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紅葉祭といたずら狐

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紅葉祭といたずら狐

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其の壱:紅葉祭開催中!



 赤、黄、橙と綺麗に色付いた妖怪の山。

 その麓には沢山の屋台が並んでいた。

 『紅葉祭〜もみじまつり〜』も開催されていることから、妖怪の山の麓には大勢の観光客が訪れていた。

「秋といえば紅葉、見事に色づいてるわね」
 奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)は麓から山を見上げていた。色の異なる木々が見せるグラデーション。それは自然の芸術と言っても過言ではない。

「あ、もみじまんじゅう!」
 隣を歩いていた雲入 弥狐(くもいり・みこ)がそう言ってカエデの葉を指差す。それを見て沙夢はくすっと笑った。

「そうね、少し何か食べましょうか。弥狐は何が食べたいかしら?」
「チョコバナナ! チョコバナナ食べたい! あとりんご飴も!」
 弥狐は沙夢の手を引き走り出す。

 二人は屋台を巡る。弥狐が買いたがるのは全て甘いものである。

「まったく。そんなにお菓子ばかり食べてたらお腹壊すわよ?」
「大丈夫! 獣人は体丈夫だもん。この位でお腹壊したりしないよ!」
 弥狐は口いっぱいにチョコバナナを頬張りながら、次の屋台へ向かう。獣人の鋭い嗅覚は甘い香りの出所を正確に捉えていた。

「あったあった! あの屋台から良い匂いするよ!」

 弥狐の向かう先には一軒の屋台が。屋台の前ではミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が興味深そうに中を覗き込んでいた。

「ねぇ、ホントに大丈夫なの?」
「大丈夫だって。まぁ見てな!」

 ミルディアが心配そうに見つめる中、屋台の店主は丸いアイスクリームに衣をつけると、高温の油の中にそれを放り込んだ。

「わ、溶けちゃうよ!」
 弥狐が驚いた声を上げる。しかし店主は気にすることなく油の中でアイスを転がし、そして十秒も経たずにそれを掬い上げた。

「ほらよ、できたぜ!」
 店主が揚げアイスを皿に移し、ミルディアに差し出す。
 皿を受け取ったミルディアは、緊張した面持ちでそれを箸で持ち上げると、一口齧った。

「! おいしーい!!」
「え、ほんと!? あたしも食べるー!」
 
 沙夢が二人分注文する。ややあって衣付きのアイスが皿に盛られ、二人に手渡された。早速口に運ぶ弥狐。

「あつぃっ! あ、でも冷たい!」
「ほんとね。外側は凄く熱いのに、中は冷たいまま。アイスも溶けてないわね」
 驚いた顔をする弥狐と沙夢。隣でミルディアが店主に尋ねた。

「ねえねえ、何で溶けないの?」
「んーまあ数秒しか油に入れてないからな。溶けきる前に取り出すからじゃねえか? 俺も良くわからんが」

 ミルディアは食べかけのアイスに視線を移す。表面に衣をつけたそれは、衣に近い部分だけやや溶けているものの、中の方は未だ冷たく形を残していた。
 ぱくり、ともう一口。カリカリとした甘い衣に、甘いアイスクリーム。相性はばっちりである。

「おいしかったー。ごちそうさま!」
 弥狐が食べ終わり、皿を店主に返す。程なくして沙夢も完食し、二人は他の屋台へと歩き始める。

「あ、あっちにたい焼きの屋台あるよ!」
「もう……そんなに食べて太ってもしらないわよ?」

 それを聞いて、アイスを口に運んでいたミルディアの手が止まった。

「……明日からは運動を増やさないとダメかなぁ」
 そう言って溜息をつく。ミルディアは最後の一口を口に運ぶと、皿を店主に返しその場を後にする。

「ま、せっかくのお祭りだもん。今日は思いっきり楽しもうっと! おじちゃん、焼きそばひとつー!」
 後のことは明日考えれば良い、と、ミルディアは次々と屋台のご馳走を堪能していった。




 リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)ラグエル・クローリク(らぐえる・くろーりく)もまた屋台を巡っていた。

 彼女達は雪女へのお土産を探していた。ラグエルがお願いをする為である。

「雪女も女の子だから甘い物好きだよね? ラグエルが甘い物お土産に持っていったら、クリスマスに雪降らせてくれるかな?」
「きっと一杯降らせてくれると思いますよ」

 手を繋いでお土産に買うものを探す二人。しばらく歩いていると、リースはわた飴を売っている屋台を見つけた。

「そういえば、わた飴って雪と似ていますし、雪女さんも親近感が沸くんじゃないでしょうか?」
「それなら雪女も喜んでくれるかな? リース、わた飴買おう!」

 ラグエルがリースの手を引き走り出す。
 二人は屋台でわた飴を一つ購入する。割り箸についている物ではお土産に持っていくのは難しいので、袋入りの奴である。
 可愛らしい模様のプリントされたわた飴の袋を持って、ラグエルは笑顔で歩き出す。

「後は雪女さんを見つけるだけですね。山奥に行けば会えるでしょうか……?」

 二人は登山口へと向かう。そしてもう少しで到着、というその時。突然ラグエルが駆け出した。

「あ、雪女!」
「ま、待ってラグエルちゃん!」
 リースが慌てて後を追う。ラグエルは一軒の屋台に向かうと、店主へとわた飴を差し出した。

「雪女、これあげる! 雪みたいな飴なんだよ! ラグエルね、クリスマスにお友達と雪だるま作りたいの。だから今度のクリスマスにいーっぱい雪降らせて下さいっ!」
「ら、ラグエルちゃん。その人は雪女さんじゃないですよ。店主さんごめんなさい。気にしないで下さいね」

 おどおどと謝罪するリースに対し、女性の店主は楽しそうに笑っていた。
 綺麗な着物を纏った店主は、ラグエルが差し出したわた飴を受け取ると、笑顔で話しかける。

「ふふっ、面白い子ね。私の友達に雪女がいるわ。ここの品物一つ買ってくれたら、その友達に今のお願い、伝えてあげてもいいわよ?」
「買う!」

 ラグエルが勢いよく返事をする。
 リースはお金を払い、りんご飴を二つ買った。そしてもう一度店主へ謝罪を述べると、ラグエルと手を繋ぎ、飴を食べながら歩き始める。

 人ごみに紛れ二人の姿が見えなくなると、店主はラグエルに貰ったわた飴を一摘み、口に運んだ。

「雪みたいな飴、か……。まったく、今年のクリスマスは忙しくなりそうね」
 



「屋台全部制覇するのにゃー!!」
 そう言って一つ、また一つと屋台で食べ物を買うクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)

「まったく……少し食べ過ぎじゃないか?」
 後を追うエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が溜息をついた。
「だってせっかくのお祭りだもん。お腹一杯たべなきゃ損なのにゃー!」
「底なしの胃袋でお腹一杯、ねぇ。一体いつになることやら」

 そう言って肩を竦めるエース。クマラと会話しながらも隣を通る女性に小さな花束を渡すことだけは決して忘れない。
 屋台を順に回っていたクマラに、ふいに声が掛けられる。

「そこの元気なボク、たこ焼きはいらないかい?」
「いるいる! 一個ちょうだいなっ!」

 クマラが声を掛けてきた女性の屋台へと駆け寄る。
 屋台にはパック詰めされたたこ焼きがいくつも並べられていた。どれを買おうか悩むクマラの隣後ろから、別の人物が屋台を覗き込む。

「ほう、美味そうだな」
 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)はクマラの隣に並ぶと、店主へと視線を向けた。

「すまないが、私は出来立てのやつが食べたいのだ。作っていただけるかな?」
「ん、別に良いよ〜」

 店主はニコニコと笑ったまま答えた。そしてたこ焼き機に火をつけると、油を塗って生地を流し込んだ

 その時、エースの使い魔が彼に耳打ちをした。
「……え、本当かい?」
 エースは目を凝らして店主の手元を見つめる。店主は焼けたたこ焼きを手際よくひっくり返していた。
 だがしかし、よく見ると手の動きがおかしい気がした。まるで固くて重みのあるものを引っくり返しているような……。
 それに気がついたとき、エースの視界の中で、たこ焼きだったはずの物が全て石ころへと変わっていた。

 驚くエース。ふと隣を見ると、アルツールが店主の行動を見ながら愉快そうに笑みを浮かべていた。どうやらこの人も気付いているらしい。 
 店主はたこ焼きを作る『ふり』を終えると、石ころをパックに詰めアルツールへと差し出す。

「はいどうぞ。やっぱり焼きたてが一番だよね〜!」
「ああ、いいものを見せてもらった」

 店主が不思議そうに首を傾げる。アルツールは差し出されたたこ焼き紛いを受け取ると、代金を置いて背を向ける。
 そして、背を向けたまま言った。

「祭とは、日常から離れたいわば泡沫の夢。私は祭で面白い隣人に出会い面白い夢を見た、ただそれだけのことにすぎん。
 だが、人は時に悪魔よりも恐ろしい。祭を楽しむのに人も狐も無いが、イタズラもほどほどにせねばせねば、いつか大きなしっぺ返しを食らうぞ?
 それでは異国の隣人よ、良き祭りを」

 そう言って歩き去るアルツール。

 エースが店主へと目を向ける。店主の顔は青ざめ、引き攣った表情をしていた。

「エース、オイラはこの大きいやつ欲しいのにゃ!」
 唯一この状況に気付いていないクマラが、大き目のたこ焼きが入ったパックを指差し声を上げる。

 エースはクマラの選んだそれを手に取ると、代金を置き、そして小さなブーケを店主へと差し出した。

「じゃ、またね。狐のお嬢さん」

 ブーケを受け取った姿勢のまま、店主の動きが止まった。
 エースはクマラの手を引いて、その場を後にする。
 

 その後、たこ焼きが偽者だと知ったクマラが本物を貰うために戻ったが、その屋台は忽然と姿を消していた。
 屋台のあった場所にはたこ焼きと同じくらいの大きさの石ころが沢山転がっていたという。




 紅葉祭本部にはボランティア募集の張り紙があった。
 それを見て沢山の人がボランティアに参加し、スタッフの腕章を付けた者達が怪我人の手当てや苦情の対応、見回りなどを行っていた。
 ちなみに、そのうちの半数以上が『賄いは栗ご飯と焼き芋』という表記に釣られてきたのは言うまでもない。

 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)もその一人だった。
「栗ごはんに焼き芋、楽しみねー。早く食べたいわ」

 彼女はスタッフの腕章をつけ、見回りをしていた。
 隣で周囲を警戒していたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がセレンに声を掛ける。

「もうすぐ賄いが出る時間ね。そろそろ一旦切り上げて本部に戻りましょうか」

 二人が本部へと向かおうとしたときである。

「きゃああっ!!」
 
 突如聞こえる悲鳴。振り向いたセレン達の視線の先で、一人の男が女性の荷物を無理やり奪い取ろうとしていた。
 荷物を奪い逃走しようとした男だったが、突然その足元に銃弾が撃ち込まれ動きを止める。

「はーい、残念ね。今日のお仕事はこれでおしまい。しばらく刑務所で人生修業でもやってなさい」
 男の足元に銃弾を撃ち込んだセレンは、銃を向けたままそう言い放った。

「ちっ……!」

 銃口を向けられた男がセレンを睨みつける。
 その時、セレンの後方から人垣を抜け別の男が飛び出してきた。

「おらあっ!!」
 男はナイフを手にセレンへ突進する。
 
 だがその刃がセレンに届くよりも先に、電気を纏ったセレアナの手が男に接触。男は一瞬体を痙攣させるとその場に崩れ落ちた。
「あら、仲間がいたのね」
「このまま一緒に連行しましょうか。正直運ぶのは大変だから、そこの男の人に運んでもらいましょう」
 そう言ってセレアナは蹲ってる男に視線をやる。

 二人は盗みを働いた男らを本部まで連行した。ちなみに気絶した相方をもう一人が背負って歩いている。

 二人が本部に到着すると、既に賄いが振舞われていた。

「まったく、何も怒る事ないじゃない!」
 賄いの栗ごはんを皿によそうセレンが納得いかないと言った様子で口を開く。

 彼女は先程の男達を本部の者に引き渡した際、スタッフに注意を受けていた。
 曰く、悪者相手とはいえ銃撃はやりすぎだ。祭り会場内では発砲しないでくれ、とのこと。

「犯人捕まったんだし別にいいじゃないの! もう、こうなったら栗ごはんも焼き芋も遠慮なく食べてやるんだから!」
 そう言って食べ物を皿一杯に盛るセレン。

 元々そのつもりだったでしょうに……というセレアナの呟きは彼女に聞こえているのかいないのか。