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煩悩×アイドル

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煩悩×アイドル

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第1章 煩悩納め

「あたしの歌を聞けえええーっ!」
「くくくくくりきんとんっ!」
「立って……したいのっ!」
 ラブ・リトル(らぶ・りとる)がマイクを握り、美常 雪乃(みじょう・ゆきの)が胸掻き毟りネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)がもじもじする。
 アイドルの発言としては(一部)大変不適切な発言が、空京のとあるTV局、アイドルグループKKY(KUKYO)108らの年末特番の歌番組収録スタジオ内に響き渡った。
 しかし幸か不幸か、その発言に気を留める者はいない。
 ステージ上のアイドルも裏方スタッフも、そしてスタジオ内の観客たちも。
 全員が、既に混乱の最中であったから。

「はっはっは、私を称えよ!」
「こんな所で歌ってる場合じゃないわよ! 私には買いに行かなきゃいけないモノがあるのに……せめて私の為に、男どもいちゃつきなさい!」
「ほーっほっほっほ! この楽屋の弁当は全て私のものよ!」
 ステージ上の少女から次々と湧きあがる煩悩の数々。
 その中に、ひとつやたらテンションの低い声があった。
「あー……だっるぅー」
「ちょ、ちょっとセレアナどうしたっていうのよ! ほらほら笑って! L・O・V・E☆セ・レ・ア・ナ!」
 のぼりにうちわにサイリウム。
 ありとあらゆる応援グッズを振り回しながらセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は声を張り上げる。
 しかし彼女が応援するKKY108メンバー代理のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)からは、全くやる気が感じられない。
 フリフリの衣装で着飾った彼女は、つい先程まではそれでもなんとか引きつった笑顔を浮かべ、アイドルとして非凡な輝きを放っていた。
 しかしそれが今では。
「かったるい……楽屋引っ込んで寝るわ」
 無気力にぼやきながら、今にもステージから去ろうとしていた。
「ああっ、いいですね……私も帰りますー」
 セレアナに便乗して自分もステージを放り出そうとしているのは高峰 結和(たかみね・ゆうわ)
「こんなことしてる場合じゃありません。一刻も早く恋人さんのお側に行きたいんです!」
 普段の彼女からは考えられないトンデモ発言だ。
「だだだだって、やっとお付き合いを始めたばかりなんですよっ。も、もっといちゃいちゃしたっていいじゃないですか。ねえ、いいじゃないですかっ!」
 誰に言うともなく弁解を繰り返しながら、出口へと向かう。
 その前に立ちふさがるひとつの白い影。
 影は唐突に口を開いた。
「きをつけー!」
「はへ?」
 突然の号令に目を白黒させている結和の前で、その影……アヴドーチカ・ハイドランジア(あう゛どーちか・はいどらんじあ)は背中に沢山抱えた棒、その中の一つを手に取り構える。
 するりと構えたそれは、バールだった。
「結和の異常が何であれ、それを治療するのは医師たる私の務め!」
 バールを振りかぶると、目指せホームランとばかりのフルスイング!
 ゴーン!
 スタジオに、とても良い低音が響いた。
「あら、あれ、私はええと……あああっ、すみませんすみませんすみません! 私は何て事を……!」
 打たれた結和は突然謝りだした。
 どうやら正気に戻ったようだ。
「ははははは、この私の治療法に不可能はないのだよ!」
 高笑いのアヴドーチカ。
「治ってる? どうして……」
「ねえ教えて! セレアナを治す方法を!」
 口ぐちに治療法の説明を請われ、アヴドーチカはふふんとバールを手に語りはじめる。
「これはだな。医学と生物学に基づき独自のツボを探して刺激し気を整え……」
「あーーーー、面倒くせえ!! とにかく、叩けばいいんだな叩けば!」
「まあ、そんな所だ」
 アヴドーチカの説明を途中で遮ると、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が短く纏める。
 意外にもそれは間違っていなかったらしく、アヴドーチカの口から出たのは肯定の言葉だった。
「よーし、叩いて正気に戻すんだな。じゃあどっかで丸太を装備してこないと……」
「いや待て!」
 何をどうしてか丸太で人を叩きたがるロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)を、エヴァルトは慌てて嗜める。
「え? 叩くんじゃないの?」
「いや丸太はやりすぎだ!」
「仕方ないなー。じゃあこれで」
 ぼやきながらライトニングランスを取り出すロートラウト。

「なるほど、叩けばいいんだね!」
「でも、アイドルたち女の子を叩くなんて……」
 元気良く声を上げたのは小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)
 その隣でコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は眉を潜める。
 ただでさえ温和そうなその顔に、困惑の色が混じっている。
(何かいいモノがあるはずだよ。だってここはスタジオだし……あっ!)
 即座に発見したそれを、コハクは握りしめた。
「これだ……!」

「……アイドルでありますな!」
「アイドルね!」
「ステージを降り目の前に立っていてしかもおかしくなっているのだから、正気に戻してやらねばなりませんな!」
「ええ。全くもって完全無私な慈善活動ね!」
 スタジオ見学に来ていた大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)鮎川 望美(あゆかわ・のぞみ)は、湧きあがる興奮を押し殺していた。
 憧れのアイドルが目に前にいる!
 しかも、治療を口実に触れることができる!
 ごぉおおとテンションを上げる二人の横で、一人冷めた目で事態の推移を見守るのはソフィア・クレメント(そふぃあ・くれめんと)
「何を興奮しているのですか。こんな小娘たち……えいっ」
 ぴちん。
 ソフィアにデコピンが、一人のアイドルに決まった。
 ゴーン。
 いい音を出してそのアイドルは崩れ落ちた。
「ああー!!」×2
 剛太郎と望美、二人から思わず漏れる非難の声。
「何ですのよ」
「ええそれはあまりにも勿体ない」
「え?」
 そんなソフィアらに涼やかな声がかけられた。
 声をかけた人物は。
「あー……帰りたい。帰って仕事の続きをとっとと片付けて寝たい」
 うだうだと仕事の愚痴を述べる日比谷 皐月(ひびや・さつき)……ではなく、その隣で笑顔を浮かべ立っている五十嵐 睦月(いがらし・むつき)だった。
「そう。煩悩なんてものは生きる限り振り払えるものじゃないよ。現実ってのは、残酷だ。だからこそ偶像たるアイドルは必要。しかしその偶像が今は煩悩に汚されている。見過ごせるわけないじゃないか」
「あのー、それであなたは何をどうしたいんですの?」
 朗々と持論を述べる睦月に対し、その真意を測りかねてソフィアが訪ねる。
「それは彼らが分かってるんじゃないのかい?」
 睦月は剛太郎と望美の二人に視線を送る。
「そう。この騒ぎに乗じて、えろい事をしよう!」
「いやそこまでは……!」×2
 睦月の言葉に内心痛い所を突かれながら、即座にそれを否定する二人。
「ちなみに僕はピュアだからね。そう酷いことはしないさ」
 だって僕は天使なんだぜ? と、二人の声は無視して続ける睦月。
 懐から取り出したのは、デジカメ。
「普段からは考えられないような彼女たちの痴態を余す事無くカメラに収め障害の下方にして何度も繰り返し再生するくらいだよ」
「駄目だこいつ……早く何とかしないと!」