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リアクション
第三章 狐火童と遊ぶ花見
「……もうそろそろだな」
「楽しみだよなぁ」
双子は密かにこれから起きる面白い事にわくわくしていた。このつぶやきはしっかりと目視出来ぬ監視者の耳に入っていた事は知るよしもなかった。
お楽しみの最終確認をしに行こうとした時、
「何だよ!!」
「オレ達、大人しくしてるだろ!」
双子達の前に葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)とコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が立ち塞がった。双子にとって嫌な相手である。現実だけでなく夢でも痛い目に遭わされた相手だ。原因は全部双子にあるのだが。
「……大人しくねぇ。ワタシ達の経験ではそんな事は一度もなかったはずだけど」
「そうであります。何もしないわけがありません。今日は何を企んでいるでありますか?」
双子の発言に呆れるコルセアと脅しとばかりに機晶スナイパーライフルを手に持つ吹雪。密かなる監視者から連絡を受けて現れた吹雪達は一歩も引かない。二人は今までの経験から双子が大人しくしている訳が無いと分かっているので今回も何かあると確信している。
「……企むって何も企んでないよな」
「そうだぜ。オレ達はみんなのために」
双子は空々しい事を言う。何度痛い目に遭わされてもこの様子。
「……怪しいわね。大人しく話すのよ」
コルセアは目を光らせ、言葉での追求。
「……今日はどんなお仕置きがいいでありますか?」
吹雪はライフルの銃身を撫でながら武器での追求。
「話す事なんか無いって、行くぞキスミ!」
「おう」
双子は吹雪達から逃げるようと背後の暗闇に逃げ込もうとする。
しかし、
「我は常に貴様らを見ているぞ〜」
地の底から響いているかのような声が逃げようとする双子の前に立ちはだかり、ぬるりとしたものが双子達の肩を掴み、逃亡を止める。
「うおっ!! 光ったぞ。な、何かいる!?」
「何だよ、この不気味な声!!?」
突然の出来事に大いにビビる双子。
暗闇からナノマシン拡散を解除したイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)が姿を現した。光ったのはイングラハムの目である。その姿形から山の妖怪にも負けない不気味さ。実は山に来てから吹雪の命令でナノマシン拡散を使い密かに双子の周囲で監視していたのだ。大人しくしているには何が理由があるのではと探らせ、何かあれば吹雪達に連絡するようにしていたのだ。
「白状するのだ」
イングラハムはそう言って双子達の足首を掴み逆さに吊り上げる。
「ちょ、は、離せよーー!」
双子は両手をばたつかせるが、イングラハムが手加減をするわけが無い。
「さぁ、話すのよ」
「話さないのなら別の方法を取るであります!」
話す事を促すコルセアの隣では銃口を向けて別の方法の準備をする吹雪。
「ちょ、撃つなーーー。話すって」
「本当、本当。素直に話すって」
これまでの事から逆らえば確実に撃たれると判断した双子は大人しく狐火童の事を白状した。
「……混じって悪さをしようという魂胆ね」
コルセアはそう言うなり他の参加者に知らせに行った。
その間、
「揺するであります。持ち物検査でありますよ!」
吹雪はイングラハムに命令させ、揺すって危険物を所持していないかを確認させた。
「やめろーー」
「頭に血が上るだろ!」
双子は逆さ吊りのまま上下左右に揺すられる。物騒な物が大量に出てくるだろうと思われたが、何も出て来なかった。
「……何も出なかったでありますね。解放するでありますよ。さてはどこかに隠しているでありますね」
吹雪はライフルで肩を叩きながらイングラハムに解放されぐったりと地面に座り込む双子をにらむ。双子に限って“何も無い=大人しくする”は成立しないのだ。それは今までの経験で分かっている。
「……隠してねぇよ」
「そうだそうだ」
言いがかりをつけられたとばかりに反論する双子。
そんな双子の耳に
「ロズフェルのおにーちゃん達、はしゃぎすぎると羽純おねーちゃんに怒られちゃうよ〜」
弁当持ちのドッペルゴーストを連れたルルゥの小声が入ってきた。
ルルゥは甚五郎達と行動していたのが双子を見かけてやって来たのだ。
「お、怒られるような事してねーぞ」
「そうだそうだ」
羽純に負わされた数々の痛い目を思い出しつつも無実主張をする。
「そうなんだ。羽純おねーちゃんに教えとくね」
ルルゥは無邪気にそう言うなり甚五郎達の元に戻った。
それからすぐ、どこからともなく子供達の泣き声は響き始めた。
とうとう白色の狩衣を着た狐面の子供達狐火童達がやって来たのだ。
「キスミ、この泣き声。来たぞ」
「おう、遊びに行くぞ。と言う事だいいだろ?」
双子は悪戯っ子のように楽しそうな顔に変わった。
「……仕方無いでありますね。しかし、悪さをすればすぐにお仕置きでありますよ!」
吹雪は仕方無く双子を解放する事に決めた。遊びによってでしか狐火童を大人しくさせる事が出来ないためである。遊びなら双子を利用する方が効率的なので。
「次は逆さ吊りではすまぬぞ」
イングラハムはドスのきいた声で双子に釘を刺した。
「おい、物騒だぞ」
「そうだそうだ。ヒスミ、急ぐぞ」
一通り文句を言ってから双子は狐火童と戯れに行った。
それと入れ違いにコルセアが戻って来た。
「……悪さをしないか遠くから監視をするでありますよ! 何かあればすぐに対応するであります!」
「そうね。あの二人が何かしたら妖怪との関係が悪化するかもしれないしね」
「気を引き締めるぞ」
吹雪は戻って来たコルセアとイングラハムを伴い狐火童の遊びに巻き込まれないように離れた所から双子を監視する事にした。イングラハムの密着マークはとりあえず終了である。相手は妖怪なのでお遊びに巻き込まれないようにしていたが、結局は巻き込まれ吹雪が持つ双子の脅し武器が盗まれる事に。
双子は捕まる事を怖れて二手に分かれて本日の朝皆を案内する前にこっそり山に隠していた試作の道具や薬を取りに行こうとするも監視していた者達に捕まり、遊びに強制参加させられる事に。
フレンディス達とアルクラント達に会ってからしばらく。
狐火童の相手中。
「ほら、泣かないで下さい。面白いお話をしてあげますから」
稲穂は泣き声を上げる狐火童の頭を優しく撫でながら木枯に視線を送り、援護を頼む。
「面白い話ならあそこの双子、ロズフェル兄弟についての話とかどうかな」
木枯は吹雪達に痛い目に遭わされている双子の姿を見て良い面白い話を思いついた。
「そうですね。何を話しますか? 素敵な初夢を見た事にしますか、異世界で魔王軍として悪戯をした事ですかそれともヴァイシャリーの親睦会にしますか?」
稲穂はこれまで双子に巻き込まれた様々な騒ぎを思い出していた。どれもこれも双子が痛い目に遭うというエンディングは同じではあるのだが。しかも本日もおそらく同じ。
「全部だよ」
木枯はそう言って初夢の話しから始めた。
狐火童は泣き止み、静かに木枯達の話に耳を傾けていた。
話に一段落着いた所で
「……木枯さん」
稲穂が会場から離れた場所にいる半人半牛の男性を発見した。
「ん〜、妖怪の件だね。雄みたいだから百発百中の予言をするよ。でも予言をしたら死んでしまうんだよ。せっかくだから予言じゃなくてこの山で起きた面白い話でも聞きてみようか」
『博識』を持つ木枯はすぐに妖怪の正体が分かった。関わるのを諦めるのかと思いきや面白い事が好きな木枯は件の所に行った。この時、たまたま立ち寄った唯斗がそっと聞き耳を立てていた。
「木枯さん」
稲穂は狐火童がいるため動けず、見送りつつ狐火童の相手をした。
木枯が近付くと件は厳しい視線で迎えた。
「……一緒にお花見をしようよ?」
件の視線など気にする事無く木枯はにっこりと陽気に花見に誘う。
気難しい雰囲気をまとった件はじっと木枯を見ていたが
「………………よかろう」
気まぐれでも起こしたのか誘いを受けた。
「ありがとう」
木枯は件を引き連れ、稲穂の元に戻った。
「早速、この山について何か話して欲しいな」
「…………予言ではないのか」
木枯のリクエストに件はわずかに眉を寄せた。自分が求められるのは予言の時だけだから。
「予言はいらないよ。ただ、お話がしたいだけだから」
木枯は事も無げに言った。
「…………ふむ」
件は品定めをするかのようにじっと木枯の瞳を見つめていたが、すぐに口を開いた。
件が言葉にしたのは以前の花見の事だった。
「……この桜の下、以前はよく今夜のように人と共に花見をしたものだ。あそこにいる猫又と二口女が飲んだり食べたりと大騒ぎをしたり猫又が今夜のように腹痛を起こす事もあった。しょうじょうの酒を飲んで体内爆発を起こす人間もいた。山姫の美しい歌が場を盛り上げ、誰もが楽しい時を過ごしていた」
「……そのような楽しい思い出があるなら今のぎくしゃくした関係もすぐに終わるかもしれませんね」
稲穂は周囲を見回した。今映るのは話しに聞いた以前の花見の風景。近い未来である事を願うもの。
「……そう思うか?」
件は厳しい表情のまま何かを試すかのように木枯達に問う。
「思うよ。関係がおかしくなっていても楽しい思い出があればきっと元に戻るよ」
木枯は人と妖怪の関係が必ず戻ると信じていた。手は狐火童の頭を撫でていた。
「…………そうだとしてもいずれはまた崩れる。そういうものだろう。私は見て来た。予言をし、果ててはまたこの身に戻る事を繰り返しながらずっと」
件は災厄後の象徴である狐火童の方に目をやりながら、厳しく悲しい声を洩らした。
「……この山に住む者がそれぞれ持つ事情がおぬしらを災いに巻き込むかもしれない。それともこの山を訪れる者が災いを起こすかもしれない」
突然、件は予言妖怪として意味深な事を口走った。
「それは予言?」
「予言ではなく私の予想だ」
訊ねる木枯に件はフイと体を反転させ、会場を去った。何を思って予想を口にしたのか木枯達には分からなかったが、ただこの山が元に戻る事を切望している事だけは分かった。
それから夜明けまで木枯達は狐火童の相手をしていた。
狐火童出現。
「……狐火童、ね」
セイニィは出現した狐火童に目を向けていた。
「今夜は楽しい花見、泣いてる子はほっとけない……セイニィもそう思うだろ?」
泣く狐火童を前に牙竜はセイニィに聞いた。セイニィの心を知っているかのように。
「……そりゃ、まぁ、そうだけど、どうするつもり?」
セイニィは放っておけないという気持ちを見透かされ、少しだけ歯切れが悪かった。
「ちょっとした玩具を」
そう言って牙竜は、『先端テクノロジー』でLEDを仕込んだ球状の光る球を複数作り、『サイコキネシス』で浮遊させ、星や蠍座を空中に描いていく。
「……」
狐火童はシートに大人しく座り、光る球に顔を向けているばかり。反応が無い。ただ、泣いていないので楽しんでいるのだろうと分かるぐらい。
狐火童と違って大きな反応を見せたのは
「うわぁ、素敵! 素敵! お兄ちゃん、他にも何か出来ない?」
座敷童の華だった。立ち上がり、興奮気味に食いついた。
「……それなら」
牙竜は華のリクエストで球体を華の周りを浮遊させてから球体に一礼するように動かして、天秤座を描いた。
「すごい! すごい! お兄ちゃんすごーい!!」
華はずっと球体を目で追っては手を叩いて喜んでいた。
華のリクエストに応えてから牙竜は狐火童のために獅子座を描いた。
その他にも様々な星座を描き続けていた。主に華が大喜びしていた。
その間にも狐火童を相手をする者はいた。
「このジュース、飲む?」
リネンがほろ酔いフレーバーティーを勧めたり。
「弁当でも食べるか」
レンが自分が作った弁当を勧めたり。
「ほら、お菓子」
セイニィがお菓子を勧めたり。
何とかして狐火童を元気づけようとしていた。
その端では、酒飲み達の会話があった。
「……しかし、二口女に座敷童、そして狐火童、本当に今日の花見は賑やかね」
ヘリワードが酒を飲みながら賑やかな光景を眺めていた。その視線はどこか遠くを見ているようなノスタルジックな感じであった。
「お酒、大丈夫? 二口女にかなり飲まれていたみたいだけど。良かったら私が持って来たお酒でもどうぞ」
二口女の飲みっぷりを見ていた祥子がヘリワードに酒の案配を訊ねた。
「ありがとう。貰うわ」
ヘリワードは素直に祥子の気遣いを受け、たっぷりと酒を頂いた。
ヘリワードに酒を分けた後。双子が悪さをしている最中。
「あぁ、私とティセラお姉様が眠る寝袋が……」
「……あの、それはどういう」
レオーナの発言に嫌な予感を覚えつつ恐る恐る訊ねるティセラ。
「愛しのお姉様と一夜を共にしてお友達に……ではなくてペットないし奴隷にして頂こうかと、すみません、ティセラお姉さま、すぐに探して来ますね」
「さ、探さなくていいですわ!!」
ティセラはレオーナを慌てて引き留めようとするもその声は届いていなかった。
「……ふふふ、ティセラ、大変ね」
空っぽになった盃片手に祥子はクスリと笑みをこぼす。
「どうして笑うんですの。わたくし、困っているんですのよ。以前も……」
ティセラは頭痛でもしそうな困った顔を祥子に向けた。その以前とはシャンバラ宮殿の警備の際あまりの事にレオーナを吹っ飛ばした出来事の事である。
「困った顔の貴女も可愛いと思って」
「……からかわないで下さいな」
からかう祥子にティセラは顔を背け、盃に酒を注ぎ、飲み干す。
「ティセラ、貴女に逢えて本当に良かった……貴女のお陰で私は変われた。自分の生活に汲々としていた家出娘がいまや教師の卵だもの。だから、貴女も今のような生き方以外の生き方だってできるんだって示したいの」
祥子は急に背けるティセラに向かって真面目な話しをし始めた。
「……祥子?」
ティセラは背けていた顔を祥子に向けた。からかっていた先ほどとはあまりにも落差があったから何かあるのかと思いながら。
「……貴女との仲をもっと深めたいと思ってね」
祥子は表情をゆるめ、からになった自分の盃に酒を注ぎ飲み干した。
「……また一緒にこうしてお花見がしたいですわ」
ティセラは夜光桜を見上げながらぽつりと言葉を洩らした。
「……えぇ、今度は二人だけでね。来年も再来年もずっと先も……季節巡る風景を一緒に」
祥子は夜光桜からそれを見上げるティセラに視線を移した。言葉に込められているのは友人以上の関係を求める想い。
「……それはもしかして」
ティセラははっとしたように祥子の顔を食い入るように見つめた。祥子の言外の言葉はしっかりと伝わっていた。
「えぇ、そういう事よ」
祥子はティセラから目を逸らさない。
「…………」
数秒間沈黙していたかと思ったらティセラはおもむろに祥子の盃に酒を注いだ。
「ティセラ?」
祥子は酒を注ぐティセラに聞き返す。その行動に如何なる意味があるのかと。
「……きっと次見る桜は今夜より美しいですわね」
ティセラははにかみながら笑む事で答えとした。
「……そうね」
受け入れられた事に嬉しく思いつつ祥子も笑みを浮かべた後、ティセラの盃に酒を注ぎ、酒を楽しみ寄り添う二人を光る花びらが包んでいた。
「……もうそろそろ、休んだらどうだ?」
レンは随分狐火童の相手をしている牙竜を休ませるために交代を申し出た。
「あぁ、そうする。頼むよ」
牙竜はそう言ってレンと交代し、セイニィの隣に座った。
「……狐火童、これで泣かなくなったらいいわね」
セイニィが狐火童の姿を見て言葉を洩らした。
「大丈夫さ。悲しいことはいつか終わりが来る。セイニィだってとても悲しいことを乗り越えて来た……周りのみんなに支えられてな……狐火童達も今日はみんなが集まっている……きっと悲しいことは乗り越えて行けるよ」
牙竜の言葉は明るかった。狐火童のために奮闘するみんなの姿に希望を見ていた。きっと大丈夫だと。
「……そうね」
セイニィは牙竜の言葉でマ・メール・ロアで洗脳されたティセラと対峙した時の事を思い出していた。仲間と戦わなければならないう悲しみ、それを救ってくれたのは牙竜達だった。だから自分のように狐火童も救われたらいいと密かに思っていた。
「せっかくのお花見なんだからしんみりするのはだめだよ」
しんみり空気を察知したパッフェルが弁当と飲み物を持って参上した。
「あぁ、ありがとう」
「貰うわ」
牙竜とセイニィは飲食物を貰い、ゆっくりと休憩していた。
牙竜と交代したレンは
「どうだ。空が近いだろ」
狐火童を肩車したり高い高いをして相手をしていた。
「……」
相変わらず静かな様子。
「少しでもこの賑やかで楽しい空気を感じてくれればいいんだが」
レンは狐火童の顔を見上げ、大賑わいの会場を見回した。周りには悲しみだけでなく楽しい事もある、それを感じてくれたらと思っていた。
「……大丈夫よ。とても優しい人達ばかりだから」
レンの言葉に反応する者がいた。
「……フリューネ」
レンはその声の方に振り向くと狐火童の様子を見に来たフリューネがいた。
「……今日は食べたり飲んだりと馴染みの人達と楽しく過ごせて素敵な妖怪にも出会えて良かったわ。まだ今日は終わっていないけど」
フリューネは今日の感想をおもむろに口にするなり、レンに肩車をされている狐火童に笑いかけていた。
「そうだな」
レンはうなずくだけだった。自分が聞こうと思った事を答えられてしまったから。
そして、レンは静かにうなずき、狐火童の相手を続けた。
この後、みんなが協力し合いながら狐火童の相手をし続け、何とか無事夜明けを迎える事が出来た。