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水宝玉は深海へ溶ける

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水宝玉は深海へ溶ける
水宝玉は深海へ溶ける 水宝玉は深海へ溶ける

リアクション

「なぎさん、なぎさんあれ」
 喉の奥に何かを詰めたように低く篭った声で、東條 カガチ(とうじょう・かがち)
己の肩後ろに立つパートナーの柳尾 なぎこ(やなお・なぎこ)を呼ぶ。
 ツーカーの仲ななぎこが察するに彼が『あれ』と示すのは恐らく敵の背中の獲物の事だろう。
 左肩と右腰に、斜めに差したそいつがはみ出してコンニチハーとご挨拶していた。
「聞き込みの相手は西洋人か?
 耀助ちゃんの野郎やらかしやがった。
 バスタードソード? 確かに尺は合っちゃあいるがありゃそんなんじゃねぇ」
「うんっ。太刀というか大太刀というか……。
 見た所光条兵器ですら無さそうだけどそんなことより――」
「ああ。奴(やっこ)さんのリーチとあの得物じゃぁ
 此処っつーか俺達み〜んな『奴の間合いの内(なか)』だろうよ。
 お慈悲を下さったのは仏か閻魔かそれとも奴か、
 人の生殺与奪の権を握ったままなのにそいつをおくびにも出しやがらねぇ。
 もしこの説得が失敗して、奴がもう『殺す』と決めたら次の瞬間には誰かが死んでる。
 ゾっとしないねぇ」
 しかし冷静分析するカガチが押し殺しているのは、実は声だけでは無い。
 先程から右手だけは興奮を抑えきれずに何度も痙攣している。

 実の処この東條カガチは『奴』と戦いたくて仕方が無かった。
 初めてその姿を目にした瞬間から、胃の底に正体不明の感情が泥に如く吹き出している。

 理屈じゃない。

『あれは俺だ』と『昔の俺だ』とカガチは五感以外のどこかで悟ったのだ。
 しかし今し方雅羅から如何にも不満気な視線で釘を刺されいるのも分かっている。
 カガチはジゼルの通う蒼空学園の生徒会長で、ジゼルを助けにきているのだ。
 それも忘れては居ないつもりだ。

 つもりなのだが。

「カガチ?」唐突に歯を剥き出しにしたカガチに、なぎこは眉を顰める。
 戦いを望むカガチの視線を、相手は気づいていたのだ。
 彼を囲む契約者達の必死の説得を緩い態度で軽薄に受け流しながら亀が一歩進むよりもゆっくりと視線を動かしてこちらを見据え、
アレクは周りがそれと分からないくらい瞬間的に『笑った』のだ。

「野郎、笑いやがった。糞、笑いやがったぞ」
 こういう時になぎこは自分のパートナーのこの男を不器用だと思いつつもどうする事も出来ないと割り切っていた。
 そもそも男の戦いは、喧嘩っていうのは女が止められるものではないのだから性質が悪い。


「(それはそうと、話し合いは上手く言ってるのかな)」
 なぎこが耳を澄ませると、交渉は尚も続いていた。
 ただ如何せん時間が掛かりすぎている。
 聞き手の方は流しているだけだから疲労や苛立ちは少なくとも顔には出ていないが、こちら側はそうはいかない。
 全力を流されれば、誰だって腹が立つものだ。

「おい隊長さんよ」
 そう声をかけるハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)の声が低い事からも、彼らの苛立ちは聞いているだけのなぎこたちに良く分かった。

「『兵器を破壊』と言う事はセイレーンを殺すってことかい?」
「正確には『大量破壊兵器の根絶』だ。スイッチ一つで千人殺せる兵器の撲滅だ。
 俺達は『力を持たざるものが、虎の威を借り無神経に力を振るうのを良しとしない』。
 この世の何処を探しても鷹を襲う鼠は在ない。獅子を喰い殺す鹿は在ない。
 与えられた法則??自然の摂理に反するものは潰す。それだけだ。
 保有したものが神の如く浅慮に振る舞う事が出来るというのなら、
俺はそいつが手にするより先に兵器から破壊する。
 それが『自らの意志を持つバイオロイド』だとしてもだ」
「ならお前も死んどけよ。
 俺達はなんだ? 契約者だろ? だったら俺達も兵器だよ、バケモンだよ。
 人間とはもはや違う存在、銃弾喰らおうと切られようとすぐに復活する、兵器さ。
 だからセイレーンを殺すなら全てのコントラクターを殺せ。その覚悟くらいあるだろ?
 あんたにはあるヒーローの言葉を贈ろう。

 『大いなる力には、大いなる責任が伴う』」
「……責任とか覚悟とか――あんた俺がそんな頭良さそうに見えるのか?
 あれは駄目これはいいなんて考えるとでも思ったか?
 本当のところはな。取捨選択すらするつもりもねぇよ。
 おいコスチュームのマークは見えてるか? 俺が掲げてんのは蜘蛛じゃなくて髑髏の方だ。
 邪魔するなら契約者もイコンも纏めて潰して火つけてやる」
「てめぇ!」
 頂点に達した怒りが発した声よりも早く、ハイコドはアレクの顔面に殴り掛かっていた。
 周囲からは思わず狼狽による悲鳴が上がるが、拳は皮一枚も到達する事はなく相手の掌に着地した。
 引く前に握り返され、圧力を籠められてハイコドの手からは骨が嫌な音を立てる中、
彼の下顎に50口径のマズルが押当てられている。
 黒い皮手袋に包まれた人差し指はトリガーガードに掛かかり威嚇だと主張しているが、
この指が2cmも滑ってしまえばライフリングから即座に回転する弾が弾き出され、頭蓋ごと吹っ飛ぶだろう。
 既にスライドは引かれ、初弾装填済みの銃が意味するのは
 『撃たない』ではなく『まだ撃つ気はない』という立ち位置だった。
「Just kidding.Don’t take it seriously.tee hee hee!

 ご満足だろ馬鹿。俺が狂ってて良かったな。
 大義名分出来たじゃねぇか。敵が欲しいなら始めからそう言えよ。
 その方がシンプルで馬鹿でも分かり易い」
 食いしばった歯を剥き出しに飛びかかって行こうとするハイコドに、
雫澄が後ろから覆い被さってそのまま無理矢理に退がり距離を取る。
交渉は明らかに決裂した。だがこちらから戦いの口火を切る事はまずい。
 腕の中のハイコドを全力で押さえつけながら雫澄が正面へ顔を向けると、
アレクは面倒そうに立ち上がりながらブツブツ言い始めた。
「なぁ、もう『話し合い』は終わりか? そっちもそろそろ疲れただろ。終わりにしよう。
 ほら。どうしたい、どうされたいんだ?
 死ぬのと逝くのとくたばるのどれにしたいんだよ選ばせてやるから答えろよ早くしろ糞馬鹿共!!」
 息を呑む事すら許されない。乾いた空気が頬に当たって痛い位だ。
 一歩。否、半歩でも動けばそれは全て戦いの合図になる。
 こちらからか、むこうからか。
 二つに一つの選択肢の確実に正解を選ばなくてはならない。
 反対側で待ち構えているのは汚泥では無く鎌を持った死神なのだから。
 しかしそんな極度の緊張状態は、突然現れた高い声で破かれた。

「ってまだ、やってたんですか?」