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第三回葦原明倫館御前試合

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第三回葦原明倫館御前試合

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○第二十一試合
ジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)(天御柱学院) 対 真柄 直隆(まがら・なおたか)(イルミンスール魔法学院)

「我こそは朝倉家家臣。真柄直隆! いざ尋常に勝負!」
 かつて自身が持っていた五尺三寸(約一七五センチ)もの太刀「太郎太刀」にも似た木刀――実はこれも平太からの提供だ――を肩に担ぎ、直隆は試合場に立った。が、
「――ちょっと待て、あれがわしの相手か!?」
 目の前にいるのは、どこからどう見てもチンパンジーだった。
「あの猿と戦えと!?」
「姿かたちで『人』を判断するでない!!」
「あ、喋りおった。――待て、なぜ腰布を外す!?」
「人としての尊厳を捨てるためだ」
「意味が分からぬ!」
 混乱する直隆に、観客席からシャノン・エルクストン(しゃのん・えるくすとん)の声援が飛ぶ。
「うーん、真柄さん、明倫館にはまってるなあ」
 シャノンはハンバーガーを袋から取り出した。他の土地と違い、その辺でおいそれと売っている品ではなかったが、食堂に頼んだら特別に作って貰えたのだ。
 直隆は一分ほど考えて、うむ、と頷いた。
「確かに見た目で判断するものではないな。よかろう、お相手仕る」
 ほう、これはなかなか、とジョージは感嘆した。間を置かずに、精神状態を立て直した。簡単にできることではない。このチンパンジーとしての姿で敵を動揺させることも作戦の内だったのだが、あまり効果はなかったようだ。
 試合開始と同時に、直隆はジョージの額に木刀を振り下ろした。
「神仏ともに、御照覧あれ。岩さえ断ち切る、我が刀法!」
 重く、激しい一撃だったが、ジョージもまた【裸拳】で能力が上がっていた。くわ、と歯を剥き、木刀に噛みつく。
「何じゃと!?」
「硬いのう!」
 いったん木刀を引き、再び振り下ろす。今度はジョージの拳が、木刀とぶつかり合った。
「うぬ!」
 直隆は顔をしかめる。
「なんか……気が合ってるみたい……」
 シャノンが観客席でぽつんと呟いた。一見したところの見かけはともかく、行動や言葉遣いなど、直隆とジョージはよく似通っているようだ。
「ならばこれはどうじゃっ!?」
 三度目の正直。直隆は大上段に構えたが、ジョージはその隙を見逃さなかった。
 直隆の下半身に飛びつき、勢いよく転がす。その拍子に――やや間抜けではあるが――直隆は頭を地面に打ち付けた。
「おーい、生きてるかー?」
 恭也が直隆の肩を揺するが、ぴくりともしない。恭也はジョージの手を取った。
「勝者、チンパ――じゃなくて、ジョージ・ピテクス!」

*   *   *


 この試合結果に一番文句を言っていたのは、笠置 生駒(かさぎ・いこま)シーニー・ポータートル(しーにー・ぽーたーとる)だ。
「だーっ、負けたーっ!」
「何やの、えらい大損やん!」
 手製の名刺サイズの紙をビリビリ破り、その二人は足元に投げ捨てた。どうやら賭けをしていたらしい。とすると、
「真柄さんに賭けてくれたんだ……」
と、シャノンはちょっと嬉しくなった。賭けがこの御前試合で許されているかは知らないが――多分、禁止されているだろう――、何となく声を掛けたくなる。
「あの」
「こらーっ、猿、空気読めーっ!」
 ジョージが試合場から、怪訝そうな顔でこちらを見ている。どうやら知り合いらしい。
「せやでーっ。パートナーなんやから、しっかりしいやーっ」
「え゛?」
 ――パートナーの負けに賭けたの?
 シャノンは呆気に取られて、ぷりぷり怒る二人を眺めていた。

勝者:ジョージ・ピテクス


○第二十二試合
北門 平太(宮本 武蔵)(葦原明倫館) 対 仁科 耀助(葦原明倫館)

「ようやく俺の出番か。待ちくたびれたぞ」
 櫂を削って作った木刀を担ぎ、平太(武蔵)は試合会場に足を踏み入れた。これが一回戦最後の試合ということもあり、観客の興奮は最大限に盛り上がっている。
「――む? 俺の相手はどこだ? 遅れているのか? さては俺の真似か?」
 恭也がプラチナムと何か話している。ややあって、マイクをぽんぽんと叩きながら、恭也が中央に進み出た。
「えーっと、ご説明します。一回戦最後の試合ですが、北門選手の対戦相手、仁科選手が棄権しましたので、北門選手の不戦勝となります」
「何ぃぃぃぃ!!?」
 会場全体から、大ブーイングが巻き起こった。
「貴様! それはどういうことだ!?」
 平太(武蔵)が恭也の襟を掴む。
「いやどういうことかと訊かれても困るんだけども、棄権しますって置手紙があってドロン……」
 だってさ、と後に仁科 耀助はこう語った。
『平太を焚き付けたのはオレだしさ。これでオレが勝っちゃったらアレじゃん? 平太、「妖怪の山」に行けないかもしれないし?』
 自分が負けるとは、露ほども思わなかったらしい。
『試合でわざと負けてもいいんだけど、そういうの目ざといのがいるし。なら、最初から出ない方がいいでしょ。どうせオレは、先輩命令で人数合わせで出たんだし? だから棄権――わけは何でも良かったんだけど、何だっけ? 怪我? 病気? あ、書いてなかった? それじゃみんな怒ったかなー?』
 案の定、平太の中の武蔵が一番怒っていた。
「俺に戦わせろぉぉぉぉ!!!!」

不戦勝:宮本武蔵

*   *   *


「どうしたもんかな」
 一回戦が終わり、昼休みの休憩時間になった。プラチナムと恭也は額を突き合わせてひそひそと話している。
 話題の主は、武蔵だ。本来なら順当に勝ち上がったとして、二回戦でも最後の対戦となるはずだが、不戦勝だったためか「今すぐ戦わせろ」「次にやらせろ」と煩い。
 下手をすると、二回戦第一試合に乱入しかねない勢いだったので、とにかく対策を練ると答えて、いったん引き取ってもらった。
「カードをずらす前例がないわけじゃないのですが」
 以前の御前試合では、引き分けが立て続き、同カードの対決が並んだことがあった。それでは面白くないので、対戦相手をシャッフルしたのだ。
「でもそれは、そういう事情があったからだろ?」
 武蔵のワガママを通していいものかどうか。
「総奉行に相談するか?」
「いえ、出来れば我々で解決したいです」
 御前試合の公式審判として、プラチナムにはある程度の権限が与えられている。不正に関しない限り、自由に裁量できるのだ。
「二回戦のトップは、と――おお、前回の準優勝者が出るのか。俺、これ紹介したい」
「駄目です」
 審判は、負担が偏らぬよう半々にすると決めてある。
「――なるほど、負担にならぬよう、ですか」
「え?」
「選手のダメージが公平になるよう、北門選手を一試合目に配置しましょう。全く戦わなかった人間と、一試合戦い抜いた選手を同列に扱うわけにはいきませんから」
 何より参加人数を見ると、一人は確実に不戦勝になる。次も同じことになれば、武蔵は多分、暴れる。
 プラチナムは、平太のカードをすっと移動させた。
「――なるほどね」
 物は言いようだな、と恭也は笑った。