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蒼空学園の長くて短い一日

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蒼空学園の長くて短い一日
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 停電で暗くなった廊下を、非常口用の緑色の灯りがぼんやり照らしている。
 フレンディス達は様子を見に行ってしまった。
「ちょっと座りましょうか」
「そうね、多分すぐ復旧すると思うし……」
 緑の灯りに近付いて、加夜とジゼルはそこへ腰を下ろした。
 放送室を目指していた二人が居るのは各教室からは少し離れた場所だ。雨と風の音、それに雷鳴しかやってくるものは居ない。
「今日の私、ちょっとおかしいね。ごめんね……」
 謝ってそれきり、ジゼルは押し黙ってしまった。
 友人同士というのは本当に仲良ければ会話は何処までも続くし、沈黙があっても問題無いものだ。けれど今ジゼルが黙っているままなのに、加夜は何処か引っかかるものを感じていた。
 膝の上で握られた小さな拳にそっと品やかな手を重ねて、呟く様に問いかける。
「ジゼルちゃん。
 さっきも聞いたけど、アレクさんが――他の女の人としたく親しくしていたら、イヤ?」
 返事は返って来ない。加夜は考える。
「ジゼルちゃんは、アレクさんのことを兄妹としてじゃなく――
 一人の男性として意識してる?」
「変な加夜。
 アレクは私のお兄ちゃんよ」
 言い聞かせるように繰り返された言葉は何処か自嘲気味に聞こきて、加夜は無意識にジゼルを抱きしめていた。
「……誰にも言わないでね」
 秘密を打ち明ける無邪気な言葉に加夜は安堵のため息を吐くが、ジゼルの口から続いて溢れて来たのは、彼女が想像していたものと違っていた。
「私ね。ゲーリングを殺さなかった事を後悔しているの」
 その言葉に、肩が震えてしまった。ジゼルはそれに気づいただろうか。
「あの時アレクは聞いてくれたわ。私に『どうしたいか』って。加夜は――一緒にテレパシーでお話ししていたから知っているわよね。
 結局私はお芝居なんてして、誤摩化したけどあの時本当は私、ゲーリングに死んで欲しかったの。
 殺したかった。二度と前に現れて欲しく無かったの。
 でも殺すのはもっと怖かった。
 例えアレクがしても、他の人がそうしたとしても私がそう『口にしていたら』それは『私が願った』ってことになるわ。
 だから言えなかった。
 一人殺してしまったら歯止めが効かなくなるような気がしたの」
 今のジゼルの声は無感動な、別人の声のように聞こえる。まるであの海での戦いの、前の日の夜のように――。
「私が捕まっていた時にね、ゲーリングがたくさん『教えてくれた』の。
 私がどういう存在なのか。私に何が出来るのか。どう殺せるのかどう破壊できるのか誰の何を奪って――何を失くすことが出来るのか。
 それまではずっとどこか実感が無かった。どうして私だけが違うんだろうって、皆と何も変わらないのにってそう思ってた。
 でもそれで全部解かっちゃった。
 使おうとする人が居れば、私は意志も失くして、簡単にその人に使われてしまう。
 私はやっぱり人間じゃないし、剣の花嫁や、機晶姫や、ギフトとも違う、ただの『道具』なんだって」
 何も言う事は出来ない。加夜はただジゼルを抱きしめ、頼りない程細く小さな背中を撫で続ける。
「一人寝ていると、何時も目が覚めるの。
 そして窓を見ていると怖くなるの。
 いつか私は、あの窓から飛び立って、この街で眠る人を殺すかもしれないって」
「そんなことは――!」
「無いって、言えないの。言いたいのに、言えないの。
 ゲーリングに何度も何度も見せられたシュミレーションの映像がね、頭の中でぐるぐる回るの。
 セイレーンとして死の歌を歌った咽が震えるの。
 私の身体はきっともう一度あれを歌いたいって、そう思っているんだわ」
 息が止まってしまいそうだ。加夜の戸惑いを無視して、ジゼルは吐き出し続けていた。
「ゲーリングの言う通り私の心が『人間の模倣品』なら、私は『持っている力を誇示したくなるだろう』って、むしろ『それが人間だ』って言われた。
「ジゼルちゃんには、私達が居ます!」
「でもそれって何時まで?
 学校ってずっとずっと続かないのよね。
 卒業してしまって、皆が遠くに行ってしまってそして……」
「そうだとしても、ジゼルちゃんにはアレクさんが居てくれます。
 そう約束したんでしょ?」
 努めて明るくしようとしている声は、どこか震えている。
「――この間病院の先生から詳しく聞いたわ。セイレーンはクローン以外に増える方法が無いんだって。
 道具として自分の『身体を使う』事が出来るのに、子供を産む事は出来ないの。
 ……雅羅の嘘つき」
 ジゼルは笑っていた。
「私普通の女の子じゃない。
 それが解かったから、誰かの特別になっちゃいけないって、それも解かった。
 どんなに愛してもらっても、大切にして貰っても、私はそれを返す事が出来ないし、結局その人を不幸にしてしまうわ。
 だけどね……」
 消え入りそうな声で付け足して、彼女は続ける。
「解かってても嫌だった。離れたく無かった。傍に居たかった。
 だから嘘ついたの。
 何も知らない振りをするの。嫌だって振りするの。亡くしたものの振りをするの!
 幸せにしたいから、でも一緒に居たいから、自分に都合のいいように嘘をついてる。私は卑怯で、ズルくて、汚いわ……」
「ジゼルちゃ――」
 徐に立ち上がったジゼルは、壁を背にする加夜を追いつめる様に見下ろしていた。
「でもね加夜。私今とっても幸せなのよ! だって毎日一緒に居られるんだもん。
 ココに居れば、微笑んで貰える。抱きしめて貰える。「可愛い『妹』」って呼んで貰える。
 だからこのままでいいの。このまま妹で居ればずっとずっと傍にいられるの。妹だから、お兄ちゃんにいつか誰か好きな人が出来ても、このまま傍にいられるの。私が偽物でも人間じゃなくても兵器で人殺しの道具でも、『壊れる』までずっとずっと一緒に――一緒に……」
 胸の上に置かれていた手は、何時しかブラウスを強く握りしめていた。 
「でも……嫌なの……。
 あんなのは嫌。
 私――このまま目の前で、大好きな人が誰かを抱きしめるのを、キスするのを、結婚して幸せに暮らすのを――子供が産まれて家族になっていくのを見ていかなきゃならないの? 我慢しなきゃならないの?
 お兄ちゃんの幸せを願う優しい妹ですって顔をして、何も知らない振りをして笑っていかなきゃならないの!?
 ねえ加夜、私あの時この場所を自分で選んだのに分からないの! どうしたらいいのか分からないの! どうやったら笑えるのかもう、分からない――!!」
 揺れた身体を支えようと両腕を伸ばすと、その中に細い身体が落ちてくる。
 『テロメアの異常』『精神的なショックによって引き起こされる』『眠る様に死ぬ』
 加夜の中に反射的に幾つかの言葉が泡の様に溢れては消えた。
「(違うわ。だってきっともう大丈夫な筈。でも――)」
 こんな気持ちを自分で自分に与えてしまって、自分で自分を傷つけて、それで彼女はどうなるのだろう。
 浮かんだ疑問を掻き消す様に加夜はぎゅっと目を瞑った。
 しかし直後に耳に飛び込んできた音に、加夜は直ぐに目を見開いた。

  私、加夜が羨ましい。
 」
 陶器のように真白い肌は今は照明の所為で緑色に光り、この世成らざるものの正体を暴き出していた。 
 低く震える声がぽつりと吐いた一言は、きっと今のジゼルにとって全てなのだろう。
 愛する男性を見つけて、恋に落ちて、結婚して、いずれ子供を産む加夜を――普通の女を心から羨望しているのだろう。
 それきり押し黙り、人形のように動かなくなってしまったジゼルを抱きしめて、加夜は彼女の背中を撫で続ける。
 触れ合うのは何時もの事なのに、身体に感じた変化に加夜の背中はぞくりと震えた。
 ジゼルの身体はこんなに細くて、冷たかったろうか。
 表向きは今まで通りに無邪気に振る舞っていたのに、何時の間にかこの友人の全てが変わってしまっていた。
「(これはゲーリングの所為?
 それともアレクさんと会ったから――)」
 考える加夜は、一瞬の眩しさに視界を眩ませて窓の方へと顔を向けた。
 何時の間にか雨は上がり、雲の間から夏の眩しい太陽が校舎へと光りを差し込んで来ている。
 そうだ。この空も、人も、物も――
「近付いたり、離れたりしながら、互いに良い距離が分かってくる気がするんです……。だから――」
 それ以上の言葉は続かない。自分に言う権利があるのかすら分からない。
 だから加夜は瞳を閉じて、もう一度ジゼルを抱きしめていた。
「……このままでいたいの」
「うん」
「……かわりたくない」
「うん」
「……ずっと……ずっとこのままがいい」
「うん」
「時間なんて、止まっちゃえばいいのにね――」
 歪んだ音が伝えるのは叶う筈の無い願望で、海よりも青い瞳には晴れ渡る空の色が映っていた。
 陽光が告げてくるのは残酷な真実だ。

 空も、人も、物も、変わらないものなど一つも無いのだと。

担当マスターより

▼担当マスター

東安曇

▼マスターコメント

 ご参加ありがとうございました。

 今回は舞台が雨の所為か、ラブとかアンニュイとかそんな雰囲気のアクションが多かったので、滲み出るドタバタと熱さを隠す為にとても苦手な恋愛小説を読み漁ってから挑んでみましたが如何でしたでしょうか。
 
 マスターNPC関連は、皆様がバッドエンド回避の為に動いて下さったお陰で、回避フラグが二つ程立ちました。結局その回避フラグ自体がジゼルの死亡フラグな訳ですが。
 
 では、また次回もお会いできたら幸いです。