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第2回新ジェイダス杯

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第2回新ジェイダス杯

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障害物

 
 
「ふふふふふ。なんだか、とーってもたくさんの障害物、いいえ、これはもう罠ですわ。なんだか、ぞくぞくしてきましたわ。わたくしも、最強最悪の罠を仕掛けて御覧にいれますわよ」
 レースコースの第95ブロックまでやってきたミネルヴァ・プロセルピナが、途中で見てきた障害の数々に心を躍らせていた。
 コースは、100のブロックに区画分けがされている。通常の小型飛空艇であれば、最大速度を維持して直進すれば10ターンほどで完走できる距離だ。平均的には20ターンほどが完走予想時間であろうか。制限時間は、25ターンである。
 各ブロックは、コース範囲を示す空中ブイが八基ずつ浮かべられており、この中をそれぞれの選手が疾走して速さを競うのである。
 まずは、最初の第10ブロックに、多数のジェイダス人形が浮かんでいる。豪奢な羽根飾りをつけた、悪く言えばとてもかさばる形なのが、旧ジェイダス人形だ。それとは違って、小柄な現在のヤングジェイダスを模した物が新ジェイダス人形である。
 ジェイダス杯は、この人形を拾って一緒に走るというのが一番のルールとなっている。これは絶対である。
 とはいえ、旧ジェイダス人形はかさばるし、へたに身体の前に持っていけば視界さえ遮られてしまう。空気抵抗だって、大変そうである。新ジェイダス人形はその点シンプルではあるが、やはり人一人分であることには変わりがない。いわば、一種の重りである。
 だが、そんな物が無数に宙に浮かんでいるのである。よりどりみどりとは聞こえがよいが、猛スピードでそこに突っ込んでいったら、非常に高い確率で激突するだろう。はっきりいって、これがすでに障害物である。
 さて、続く第20ブロックには、大小のコンクリートブロックが浮かべられている。これら全ての障害は、飛行機晶石を埋め込まれて浮いているわけだが、ユグドラシル中央部の重力が均衡しているということもあって、その位置に固定している。これが少しでもずれれば、世界樹の外皮方向、すなわち内部都市の地面にむかって重力が働き、墜落ということになる。もちろん、建物の上に墜落されてはたまらないので、ワイバーンに乗った竜騎士団が多数、救助隊として配置されていた。また、このへんは、シャンバラの住人が多くやってくることもあって、一応の治安上の配備も兼ねている。
 第30ブロックには、クリームパイが浮かんでいた。お約束である。だが、あなどれば、顔に命中して視界を被われ、そのままコースアウトということになりかねない。コースアウトすれば重力が働くので、たちまち墜落である。芸人体質の参加者には、特に脅威となる障害であろう。勝手に身体が吸い寄せられていく可能性はかなり高い。
 第40ブロックには、何やらたくさんの写真がばらまかれていた。どうやら参加者ゆかりの写真のようであるが、これを無視できるかどうかが運命を分けるだろう。
 第50ブロックには、機晶爆弾が散布されている。爆発力や殺傷力は押さえてあるが、はっきり言って容赦ない罠だ。
 第60ブロックには、イコンが待ち構えていた。巨大な枕型イコン、凄まじい枕である。色物とはいえ、イコンであることには間違いはない。はたして、このイコンの攻撃をかいくぐることはできるのであろうか。
 第70ブロックには、何やら赤いグミかゼリーのような物がプカプカと浮かんでいた。イルミンスール魔法学校のエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)校長より提供されたマジックスライムである。これに飛び込んでしまえば、死よりも恐ろしい結末が待っているだろう。
 第80ブロックには、なぜか、大小の雪だるまが浮かんでいる。ただの雪だるまではなく、それぞれが自立行動のできる雪だるま兵士のようだ。
 第90ブロックには、大帝の目が多数浮かんでいた。亡きアスコルド大帝の目が、勝者たる者かどうかを最後に見極めるのである。
 これら大会の方で用意した障害物以外にも、走者が途中で障害物をばらまいたり、ミネルヴァ・プロセルピナのように自主的に障害を設置しに行く者たちもいる。もちろん、大会を盛り上げるために、障害物の個人的設置は常識の範囲内で許されている。
「では、ちょっと軽いトラップを仕掛けさせていただきますわね」
 などといいつつ、ミネルヴァ・プロセルピナが設置したのは各種爆弾を集合させ、近接信管で爆発するようにした凶悪な機雷だ。さらに、それらをインビジブルトラップで巧みに隠している。その数も尋常ではない。どこから、これだけの爆弾を買いつけてきたのだろうか。
「……の予行演習としては、最適ですわね。ふふふふ、ゴール直前での挫折に涙する者たちの姿が楽しみですわ」
 そう言うと、特等席にお茶のテーブルを広げて、ミネルヴァ・プロセルピナはのんびりとティータイムを始めた。
 
    ★    ★    ★
 
「トラップ〜♪ トラップ〜♪ とらとらとらとらととらっぷ〜♪」
 楽しそうに第14ブロックにナラカの蜘蛛糸を張っているのは笹野 朔夜(ささの・さくや)笹野 桜(ささの・さくら))であった。
 コース範囲を示す空中ブイを蜘蛛糸で結びながら、楽しそうに鼻歌を歌っている。もちろん、楽しんでいるのは、笹野朔夜に憑依している笹野桜の方だ。
 隙間なくブイの間に蜘蛛の巣を編んでいく。これでは、ほとんどの選手が引っ掛かってリタイアだろう。
 ――桜さんは楽しそうですが、これではレースにならないですね……。
 気がついたら、いつも通り笹野桜に憑依されて身体の自由を奪われていた笹野朔夜が、意識の深層の片隅で思った。初期のころは完全に意識がなくて、一夜にして部屋中がピンク一色になっていて本気で悩んだものだが、最近ではさすがになれてきて、長時間憑依されているとわずかながらに意識を独立させることができるようにはなっている。
 もっとも、肉体の支配権は笹野桜に乗っ取られているので、深層心理でさりげなく影響を及ぼすか、心の会話で意見するくらいだが。
 このまま笹野桜の暴走を許してしまうと、レースが成り立たなくなってしまうだろう。
 ――なんとか、桜さんの野望というか趣味を阻止しなければ……。
 気力を振り絞って、笹野朔夜は肉体に干渉しようとした。だからといって、実際に肉体を動かせるほどの力はない。除霊によって憑依を解除するか、支配権を持つ方が意図して権利を譲らない限りは不可能である。
 だが、笹野朔夜としても、手を打っていなかったわけではなかった。
 前日、しらないうちにナラカの蜘蛛糸が大量に届けられた時点で、笹野桜がろくでもないことを企んでいると察していたのだ。そのため、糸のところどころに切れ目を入れておき、強い力が加わったら切れるように仕掛けを施しておいた。多分、笹野桜は気づいていないだろう。
 とはいえ、全ての糸に細工をしたわけではない。これ自体は、適度な難易度の障害として残るだろう。後は、笹野桜が追加で何かしなければの話ではあるが。