわ! 雅羅! みんな、キノコ食べちゃ駄目よ!」
 本を読み続けるランディを、彼の事をよく知っているだけにそれがどれだけ異常事態か察知して他の友人たちに警告をする理沙。
 しかし時すでに遅し。
「もぐもぐ……ごくん」
「んっ。よく焼けています」
「おいしいね、これ」
 既に全員、キノコを食べてしまっていた。
「あ……」
 最初に動いたのは、夢悠だった。
「あ……ど、どうしよう。オレ、オレ……」
(よっしゃあ!)
 心の中でガッツポーズをとる瑠兎子。
 彼女は夢悠が雅羅との一件がトラウマになって同性に走らないかを懸念していた。
 ショック療法として、パラミタクヤシイタケを食べさせ雅羅への欲望を解放させようと思っていたのだ。
「オレ……いや」
 ゆらり。
 夢悠は立ち上がる。
(それ行けそれ行け押し倒せーっ!)
 一歩、二歩、雅羅の方に歩を進めた夢悠は、大きな声で宣言した。
「ワタシ、雅羅みたいにもっと可愛くなりたいの!」
「は?」
「え?」
「はあ……」
「きゃー言っちゃった! でもでもワタシもっと本物のオンナノコみたいになりたいのっ。最近女装ばっかりしてたでしょ。それで……」
 手で顔を隠してきゃあきゃあと恥じ入る夢悠。
 その仕草は完全に、女の子。
 あまりにも意外な欲望の告白に、その場にいた全員がぽかーんと口を開ける。
 その開いた口に、ピンク色の煙が……
「雅羅ーっ!」
「きゃあっ」
 もふんっ!
 雅羅の大きな胸に、顔が埋められた。
 それは夢悠ではなく、ルゥだった。
「ああおかしいわ大事な友達にこんな事したくないのに…… キノコ食べたら、甘い空気を吸ったら、ううん、雅羅の顔を見てたら我慢できなくなっちゃったの!」
「ああっ」
 ふにふにと雅羅の胸の中でルゥの顔が動く。
「ぷはっ……ね、雅羅、キスくらい……いいよね」
「は……んっ」
 災難体質の名に違わずピンク色の煙を誰よりも吸い込んでしまった雅羅が、どこか正気を失ったような熱に浮かされた瞳でルゥを見る。
「雅羅……」
 ルゥの顔が雅羅に近づく。
「いいわけないでしょーっ!」
「雅羅ーっ!」
 衝撃。
 ルゥの頭に。
 夢悠が2人の間に割り込み、理沙がルゥに体当たりをした。
「きゅう」
 ばたりと倒れるルゥ。
 メルティナがそれを素早く抱き上げる。
「すみませんお騒がせしました! ルゥさんは、静かな所で休ませておきますね」
 そう言うと、ルゥを引きずって去って行く。
 その後、ルゥはメルティナのほっぺチューや膝枕といった手厚い看護を受けることになる。
 ルゥの意識が戻らない事がメルティナを加速させ、看護は次第にエスカレートしていき……
(あぁ、違うんです、何か変です。私、こんなことするつもりじゃなかったのに! でも、でも幸せすぎて止まらない! せめて私が男なら……くやしいっ!)

 ちなみに本物の男、夢悠はというと。
「うあーんっ!」
「あ、夢悠〜っ!」
 正気を取り戻した夢悠は、キラキラと涙を散らしながら遠くへ走って逃げて行ったのだった。