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リアクション
11
及川 翠のパートナー、椿 更紗(つばき・さらさ)は、ナノマシン拡散状態でハーパーの家に忍び込んでいた。ほとんど目に見えぬ状態とはいえ、気配には悟られることがある上、この状態で攻撃を受けるとダメージは大きい。とにかくひたすら、気づかれぬことを祈っていた。
ハーパーは、鬼頭 翔(きとう・かける)とカミーユ・ゴールド(かみーゆ・ごーるど)の訪問を受けていた。すぐ傍の椅子に座っている黒髪の女性が、サリーだろう。サングラスをかけ、鎧を身につけている。
「ああ、報酬はいりませんの。私も商売人の端くれ、あなたの商売に一枚かませていただければ、と。もちろん、タダでとは申しませんわ。手付金としてコレをお納めくださいませ」
目の前に置かれた黄金に、ハーパーは釘付けになった。脈あり、とカミーユはほくそ笑む。事前の情報によれば、ハーパーは土地を買い漁った結果、資金不足に苦しんでいるという。この話に飛びつかないわけがなかった。
だが、
「いやいや、ちょっと待ってくれ」
ハーパーは額をぴしゃりと叩いてかぶりを振った。
「魅力的な話だが、どうにも……あまり旨みがない」
「そうでしょうか?」
「ただでさえ、町に鉱脈のことがバレたんだ。わしの取り分がこれ以上減るのは困る」
ハーパーは渋面を作った。目の前の金と、先の金とを天秤にかけているのだろう。
「しかし、掘り返すのには人手がいるでしょう? ご自分たちだけでやるおつもりですか?」
「そのつもりだったが」
「話が大きくなった今では、無理でしょう。我が社では、採掘のために人を集めることが可能です。そちらに噛ませて頂ければと考えております」
「それなら別だ」
ハーパーはころりと態度を変えた。カミーユが出した契約書にも、嬉々としてサインしている。
黒の高級スーツにサングラス、マフィアに見えないこともないが、カミーユのボディガードとして彼女の後ろに立つ翔は、ちらりとサリーに目を向けた。
聞いたところによれば、サリーはハーパーに対し、忠告や意見を言うことがあるらしい。だが、今のところこの件に関して口を挟む様子は全くない。こちらを全面的に信じているのか、それとも別の思惑があるのか……。
ハーパーがサインを書き終えたとき、部下の一人でハーパーの片腕でもあるハリスという男がやってきて、耳打ちをした。
「何!?」
たちまち、顔面蒼白になる。
「困ったことになった……」
「どうかしましたか?」
とカミーユ。
「い、いや、その」
ハーパーはもごもごと口ごもった。
「実は……あまりに埒が明かんものだから、ちょいと、乱暴な奴らに頼んでな……」
「誘拐でもしたんですか?」
つい尋ねた翔の顔を、ハーパーは跋が悪そうに見た。馬鹿だな、この男は、と内心思いつつも、表に出さないようにする。悪魔――カミーユ――と契約せずとも、いずれ自滅しただろう。
「それじゃあ」
そこで初めて、サリーが口を開いた。
「もはや、一刻の猶予もありませんね。どの道捕まるなら、既成事実を作っちゃどうです?」
「それは、どういう――?」
「今なら、“名無し”は家にはいないんでしょう?」
ハリスが頷く。
「じゃ、力ずくで権利証を貰いに行きましょう。代わりにこの黄金を置いて、買ったことにするんです。サインは偽造すればいいでしょう」
翔はぎょっとした。この黄金は、カミーユの【愚者の黄金】で作った偽物なのだ。咄嗟にソファーの背もたれを掴んだ彼だったが、カミーユが微動だにしないのを見て、それ以上の動きをどうにか堪えた。
「それはいい。じゃ、この黄金はわしが頂いていくが、いいかね?」
「どうぞどうぞ」
カミーユはにっこり微笑んで見せた。後になって彼女が言うことには、
「黄金が偽物と分かれば、どの道ハーパーは捕まるでしょう。その頃にはわたくしたちは、姿を消しているわけですからね。子供たちのことは心配ですが、まあ、他のコントラクターが守っているでしょうし。――それにしてもあのサリーという女、どこまで勘付いていたのかしらね」
そのサリーは鎧の上に、マントを羽織った。勢いで埃が舞う。
「あらいけない」
サリーはドアを開けながら、
「ユーリも起こしてあげましょう。暴れたくて、うずうずしているでしょうからね」
と笑った。
更紗はゆっくりとハーパーの家から離れると、人型に戻った。そこには、狸の姿をした徳永 瑠璃(とくなが・るり)が待っていた。
「瑠璃ちゃん、無事でしたか」
見れば瑠璃の体のあちこちから血が滲んでいる。
「どうしました!?」
「狸鍋にされそうになりました……」
「そ、それはお気の毒に……」
瑠璃は狸のまま、ハーパーの家に潜り込んでいたのだが、部下たちに捕まって夕飯にされるところだった。
「でも、ユーリって人を見かけましたよ。何だかつまらなさそうにしてましたけど、さっき子供たちの家に行くって聞いたら大喜びで、『コントラクターをぶっ飛ばしてやる!』なんて物騒なことを言っていました」
幸い、そのどさくさに紛れて逃げ出せたのだが。
「とにかく、この情報をお伝えせねばなりません」
まずはして翠たち連絡を取り、ジョーイにも知らせなければならない。
更紗は瑠璃の体を抱き上げ、走り出した。そして、ふと考えた。
サリーの行動は不自然だった。殊更わざとらしくマントを羽織り、埃を立て、ドアを開けた。まるで更紗を逃がすかのように――。
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