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涙の娘よ、竜哭に眠れ

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  第4章 アトラスの瘡蓋


「しっかし。凄い雨だな」
 アトラスの傷跡を歩く長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)が、降りしきる豪雨にびしょびしょになっていた。『水も滴るいい男』などと、悠長なことを言っている余裕もない。
「この濃霧と雨粒じゃ、一般人ならアウトだな」
 そうつぶやいたのは、長曽禰の隣を歩く柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)である。
 恭也は『戦術甲冑【狭霧】』と名付けた二足歩行戦車に乗って、雨粒を防いでいた。
【狭霧】に搭載されている武装は機関砲だけなので、本当は戦車を使いところだが、アトラスの傷跡のような不整地ではまともに動けないだろう。そう判断し、恭也は二足戦車で妥協したのだ。
 それでも【狭霧】には、ワイヤークローと聖輪ジャガーナートを取り付けているので、機動性はばっちりだ。いつでも敵の襲撃に対応できる。
 長曽禰と恭也。へたをすれば、親子ほどの年齢差がある。
 ディメンションサイトを使う恭也は、まるで父親を気づかう息子のような心境で、周囲を警戒していた。


「下命により援軍に参りました」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、ビシッと荘厳に敬礼してみせた。そのあとで、冗談めかして破顔する。
 満開のヒマワリみたいに笑顔がかわいい彼女だが、そんなルカルカも、今では国軍の少佐になった。末恐ろしい娘である。
「教団として、アトラスの瘡蓋を確保する。今後の発掘に向け、調査も兼ねた軍務だ」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が冷静に告げる。ただ今回のミッション内容を話しただけなのに、彼の持つ威圧感によって、場が一気に引き締まった。
 攻めのルカルカと、守りのダリル。金団長から『最強の矛と盾』と呼ばれるだけあって、ふたりは時に、論理さえも超越するほどの強さをみせるのだ。
 長曽禰も、頼りにしているぞとばかりに、ふたりの肩をぽんと叩いた。

「う〜ん……。アトラスの瘡蓋ねぇ……」
「どうした柊。そんなにきばって」
 長曽禰の問いに、恭也が苦笑しながら応えた。
「いやさ。そもそも中佐は、なんでそんなもんに目をつけたんだろうと思ってね」
 核分裂を起こすとされる謎の鉱物、アトラスの瘡蓋。その使用目的が気になるのは、恭也だけではない。
「やっぱりPS(パワードスーツ)にするんですか?」
 と、ルカもたずねる。
「物の正体も判明してないのに、気の早い」
 肩をすくめるダリルに、ルカはほっぺたをふくらませて反論した。
「えー、だってー。中佐が意欲満々って事は、装備品やPSの開発に役立つからでしょう。ダリルだって気になってたじゃん?」
「俺はただ、軍務を遂行するだけだ」
 澄ました顔で応えるダリルだが、実は彼も、ちょっぴり期待しているのだった。


 そんな彼らの後方では。九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が、長曽禰の背中を心配そうに見つめていた。
「広明さん……大丈夫でしょうか」
 誰に言うでもなく、彼女はそっとつぶやく。
 医療関係に長けている彼女は、合流した仲間たちへ、あらかじめ抗放射線薬を配っていた。『ただちに影響はない』といえ、アトラスの瘡蓋からは規定値を越える放射線が測定されたという。用心するに越したことはない。
 とくに、長曽禰には多めに渡してあった。恋人の無事を、願うが故である。
(広明さんの目的は、私の目的――。ここは広明さんを信じて、ついていきましょう)
 長曽禰中佐ではなく、広明さん。
 二人きりの時だけに使える特別な呼び方で、ローズは、彼の身を案じていた。


「アトラスの瘡蓋は、だいたいこの辺りにあるはずだよ」
 ルカルカが、持ってきた地図と今いる位置を見比べていた。彼女はあらかじめ、教導や国軍のサーバを使って、付近の地質や地形などを調べあげている。
 そこから目的の地層を絞りこむと、ダリルとともに断層や地殻の折曲がりを検討。
「ほう。やっぱり、君たちは頼りになるな」
 ふたりの動きを見ていた長曽禰が、満足そうにうなずいていた。
「ダリルのミニショベルカーも使って、大胆にいきましょう! あとは……」
「お。まだあるのか」
「私の『雲海従術』で、いっきに快晴にしちゃいます!」
 ルカが空を見上げながら明るく言った。
 しかし。
 星辰異常で発生した厚い雲は、とてもイリーガルな性分らしく、国軍少佐の命令でさえ、まともに聞き入れなかった。
 晴れ間をつくることはできず、雨足が弱まった程度である。
「う〜。思ってたよりも、うまく動いてくれなかったな」
「なあに。これだけ小雨になれば十分だ。今のうちに、ちゃっちゃと掘り起こすぞ」
 長曽禰が腕をまくった。
 未知なる鉱物を求める彼の目は、少年のように輝いている。


「……今のうちに、いけない兵器の原料を確保するであります」
 グループに紛れて作業をしていた葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が、パートナーに囁いた。
「うむ。では、はじめるのだよ」
 イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)は、でっかい穴を掘り進めていた触手を休ませて、重々しくうなずいた。
 ふたりは交互に警戒しながら、採掘したアトラスの瘡蓋を自分のトラックに積みはじめる。
 核分裂を起こす放射性物質。そんな危険なものを、吹雪はあろうことか、こっそりと持ち帰ろうとしているのだ。
「テロリストとしての格を上げる為には、やはり核兵器くらい持っておきたいであります」
 という、とても教導団所属とは思えない恐ろしい本音をつぶやいていた。

 吹雪たちが、採取した瘡蓋をトラックに積み終えたころ。ちょうど、ルカの発動した雲海従術の効果が切れた。
 雨がだんだん激しくなる。
「今のうちに撤収するであります!」
 イングラハムを助手席にのせると、吹雪はトラックを発進させた。
 豪雨にまぎれてトンズラしようとした彼女たちだったが。


 トラックの行く手には、鏖殺寺院の地上部隊が押し寄せていた。