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壊獣へ至る系譜:機晶石を魅了する生きた迷宮

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壊獣へ至る系譜:機晶石を魅了する生きた迷宮

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■ 機晶石を魅了する生きた迷宮 ■



 洞窟調査を続けていく内に、奇妙な物を発見した。否、発見されたのは奇妙な物ではなく、
「古代文字、ですね」
壁に深々と刻まれた古い形の文字だった。
「硬くなった土壁を石で削った、そんな感じですか」
 文字の表面を撫でた白竜は梅琳の末端に通信を入れる。
「はい。古代文字らしきものを発見しました。え、他にも? わかりました。画像を転送します」
「他にも?」
「探してみましょう。まだある可能性があります。文字があるということは昔誰かが此処で何かをしていたのは確かです」
 パートナーと共に頷き、白竜は他にも痕跡が残されていないか洞窟内を目を細めて眺めた。
「うーん、どっちから来たんだっけ? って考えても意味ないよねー」
 目を離すごとに行き止まりになってたり三叉になってたりなんとも種類に富んだ構造変化に弥狐は尾をゆらーんゆらーんとさせている。と、何かに気づいた。
「これで合流できたのは二人目ね」
「ねー、ねー、こっち来て、こっち来てよ」
 借りていた通信機から救助隊の一人と合流できたことを報告した沙夢を弥狐は大声で手招いた。
「なんて書いてるのかなぁ」
 よく見かけているようで馴染みのない不思議な文字を縦読みかな横読みかなと眺める弥狐の横で、この文字列をどう伝えようか沙夢は唇に握った拳を押し付けた。
「ここまで綺麗に動くってことは誰か見てんのか? そんなに見ていたいのならとことん見せてやるぜ! さぁ、俺様の魅力に酔いな!」
 幻惑の衣で誰とも知れない相手にアピールするソーマはその格好のまま眉根を潜めた。自分以上に魅力的な何かがあるのか。手応えを感じず、進展無しだ。
「あの、これなんでしょう」
「ん? あれ、古代文字だね。ちょっと読めるかな」
 先に発見し共に行動していた調査員に示され北都は壁に刻まれた文字に下唇を濡らす。自分が持つ博識の守備範囲に入るだろうか。
「えと……『助けて、ください。助けて下さい。お願いします。お願いします、出して下さい』って、これ命乞いじゃないか」
 反射的に三人は自分たちの足元に視線を走らせる。予想したモノは幸いにも無かった。胸を撫で下ろした北都は受信を知らせる銃型HC弐式・Nに一瞬びっくりする。
『こちらクロフォード。受信できる全員に回線を繋いでいる。先に届いた古代文字の翻訳ができたので何かの手がかりになればと思う。
 まず最初の小鳥遊 美羽が発見した文字は「私はこの矢印の先だ。お願いだ、見つけてくれ」という内容になっている。
 で、次に叶 白竜が発見した文字は「ついに手に入れた。いつかは出るだろうと待っていた甲斐があった。私はそう浮かれていたのだ。組織を作れない私はただ愚かだった。彼女をこんな洞窟とも言えぬ洞穴に連れ込んでなければ、私は、私は……ここで死なずに済んだかもしれない」』
 フル装備の一つとして持ち込んだ機晶支援AI【シューニャ】が全く使用できず、最後に呟かれた『ママ』の単語に今回の事象とどんな繋がりがあるのか思案していた天音はヘッドホン型に変形させたサングラス型通信機から入ってくる情報に足を止めた。と、ほぼ同時にブルーズが壁の一箇所を指し示した。
「僕からも報告いいかな? 古代文字を発見したよ」
『どうぞ』
「では我が『私は、後悔、している。盗んだ技術で、成功など、あるわけが、ない。あるのは、失敗だけ。あれは、手に負えない。彼女から逃れようにも、彼女の増殖に、取り込まれ体一つしか持ち合わせていない私はどう対抗すればいいのだろう』で、終わりだ」
「これはあれかな。何もしないままだと最悪な結果が待ってるってことかな」
 読み終わったブルーズに天音はそれは歓迎すべきではないなと機晶石の輝きに視線を流した。
「それならこっちからも報告いいかな。古代文字を見つけたよ」
 食い入る様に機晶石の変化を眺めているメシエの隣でエースは発信ボタンを押した。どんな隙を狙っているのか、念の為と壁に張り付かせたエバーグリーンで育てた植物の蔓は跡形もなく無くなってただの機晶洞窟に変化し終っている。それを見てこの探せば出てくる古代文字は伝言であり目印代わりなのだろうかとエースは思案を巡らせた。
「私が読もう『彼女は選んでいる。彼女は最初から自分の子供と欲していた。彼女が欲している存在では無いために、私は迷わされている。これを見ている人よ、私と同じく絶望するといい。彼女はずっと見ている。選ばれても選ばれなくても、彼女の中にいる限り決して逃れることはないだろう』」
 さて、一瞬にして通路を変える動力源はどこかと通信を切ったメシエは鋭く目を細めた。
「セレン待って、こっち!」
 さぁ次はどの道だと進路を吟味しているセレンフィリティをセレアナは呼び寄せる。
「こちらセレンフィリティ・シャーレット。報告良い? 読むわよ『選ばれた者よ。どうか、彼女を壊してくれ。頼む、壊してくれ! でなければ彼女に支配され機晶姫になってしまったこの洞窟から出られる術は無い』以上」
 読み終えてから、物騒ねとセレンフィリティは呟いた。



 梅琳は通信機のボタンを押した。
「こちら李 梅琳。私から皆に報告があるわ。どうやらその『彼女』を発見したみたい」
 結局エレーネを止められなかった梅琳は目の前に広がる光景に生唾を飲み込んだ。
 少女が至福の微笑みで出迎えていたからだ。



 複雑かつ変動する洞窟内で、最深部というのは正確な表現ではないだろうが、最終的に到達する場所であった事という意味では、そこは確かに最深部であった。
 開かれ大きな空間は壁一面に機晶石の輝き。全てが独自に輝いていることもあって、光源が僅かであっても、奥に座る少女の表情をくっきりはっきり見ることができた。
 巨大な機晶石に背中を預け、両手両足を投げ出した形で地面に座る、機械的なフォルムの少女。全体的に青白く所々欠けた体の中央胸付近には明らかにおかしい色を放つ機晶石が乱暴な形で挿っている。
「……いらっしゃい、さぁ、ここへ」
「その前に名前を聞かせて貰えないかしら」
 前に進もうとするエレーネの腕を捕まえて梅琳は威嚇に武器を構える。
「名前……トロイ・タププよ……あなたの母よ……」
「行っては駄目よエレーネ」
 名前の単語に反応し答えを返す少女に会話が可能かと訝しんだ梅琳は、エレーネに腕を振り払われて慌ててパートナーを仰ぎ見た。
「そうよ、行っちゃ駄目」
 無事梅琳と合流したルカルカは、提案もなにもエレーネの進軍で結局最深部に到着してしまった自分たちにやや驚きつつもここが正念場かと気合を入れ直す。ちらりとダリルを伺い見れば、うん、どれに興味を惹かれているのか一目瞭然だ。
「今はこっち!」
「わかっている」
 一人で駄目ならとエレーネを引き止める三人を眺め、少女――トロイと名乗った機晶姫はゆっくりと硝子色の目を瞬いた。
「歩みを、止めないで。私の元に……早く……早く!」
 トロイに呼応したのか巨大な機晶石に無数の文字が浮かんだ。
「行ったら駄目だってば!」
 祥子の制止が空間に響いた。到着した義弘が無数に見える文字に、キッとモードを変えた。グラビティコントロールに祥子の体がふわりと浮く。
「え、ちょ……」
 自分が母を守る。その矛先を変えられた義弘の使命感が祥子を狙った。遠慮の無いカタクリズムを、祥子と途中合流した飛都が祥子共々歴戦の立ち回りで素早く回避する。
「操作、か、洗脳、か」
 機晶銃を確認するが、やはり使用できない状態だ。少女を視界に入れて、これはなんの影響かと飛都は少女と相対する。
「待って欲しい。オレは敵ではない」
 なんとか会話をと話し合いに持って行きたい飛都の頭上が人影に翳った。
「と、駄目だ駄目だ。襲う相手が違うぞ」
 ロートラウトの腕を取ったエヴァルトは、パートナーの目に写り込んだ古代文字の輝きにぎょっとした。石に浮かぶ文字は白に近い金色だというのに、瞳に写っているのは赤色。そのせいで目が赤く光っているように見えた。
 なんとかロートラウトを抑えこむエヴァルトにトロイは、す、と両手を持ち上げる。
「……いらっしゃい、さぁ」
「させるわけがなかろう」
 羽純のラブアンドヘイトによって呼び出されたヤドリギが機晶姫やギフト達に襲いかかる。
 攻撃に転じようとしたブリジット共々パートナー達が拘束されたのを確かめて、甚五郎は少女を睨んだ。
「さて、わしらのパートナーを返してもらおうか」
「そうです〜、返して下さい〜」
「そうじゃ。そしてそのまま外まで出してもらおうかのぅ」
 ホリィが訴え、羽純が同意と頷く。
 ポケットの中が熱くなってきたのに気づいたハイコドは慌てて機晶石を取り出し、「わっ」と声を上げて身を捩った。手に持った機晶石に襲い掛かられて、崩れかけた重心を戻し臨戦態勢になって、現状を把握したハイコドは無意識に嚥下に喉を鳴らす。
 掌に収まる程の大きさではあるが、文字を刻み奇妙な色に輝く機晶石が宙に浮かんだまま緩やかに螺旋を描く。
 と、その動きが止まった。
 ハイコド目指して急加速飛来する機晶石を、ベアトリーチェがを自らの光条兵器を盾に、これを防いだ。
 超ミニのスカートを翻し、バーストダッシュの高速ダッシュで距離を詰めてきた美羽にトロイは一度目を瞬いた。
 突然出現したコアトーとムーンに顔から突っ込みそうになり美羽は急停止を余儀なくされる。バックステップで距離を開けた。
「突然出てきたよ」
 ギフトとは思えない能力に純粋に驚く美羽と、出現した際見えたような気がした光の色にベアトリーチェは何かを思い出しかける。
 追跡対象が十数メートル先に瞬間移動したことに、最深部にたどり着いたリカイン、宵一、ヨルディアはそれぞれ得物を手にした。
「あまり気が進みませんわね」
「大元を叩けば、コアトーも戻るだろう」
 神狩りの剣を握り直す宵一は、両手を更に上げさながら光を求めるようなトロイの動きに、させるか! と地面を蹴った。
「さぁ、いら――」
「黙っていろッ」
 何が機晶姫やギフトに影響を与えているのかわからないが、その細い腕が上がっているままなのが気に入らず、宵一は叫んだ。
 ギフト達に駆け寄るヨルディアとリカインに向かって機晶石がブンっと大気を裂いた。
「と」
 その礫を霊気剣で叩き落としたのは駆けつけた恭也だった。同じく最深部に駆け込んだ和輝はパートナーの名前を呼んだ。
「アニス」
「任せて♪」
 アニスの神降ろしを受けて和輝はディメンションサイトとグラビティコントロールを使って機晶石の飛来を阻害する。
「あの……」
「地図が復活した。ところで何故戦闘に?」
 言う和輝にリカインは到着した時には既にこういう事態になっていたことを説明する。
「ってことはそいつがボスか?」
 ずいぶんと壊れかけなんだな、と恭也。
「地図が回復したと言っていたがいつからだ?」
 ダリルの質問に、「最深部に到達したという連絡を受けてすぐ」と答える和輝に飛都は手首の末端を弄る。あれだけあちこち飛ばされていたマークが移動しない。
「もしかして洞窟動かす力全部こっちに向いちゃった?」
 ルカルカはやっぱりリスクは高かったと叫ぶ。
「壊してくれとあっただろう? あのトロイ・タププと名乗った機晶姫を停止させないと」
「それと嫌な予感がします。選ばれない人間が彼女の前にいつまで居られるとは思えません」
 丁寧な口調で飛都が意見した。
 もし、選ぶという基準が呼ばれたか呼ばれてないかで分かれるとしたら、呼んでいない人間を少女がそのままにしておくだろうか。
 そう、ただでさえ問答無用で敵対しているというのに。
 皆がその可能性に気づくのを待っていたかのように、各人それぞれの足元に銀に輝く白い文字が集まってく。
 それが転移の文字と気づいたのは和輝だけだったが、その光景にベアトリーチェは引っかかりを覚える。
 何事かと沸き立つ契約者達が身構えた瞬間、トロイの胸に挿さる機晶石が音を立てて割れた。割て粉々になった。
 沈黙。
「人数が、多いのだよ」
 『ダンタリオンの書』が掠れた声で呟いた。
「負荷がかかったということか?」
 確かに盛大な何かが起こりそうではあったと宵一が首を傾げる。
「今までずっと整備されていないだろうし」
 パートナーのメンテナンス料を知っているエヴァルトが実感を込めて、どこが壊れてもおかしくはなかったと頷いた。
「終わった、の?」
 義弘をなんとか抱きしめて抑えていた祥子がパートナーに視線を落とす。
 しばらくして、自由を奪われた機晶姫やギフトがそれぞれに自我を取り戻していく。
 迷宮のような洞窟は、トロイの停止と共に沈黙した。