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村と温泉と音楽と

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休養地と音楽

「初めましてミナホさん。瑛菜部長も久ぶり!」
 休養地と音楽の関係。そのことを契約者に聞く場は三者面談のような形を取っていた。生徒役にミナホ。保護者役に瑛菜。そして先生役に契約者。普通と違うのは代わるのが生徒と保護者ではなく先生のほうだということ。その先生役を最初に務める赤城 花音(あかぎ・かのん)はそう元気よく挨拶をする。
「久しぶり。あんたも元気そうでよかったよ。リュートも相変わらずそうだね」
 花音の横に佇むリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)に瑛菜はそう声をかける。
「お久しぶりです。瑛菜さん。そうですね。僕自身に変わりはありませんよ」
 温和な笑みを浮かべるリュートに本当に相変わらずだと瑛菜は思う。
「あのー、瑛菜さん。花音さん……ですか? 私、どこかで花音さんのこと見たような覚えがあるんですけど……初対面ですよね?」
「初対面だろうけど……ミナホ、あんたってあんまりテレビとか見ない?」
「最近はあんまり見ませんね」
 全く見ないわけではないけれどとミナホは言う。
「……ま、そのうち花音のことは分かるんじゃないか。とりあえず今は話を聞こうか」
 そのための場なんだからと瑛菜は話を進める。
「ミナホさん、早速私の提案なんだけどさ。ニルミナスをアーティストの休養地として発展させていってみたらいいんじゃないかな?」
「ええと……『音楽に携わる人が休める場としての休養地』。それが音楽の休養地に対する関わり方の花音さんの答えですか?」
 ミナホの確認に花音は頷く。
「ボクもいろいろ忙しいスケジュールをこなしてるから、そんな中で休養地はすごくありがたいんだ」
 花音の言葉にミナホは
(花音さんも何か音楽関係の仕事してるんでしょうか?)
なんていう合ってるんだかずれてるんだかわからないことを考えていた。
「そういわけで、ボクはニルミナスは、アーティストさんみんなの! 活動を支える拠点として、発展して行けると良いんじゃないかな?……これも立派な音楽と休養地の関係だと思うよ」
言い終えて花音はどうかなとミナホに自分の意見の感想を聞く。
「素晴らしいと思います。私が全然考えていなかった答えでした」
 実際にミナホにとっては目からうろこな意見だった。本当であれば休養地として発展させると決めた時点ですぐにでも主なターゲットを決めないといけなかったのだが。そんなミナホの穴を花音の意見は埋めるようなものだった。

「花音が、村全体に関する提案をしたので僕は温泉施設に関する提案をしますね」
 花音の意見の後、そのあとを継ぐようにしてリュートが出る。
「花音の意見にも関係することですが、安全面の強化……おもにセキュリティ関係を凝るべきだと思います」
 ふむふむと頷くミナホを見てリュートは続ける。
「アーティストが盗撮とかされると本当に頭の痛い事件になりますから……。それに限らずとも安全であるということは安心しリラックスするのに必須でもあります」
「そうですね。安全性に関してはセキュリティ含めいろいろと協議を重ねようと思います」
 先のネージュの子ども風呂を含めて安全に関しては綿密に構想を練らないといけないようだ。

「それでミナホさん。これは別件なんだけどさ」
「はい? なんでしょう?」
「ボクたちもニルミナスに拠点を構える考えがあるからよろしくね」
 自分はイルミンスールを卒業してからになるけどと花音。
「僕は……一足先にニルミナスへ拠点を構えようと思います」
 ミナホによろしくお願いしますとリュート。
「あんたらがこの村にくるのか。賑やかになりそうだね」
 いろいろな意味でと瑛菜は言う。
「えっと……瑛菜さん。やっぱり私花音さんのことをどこかで……」
 まだ花音のことについて分かってないミナホに瑛菜は苦笑いを浮かべた。


「――というわけで、歌劇をやってみるといい思うね」
 花音たちが出て行った後、二番目の先生役であるロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)はそう自分の意見をまとめてそう発言する。
「温泉地で音楽、といえば、ジャパニーズ有名、レヴューあるね」
「ああ……そういやあの歌劇団のあるところって温泉地だっけ」
 ロレンツォの言っている対象のことを察した瑛菜はそうぼかすようにして言う。
「? もしかして宝○ですか?」
「あんたは、人がせっかくぼかしてるのに……」
 空気読まないミナホに瑛菜は嘆息。
「おー! こんな辺鄙な村にまで伝わってるなんて流石ネ!」
「辺鄙ですみません……」
「無駄に落ち込むなっての」
 悪意ない発言に傷つくミナホに瑛菜は嘆息二回目。
「あの歌劇団も始まりは、温泉を楽しみにきたお客さんに対しての余興で、浴槽の半分に仮設舞台つくって『ドンブラコ』って、桃太郎のお芝居やっただけとの事ネ。それから100年かけて、とてもビッグな歌劇団になったよ」
 だからニルナミス歌劇場を目指してもいいとおもうとロレンツォは言う。
「うーん……でも歌劇をするにしても役者さんはどうしましょう?」
「あんたはさっきの花音の話をもう忘れたわけ?」
 アーティストの休養地と休養地に歌劇団を作る。これは無関係でもないと瑛菜は言う。
「オリジナルの脚本上げる必要はないよ。既にあるオペラやオペレッタ、馴染みのアリアが入っていて、温泉に浸かってる人も一緒にメロディを口ずさめるような、そういうほんわりした場所になると、体も心もリラックスできていい感じになると思うね。気軽な劇なら役者さんも癒されるよ」
「……そういうものなんですか?」
「アーティストって呼ばれてる人種は基本的に自分が好きなコトやってる時が一番楽しいんだよ。仕事なら緊張したりするかもしれないけど、趣味の範囲でやるなら最高の娯楽だね」
 少なくともあたしはそうだよと瑛菜は言う。
「……そういものなんですか」
 自分にはよく分からないとミナホは思う。
「参考になったかナ?」
「はい。花音さんの提案と合わせて考えてみます」
 そうしてミナホはロレンツォに礼を言った。


「次の方どうぞー……って、なんだローザか」
 ロレンツォの後。入ってきたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)に瑛菜はそう言う。
「なんだってのは酷いわね瑛菜」
「いや、ローザの考えならだいたい分かるし、こういう場じゃあたしに面白み無いじゃん」
「喜べばいいのか怒ればいいのか微妙なんだけど……まぁいいわ。瑛菜。あなたちょっと出て行ってて」
「は? なんでだよ?」
 首を傾げる瑛菜。
「いいから」
 背中を押して瑛菜を追い出すローザマリア。
「これでよしっと」
 ふぅと息を吐き扉を締める。
「……良かったんですか?」
「いいのよ。人をぞんざいに扱ったし。……それに瑛菜には聞かれたくない話だから」
 この程度で仲たがいするような仲でもないとローザマリア。
「それでさっそく提案なんだけど。この村の近くでライブフェスタできないかしら?」
「ライブフェスタ……って、あれですか?」
「別にあれでもいいけど……できるの?」
「いえ……流石に村の一存じゃどうにも……」
 ローザマリアとミナホが言っているあれとは略称がライブフェスタであるあれだ。
「私の言ってるライブフェスタってのは文字通りライブのフェスタ……音楽の祭典よ」
 そう前置いてローザマリアは自分の提案を説明していく。

 人と人が連綿と繋がって行けば、それはひとつの流れとなる。1人よりも2人、2人よりも3人、といった具合に人が集まれば大きい事も出来るということ。
 人が集まれば、そこに休養地がある事の意義が必然的に増していくこと。
 このニルミナスが祭典に来た人々の休養地として、また新たな音楽の聖地としての役割を果たす事はニルミナスの村興しとも無縁ではない、と。

「難しそうですけど、やりがいはありそうですね。休養地として人を集める手段に音楽を用いるのは確かによさそうです」
 そう言いながらこれも花音やロレンツォの意見がつながるんじゃないかとミナホは思う。
「でも……どうして瑛菜さんを追い出したんですか?」
 別に瑛菜に聞かれたらまずい話だとは思わない。
「瑛菜には内緒にして驚かせたいってエリーが言うからね」
 そうローザマリアは自分のパートナー、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)の考えをミナホに伝えた。


「……ローザといいアテナといい……何を考えてるんだか」
 喫茶店ネコミナス。ローザマリアに追い出された瑛菜はここでコーヒーを飲んで時間を潰していた。
「そういえばあなたのパートナーはどうしてるの?」
 この村で一緒にいないなんて珍しいと奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)は聞く。
「この間少し機嫌を損ねたのまだ引いてるのか、今もどっか行ってるんだよ」
 機嫌直ったと思ったんだけどと瑛菜は言う。

「ん……そうだ、音楽と休養地の関係でなんかあんたは意見ない?」
 珈琲の入ったカップを傾けながら瑛菜は沙夢に聞く。
「そうね……ジャズ喫茶なんてどうかしら? あれは本当に落ち着くものよ」
「最近はあんまり見ないけどね。たまにあるの見かけたらあたしも入るよ。雰囲気のいいところは本当にいい」
「静かなジャズやクラシック、そしてフュージョンを聴きながら落ち着いた時間を過ごす……。一種の癒しよね」
 沙夢の言葉に瑛菜は頷く。
「なんならここをジャズ喫茶にしたらどうだ? ここの経営運営は任されてるんだろ?」
「そうね。村長に相談してやってみてもいいかしら」
 沙夢の言葉にミナホは否とは言わないはずだと瑛菜は言う。
「あんたは意見ない?」
 隠れてケーキをつまみ食いしようとしていた雲入 弥狐(くもいり・みこ)に瑛菜は聞く。
「え、えーと……テンポの速い曲とか聴くと、なんかテンションあがるよね」
 成功前につまみ食いが沙夢にバレて気まずそうな弥孤は言い繕うようにそう言う。
「自分が好きな曲を聴くと、落ち着いたりスッキリしたりするよね。これも癒しって言えるのかな?」
「分かんないでもないかな。……うん、温泉の中で好きな音楽聞けるってのも面白そうじゃん」
 弥孤の意見を受けて瑛菜はそう思う。
「え? あたしの意見参考になっちゃったの?」
 音楽とかよく分からないのにと弥孤は言う。
「音楽を楽しむのに専門的な知識はいらないからね。骨の髄まで楽しむならともかく。下手に知識がないほうが面白い意見が出たりもするよ」
 音楽に携わる身として、そういった人たちを楽しませるのに頭を悩ませている自分としてはと瑛菜は思う。


「うゅ……アテナ、えーなは、だいじょーぶ、なの?」
 ローザが提案していたライブフェスタ。その予行演習的なプレ・ライブとそれを行う用地の選定を、こっそり瑛菜には内緒でアテナと一緒に地図と睨めっこしているエリシュカは、瑛菜のことを聞く。
「大丈夫だよ。瑛菜おねーちゃんにはアテナが拗ねてるって思われてるはずだもん」
 実際の所はもう機嫌は直っているのだが。こうしてエリシュカと二人で会うのに都合がいいからとアテナは機嫌の悪いふりをしていた。
「はわ……なかなおり、できる、の?」
 心配するエリシュカ。
「大丈夫大丈夫。その代わり頑張っていろいろ決めないと」
「うゅ……えーな、おどろかせる、なの」
 この仲良しのアリスのためにも瑛菜には喜び驚いて欲しいとエリシュカは思うのだった。


「っと、ごちそうさま。ジャズ喫茶と温泉で音楽のことについてはあたしからミナホに伝えとくよ」
 そろそろ戻っていいかと瑛菜はそう言って代金を払ってネコミナスを出る。

「ただいま……ってのもおかしいけど、ローザの話は終わっ……て、あれ?」
 三者面談をやっていた部屋に瑛菜は戻るがそこにはローザマリアはもちろん、ミナホの姿もない。
「おかしいな……まだ話を聞く予定は入ってたはずだけど……」


「うわー……すごいです……」
 瑛菜が頭をかしげている頃。ルカルカ・ルー(るかるか・るー)に連れだされたミナホは目の前に広がる光景に感嘆の声を上げる。
「どう? こんな高いところからの景色は初めてじゃない?」
 高速飛空艇へミナホを乗せたルカルカはそう言う。
「そうですね。……初めて……だと思います」
 少し自信が無さそうにミナホは言う。
「どう? 気分転換になったかしら?」
「それは、はい。本当にありがとうございます」
 今度ははっきりとミナホは言う。

「ね、音楽ってなんだと思う?」
 ミナホの興奮がある程度収まった所でルカルカはそう切り出す。
「……そうあらためて聞かれると難しいですね」
 悩む様子のミナホにルカルカは飛空艇の音源からクラシックを流す。
「これは音楽よね?」
 はいとミナホ。
「カルキ。ちょっと歌って」
「ん?……おう」
 ルカルカの言葉に言わんとしたことが分かったカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)はミナホの前に出る。
「これはガキん頃に親父から聞いた竜族の『唄』だ」
 そう置いてカルキノスは手拍子とともに謡い始める。

「……これも当然音楽よね?」
 カルキノスの唄が終わった所でルカルカはそう聞く。
「はい。素晴らしい歌でした」
「じゃあ、これは?」
 そう言ってまたルカルカは飛空艇から音を流す。今度は虫達の奏でる音だ。
「……音楽、でしょうか」
「ええ、そうね。人と虫の違いだけで一緒よ」
「……なんだかよく分からなくなってきました」
「あなた、難しく考え過ぎなのよ。難しいことは頭の良い人に任せればいいの。……そうね。歌ってみて?」
 音楽というものが何かよく分からなくなったミナホにルカルカはそう言う。
「なんでもいいから。自由に……ね」
「それじゃ……子守唄を」
 そう言ってミナホは目をつむり歌い始める。

「……これは」
 歌い始めたミナホを見てダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は少しむずかしい顔をする。
「どうしたんだ? ダリル」
 その様子を不思議に思ったカルキノスは話しかける。
「カルキ。歌っていうのはなんだと思う?」
「あん? それを今ルカが教えてるんだろ?」
「そうだが、そういう話じゃない」
「ん? じゃあ、どんな話なんだ?」
「学術的な話は割愛するが、俺は歌というのは『力のない技術』だと思ってる」
 カルキノスが話を聞いている様子を見て、ダリルは続ける。
「たとえば子守唄。それは人が人を眠らせるための技術だ。だが、人には本来人を眠らせる力なんてない」
「だから力のない技術ね」
 ふーんとカルキノスは頷く。
「種族によってはそういった力をもともと持っていたり、契約者の中には自分の力をそういった力に変換して歌にのせたりする。カルキもできるだろう?」
「ああ。……それで、結局何が言いたいんだ?」
「彼女の子守唄からは眠らせる力を感じる」
 そんなことかとカルキノスは頷く。
「どうだっていいじゃねぇか。いい歌だ。歌い手の技術はまだまだだが」
 ルカも一緒にハミングして歌っているとカルキノスは言う。
「……俺にはよく分からないが」
 感情的なそういう部分はどうしてもわからないとダリルは思う。
(……しかし、本当に彼女の歌は……?)
 その力はどこから来てるのだろうと思う。
(魔力の変換じゃなく、どうやって眠らせる力を手に入れているのか……)
 その疑問は解けなかった。

「さて、ミナホ。ミナホの『音楽と休養地の関係』、その答えを教えてくれ」
 疑問は解けずとも、それは今回自分がやることではないとダリルはそうミナホに聞く。ミナホにその答えを出させる。それがやるべきことだとダリルはしっかりと理解していた。
「ええと……正直分からないってのが本当のところです」
 ただ、とミナホ。
「だから分かるまでやってみようと思います。私も音楽を」
 そんな答えじゃダメでしょうかとミナホは聞く。
「……いや、それも確かに一つの答えだ。ミナホは確かにその目的を果たした」
 そうダリルは評価する。ルカルカもカルキノスもそのダリルの言葉に頷いた。




「というわけで瑛菜さん。私に歌を教えて下さい」
「却下」
 帰ってきたミナホは一人待っていた瑛菜にそう頼む。
「……どうしてですか?」
「どっちかというアタシの専門ってギターだし。いや、歌も結構自信あるけどさ」
 それにと瑛菜。
「人に何も言わず置いて行く奴の頼み事とか聞きたくないし」
「拗ねてるんですね」
「拗ねてないし。ローザやアテナにぞんざいな扱いされてまさかミナホにまでそんな扱いされるとか予想してなかっただけで」
 いやほんとにと瑛菜は言う。
「とにかく。歌の師匠は自分で見つけるんだね」
「うーん……仕方ないですね。ところで契約者の方にはひと通り話を聞きましたけど、瑛菜さんの答えを聞かせてもらえますか?」
 拗ねてる瑛菜に書き置きしたんだけどなぁと思いながらもミナホはそう聞く。
「うーん……今は教えないほうがいいかな」
「どうしてですか?」
「あんたが自分で音楽やってその上で答えを出すって決めたから」
 そうなると自分が今答えを言うのは好ましくないと、
「だから、あんたが自分の答えを出した時、その時改めて聞くんだね」

 そうしてミナホと瑛菜は約束を結んだ。