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プロローグ


 雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)金元 ななな(かねもと・ななな)と神社の前と合流した。
「ありがとう、ななな」
「大丈夫大丈夫! 困ってる時はお互いさまだしね」
「私は布袋様を連れてくるから、それまで神社をお願い。もう応援に来ている人もいるからそれまで持ちこたえて」
「うん! わかった! そっちも頑張ってね」
 なななは手を振り、雅羅は背を向けると油屋に向かって走って行った。


一章


 境内にはゆっくりではあるが、参拝客が溜まっていく。
 吐き出す息は白く、全員が布袋を見るために参拝に来たのに肝心の布袋がおらず、帰るに帰れない人達が続出した。
「あの……よかったら、これをどうぞ」
 巫女装束に身を包んだ大岡 永谷(おおおか・とと)は寒さに震えている参拝客に用意していた甘酒を提供する。
「あ、ありがとう……助かったよ」
「いえ、お待たせしているのはこちらの方なんですから。これくらい当然です、まだおかわりもありますから是非ご利用ください」
「おお、姉ちゃん! 俺にも甘酒くれよ」
「こっちにもくれ! 寒くて神様拝む前にこっちが仏になりそうだ」
「はい! 今お持ちします!」
 ガタガタと震えている参拝客に永谷は甘酒を提供していく。
 温かで少し落ち着いたのか、参拝客の顔色も良くなり境内のピリピリしたムードが少しだけ柔らかくなった。
「ふう……気休めだけど、これで少しくらいはお客さんも待ってくれるかな?」
 永谷が独りごちていると、
「おおい! 布袋って神様はまだなのかよ! いい加減に風邪引いちまうよ!」
 甘酒を飲んだくらいじゃ落ち着かない参拝客が声を荒げ始める。
 それを見かねた【分御魂】 高御産巣日大神(わけみたま・たかみむすびのかみ)は参拝客に声をかける。
「落ち着くのだ。程無く良い報せも入るだろう。新年早々気を急かせているのは良くないぞ。取り敢えず、深呼吸でもして落ち着くが良い」
「ここに来てから何十分も待ってるんだ! そんな簡単に落ち着けるかよ!」
「新年から怒鳴っていては布袋とやらが来ても気持ちよく参拝など出来ないだろう?」
「う……それは……」
 反論出来ずに参拝客は黙りこみ、
「そうね、こういう時は、別の事に頭を切り替えるのが良いのだわ」
 【分御魂】 神産巣日大神(わけみたま・かみむすびのかみ)も話に参加する。
「……例えば?」
「そうね、正しい参拝の仕方。というのはご存知かしら?」
「あ? そんなもん、手を合わせて終いだろ?」
「それは間違いだわ。参拝にもちゃんとしたルールがあるんだから」
「ルール?」
 神産巣日大神は頷くと、コホンと咳払いを一つした。
「まずは賽銭箱の前……拝殿っていうんだけど、そこの前に立ったら会釈をして鈴を鳴らすの。その後にお賽銭を入れて、お辞儀を二回。その後で二回柏手を打ってから、またお辞儀をする。これが正しい参拝の仕方よ?」
「……急に言われてもわからねえよ」
「そうね、なら実際にやってみましょう」
「あ、あの……ボクにも教えてくれませんか?」
「私にも教えてください!」
 話を聞いていた他の参拝客も集まり、図らずして参拝講座が開かれる形となった。
「どうだ? 待たなければ、正しい参拝の仕方など学べなかった。待つのも存外悪いものではないだろう?」
 そんな状態を見て、高御産巣日大神は最初に騒いでいた参拝客に声を掛け、
「……そうだな」
 すっかり大人しくなった参拝客は、大人しく参拝講座に参加した。
「やれやれ……こんなことならあいつらについて行けばよかった。
 高御産巣日大神は他のパートナーと初詣に行っている非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)に思いを馳せた。
「うう……今はクレームが収まったけど、次はどうなることか……」
 神主は冷や汗をかきながら、増えていく参拝客を見つめる。
「本当に布袋様は来るんですか?」
 巫女服に着替えたなななは小首を傾げながら、神主に尋ねた。
「うむぅ……た、確かにそんなような気がしてきた……ど、どうしよう……もしそうなったらこの神社は……」
「落ち着くのじゃ神主よ」
 顔を真っ青にしている神主に【分御魂】 天之御中主大神(わけみたま・あめのみなかのぬしのかみ)は肩を叩いて落ち着かせる。
「そ、そう言いますけど、今まではこんなこと無かったんです! いったいどこで何をしているのか……」
「そういう約束を交わしていて守っていたのなら、忘れている訳ではないじゃろう。少し落ち着くのじゃよ」
「そうかも知れませんが……三が日のうちに布袋様がいらっしゃらなかったら神社が……」
「神様とて事情があれば予定通りに来れないこともあるじゃろう。仮に来なかったとしても、その時になんとかするのがそなたの仕事であろう?」
「……確かにその通りですね。ありがとうございます。少し落ち着きました」
「うむ、ならば良い」
「私も慌てるだけでなく、皆様のお手伝いをしなければ」
 そう言って、神主はコントラクターたちの手伝いを始めるため、いつのまにかたこ焼き屋の屋台を作っていた葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)に声をかけた。
「何かお手伝いすることはありますかな?」
「いえいえ、神主さんは自分のお仕事をするであります。ここは自分だけで十分でありますから」
 そう言いながら吹雪はたこ焼きにソースを塗ってパックに入れていく。その匂いが参拝客達の胃袋を刺激し、あちこちから腹の虫が鳴るのが聞こえた。
「す、すいません……たこ焼きください」
「俺にも……」
 一人一人と参拝客が屋台の前に立ち列を作っていく。
 吹雪は黙々と作りながら、拝殿の前に立ったセイレム・ホーネット(せいれむ・ほーねっと)に目を向ける。
「お客さん、お腹がいっぱいになったらあっちも見て欲しいであります」
 吹雪が視線を送った先を客たちも目で追うと、セイレムが拝殿の前で神楽舞を躍っているのが目に止まった。
「おお〜」
「綺麗……」
 その見事な舞い姿に参拝客は感嘆の声を漏らして、うっとりとセイレムの舞いを見続けるが、
「おお〜い! 可愛いぞ姉ちゃん! 脱いでくれ〜!」
「え、ええ!?」
 酔っ払いの野次が飛び、イレムは顔を赤くして動きを止めてしまう。
「あ、あの……それはちょっと……」
「うるせえ! 脱げ脱げ! その方が色っぽいぞ……うぉ!?」
 叫ぶ酔っ払いの男を吹雪はプラスチックのバッドで思いっきり殴った。
「酔いは醒めたでありますか?」
「う……うう、くそ!」
 酔っ払い男は逃げるように境内を走り去り、他の客から拍手が飛ぶ。
「姉ちゃん、脱げとは言わないからもう一度躍ってくれよ!」
 お客の一人がそう言うと、
「は、はい! 頑張ります!」
 セイレムは返事をして再び舞いを躍りだし、神社は和やかな雰囲気に包まれた。