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新米冒険者のちょっと多忙な日々

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新米冒険者のちょっと多忙な日々

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■幕間:サブパイロットの心がけ

「おし、そんじゃそろそろ格闘戦の講義を始めるぞー」
「教官役とは久し振りだのー」
 イコンの基本的な操縦の仕方を学んだ東雲姉弟はイコンでの戦闘訓練へと講義を進めていく。近接戦闘、特に格闘を主体とした戦闘の講師を務めるのは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)の二人だ。
 彼らは接近戦重視の機体、魂剛を自由自在に動かして見せた。
「かっこいい!」
 イコンを巧みに動かした紫月たちに向けられた第一声はそんな言葉だった。
「小学生の感想文じゃないんだから、もう少しひねった言い回しは出来ないのかしら?」
 操縦席の中、優里の子供っぽい感想に風里が駄目出しをする。
 優里はため息を吐くと反論する。
「かっこいいものはかっこいいんだからしょうがないよ」
「褒めてくれんのは嬉しいけど今は訓練の時間だからな」
 紫月の注意を受けて二人は押し黙った。
「今回は先ず、剣を振る、拳を撃つ、この二つをまともに出来る様になってもらう。プログラムされたモーションがあるからって油断は出来ないからなー。プログラム任せにするのと自分で意識して動くのとでは強さ、速さが別物だからな。状況に応じて使い分けが出来るようになれば最高だ」
「プログラムされたモーションって?」
「サポートプログラムのことね。自動照準とかあるわ。一応、歩行なんかも用意されてるみたいだけど……」
 パラパラと手元のマニュアルをめくっていく。
(安易に使ったら転倒のオンパレードね)
 使い勝手の悪さを感じた風里はマニュアルを閉じる。
 そして操縦席内に用意したゴミ箱に投げ入れた。
「オイイイイっ!? フウリってば何してんのさ!」
「男は度胸。何でもやってみるものよ」
 風里は言うと脚部のバランサーを半自動制御にし、上半身だけで拳を放つ動作を行う。ズウン、と地面を揺らしプラヴァーが左腕を前面へ突き出した。
「最初だし、まあこんなもんか」
「今後に期待だのー」
 紫月の目の前ではゆっくりとした動作で拳を繰り出すプラヴァーの姿がある。
 少し早く撃ち込もうと試すが、バランスが取れないのか不安定な挙動になるときがあった。不慣れなのが見て取れる。
(そーいや恭也の奴はアレ、本当に仕込んでんのかなー?)
 紫月がこのあとに来る予定の教官役のことを考えていたとき、エクスから声がかかった。
「唯斗、ちょっかい出して来るかもしれんのが来ている。一応動ける様にしておけ」
「なんか見つけたのか?」
「サタナエルの識別反応が見えたのだよ。綾瀬の奴は来る予定ではなかったはずだが……」
「注意しておくかー」
「軽いのー」
 打撃に慣れてきた様子の優里たちに模擬刀を投げ渡す。
 二人は交代しながら素振りの練習を続けた。

                                   ■

 サポートプログラムに従ってプラヴァーの腕が動き、照準を合わせた。
 手動で腕を動かす。外れた照準を再度合わせようとプラヴァーの腕が動いた。
 教えた通りにイコンを動かす二人に仁科 姫月(にしな・ひめき)が言った。
「この第二世代機にはセンサーやロックオンシステムが組み込まれてるから、当てるだけなら結構簡単に出来るよ。ただし、それは動かない的の場合だけ。戦闘では相手も動かないなんてことはないから命中させる為には技術も必要になるわ」
「動かなかったジヴァさんにも当てられなかった僕の立場は……」
 肩を落とし項垂れる優里に風里は笑みで応えた。
 親指を立てて、首元を指し、左から右へ腕を動かした。
「優里の役立たず」
「事実が痛い。愛がほしいよ……」
「私の愛は痛いのよ」
「そんな愛はいらないよっ!?」
 燃えるような紅色の機体、フィーニクスの操縦席から様子を眺めていた仁科と成田 樹彦(なりた・たつひこ)の耳に二人のやり取りが届いた。通信を開きっぱなしにしているからだ。
「前のときにも思ったが東雲君たちは仲が良いな」
「私だって兄貴のこと大好きだし仲は最高でしょ」
「いや、まあ、そうなんだけどな」
 成田は視線を仁科から東雲たちの乗るプラヴァーに移した。
(姉と弟か。俺たちとは逆だな、立場も関係も)
「どうしたの兄貴?」
「いや、なんでもない。そろそろお手本を見せようか」
「おっけー」
 二人は東雲姉弟に声をかけると手動と自動を織り交ぜた動きを見せる。
 慣れないうちはシステムに頼りっきりにせず、自分で動かせるようにしておくと良いと注意点を二人に伝えた。 
「見た感じ、イコンを操縦するときは優里君がサブパイロットになりそうだな」
「そんな気はしてました……」
 メインパイロット志望なのだろうが風里に比べて優里の操縦技術は拙い。
 本人もそれは分かっているようで、しょうがないといった様子を見せている。
「優里は実際に身体を動かすタイプじゃないと違和感あるのよね?」
 風里の言葉に、訓練後もその場に残っていた紫月が続いた。
「さっきの訓練のときにも思ったけど、優里はマニュアル主義みたいなとこがあるからサブパイロットは性に合ってるんじゃないか?」
「そんな気はしてましたよ〜」
 苦笑いを浮かべなら優里が言った。
 まあまあ、と風里がなだめる。
「サブパイロットの役割は主にメインパイロットの補助なのは教えるまでもないことだが、現在地および自機と敵機の位置情報、ブースターなどを使用する際に見ておくなら高度などの計器の確認など、サブパイロットの働きは多岐に亘る。出力調整なんかも手が出せるからな。メインパイロット以上に把握しておかなければならないことも多い」
 成田は言うと仁科を見た。
 左右に髪を結っている頭がそこにある。前を向いているので顔は見えないが、いつもと同じように陽気な笑みを浮かべているに違いない。特に今は先達として生徒に指導する立場だ。本人も楽しんでいるのだろう。
「……サブパイロットはメインパイロットを支える立場だ。それを忘れなければ上手くやれるはずだ」
 成田は近づいてくる機体をレーダーで確認しながら続けた。
「次はそれを踏まえて実際に撃ち合いをしてもらう。お相手は――」
 言い終えぬうちにそれが姿を現した。
 バイパーゼロだ。
「彼らよ」
 仁科が成田に代わって告げる。
 現れたイコンは見るからに重装甲の機体だ。通信が開き、声が聞こえた。
「続いて射撃を学んでもらうぞ」
「あたしと相棒の二人で相手をするよ」
 柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)馬 岱(ば・たい)の二人だ。
 彼らは巨躯のイコンを繰りながら話を続ける。
「手っ取り早く俺と撃ち合いながら教えるぞー」
「じゃ、まずは私が簡単に説明するよ。射撃で重要なのは『視野は広く、あらゆる相手に正確に攻撃を選択、命中させる判断速度と命中精度』だね。どんな攻撃もまず当てる事が重要だよ。どんだけ威力が高くても、当たらなければどれも意味がないからね?」
「馬岱が言った事は覚えとけよ、それなりに大切だからな?」
「わかりました」
「分かったわ」
 二人の返答に馬岱が頷く。
「次にその攻撃が有効かどうかだね、なかには物理無効や特定の属性のみ有効といった敵も存在するし。武器はただの選択肢。そこから即座に有効な武器を選べれば有利に戦える。マシンガンやライフル、ミサイルに荷電粒子砲なんて物もあるから自分にあった武器を探すといいかな」
 このあたりはサブパイロットが活躍するかもね、と言う彼女の言葉に優里が頷いた。判断力を求められるということが分かっているのだろう、その面持ちは真剣の一言に尽きる。
「ま、習うより慣れろだね」
「射撃をメインにするなら敵の接近は絶対に許すな。教練隊みたく腕に自信があるならまだ良いが、お前等ならまず落とされる。常に相手との距離を保ち、自分が有利な位置から撃て」
 言うと彼らはバイパーゼロを動かした。
 ズシン、という大地を踏みしめる音が聞こえた。
 腕を振り上げ、東雲姉弟の繰るプラヴァーへ突撃を開始する。
「風里!」
「ふぅ――」
 優里の声に促されるように風里がプラヴァーを後方へ跳躍させる。
 バイパーゼロと距離が縮まらないように右腕を動かしてライフルを放つ。
 当たれば上々、外れても牽制になればという考えだ。
「そうだ。自分より腕の立つ相手と戦うときは機体の特性を考えろ。長所を活かせないと勝てないぞ」
「分かってるわよ。だから機動力で攻めてるんじゃない」
 風里は呟くとライフルをバイパーゼロに向ける。
 何度か当てているにもかかわらずダメージは見受けられない。
 模擬弾ということを考えても異常な堅さだった。
「これが機体ごとの特性ってやつかあ」
「そうだ。ちなみに今回俺が使用してるヤークトヴァラヌス、こいつは高火力・重装甲の機体だ。1.5世代機だが、足を止めての撃ち合いなら第2世代機にだって負けねぇ。イコンに慣れてきたようだからこっちも長所で行かせてもらうぞ」
 バイパーゼロが前進を止めてその場に留まった。
 背部に装備されている艦載用大型荷電粒子砲から放電現象が発生する。
 放電が静まるその刹那、光が放たれた。
 光の奔流が東雲姉弟たちの繰るプラヴァーの脇を通り抜ける。危険を知らせるアラートが鳴り響くなか、彼らは雷光が彼方へと消え去るのを見送った。
 凄まじい威力の砲撃だった。
「こいつみたく固定砲台になるか、ジェファルコンのような高機動機型で強襲機になるかはお前等の適正しだいだ」
 射撃訓練が終わりを迎える。
 その直後だった。
 識別不明の機体が急速に近づいてくるのをレーダーが感知する。
「フウリ、何か来るよ」
 視界の先、遠くに機影が見えた。プラヴァーの倍はありそうな機動力だった。
 謎の機体を確認した後の風里の判断は早かった。
 近づいてくる機体にアサルトライフルを向ける。
「落ちなさい」
 簡潔な一言。告げた時にはライフルの引き金は引かれていた。
 識別不明機は速度を落とすことなくクルンと回転する。ただそれだけで風里の攻撃を躱した。実際に真似たら墜落しかねない飛び方だった。
「このっ!」
 わずかに射線をずらし複数回攻撃を試みる。
 だがどれも綺麗に避けられてしまった。
 瞬く間に恭也の乗っているバイパーゼロに接近する。
 目視で見えたのは冷めるような蒼い機体だった。
 交差するその刹那、識別不明機の手にした大剣がバイパーゼロの腹部を直撃した。東雲姉弟には攻撃をしたというのがわからなかったほどの剣速だ。重い金属音が地鳴りのように辺りに響き渡る。
「私たちのことを忘れてもらっちゃ困るのよねっ!」
 仁科の繰るフィーニクスが白兵武装を手にして識別不明機に迫る。
 行われたのはイコンによる剣と剣の切り結びだ。
 紅の上から叩き落とすような一撃に対し、蒼の下から突き上げるような一撃。

 切り結ぶ。

 剣から火花が散り、視線を合わせるように互いのイコンが向き合った。
 フィーニクスが剣を弾く。次の攻撃を繰り出そうとライフルを引き抜いたその時であった。戦っていた彼女たちの後方、蒼の機体の一撃で倒れていたバイパーゼロが爆発を起こした。
 爆風が木々を揺らし、土埃を周囲にまき散らす。
 砂塵が舞って視界が悪くなった。
「ば、爆発しちゃったよ!?」
「誘爆かしらね……惜しい人を亡くしたわ」
 南無、と風里が両手を合わせて拝んだ。
 彼女の中で恭也たちはすでに亡くなってしまったものとして扱われているようだ。
 そんな東雲姉弟たちに音声通信が開いた。
「例えば、腕立て伏せが10回しか出来ない人は、それでいいじゃないですか。明日は15回、明後日は20回、明々後日は25回、といった風に少しずつ増やしていけば善いのです」
 それは若い女性の声だった。
 彼女の言葉は続く。
「更に、機体の種別です。機体の系統が違えば操作に於ける癖もまた、違って来ます。明倫館の鬼鎧やイルミンスールのイコンを同列に扱い、理解する事は難しいでしょう?」
「いきなり話しかけてきたうえに意味不明なこと言われても困るのだけれど?」
 風里の言葉を意に介さず、彼女の言葉は続いた。
「しかし、それは実戦の場では敵が酌量してくれる理由になる筈もありません。何の前触れもなく見たこともない機体が現れて、手も足も出せずに接敵するなんてことが現実に起こりうるのです」
「っ!?」
 声が出ないとはこのことだった。
 つまり、この声の主は識別不明機との交戦内容のことを話しているのだ。
「あくまで無理のない範囲で、確実に伸ばして行く事が肝要と私は考える次第です。つまりわたくしが言いたいことを端的に述べさせてもらうなら――」
 一呼吸の間を置いて蒼い機体が離脱した。
「何事も一度にすることは無理がある、ということです」
 その言葉を最後に通信が途切れた。

                                   ■

 バイパーゼロに強襲を仕掛けた蒼い機体、ザーヴィスチの操縦席に座っている女性が口を開いた。
「訓練で恐怖を与える存在である厳格な教官が眼前にて一撃の下に制される……何が起こるか予測がつかない、実戦とはそういう場です」
「大丈夫だと思います。あの子たちなら、きっと」
 伝えたいことは伝わったはず、とエレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)富永 佐那(とみなが・さな)に応えた。パートナーの言葉に富永は頷いた。
「正直、少し驚きました」
「ええ、わたくしもです」
 思い浮かぶのは射撃訓練を終えたばかりのはずのプラヴァーの姿だ。
 こちらに気付くや否や問答無用で撃ってきた。注意勧告も何もない。危険だと判断しての行動だ。それは冒険者に一番必要な決断力を持っている証明でもあった。
「実戦では相手は待ってくれません。あれが試験だったら合格点でしょうね」
「攻撃は一度も当りませんでしたけど」
 くすくすとエレナは笑う。
 あれでパラミタに来て日が浅いというのだから意外と言わざるを得ない。
 真面目に訓練を続けてきたのが窺えた。
「あの紅い機体の子も良い太刀筋でした」
 何も説明しておかなかったのは悪かったかな、と彼女は思う。
 だが仕方がない。なぜならこれは――
(視覚的に実戦の恐怖を感じて貰う事は大事ですからね)
 ザーヴィスチは空に溶け込むようにその姿を消した。

                                   ■

 バイパーゼロが爆発を起こしたその場所で、紫月は東雲姉弟に平然と言ってのけた。
「油断するとこーなるから、気をつけろよー」
「なんでそんなに軽いんですかっ!?」
 優里の指摘もごもっともなのだが――
 砂塵が落ち着いて視界が戻ってくるとその理由がわかった。
 所々が壊れているイコンの中から二つの影が下りてくる。
「見たか? 今のが誘爆だ」
「さすがにきつかったね」
 恭也と馬岱が何事もなかったように言った。
「さっきの蒼い機体、恭也の知り合いだろ?」
「バレたか……」
 悪戯が見つかった子供のように恭也が目を逸らした。
「身構える素振りも見せなかったからな。そんなもんだと思ったよ」
「気付いてたなら教えてよ。本気で攻撃仕掛けちゃったじゃない。それで何が爆発したのアレ?」
「多弾頭ミサイル」
「馬鹿でしょ? ねえ、絶対馬鹿よね?」
「なんでそこで俺に詰め寄るんだ?」
 仁科と成田が混ざって皆でわいのわいのと騒ぐ。
「無茶苦茶なことするわねこの人たち……」
「あはは、すごいって言えばいいのかな?」
 風里と優里が訓練に付き合ってくれた先輩たちの姿を見る。
 将来、自分たちもこんな風になるのだろうかと思いながら。