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新興都市シズレの陰謀

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新興都市シズレの陰謀

リアクション

四章 ジューン・ブライド

 もはや極太のレーザー光線に近い何かが、
 通電室の端から端までを真っ二つに横断した。
 金元 ななな(かねもと・ななな)のかけ声に反応できた隊員は無事だった。
 若干名の逃げ遅れた者も、
 シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)ナオキ・シュケディ(なおき・しゅけでぃ)
 咄嗟に射線上から突き飛ばしたことで難を逃れる。
 しかし、そうでない者は、……。…………。

「貴様ァっ!!!」

 親しい者を失った悲しみ、怒りからだろう。
 一部の隊員がジェラルドに向かって飛びかかろうとする。

「後退だよ!? 待って!!」

 なななは、今度は制止の声をあげたが届いていない……!

「……感情に流され、我を忘れて身を砕くか。
 いいぞ、それでこそ人間だ……!!

 先ほどの一撃とは違う緩やかな力が、再びジェラルドの手元、『6月の花嫁』に集う。
 緩やかというが、比較対象が大きすぎるためにそうなるだけで、
 通常の【光条兵器】の2倍程度の出力は出ている。
 人ひとり殺すぐらい、訳ないだろう。
 このままでは更なる犠牲が出てしまう―――そう思われた時。

「警告よ。すぐに武装を解除して投降しなさい」

 ななな部隊の駐屯地を目指してきたルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、
 ジェラルドの背後、1m程度のところに出現していた。
 更に後方にはダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)も控えている。

「ほう、いつの間に」

 と言いながら、ジェラルドは先ほど溜めた『6月の花嫁』の力で、
 振り返り様にルカルカを薙ぎ払おうとした。
 しかし、それは空を切ることとなり、
 直後、ジェラルドの体は駒みたいに回転しながら吹き飛んだ。
 ルカルカが【超加速】で回避しつつの【百獣拳】をぶち込んだのだ。
 しかもダリルの【ゴッドスピード】によるエンチャントも継続されていたので、
 その速さは常人の10倍近い……!
 遠目には何が起きたのかわからなかったレベルだろう。
 だが、

「フ、フッフハハハッ!!!
 ……なるほど、お前は化け物というわけか
「!?」

 確かにクリーンヒットしたはずだ。
 そもそも【超加速】はルカルカ自身にかかる負荷も極端に重く、
 それこそ今の一撃で仕留めるつもりで使用していた。
 ところが、ジェラルドはすぐに立ち上がり、大した傷も負っていない様子。
 殴った側であるはずのルカのほうが、拳にダメージを受けていた。

「怯むな! ルカ!」

 間髪入れずに、ダリルの『ブライトマシンガン』による援護射撃が行われた。
 そこでようやく、ジェラルドが『6月の花嫁』をかざして、
 卵みたいな薄い膜を形成しているのが視認できた。
 バリアのようなものだろう―――
 放たれた光条弾は全てそれによって受け止められる。

「商会長ジェラルド……やはり隠し玉があったか。ふざけた名前をつける。
 ルカの一撃もあれで凌がれたんだろう」
「そうみたいだね。各隊員は、こいつを確保するまで下がってて!
 周りを巻き込まないように、気を遣えそうにないわ。
 ななな、淵、シャウラ、牽引お願い!」

 こうして、なななと淵が先導し、シャウラとナオキが殿を務める形で、
 ななな部隊は地上へ退却していった。
 通電室にはルカルカとダリル、ジェラルドだけが残されることになった。
 ただ、巻き添えによる新たな犠牲を避けるためにこういう形をとったが、
 全てを賭けた一撃が致命打にならなかった以上、
 今のところは足止めが精一杯かもしれない。
 2人は戦いの中で、『6月の花嫁』攻略の糸口を探っていく―――





 地下エネルギープラント・エネルギー抽出施設。

 話は少し前に遡る。
 ユキノ・シラトリ(ゆきの・しらとり)ジェレミー・ドナルド(じぇれみー・どなるど)ユキヒロ・シラトリ(ゆきひろ・しらとり)の3人は、
 例によって同期された全体マップデータを元に、
 花嫁達に課せられていたという強制労働の場、エネルギー抽出施設を目指していた。
 目的は、花嫁たちが暴走している原因を探り、可能ならば救うこと。
 その原因に一番関わっていそうな場所が、エネルギー抽出装置だったのだ。

「隠密行動を取る以上、声はなるべく出さずに動いたほうが良いであろう。
 目的地に着くまで、可能な限り商会員に遭遇するのも避けるべきなのだよ」

 というのが移動にあたりジェレミーの示した方針だった。
 それに従い、3人固まって【精神感応】と【禁猟区】による遠回りを繰り返し、
 時間はかかったものの誰にも見つかることなく、ここまで辿り着いたのだ。

「姉ちゃん、ここ他の場所に比べて、商会員のやつら多く見えないか?」
「そうだね、よほど重要な施設なのかな……。
 私達だけじゃ突破できそうにないよ」

 エネルギー抽出施設の隣室に隠れながら、可能な限り小声で話す。
 【精神感応】が使えるのはユキノとジェレミーだけなので、
 ユキヒロと会話する場合はこういう形になるのだ。
 チラリとジェレミーに目配せするユキノ。
 詰まった状況になった場合、彼女はブレイン役である彼の指示を待つことが多い。
 ジェレミーはここに至るまでの状況などから思案して、

(……他の契約者にも、ここに向かっている者がいるかもしれん。
 貴様らはそれについての確認だ。
 私は奴らと設備の動向を観察する……【禁猟区】は絶対に切らすなよ)

 そう結論を打ち出した。

 と、ここまでが少し前の話で、ここからは時系列上、
 通電室でルカルカ達がジェラルドと戦っている最中となる。

(ジェレミー様! 確認したところ、この場所へ5人向かってきてるみたいです)
(5人か……おそらく目的は私達と同じであろう。
 到着を待てば、合わせて味方8人。
 私が観察した限りでは施設内の敵も8人だった。なんとか突破できそうだな)

 同数の戦いでは、当たり方―――戦闘開始時の状況がものをいうことが多い。
 商会側はもちろん防衛する心構えでいるだろうが、
 攻め入るタイミングはこちらが選べる。どちらかといえば有利を取れるだろう。

「じゃ、しばらくここで待機して様子を
「ククッ、その必要は無い……今、到着したところだ」

 背後に、いつの間にかデュオが出現していた。
 ユキヒロは驚いて声をあげそうになったが、
 ユキノが咄嗟に口を塞いだおかげで難を逃れたようである。
 それから少し遅れて、清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)も合流した。

「連絡くれた契約者って君達かな? 遅くなってごめんねぇ」

 北都の言葉に、「気にしないで」と首を振って応じるユキノ。
 とにかく、これでエネルギー抽出施設へ突入する準備は整ったようである。
 シリウスはジェレミーから中の様子を聞いて、

「敵が同数なら、全員で一気に制圧しちまえば早いんじゃないか?
 施設内には専門知識を持ったボス格もいるはずだ。
 花嫁達を元に戻す方法は、後から聞き出せばいいさ」

 シリウスの言う通り、
 施設内には特別な紋様入りの赤いスカーフを着けた人物がいた。
 ジュリエンヌ商会の幹部のひとり、カルロスである。

「でも、最初に突入する人には危険が伴うね。
 ここは戦闘慣れしてるボクが、先陣を引き受けるよ」
「フッ、当然、歴戦の覇者である俺様もその任に就かせて貰おう。
 出鼻を挫かれては後の展開に関わるからな……ククッ」

 こうして、サビクとデュオが突入し、
 攪乱したところで他の全員も乗り込むという作戦に決定する。

「「……行くぞ!」」

 サビクが【荒ぶる力】を使い、デュオと共に一気に飛び出す!
 狙いは幹部格のカルロスに程近い、2人の商会員。
 不意の一撃で人数を削り、相手にアドバンテージを与えない狙いだ。

「「……ッ!?」」

 サビクが『女王の剣』で、デュオは双剣型の【光条兵器】で商会員に斬りかかる!
 不意打ちが見事に決まり、2人の商会員は声を出す間もなく床に崩れ落ちた。

「ちっ! 何やってんだよクソどもが!
 オイ、敵さんのお出ましだァ! 歓迎してやれテメェら!」

 カルロスがわずかに後退しながら、残りの商会員に指示を出すと、
 残る5人の商会員達は、すぐさま戦闘態勢に入る。
 それぞれが剣、槍、弓、双銃、槌と、様々な形状の光条兵器を生み出した。

「戦闘班の俺の部下を、不意打ちとはいえ一瞬で沈めるたぁ、中々やるじゃねえか」

 言いながら、少し遅れてカルロスも、爪型の【光条兵器】を形成した。

「ほう? 全員が剣の花嫁と契約しているようだな」
「……真っ当な“契約”だったら少しは見直すんだけどね」

 サビクとデュオが視線を惹きつけている内に、待機していたメンバーも続々と室内へ。
 ユキノら3人は訓練はよくするものの実戦経験がまだ浅いというので、
 シリウス、北都、クナイが前衛を務めるようにして陣形を組んでいる。

「ふーん、やっぱ2人だけで来たわけじゃねェか。……ハンニャバール!!」
「承知」

 ハンニャバールと呼ばれたのは、槌の【光条兵器】を持った大男だ。
 どっしりと構えていたはずの大男だったが、
 ふと腰を屈めたかと思いきや、瞬時にその姿を消した。
 何が起きたのか、それを考え始める前に、

「こっちだ」
「!!」

 背後から声が降り注ぎ、ユキノは思わず振り返る。
 【ポイントシフト】で前衛陣を飛び越え、ユキノの背後中空に瞬間移動したのだ。

「姉ちゃん危ない!!」

 大きな槌を振り上げ降りてくるハンニャバールに対して、
 咄嗟に『ブロードソード』を掲げて【ディフェンスシフト】を発動。
 身を守ろうとするユキノだが、

「ダメだ! 【光条兵器】相手に普通の防御じゃ―――」

 ゴウッ!
 シリウスの叫びは、槌が振り下ろされる轟音で無情にも掻き消された。
 【光条兵器】は攻撃対象を選ぶことができるから、単純な防御では意味がない。
 考えてみれば当たり前のことだが、
 実戦慣れしていないユキノは、ほとんど反射的に動いてしまったのだ。

「もらった!!」

 勝利を確信するハンニャバール。

 ……の肩に、ユキノが構えていたはずの『ブロードソード』が、
 いつの間にか深々と突き刺さっていた。

「な―――!?」
「間に合った……か!」

 槌が最後まで下ろされる前に、
 ジェレミーが【サイコキネシス】で『ブロードソード』を引ったくり、
 思い切り相手へ向けて飛ばしたのだ。
 通常なら弾かれるだろうが、相手が【光条兵器】だからこそ可能なカウンターである。
 槌の攻撃はそれにより重心を失って威力を殺され、
 結果的に、ユキノは大した怪我を負わずに済んだ。

「ジェレミー様……っ」
「ノロマめ、手間をかけさせるな!」

 そして―――
 思わぬ反撃を受けた敵の一瞬の怯みを、【超感覚】を持った北都は見逃さなかった。

「今だ!!」

 北都は身をひねるようにして、渾身の【百獣拳】を叩き込む。
 その一撃がハンニャバールの巨体に沈むと、彼は何かを呻いたと同時に意識を失った。

「あァ!? 何やってんだよハンニャバール! てめェ副隊長だろーが!
 ……ってか、他のやつも気づいたらノビてんじゃねェか!!」

 それは、サビクとデュオが大暴れしたせいだ。
 とはいえ、2人ともこんなに迅速に制圧できるとは思っていなかった。
 要は互いが想像以上に強かったということである。

「案外、呆気なかったな? さっき戦闘班とか聞こえた気がしたが……ククッ」
「この調子だと、キミも簡単にやられちゃうんじゃないかな。
 ボクは降伏したほうが身のためだと思うけど?」

 デュオもサビクも、挑発的な言動をとる。
 彼らにはそれだけの力……経験に裏打ちされた余裕があった。
 カルロスは一度沈黙し、深々と溜め息をついてから、

「……俺に言わせりゃ、戦闘班のこいつらでさえポンコツだぜ。
 もともと研究者上がりの連中が、マニュアル通りの訓練積んだだけだからな。
 実戦を潜り抜けてきたアンタらみてェのには……手も足も出ないだろうよ」

 けどな、とカルロスは【光条兵器】を引っ込める。

「俺はあいつらとは違ェ!! ずっと1人で、生き抜くために何でもやってきた!
 商会ン中でも単純な実力なら、間違いなく俺が一番強ェぜ。
 その証拠に……見せてやるよ」

 カルロスは再び光条兵器を形成する。
 ただし、それは先ほどとは形状が全く異なり、もはや腕そのものが兵器と化していた。

「こいつが俺の―――【覚醒光条兵器】だッ!!」