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リアクション
花見会場。
「いんぐりっとちゃん、綺麗だね〜」
「そうですわね」
天苗 結奈(あまなえ・ゆいな)はイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)を誘い、花見に来ていた。二人は夜光桜の前にレジャーシートを敷いて座っていた。
「たくさん人や妖怪さんがいて楽しいね。みんなきっと仲良くなるよね」
「こんなに楽しいお花見ですもの。間違いありませんわ」
結奈とイングリットは人と妖怪が入り乱れて騒いでいる様子に心無しか自分達も楽しい気分になっていた。
「いんぐりっとちゃん、お弁当食べよう!」
結奈は早速丹精込めて作った弁当をバスケットから取り出した。
「お弁当?」
イングリットは首を傾げながら様子を見守っている。
「じゃーん!!」
結奈は効果音と共に弁当箱のふたを開けた。
中身は色鮮やかなたくさんのおかずと桜の形をしたおにぎりが入っていた。
「これは結奈さんが作ったんですの?」
イングリットは可愛らしい弁当に笑みを洩らしながら訊ねた。
「そうだよ。たこさんウインナーにミニハンバーグとから揚げ。あと、うさぎさんの形に切ったりんご」
結奈は箸でさしながらおかずの説明をしていく。イングリットに食べて貰いたくて頑張って作った物だ。
「まぁ、美味しそうですわ」
イングリットは笑顔のまま。
「早速、食べてみて。はい、いんぐりっとちゃん。あーんってして」
結奈はイングリットに食べて貰おうとからあげを取り、イングリットの口に持っていくが、
「……」
イングリットはじっとからあげを見つめる。この展開は予想していなかったらしい。小さな子供でもないので少しばかり気恥ずかしく感じているも優しい性格のためか断る事も出来なかったり。
「いんぐりっとちゃん?」
結奈は無邪気な目でどうしたのかと可愛らしく首を傾げる。
「……頂きますわ」
結奈の無邪気な目にやられたイングリットはパクリとからあげを食べた。
「どう? おいしい?」
結奈は身を乗り出して料理の感想を求めた。
「……美味しいですわ」
食べ終わったイングリットは笑顔で感想を口にした。
「ほら、温かい飲み物もどうぞ」
結奈はバスケットから魔法瓶と二人分のコップを取り出し、紅茶を注いだ。夜で寒かろうと考えて用意した物だ。
「……落ち着きますわ」
イングリットはほわんと紅茶を飲みながら和む。
「っ熱!」
猫舌の結奈は紅茶の熱さに舌を引っ込めていた。
「ふふ、結奈さんは猫舌ですわね」
イングリットは結奈の様子に思わず笑みをこぼした。
「あはは」
結奈もつられて笑った。
笑いが収まると
「あ、いんぐりっとちゃん、一つ目小僧くんだよ。一緒にお弁当食べよう!」
結奈が遠くからこちらを見ている一つ目小僧を発見し、花見に誘う。
一つ目小僧は結奈に気付くとさっと身を隠してしまった。
「……何か恐がっているようですわね」
イングリットは一つ目小僧の様子から何かを恐がっている事に気付いた。
その言葉が聞こえたのか
「……目、いっぱい」
一つ目小僧がぽつりと恐がる理由を言った。
「目?」
「目はわたくしと結奈さんを合わせて四つですわよね?」
首を傾げる結奈とイングリット。
しばらくの思考後、
「……うーん、あっ、いんぐりっとちゃん、分かったよ」
バスケットに目が行った結奈はピカンと閃いた。
「何ですの?」
「これだよ。この編み目の隙間ががたくさんの目に見えたんだよ」
訊ねるイングリットに結奈はバスケットの編み目の隙間を指さしながら言った。
「確かに目に見えますわね」
イングリットはまじまじとバスケットの編み目の隙間を見つつ発見した結奈に感心していた。
「いんぐりっとちゃん、私、一つ目小僧くんとお花見する方法思いついたよ。あの子の事見ててね」
結奈は一つ目小僧をイングリットに任せて飛び出して行った。
「お任せ下さいませ」
イングリットは微笑まし気に結奈の背中を見送った後、一つ目小僧と留守番をした。
すぐに結奈は戻って来た。手にはバスケットが隠れる大きさの布があった。
「借りて来たこの布で隠せば大丈夫!!」
結奈は丁寧にバスケットに布をかぶせていく。布は事情を話してリースから借りて来た物のだ。
「バスケットが見えなくなりましたわね。結奈さん、冴えていますわ」
イングリットは見えなくなったバスケットを確認し、結奈の機転に感心した。天真爛漫な結奈だからこそ気付いた事かもしれないと。
「えへへ、ほらたくさんの目は無いよ。一緒にお弁当食べよう!」
結奈はイングリットに照れ笑いを向けた後、一つ目小僧に手招きをした。
「…………食べる」
たくさんの目が無くなった事を確認した一つ目小僧はそろりと姿を現し、結奈とイングリットの所に行った。
そして、楽しい花見の時間を過ごした。
「ライトアップされた桜は見た事あるけど発光する桜は初めて、こんなに幻想的なものだなんて……」
杜守 柚(ともり・ゆず)は発光する美しい桜に心奪われていた。
「あぁ、凄いな」
柚に誘われて来た高円寺 海(こうえんじ・かい)も柚と同じように楽しんでいた。
「葦原島に来る事があまりないからこんな素敵な時に来る事が出来て嬉しいです。海くんはどうですか? 誘ったのはやっぱり迷惑でしたか?」
柚は海が楽しんでいるのか知りたくなり、訊ねた。スポーツをする海にとって体調管理は大事な事なので夜の花見は迷惑だったのではと心配しているのだ。
「いや、迷惑じゃないさ。そんな事より見てみろよ、この桜、光りながら散るぞ」
柚の心配は無用だった。海は輝きながら舞い落ちる花びらを興味深そうに目で追っていた。
「……本当ですね。ゆっくり座って眺めませんか?」
楽しそうな海の様子に嬉しくなる柚はさっとシートを敷いて花見の準備を整えた。
「あぁ」
海はシートに座ってからも夜光桜の方に目を向けていた。
「まだ寒いですから体調を崩さないようにタオルケットと温かい飲み物をどうぞ」
柚はスポーツに支障が出ないようにとタオルケットを海の背中にそっと羽織らせ、体の芯からほっこりする飲み物を渡した。
「ありがとな。体の芯から温まる」
気遣う柚に礼を言いながらこくりと飲み物を口にする。
「有り難うございます。あれ?」
礼を言う柚の耳にガサゴソと何かがいる音が入って来る。
「どうした?」
海が眉をひそめる柚に訊ねる。飲む事に夢中で気付かなかったのだ。
「海くん、この木の上から何か音がしませんでしたか?」
柚は頭上の夜光桜の木を指さしながら海に訊ねた。
その時、
「ふぎゃっ」
叫び声と共に木から黒っぽい着物を着た少年が地面に落ちて来た。
「何だ?」
「男の子みたいですね?」
突然の事に驚く海と柚。
「ん〜、ふにゃぁぁん」
落ちた少年はむくりと上体を起こし、泣き始めた。
「大丈夫ですか?」
驚きが収まった柚は急いで少年の元に駆け寄った。
少年は落下の際に膝や肘をすりむいてしまっていた。
『応急手当』を持つ柚はてきぱきと手当をした。その姿を海は優しく見守っていた。
「ほら、痛いのはもう遠くに飛んで行きましたよ」
全ての手当を終えた柚は手当をした患部を撫でながらにっこりと少年座敷童に微笑んだ。
「……ありがとう。ぼくはクロだよ」
少年座敷童は涙を拭きながら優しく笑いかける柚に礼を言った。
「クロくんは一人でここに来たんですか?」
柚はクロが夜光桜から落ちた事を思い出してもしかしたらと訊ねた。
「うん、とても楽しそうだったから。お姉ちゃん達もお花見?」
すっかり元気になったクロは人懐こそうに柚に聞いた。
「はい、そうです。海くん、この子もお花見に誘ってもいいでしょうか?」
これも何かの縁だから一緒に花見をしたいと思った柚はクロを誘う前に海に声をかけた。
「あぁ、賑やかな方が楽しいし、いいぜ」
海は笑みながら答えた。断る理由は何も無い。
「はい、有り難うございます。お姉ちゃん達と一緒にお花見はどうですか?」
海から承諾を得た柚は手を差し出しながら早速クロを誘った。
「うん。ありがとう、お姉ちゃん」
クロは柚の手を握った。柚とクロは仲良く手を繋ぎながら海が座るシートの所に行った。
三人での花見が始まるなり
「……飲み物はどうですか?」
柚はクロに温かい飲み物を勧める。
「うん……とってもおいしい!」
飲み物を貰うなりおいしそうに飲み干すクロ。
「……寒くありませんか? 私のタオルケットでも」
着物一枚では寒かろうと自分のタオルケットを掛けようとするが、クロはそれを受け取らず、
「……」
クロはじっと自分に何かと気遣う柚を見ていたかと思うとつかつかと柚に近付くなりちょこんと柚の膝に座った。
「あの?」
いきなりの事に戸惑う柚。
「お姉ちゃん、優しいから大好き!」
柚の戸惑いなどお構いなしのクロはにっこりと自分に優しくしてくれる柚に笑いかけた。すっかり懐いてしまったようだ。
「有り難うございます」
柚は礼を言うなり、自分がタオルケットを羽織ってぎゅっと背後からクロを寒くないようにと抱き締める事にした。そのまま三人は仲良く花見を楽しんだ。クロは柚が気に入ったらしくずっと柚の膝の上に座っていた。
別れの時、クロはとても寂しそうで柚はまた会おうねと約束した。
「……海くん、よかったらまた一緒に会いに行きましょう」
クロを見送った後、柚は隣に立つ海に言った。
「そうだな。お前は本当に優しい奴だよ。あんなに懐かれて」
海はうなずきながら自分には目もくれず柚にべったりだったクロの事を思い出し笑っていた。
「……そんな事ありませんよ」
想いを寄せる海に褒められて少し照れてしまう柚だった。
花見会場、中心部から離れた場所。
「……さすが花見、どこもかしこも賑やかだねぇ」
「そうねぇ」
永井 託(ながい・たく)と{SFM0018828#南條 琴乃}は花見を知り、早速参加していた。最初は他の花見客や妖怪に混じってワイワイ賑やかにしていたが、二人だけの時間を過ごしたくなりこっそり抜け出したもののどこもかしこも賑やかで二人っきりになれる場所が見つからないでいた。
落ち着ける場所を探せずにいる託と琴乃の前に
「……ここから真っ直ぐ行って左に曲がってその次の角を右に曲がったらぽつりと立つ夜光桜があるわ。そこなら二人っきりになれるわよ。可愛い恋人さん達」
二人の様子を見かねた通りすがり妖艶な雪女がぴったりの場所を教えるために現れた。
「ありがとう」
「あの、お花見には参加しないの?」
礼を言う託と花見には参加しないのかと訊ねる琴乃。
「あんな賑やかなの私の性に合わないわ。でもこの山で花見をする事には反対はしていないわ。少しでもここが平和になるのなら仕方が無いと思っているから」
雪女は軽やかに笑いながらどこかに行ってしまった。
雪女を見送った後、
「……気まぐれな雪女だったねぇ、琴乃、どうする?」
託は隣にいる琴乃に訊ねた。
「託、行こう。せっかく教えてくれたんだから」
琴乃はすぐに答えた。
「琴乃がいいなら」
託は琴乃の手をしっかりと握った。何があっても離さないようにと。言葉だけではあの雪女が本当の事を言っているとは判断出来ないから。
「うん」
琴乃もしっかりと託の手を握り締めた。
託と琴乃は手を握りながら仲良く雪女に教えて貰った場所に向かった。
会場から離れた場所。
託と琴乃が辿り着いた先には会場で咲き誇る桜よりも立派で堂々とした夜光桜が立っていた。
「……会場にある桜よりも立派だねぇ」
「あの雪女さん、いい人だったね。名前を聞いておけば良かったかも」
託は夜光桜の立派さに声を上げ、琴乃は気まぐれ雪女の事を思い出していた。
「しかし、こんなものもあるんだねぇ。舞い散る花びらも綺麗だ」
託は改めて夜光桜を観察するが、視線はすぐに桜から恋人に移る。舞い散る花びらに包まれてまるで幻想に住む桜の妖精と見紛うほど綺麗で思わずぼんやりしていしまうほど。
「本当に。そう言えば……ねぇ、託?」
託にうなずいていた琴乃はふと何かを思い出したのか後ろにいる託に振り返り、思い出した事を話そうとするが託がぼんやりしている事に気付き、心配そうに様子を伺う。
「……ん、何?」
ようやく我に返った託は聞き返した。
「どうしたの? 何か考え事?」
琴乃は心配そうに愛らしい茶色の瞳を託に向ける。
「いや、桜の中にいる琴乃が綺麗で見惚れてたんだよ。それよりどうかした?」
託はさらりと恥ずかし事を言ってしまう。いつもは可愛いという表現がぴったりなのだが、今夜ばかりは違って綺麗という表現が合っていた。
「もう、託ったら」
逆に恥ずかしくなったのは訊ねた琴乃の方だ。嬉しい気持ちもたくさんあったりするが。
「……そう言えば、一年前のあの日も花見だったよねぇ」
ふと託は琴乃に告白し、恋人になった日の事を思い出していた。恋人になった日と約一年経った今日が同じく花見とは何とも凄い偶然。
「えぇ。私もそう思ってた。凄い偶然だって。あの日がなかったら託がいなかったらこんな素敵な桜や感動を分かち合う人にも出会えなかった。私……」
琴乃は託にうなずき、夜光桜を見上げていた。先ほど話しかけたのはその事だった。託と出会えて毎日がとても楽しくて、もし出会う事がなければこうして一緒に夜光桜をこんなにも幸せな気分で見上げてなどいなかっただろうと。
愛しい人の顔を見たいと思った琴乃が振り向こうとした時、
「……託?」
背中に暖かさと重みを感じ、琴乃は桜でなく愛しい人の顔を見上げた。
「こんな可愛くてきれいな彼女と一緒にいられて僕は幸せ者だなぁって」
琴乃をしっかりと抱き締める託は笑みをこぼしながら甘い言葉を口にする。
「……私もこんなにも素敵な人が傍にいて世界中の誰よりも幸せ者よ」
琴乃はそっと自分を抱き締める託の腕に自分の手を重ね、途切れた言葉を口にした。
「……ずっとこの幸せが続けばいいのになぁ」
託は琴乃を抱き締めたまま夜光桜を見上げていた。
光り輝く花びらはゆるりと幸せな恋人達を包み込んでいた。
花見会場。
「……ロズフェル兄弟ってやっぱりいい子だよねぇ」
「悪戯はしますけど、楽しいことを一番に考えてますよね」
天野 木枯(あまの・こがらし)と天野 稲穂(あまの・いなほ)は花見で賑わう会場に心を躍らせていた。
「そうだねぇ。なんて言うんだろう、すれてないって言うのかな。悪意が無いよね」
木枯はうろうろ歩き回っている双子の方に視線を向けていた。今まで何度となく巻き込まれはしたが、誰かを傷付ける事を目的にした騒ぎはなかったと。
「確かにそうですね」
稲穂はうなずいた。
そして、木枯達はのんびりと桜を見て歩いた。途中、狐火童の事を知ったりリース達の店でいろんな飲食物を買ったり友達とのお喋りに興じたりと楽しく過ごしていた。
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