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リアクション
第3章 石柱前の困惑
石の中に眠る千年瑠璃の応えをもらった者は、まだ誰もいない。
彼女に、石柱前に立つ立候補者たちの声は、トライアルで示される力は届いているのか。
そもそも、彼女はそれを感じ取れる状態にあるのか――答えられる者は、いない。
リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、朗々と歌い上げる。冷ややかな瑠璃色の石柱の表面に、歌姫の声が響いて細かく震える。
千年瑠璃に聞こえているかは分からない。声の波が、この巨大な結晶ごと彼女の体を震わせれば、何か感じるかもしれない。
彼女を倒したいわけではないので、スキルを使うわけではなく、ただ純粋に歌う。
もともとは歌で宴の彩るつもりでり参加しようと思っていたのだがど、特別損があるわけでもないしそうすれば間近で見られるだろう、くらいの気持ちで立候補することにしたのだった。
瑠璃色にけぶる石柱の中の彼女は、生きてこの歌を受け取れるのだろうか。
(すでに死んでいるという噂の一方で大罪者だから滅ぼすという予告……)
もちろんリカインも、殺害予告のことも死亡説の噂も知っている。
(普通に考えれば千年瑠璃のことをより知っているのは後者で、その言い分を信じるならまだ彼女は生きていることになりそうだけど……?)
しかし、石の中の彼女は何の答えも示さない。
(貴女が何かを示さなければ憶測が独り歩きするだけ)
リカインは歌い続ける。
隣でケセラン・パサラン(けせらん・ぱさらん)は漂い続ける。ふよふよと。
「無限の時持つ肉体に、魂もまた無限の歩みを進むのか? 永久なる道を前にして、映るは希望か絶望か?
その答えはあまりに遠く、ただただ道標を頼るのみ……」
ふよふよしながらぼそぼそ呟き続ける。
それはリカインの朗々とした歌声にかき消されるし、聞こえたところで妙に意味深すぎて、彼の真意を汲み取れる人物はこの場にはいないだろう。
(魔鎧にとっての「死」をはっきりさせないことには千年瑠璃の生死を問うことに意味はない)
(それに、自ら望んでこうなったのであれば、外から強引に干渉して呼び覚ますような真似は迷惑でしかないんじゃないか)
もちろん、それらの考えは誰にも汲み取られず、彼はふよふよし続けるだけ。
千年瑠璃は沈黙を続ける。ケセラン・パサランは漂いながらぼそぼそ語るが、どちらも他人には答えが得られるものではないことは奇妙に共通している。
そんな彼女の歌声をバックグランドミュージックに、トライアルを終えた立候補者たちの間では、動揺のさざめきが広がっていた。
「力がほとんど出せなかった。あの石柱を動かして見せるつもりだったのに」
「本当は俺の魔力はあんなものじゃないのに」
そんな、不本意に終わった立候補者たちの声がやたらに多い。
立候補した契約者たちの間でも、同様の意見はちらほらと出てきていた。
「はぁ〜……確かに、綺麗な人だなぁ」
巨大石柱を見上げ、曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)はぼんやりと感嘆した。
「初めまして、千年瑠璃さん。
オレは曖浜瑠樹。瑠璃の大樹って書いて、りゅうきって読むんだ」
仲間になろうとしている人にでも挨拶するかのように、緩やかに親しげに、話しかけ、自己紹介する。
もともと、千年瑠璃に注意を引かれたのは、自分と同じ字が入っていたことがきっかけだった。
それに、『美しすぎる魔鎧』の謳い文句。一度、自分の目で、すぐ近くで見てみたいと思っての立候補。
「だから、正直言うと、主になる気はあんまりなくて……ごめんなぁ。
けど、パートナーにはなれなくても、友人になれたら嬉しいねぇ」
答えのない瑠璃色の中の彼女に話し、瑠樹はゆるりと笑いかける。
同じ字が入っていたから気になって、という他愛もないきっかけだけど、これがいい縁となって、いい人間関係が結ばれたならそれはとてもいいことだと思うのだ。
「立候補者は皆やってるみたいだし、折角だから俺も何かしないとねぇ」
と、トライアルとしてのパフォーマンスに挑むことにする。
――まずは、【歴戦の武術】で周囲全員にアピール。
一旦停止後、【疾風突き】。そこから【 風に乗りて歩む者】でふわりと飛んだかと思うと、ふっと消える――【光学迷彩】だ。
そして、千年瑠璃の正面に現れ、パフォーマンス終了を告げる丁寧な一礼で締めくくる。
見ていたテラスの方からは感嘆のさざめきや拍手も起こるが、石柱の中の彼女は沈黙のままだった。
「りゅーき、あの人に選ばれるんでしょうか…」
石柱のある辺りを中心に旧・謁見の間の警備をしながら、
マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)は何となくやきもきしていた。
(千年瑠璃さん、綺麗な方ですね……)
パートナーの瑠樹の番を、妙な事しませんよね? と内心はらはらしつつ(妙なこと=素っ頓狂な事、スケベな事ではない)、何となく変にもやもやする気持ちを拭えない。彼が綺麗な女性を追いかけるような性分ではないことは知っているし、今回も本気で彼女を獲得しようとしているのではなさそうなことは分かっているのだけど……
そうこうしているうちに瑠樹のパフォーマンスが終わり、何事もなかった様子で彼が石柱の前を辞したので、ホッとして駆け寄った。
「良かった〜。……りゅーき? どうかしたですか?」
マティエの問いに、何となく腑に落ちない表情でぼさぼさ頭を掻きながら、瑠樹は答えた。
「ん〜。なんだか、思ったよりうまく行かなかったんだよねぇ。特に疾風突きが。自分ではもっと、素早く勢いのあるところを見せられると思ってたんだけど」
「りゅーき……」
「あー、まぁ、思ったようにできたところで、自分が選ばれるとは思ってないけどねぇ」
「……けど、りゅーき……他にも、そういうこと言ってる人たち、沢山いるみたいですよ……」
先にトライアルを終えたクリスティーは、やはり剣技の披露で違和感を覚えた。エメは、推理の辺り外れとは別に、光条兵器の切れが予想したとおりにならなかったことに当惑した。
「一人二人なら単に、個人的な不調って言えるだろうけど……ほぼみんながっていうのは……」
旧・謁見の間の片隅。クリストファーは、自分のパートナーも含めた彼ら立候補組の契約者たちの話を聞いて、眉を顰めた。
が、歌を歌ったリカインは、特にそのようなことは感じなかったと言った。
「武術の試技に限った話、だということか……?」
話をしていた一同は、今、石柱の前に立つ、古い民族色の強いデザインのマントを羽織ったシャンバラ人らしき男は、剣を構え、迫力を出したいのか相当石柱に近付いて素振りをしている。だが、素人目にも太刀筋がよくない。挙句に思いっきり石柱に当てて手が痺れていた。どうやら石柱はかなり頑丈なようで、先程から誤って武器を当ててしまう者が何人かいたが、傷つく様子もない。中の女性もそれでダメージを受けた様子はない。というか、今まで何に対しても反応が示されない。当然、誰も選ばれてはいない。
あの男も、実力を出し切れなかったのだろうか。肩を落とし、剣を鞘に納めて出ていくマントの男を見ながら、契約者たちは考えた。
順番を追って流れるように出てくる立候補者たちの波が途切れて、一休みとなった。テラスの客の、自由な歓談を楽しむ声が一段と大きく聞こえてくる。
「お茶を淹れました。どうぞ」
ワゴンを押して、執事姿の清泉 北都(いずみ・ほくと)が、モーロア卿とジェイダスに茶と菓子を運んできた。
「ありがとう。頂くよ」
手際よくカップを用意して茶を注いで二人の前のミニテーブルに出し、茶請けの菓子を並べると、北都は慇懃な所作で一礼し、二人の傍を辞した。
去り際、北都は千年瑠璃の眠る石柱を見上げた。
――これが、『美しすぎる魔鎧』と言われる千年瑠璃。
北都は押していたワゴンから片手を離し、さりげなくその表面に触れた。
――【サイコメトリ】。
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