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魔の山へ飛べ

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   七

 目的が一緒なら、という東雲 秋日子の提案で、おりんと名乗る旅の女性と平太たちは、共に頂上を目指すことになった。おりんは、病気の父親を治してもらうため、はるばるやってきたらしい。
 無論、遊馬 シズも他のメンバーも警戒は解いていない。打ち解けたのは、秋日子と平太の二人だけだ。いや、むしろ同情している。
 どれだけお人好しなんだこの二人はっ、とさすがのシズもこめかみを押さえたくなった。
 一緒に歩き始めて二時間後、とっぷりと日が暮れた。誰からともなく言い出し、野宿しようということになった。平太は賛成も反対もしなかった。野宿なぞ苦手分野の筆頭項目に上がるのだが、かといって夜の山道を歩くのも嫌だったのだ。
「よっ」
 火に近いところに座る平太に近づいてきたのは、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)だ。
「呉越同舟……じゃない。寄らば大樹……も違うか。まあ、目的が近いところにあるんだ。仲良くしようぜ」
 平太はきょとんとして、シリウスを見上げた。
「お前は相棒を助けるのに漁火を捕まえたい、オレは相棒との契約でシャムシエルを追っている。二つがくっついてるなら協力した方がベストだろ?」
「シャムシエル・サビクを?」
 平太にとって、シャムシエル・サビクは身近な存在ではない。言うなれば、ニュースで聞く有名人だ。故に「くっついてる」と言われてもピンとこなかったが、漁火と共に行動しているなら、あながち的外れでもない。
 急に大事件の渦中に放り込まれた気がしてきて、平太は青くなった。それをこの旅への不安と受け取ったのか、シリウスは豪快に笑った。
「パラミタで神様っていったら基本マジモンだしな。お前も知ってるだろ? カンテミールはシャムシエルをシャンバラ女王、神にしようとしてたんだ」
 故エリュシオンの選帝神、テレングト・カンテミールの話は、平太も少しは知っている。が、彼にとってそれは遠い国の物語だった。
「漁火が同じような思惑で絡んでくる可能性は十分あるだろ」
「……それは全然考えてませんでした。ど、どうしましょうか!? 鉢合せとかしちゃったら!」
「それならそれで、ボクらは願ったりだけどね」
「サビクの剣」を手入れしていたサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)があっさり答える。
「面倒が省けていいじゃない」
「そ、そうですか?」
「まぁでも、『神さま』であれ、シャムシエルであれ、訊きたいことは一つだけどな。『シャムシエル、お前は何をしたいんだ?』ってな」
 平太には、その質問の意味自体が分からない。
「平太は知らないか……。アイツが人間らしい執着を見せるのってカンテミールのことぐらいなんだ。それがなんで漁火と組むのか、理由がイマイチ分からなくてな……復讐? 親父の復活?」
 最後の方は、自身への問いかけのようでもあった。答えは目の前にあるのに、見えないもどかしさ。
「まぁ聞けなくても……形見くらい渡してやってもいいかなって思ってる」
「ところでキミ、見たところ素養はあるようだし、シリウスに【潜在解放】してもらったらどう?」
「はい?」
 突然話が変わり――というより、無理に変えたようでもあったが――、平太はきょとんとする。
「そりゃあいい。大体お前は気が弱すぎる、平太。『神さま』に救う方法を聞く、なんて言わず見つけてとっ捕まえる勢いでいったろうじゃねーか!」
「いやいやいや! 遠慮します!!」
 平太は自分の顔の前で、両手を目一杯に振った。
「何でだよ?」
「いやその、だって、漁火って人、怖いじゃないですか」
 言いかけて、平太は顔を赤らめた。その漁火――肉体はベルナデットのものだが――にファーストキスを奪われたことを思い出したのだ。
「それにベルは強いし、僕ごときがいくらパワーアップしてもたかが知れてると思うんですよね」
「そこがキミのいけないところだ」
「だって僕がやるより、僕より元々強い人がやった方がいいじゃないですか、捕まえるなら。まあ、いざとなったら武蔵さんにお願いしたいところですけど、あの人気紛れだから無理かもだし。それにですね、問題はベルをどうしたら元に戻せるかってことで」
「どういう意味だよ?」
 シリウスの眉が寄る。
「仮に頂上で鉢合せして、何だかんだで漁火ってあの人を捕まえたとして、戻す方法が分からなかったら意味ないわけで。……やっぱり鉢合せは困りますね。戦いが始まったら、訊いてる暇がないかもしれないから」
 ふぅん、とサビクは意外そうに頷いた。
「キミ、案外物を考えているんだね」
「……今の褒めたんですか、貶したんですか?」
「褒めたんだよ」
 そんな気はしなかったが、相手が誰であれ言い合いで勝てるとは思えないので、褒められたのだ、と平太は無理矢理納得することにした。
 見張りは交替で行うことになった。おりんと平太は除外された。おりんは一般人であるし、平太に関しては逆に危険性が増すという判断からだった。
 熟睡は出来ないだろうと思っていたが、疲れが溜まっていたのか、平太は瞬く間に眠りに落ちた。
 ――最初は夢だと思った。ガサガサと包みを開くような、紙を丸めるような、そんな音が聞こえてきた。虫がいるな、嫌だな、と思い、それからここが家ではなく山中であることを思い出した。となれば、耳元にいるのは正体不明の虫か妖怪の可能性もある!
 重たい目蓋を無理矢理こじ開け、えいやっとばかりに平太は起きた。
 目の前におりんの顔があった。
「お、おりんさん……?」
 おりんがにたありと笑った。彼女は、平太が非常糧食として持ち込んだビスケットの包み紙を銜えていた。
「なん……で」
 次第に平太の頭が覚醒していく。火の灯りで、おりんの顔から下が見えてきた。白い、長い長い長い首が……。
「えええええ!?」
「平太サン!!」
 シズの【悪霊退散】がおりんに投げつけられる。おりんの顔は叫び声を上げ、後ろへ下がっていく。
「何!? あれ何!? 何!?」
「ろくろ首!!」
 秋日子が平太の手を掴み、走り出す。シズに言われて警戒はしていたものの、秋日子はおりんが妖怪だとは思っていなかったし、まさかろくろ首だとは考えもしなかった。
「行燈の油舐める奴!? 行燈なんかないのに!?」
 まだ寝惚けているのか、平太の言葉は些か混乱気味だった。
「いいから逃げて! みんなと!」
 秋日子は平太を突き飛ばした。取る物も取り敢えず、平太はシリウスやサビクと走る。
 おりんの顔は、まっしぐらにシズと秋日子を追ってきた。その後ろにはどれだけの首が続いているのだろう。跳弾を恐れ、銃は使えない。場所が狭いから、剣も危険だ。二人は顔を見合わせ、さっと二手に別れた。
 おりんは寸の間迷い、秋日子を追った。
「こっちだ!」
 シズが【破邪の刃】を見せつける。させじとおりんは、シズに狙いを変えた。
「こっちだよ!」
 秋日子が「【炎楓】黒紅」を上に向け、一発放った。おりんはすぐに秋日子を追った。
 二人は同じことを繰り返し――十分後、おりんの長く長く伸びた首は木々を縫い、絡まり、動けなくなっていた。