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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第1回/全4回)

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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第1回/全4回)

リアクション

 エターナルコメットに乗って、一人の少女が樹上都市の空をまっすぐに飛んでいる。
 冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)だった。
 彼女はジャングルの状に森を、枝を避けて進むうちに、誰かにどん、とぶつかってしまう。
「うわっ! ……ちょ、急になんだよ!?」
「すみません……。目が不自由で……あの、大樹はどうなってますか?」
「…………あ、ああ。それならあっち、今あんたが向いてる方だ」
 聞いたことのない声だった。彼からオークの大樹が突き出ているのを聞くと、日奈々は窓を探すと小さな体を滑り込ませた。
「あの……! 族長さんは……どこですかぁ?」
 急に飛び込んできた少女に、びっくりしたのはここで働く侍女の一人だ。
「どうしたんですか? まさか窓から入ってきたんですか!?」
「あの、伝えて下さい。ヴォルロスから援軍が来ているんです……だから、きっとなんとかなりますよ」
「援軍とは、このパンツのことですかな?」
 日奈々が振り返れば、そこには中年の重々しい雰囲気の男性族長補佐──の手に、うら若き乙女に見せるのは憚られるようなものが握られていた。
「いや、その……パンツが配られているんですよ」
 言われた方も困る。でも、行った方でも自分が何を言っているのか、分っていないようだった。というより事実が常識を蹴散らしてるのだからしょうがない。
「……まぁ、パンツはいいとして……」
(そのようなものを取り出すなど……いや、証拠品ならばそうとも言えぬのだろうか……しかし何故そんなものがここに……)
 失礼にならぬように、と気を付けて頭の中でぶつぶつ呟いていたパートナーを見て、一人の青年が薄く笑った。彼らは、族長らに会いに来ていた契約者たちの一人だ。
 ワイルドペガサス・グランツとスレイプニルにそれぞれ跨り、姿を隠しながら真っ先にやってきたのだが、森の中で出会う怪物たちは見過ごすわけにいかず、木々の間を“疾風迅雷”の身のこなしで素早く駆け抜けながらも、両手に持つ秘刀・絶空の二刀の斬撃は出会い頭に一匹一匹屠ってオークの大樹までやってきたため、少し時間がかかってしまった。
「……ここでは以前、友人と一緒に楽しい時間を過ごさせて貰った美しい場所。何か力になれることはないかな」
 と黒崎 天音(くろさき・あまね)が言えば、パンツから考えを引き戻したブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、こんな時くらい敬語で話したらどうだ、という目をつい向けて、ごほんと咳ばらいをした。
「美しい街を守りたい気持ちも当然りますが、パラミタ最大の水源が穢れるというのは、パラミタが崩壊するに等しい事でもある、と存じています」
 ドラゴンは、パラミタの守護者。ドラゴニュートとしてその一員であるという意識からか、ブルーズは重々しくそう言った。
「契約者の力が必要なら遠慮なく仰っていただきたい。……ところで、族長のドリュアス・ハマドリュアデス様はどちらに……」
 その言葉に、一気に族長の顔は険しくなる。
「……滅多に姿をお見せにならないとは伺っていましたが、非礼でしたら、お詫びいたします」
 そう言うブルーズに、彼は首を振った。
「大変有難いお申し出、感謝します。
 この大樹には、大樹と意思を通わすための部屋がございまして、そちらにおいでなのですが、今朝からずっと籠られまして、私もお姿を拝見していないのです」
 だから状況は自分で判断している、と彼は続ける。
「大樹はこの森の要。大樹から伝わる各地の状況を、族長が聞き、それを扉の外の私に伝える──今朝まではそれが続いていましたが、それ以後は食事もとられていらっしゃいません。
 ただ、もし何か森にあれば、森を焼き払ってでも大樹を守ると仰いました」
「焼き払う……?」
「以前。似たような事態があったのです。その時の教訓を経て、私たちは大樹の子供たち──苗木を育てることにいたしました。たとえ森が滅びてもまた生きていけるように。勿論、これは最後の手段です」

「最後の手段としたって、そんなことは起こって欲しくないね。以前樹上都市を訪れた縁もあるし、植物達の危機を見過ごせないよ。手伝うよ」」
 と、言ったのは、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)だった。
 植物と園芸を愛する彼は、森を守る為に、パートナーと共にここまでやってきたのだった。都市の人を驚かせないように、ワイルドペガサス・グランツに乗って。
「ところでというか、このままだと街の人たちが危ない他にも、オークの大樹が疲弊してしまうんじゃないかと思うんだけど」
「ええ。一見分らないと思いますが、この密林は主に水中に向かって伸びています。木々の根を守る為に、水中に適した植物がそれらを取り囲んでいますが……」
 そう、とエースは頷くと、フランセットから貰って来た海上作戦の地図を側のテーブルに広げた。
 今救援部隊を送るための作戦が行われていることを簡単に族長補佐に説明する。
 その間、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が逆に今得た情報をフランセットたちにも送った。
 ほどなくして指示が帰って来た。それは族長と補佐への短い挨拶から始まって、簡単な図が直線を組み合わせて書かれていた。
 詳しい水中の様子──海底の起伏や海流について、敵の魚の様子はデータにないので、もし可能ならば送って欲しい旨。同時に適宜判断して、このように植物を絡ませることはできないか、という話だった。
 最後に樹上都市に到着後、許可を頂き次第海軍もこの作戦を始めたい、と記されていた。
 族長補佐はそのエースのHCを覗き込むと、早速手元の地図に羽ペンで書き込みを始めた。
「……ご提案いただいたのは、『定置網漁』ですか。海底から海面まで網を張り、袋小路に追い込んで一網打尽に絡め取る。時間はかかりますが、やってみましょう。族長から大樹に伝えていただきます」
「じゃあ、俺たちは、水面の方に助けに行くよ。植物の気持ちなら少し俺も聞けるし、治療もできるからね。大樹がそれまでに疲れたら困るからね」
 エースはメシエと共に、大樹を降りて行った。
 “人の心、草の心”で周囲の植物たちの声を聞きながら、敵の方向を知る。
「ここの樹たちはお喋りみたいだね。だけど、それが今日は苦しんでる声だなんて……」
 花妖精と守護天使。彼らが再生した森であり、彼らの住まい。この都市の植物たちは故に都市のことを良く知っており、人懐こく感じた。
「エース、あっちだよ」
 “ディテクトエビル”で敵の気配を探りつつ、樹々の間を走り抜ける。
「さあ、俺に力を貸してくれ」
 魚の群れを水面に認めたエースのエメラルドセイジから放たれた“サイドワインダー”の二本の弓が刃魚を捕えるなり、魚に周囲の植物が一斉に襲い掛かり、“エバーグリーン”に応えて、周囲の木に絡みついていた蔓が手を伸ばし、ぐるぐると刃魚に巻き付き始める。
 メシエは“神の審判”を、波立つ水面に見え隠れする鮫の背びれを目標に放っていった。

「じゃあ、こっちから行きゃいいんだな」
 樹上都市は整備された近代都市には遠い。入り組んだ道に、ジャングル状になった植物が視界を塞いでいる。
 守護天使が道案内をしてくれるというので、国頭 武尊(くにがみ・たける)猫井 又吉(ねこい・またきち)は、「メンテナンス用の道」とやらを通っていた。
 道──階段の先は水面に没してなお続いている。
 水中呼吸できる者やその道具を持っている者が、この下から根の部分の世話をするのだ、と彼は言った。
「ん? んん?」
 魚に齧られた一部の根から、妙な白い液のようなものが流れ出して水に溶けていったのに、武尊は気付いた。
「あれは毒を分泌しているんですよ」
 守護天使はこれも植物から採取した毒です、と手にある矢の矢じりを視線で示した。引き絞り放たれた矢が刃魚を跳ね上げ、それを頭上から舞い降りた大きな鷲のような鳥が、掴み上げては肉を裂きつつ上空に持ち上げ、海面へと落していく。
「あの爪にも塗ってあります」
「そんならやっぱり、海面に引きずりだし、そこをやっつけるってのがいいかな」
 武尊は、契約者とかの戦闘員の大半が魚なわけじゃないんだし、こっちで戦った方が分がいいだろうと判断する。
「ありがとうございます、では僕たちは戻るので、お願いします」
「……まぁな」
 そっけなく返す。もうちょっと感謝してくれてもいいんじゃないかと思うが、まぁ、お礼はこれからだ。幽霊船退治よりこっちを選んだのも、この方が金になると踏んだからだった。
(いちおー議会から金は出るっていうけど、ピンチを助けた方が儲かる気がするんだよな。
 相棒の又吉はヌイ族の出身じゃねーけど、ゆる族が花妖精と守護天使の住む樹上都市を守る為に頑張るってのはきっと大きな意味を持ってくるんじゃないかと思う訳よ。そしてそれは、オレや又吉の利に繋がるって寸法だ)
 武尊は相棒・猫井 又吉(ねこい・またきち)が操縦するDS級空飛ぶ円盤に再び飛び乗ると、“顕微眼(ナノサイト)”で海面を睨む。
「さあ、指示してくれよ! 地球には爆弾漁ってのがあるって聞いたからな、撃ち込んでやる」
 武尊が海上遠くに見つけた魚の群れの上空に、空飛ぶ円盤は突っ込んでいった。又吉はすかさず、機晶爆弾を魚の群れに投げ込む。ドーンという爆発音と共に、飛沫が跳ね上がった。
 ──隠れている川魚の取り方に、石をハンマーで叩き、その衝撃で気絶して浮いてきたところを捕まえる、というものがある(なお、禁止されている場所もある)。
 体長三メートルほどともなれば、魚にも爆弾くらいの衝撃が必要だろう。
 武尊は千切れ飛ぶ中にもぷかぷか浮かんできた魚の頭に、遠隔のフラワシの力を借りつつ、手に持つアンチマテリアルショットのトリガーを引いていく。
「さかなさかなさかな〜 さかなをたおすと〜 さかなさかなさかな〜 ゴルダにかわ〜る〜」

 呑気そうな歌が流れる中、ふわふわのムラサキツメクサの花妖精リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)は、ふわふわの声をきっと引き締めて、ドキドキする胸を抑えて、こう言っていた。
「リーダー、ありがとうなのでふ。頑張りまふでふよ!」
 リイムは以前フラワーショーに出た、その時のことを思い出していた。
 それからさっき、族長補佐にあいさつした時、族長が大樹と今も力をあわせていることを聞いて、純粋なリイムは胸を打たれていた。
「みんな、自分を花妖精の仲間に入れてくれたんでふ。だからたすけるんでふ!」
 十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)はそんなリイムの顔を眺めやって、
(やれやれ、面倒な話だ。……まあいい、俺はただの賞金稼ぎ。厄介事を糧に生きるハイエナのような奴だが、そんな俺にも義理はある。今はこの神狩りの剣と自身の信念の赴くがままに戦おう)
 樹上都市までの道のり、戦いを避けてきた分のジレンマを発散するように、スレイプニルで海面を駆けるように飛ぶ。
「冷たくなるのでふ!」
 リイムは小さな体に似合わぬ大砲──クロス・ザ・エーリヴァーガルとぼすん、と撃ち、広くは氷の魔術を放つ。冷気を纏った弾丸と氷は海面を凍らせることこそしなかったが、その水温を下げた。
 急に水温が下がれば魚の動きは鈍くなる。そこに宵一が“ゴッドスピード”で自身の俊敏さを上げて、鐙をきつく踏み、両手で神狩りの剣を抜き放った。
「いいかリイム、しっかり俺の背中に隠れているんだぞ」
 最前線で戦うこと。それは、危険を意味している。スレイプニルは旋回し、急上昇し、急降下し、前後左右から飛びかかってくる刃魚を、鮫を避けようとする。弱いとみたのか、リイムに多方向から鋸のような歯が並んだ顎が襲い掛かる。
 両手剣の平“ブレイドガード”でかわし切れないそれを弾きつつ、宵一は“迅雷斬”で雷を纏わせた神狩りの剣を振るっていく。
「僕たちは負けないでふ!」
 リイムは勇気を胸に、リイムを噛み千切ろうとする魚をものともせず、海に向かって大砲と魔術を打ち続けた。

(お金が入ったら、必要経費払って、残ったお金で新しいアレ買えるかねぇ……ちょっとイイお米も食べれるかもなぁ……新しいふかふかクッションも欲しいなぁ)
 最近お財布が軽いアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が傭兵募集に釣られたのは、そんな理由からだった。もしかしたら、彼の家が大きな樹の中にあって、それがオークの大樹の中に家があるようなこの樹上都市に親近感を感じたせいもあるかも、しれない。
「幽霊船の方に行くと細かい指示が出そうだしなぁ、第一、ドリュスの方がピンチっていうじゃん? 手遅れになったら元も子もないべさ〜」
 影に潜む巨大な黒狼に跨ってそう言えば、アキラの肩の上でアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が、指示、というか命令を出していた。
 えーとね、こっちの飛んでけばいいノヨと、さっきまで海上で樹上都市までの道を示していたアリスは(海軍の方にはあらかじめ、情報お願いねーと言っておいたのだ)、
「次はそこの敵をやっつけるノヨ! 次はアッチ〜!」
「りょーかい、スピード出すぞー」
「キャッ!」
 アキラに急発進されて振り落とされたアリスは、慌てて背中に取り付けたワイバーンの翼をパタパタさせて、落水を免れると、迎えにきたアキラの肩にぴょんと戻った。
「乱暴な運転しないデヨ」
「ごめんごめん〜。……ところで、水の中ってどうやって入ればいいんだ?」
 アリスがさっき指差したのは、根っこ──水の中だ。アキラは首をひねった。
「電気系の技でやっちゃえばいいんじゃね?」
「駄目じゃ」
 とぴしゃりと却下したのは、やや斜め上に、空飛ぶ箒エンテで飛んでいたルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)だ。
「じゃ機晶爆弾を放り込めばいいんじゃね?」
「だから、駄目じゃ。根っこに近いところでそんなことをしたら、根まで傷んでしまうじゃろうが」
 水中にはわしが潜る。その為のエンテじゃからな、とルシェイメアが言うので、アキラは、
「じゃあ、投網漁法で捕まえる〜。おーいお前ら、捕まえたらご馳走にするからなー」
 もう一人のパートナーセレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)が乗っていた幼き神獣の子の後ろには、アキラのミャンルー二匹(二人?)が着いてきていた。
 アキラはユグドラシルの蔦をばさばさと広げると、網をぽーんと、投げ出した。一応、3メートルくらいまでの物体なら捕まえられるのだ。刃魚は大きくても一匹そのくらい。
 セレスティアはそんなアキラを見ながら、周囲に目をやった。あちらこちらで、戦っている守護天使と花妖精の姿が見える。
「私は怪我人を治療しに行きます。もし逃げ遅れた人がいたら、上まで運んで避難してもらいたいですし。……ところでアキラ、捕まえた魚はあとで食べられるかどうかわかりませんよ?」
「やってみなきゃわかんないべさ」
「はい、一応頑張って調理してみます」
 そう言って飛んでいくセレスティア。
 ルシェイメアは“真空波”で、アキラたちの周りを旋回し、ユグドラシルの蔦でできた網を食い破ろうとする刃魚を沈ませる。そしてポータラカマスクを被った。これは口や鼻からの有害物質は通さず、しかも水中で呼吸できるという高性能マスクだ。
 同じく、エンテという箒も、水中でも動き回ることができる。柄に捕まってざぼん、と水の中に潜る。目を開ければ透明度の高い水のために大分先まで見通すことができた。
 ルシェイメアは早速、水に落ちた獲物に向かってくる魚の化物たちに向けて魔術を解き放った。