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魔の山へ飛べ

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   八

 ろくろ首から逃げた一行は、そのままひた走った。辺りは真っ暗で、周囲の様子も、誰がいるかも分からない。気が付けば、シリウスとサビクは平太と離れていた。
「無事ならいいけどな……」
「いざとなったら気絶して、武蔵が出てくるだろうけど。――その前に殺されなきゃいいけどね」
 最悪の事態を想定し、サビクは眉を曇らせた。
「……妙だな」
 シリウスも顔をしかめる。「何だか、体が重い気がしないか? 起き抜けだからか?」
 サビクは息を飲み、舌打ちした。
「やられた……!!」
 二人の前に、辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が立っていた。子供のような矮躯――実際、そうなのだが――に似つかわしくない殺気が、少女からは発せられていた。
「敵……だね」
「殺る気満々だな」
 太く大きな袖から流れた【しびれ粉】が、二人の自由を奪っていた。回復には時間がかかる。即戦闘は、不利だ。
「主らにシャムシエルは近づけさせん」
「何だと?」
「キミは何なんだ?」
 シリウスもサビクも、目の前の少女とシャムシエルがどう繋がるのか分からず、困惑していた。


 刹那は一度、シャムシエルを助けたことがあった。漁火がシャムシエルを預かり、その後、二人は行動を共にしている。シャムシエルがなぜ漁火と一緒にいるのか、刹那には分からない。知りたいとも思わない。
 だが、この山に入った刹那に、何の気紛れか漁火が姿を見せた。シャムシエルに会いたいと願うと、「いいでしょう」と言って、連れて来てくれた。シャムシエルは、刹那のことを覚えていなかった。意識がなかったのだから、当然かもしれない。
 刹那はそれでも構わなかった。ただ、ペンダントとして持っていた「カンテミールの部品」を、形見としてシャムシエルに渡そうとしたら断られた。なぜ、と問うと、
「ボクには必要ないからね」
と言う。「それはただの欠片だ。パパじゃない。キミらの手に渡った時点で、キミらの物だ。どうしてもと言うなら、破壊してよ。契約者がパパの欠片を持っているなんて、滅茶苦茶腹が立つんだ」
 シャムシエルの言葉は冷たかった。彼女は、カンテミールを殺した「契約者」全てを憎んでいるのかもしれなかった。それでも漁火から、
「命の恩人なんですからね」
と窘められ、渋々話をしているらしかった。
「パパはボクの中にいる。ボクが生きている限り、パパは死なない。それに」
と、言葉を切って、シャムシエルは漁火を見た。微笑みすら浮かべて。
 刹那はそれで理解した。
 彼女は今、幸せなのだ、と。
 シャムシエルにとって、刹那も他と同じ「地球人」で「契約者」だ。それでもいい。刹那はシャムシエルを守ると決めた。命に代えても。
 理由は、自分でも分からなかった。


「なぜ、シャムシエルを連れていこうとする? なぜ、シャムシエルを自由にさせん?」
 サビクの問いには答えず、刹那は逆に質問で返した。
「……それがボクに授けられた使命の一つだからだ。彼女は本来の十二星華じゃないが、その力を持っている。それをシャンバラに向けるなら、ボクは――彼女を殺す」
「勝手なことを!」
 刹那の袖が動いた。ほぼ同時にシリウスも【潜在解放】で刹那に殴り掛かる。
「お前は何なんだ! 漁火の仲間か!?」
「否!!」
 能力が上がっても、狭い木と木の間で動くには、小柄な刹那の方が有利である。シリウスは素早く立ち回る刹那の動きについていけず、何本かの木を叩き折った。
「だったら何で、オレらの邪魔すんだよ!?」
「気に食わぬ! 父親を殺しておいて、娘のみ連れ去ろうとする貴様らが!!」
「お互い様だね!」
 刹那の背後に、いつの間にかサビクが待ち構えていた。刹那は息を飲む。シリウスが笑うのが見えた。
「しまっ――!」
【女王の剣】が、刹那に襲い掛かる。小さな体は吹き飛ばされ、木をへし折り、地面へと叩きつけられた。
「一人でオレらとやり合おうなんざ、百年はえぇよ」
 シリウスはにやりと口の端を上げる。サビクが会話で回復のための時間を稼ぎ、シリウスが刹那の気を引く。そしてサビクがトドメを刺す。
「二人だからこそ出来る攻撃さ。なあ?」
「まあね。でもそんな話は後にして、彼女を捕えて話を聞こう――」
 その瞬間、サビクの耳が微かな羽音を捉えた。
「シリウス!」
 シリウスに飛びつき、二人は地面に伏せた。つい先程までシリウスが立っていた場所を、黒い塊が通って行く。
「何だあれ?」
「虫だ!」
 刹那が【毒虫の群れ】で呼び出した虫たちが、大量の塊となって襲ってきたのだ。虫たちは刹那を守るように彼女を包んだ。
「これじゃ近づけない……」
 虫の数は次第に増えていき、遂に刹那の姿が二人からは見えなくなった。
 やがて霧が晴れるように視界がクリアになると、刹那も虫も、完全に消えていた。
「あいつは……シャムシエルは一体……?」
 夜はまだ明けそうになかった。