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蒼空学園の長くて短い一日

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蒼空学園の長くて短い一日
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 本日もセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、パートナーであり恋人のセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)に翻弄されていた。
 球技大会に出席し、汗を流す為のシャワーを浴びる間に『イチャイチャ』という名目の別の汗をかかされ、雷雲で学園内に足止めを喰らった所、一発ギャグのつもりなのか暴風雨に飛び出そうとするのを必死で止め、そんな感じで最終的には食堂に辿り着いていた。
 その細く均整の取れた肉体とは裏腹に、食が太すぎるセレンフィリティだから、ここにいれば少しは大人しくしてくれるだろう。
 まあそれも、蒼空学園の業務用冷蔵庫が空になるまでの話だが。



「ねえアレ……」
「んう?」
 大盛りの丼ラーメンを啜っているセレンフィリティが反応する。因に今は五回目の替玉だ。もう汁が無くなりかけている。
「さっきトゥリンが話してた子じゃない?」
 セレアナに示された女を見て、セレンフィリティは箸を止めずに麺で一杯になった口で返事をする代わり頷いた。
「ふひぃんひへんはくひらほうが――」
「飲み込んでからでいいわ」
 冷静に返されて、セレンフィリティは麺を全て飲み込むとグラスを勢い良く煽って汁に濡れた口を拭く。
「……トゥリンに連絡したほうがいいかな?」
「ちょっと声かけてくるわ」
 セレアナがわざわざそうしたのは、トゥリンを助けてやりたいという純粋な気持ちと、少しの恩義からだ。
 ここに来る前、
 購買や家庭科室といった食べ物関係の場所を匂いにつられたセレンフィリティがチョロチョロしていたそれよりも前、
 セレアナはセレンフィリティによって理科準備室へ連れ込まれていた。



「やりっ! 鍵空いてるじゃない」
「セレン、まずいわ。
 他校の施設を勝手に……。大体こんな所に何の用事が有るって言うの?」
 眉根を寄せるセレアナに、セレンフィリティは妖しく微笑むと獲物を追いつめる様な足取りで彼女へとにじり寄って行く。
「セレン、まさか貴女――んっ!」
 嫌な予感を口に出す前に、セレアナの美しいカーブを描く唇にセレンフィリティの唇が重なっていた。
 こんなところで!?
 セレアナは驚きに目を見開いているが、その間もセレンフィリティは角度を変えながら柔らかい舌でセレアナの口内を弄り、セレアナの許しを請うように薄い生地へ細い指先を這わせてゆく。
「ん! んうう!!」
 抗議するようにセレアナはセレンフィリティを両手で押し返そうとするが、胸も足もぴったりとくっつけられている所為か、上手く行かない。
 暫くセレンフィリティの良い様に口付けられていたセレアナだったが、息継ぎの瞬間を狙って声を荒げた。
「駄目よ!!」
「時間つぶしよ。ここなら教師や他の生徒には見つからないし。
 それにベッドでヤるより熱く燃え上がれそう、ね? セレアナ」
 スケベ親父か!
 と突っ込みたくなるのだが、セレンフィリティが甘える様な視線で見下ろしてくるので何も言えなくなってしまう。
 すると調子づいたセレンフィリティはセレアナの腹部をゆるゆる撫でていた指を、下肢まですっと下ろし撫でたのだ。
「……はぅっ……」
 思わず上がってしまった艶っぽい声にセレアナは気まずそう目を伏せるが、セレンフィリティはとろけるような笑顔でセレアナに微笑みかけ、二人の視線が絡み合いそして――
「……俺的には一向に構わないんだけどさ、一応お子様が居るのでこの辺で一旦タイムしてくれると嬉しいな」
 真っ赤になった美羽と困った様に視線を反らしたコハク、そして唯斗の両手に目隠しされたトゥリンが、理科室に続く扉の前に立っていたのだ。

 あの時四人が入って来なければ、セレアナは完全に流されていたかもしれない。
「(私、セレンに甘過ぎるのかしら?)」
 そんなこんなで、トゥリンの事情を知ったセレアナは彼女への恩義を果たすべくタチヤーナに声をかけたのだった。



「勝負しない?」
 セレンフィリティの提案に、タチヤーナは落ち込んだ顔のまま首を振った。
「自分は負けず嫌いな性格だと自負しているのですが、丁度今し方手酷くやられたばかりなのです。
 ひっかけ問題に全てかかってしまいました……」
「あら、私の勝負はシンプルよ。
 『二人でどれだけ食堂のメニューを攻略出来るか』
 ただそれだけ。どう、乗る?」
 負けず嫌いだと自ら言ったターニャは、二つ返事でこの提案にのってきた。

 その後、テーブルの上に所狭しと並べられた皿の数々に、セレアナは乾いた笑いしか出て来ない。
 先程勝負の前に「食べるのは好きなんですが、大食いという程では」と謙遜していたのは、真っ赤な嘘だ。
 ソースまで完璧に残さない白い皿を山のようにしていく二人に、何時の間にかギャラリーがテーブルを囲む自体になっていた。
 これって大食い大会だったかしらね。とセレアナは思う。
「よく食べるわね」
「球技大会で空腹だったし」
「そんなに食べてカロリー消費出来る? さっきラーメンを食べていたのは誰?」
「あたしね。
 セレアナ、今夜はあなたを美味しくいただいてカロリーを消費するわよ!」
 けろりと答えてセレンフィリティはスプーンにアイスをすくいとった。
「貰ったチーズのピロシキも良かったけど、やっぱりしょっぱいものの後の甘いものって最高ね」
「わかります! わかりますよおセレンさん!! とってもわかります!!!」
 クレープを頬張りながら口にクリームを付けているタチヤーナの後ろから、テーブルナプキンがやってくる。
「はしたない」
 クリームを甲斐甲斐しくというよりやや乱雑にゴシゴシ拭いているアレクを見ている壮太に、トーヴァのからかいが聞こえて来る。
「あんたターニャには甘いわね」
「ええと……何人目の『妹』さんですか?」
 輝が苦笑しながら言うのに、アレクは首を振っている。
「否こいつは……なんだろうな……バカ過ぎて放っとけ無い」
 エースとリリアが苦笑し、ユピリアはキアラに小声で耳打ちした。
「ジゼルの暫定ライバルかしらね」
「何時も『ターネチカ』って呼んでるし、女性というより子供扱いっぽいけど……
 でも妹扱いしてないってことは、それよりデカい存在……マジでまさかの恋人疑惑っスか!?」
 それを聞いた瞬間、タチヤーナは急に席を立った。
 突然の事に驚いている周囲を無視して、彼女は叫ぶ。
「これは! 焼きチーズのにおいです!!」

 縁と歌菜が座る窓の付近。網の上に並んだ焼きチーズに涎を堪えながら、タチヤーナは猛然とダッシュして行った。
 と、思ったら――

「うにゃああああああ!!」

 間抜けな悲鳴に、先程までテーブルを囲んでいた連中はそちらへ移動した。
 行った先に居たのは、美羽のバーストダッシュの突撃と腕ひしぎ逆十字固めをくらい、その後不可視の封斬糸の捕らえられ、お仕置きとばかりに電流を流されたタチヤーナと、その罠を作った唯斗と、細い腕を組んだトゥリンだ。
「ターニャ。やっと捕まえた」
「トゥ……トゥリンさん……おお……まだビリビリします」
「美羽、コハク、助かったよ。
 ターニャ、心配した。葦原に帰ろう」
 唯斗に目配せして、トゥリンは皆へ向き直る。
「皆も迷惑かけてごめん。時間稼ぎ手伝ってくれてありがとう」
 呆気に取られている皆を残して、トゥリンに先導される唯斗の糸に簀巻き状にされたまま引っ張られて、タチヤーナは打ち上げられた魚のように暴れている。
「まっ待って下さい、サーシャ隊長! あの!」
「何だ」
 先程話をしていた所為かラブの予感に目を輝かせたユピリアだが、タチヤーナの口から出たのは色恋には程遠い台詞だ。
「『カガチ』さんにピロシュキーがまだ余っていないか聞いてくれませんか!?
 そして余っていたら是非葦原に――ああ! トゥリンさん! チーズが! 焼きチーズがまだ食べられてません! それにセレンさんとの勝負が! あああああああ私のご飯んんんんんんん!!」

 断末魔を残して、葦原の嵐は蒼空学園から去って行った。