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 第1章

「なんてことでしょう! 瑛菜さんが誘拐されたですって!?」
 突然の報告を受け、沙耶が驚きの声を上げる。
「ええ。熾月さんが最後に送ったメッセージによると、『綾小路院ヶ崎家』からの刺客だそうです」
「綾小路院ヶ崎……」
 対立している一族の名をつぶやき、沙耶が唇を噛んだ。

「こうしちゃいられないねぇ。さっそく助けにいかなきゃ」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)がのんびりとした口調でいう。彼は緊急事態でも冷静、というよりはどこか緊張感が抜けていた。
「相手の場所はわからないんだろう。だったら、オレにまかせておけ」
 白銀 昶(しろがね・あきら)が超感覚を発動させる。
 研ぎ澄まされた嗅覚で探し当てる、瑛菜の匂い。空気中に散布された瑛菜の痕跡を嗅ぎ取り、昶は走りだす。
「こっちだ! オレについてこい!」
 北都と鏡夜が、すぐに後を追った。

 だが、彼らの行く手を阻むものが現れた。
 巨大なフェンスである。
「こいつは困ったことになったな」
 フェンスの下で立ち尽くすのは、キールメス・テオライネ(きーるめす・ておらいね)。彼は機械化された両肩をすくめ、嘆いていた。
「どうしました?」
 と尋ねる鏡夜に、キールメスが応える。
「俺の仲間が捕まったんだ。なんでも、犯行現場を目撃したとやらで」
 キールが苦々しそうに、フェンスを見上げている。
「で、助けにきたはいいけど。フェンスに阻まれてるんだねぇ」
「そういうことなら、オレに任せろ」
 昶が『軽身功』を使うと、俊敏な身のこなしで壁を登っていった。縁に立ち、地上へむけてロープを垂らす。
 北都、鏡夜、キールメスの三人はロープをつたう。フェンスの上から見下ろすと、ふたつの人影が確認できた。
「苦戦する相手じゃないだろう」
 そう判断した一同は、強行突破を試みる。
「誰だ、貴様ら!」
 侵入者を発見した護衛が、身構える前に。 
 昶が『神速』で接近していた。すかさず『疾風突き』で敵を昏倒させる。
 もう一人の見張りを、北都が『ホワイトアウト』で凍らせ足を止める。同時に、方向感覚を麻痺させ、乱反射による視覚的ダメージで攪乱させた。
 八方塞がりの状態になった敵を、鏡夜がどこから出したのか、分銅のついた鎖鎌で攻撃した。
 敵を仕留めながらも、急所は外している。
「鏡夜さんだっけ。……慣れてるねぇ」
 北都がひっそりと話しかけた。
「俊敏な動き。紙一重で急所を外す的確さ……。鏡夜さん、あなたは何者ですか?」
「私は、ただの執事ですよ」
 忍び鎌を燕尾服の中へしまいながら、鏡夜は続けた。
「それより、貴方こそ只者じゃなさそうですね。穏やかな口調からは、今の動きは想像できない」
 口元だけで笑ってみせる鏡夜。北都も似たような表情を浮かべた。互いに微笑み合っているが、ふたりの目は笑っていない。
 そんなふたりへ、昶がいう。
「【殺気看破】してみたけど、あっちの警備は手薄みたいだ。早く行こうぜ!」
 そそくさと瑛菜の救出に向かう昶。北都は鏡夜から視線を外すと、言った。
「鏡夜さん。あなた、隠していることがありますね」
 そして、【禁猟区】をしかけ、パートナーの後を追った。