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リアクション
――遅い。
海の上で、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、そう思った。
敵に見つかれば撤退ではなかったのか。それとも何か見つけたのか。考えを巡らせるが、答えは出ない。
そして、考えていられる時間もなかった。彼女は今、ちょっとした指揮官の立場にあったからだ。
三人のパートナーたちと、それぞれの指揮する部隊を取りまとめるのが今のローザマリアの立場。水中の偵察は偵察で、彼らを信じて待つしかない。
今、彼女たちは残骸の島の上に立っている。水中からの偵察行動支援のための地上からの強襲偵察、それが役目だ。
ローザマリアは雨と霧を“風術”で一瞬取り払うと、その都度ノクトビジョンを通して陸上を見渡す……それにしても嫌な雨と霧だ。こちらには立派な障害だが、どうもアンデッドにはそうでもないらしい。しかもうっかりしていたら、彼女と部下を乗せてきた機晶複合艇【Sailfish】も見失ってしまいそうだ。
隠密を旨とし、遮蔽物から遮蔽物へ、素早く移動しつつ、再び“風術”で邪魔を取り払う。
「……各ユニット、戦術行動開始。音を立てず周囲の音は全て拾って」
1チームは測量と蛇の状態観察。残る3チームで敵の警戒。それが作戦である。
ローザマリアの部下、海兵隊特殊強襲偵察群【SBS】――という、海兵隊の5人1組が測量を始める。
剣の花嫁エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)も同じく、【SBS】の5人。
悪魔フィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)も、同上。
そして鯱の獣人シルヴィア・セレーネ・マキャヴェリ(しるう゛ぃあせれーね・まきゃう゛ぇり)が率いるのは、同じく【SBS】の5人に加えて、特殊舟艇作戦群【Seal’s】(こちらも5人1組だ)が4部隊の合計25人。
契約者含めて実に総勢44人という、たった一人の地球人の契約者が率いる人数としては、大規模な戦力投入である。このほかに、ギフトもいる。
彼らは手分けして少人数になり(大人数では見つかりやすいからだ)、連携し、殺気を見破り、砲撃を警戒し、蛇を観察するのに手分けして務めていた。
(浄化されぬ魂。悪と呼ぶべきものではないとは百も承知。ただ、死した者が生ある者を害するのは赦されざる絶対的な悪。そうなっては本末転倒でしかない。ここは触らぬ死者に祟りなし、の理念で可能な限りやり過ごしましょう。死者に敬意を、霊廟に花束を――)
真剣な顔で風向きを測っていたローザに、シルヴィアが話しかける。
「先ほど、潜入チームからテレパシーによる連絡があったよ。現在戦闘中なんだって、海中に待機させておいた【Seal’s】4チーム、潜入チームの援護に向かわせた方がいいかな?」
「撤退中なの?」
「戦闘終了次第撤退予定みたい。陸上での戦闘が、思ったより海中に影響があるみたいだね」
「そう……撤退開始したらタイミングを教えて、援護に入るわ」
「分かった」
シルヴィアは頷いた。しかし他人の心配もいいけど、中央に近づけば近づくほど、霧が深くて同士討ちまでしてしまいそうだな、と思う。
「測量が今後の役に立つといいよね。キリがない戦闘は避けたいもん」
せめて偵察が終わるまでは。……良く分からない地形で無尽蔵に湧いてきそうな敵と戦うというのは、ジリ貧になる可能性が高い。それに……。
――暫くして、海中から撤退開始の知らせが届いた。
それと同時に、今まで隠れていたローザたちは逆にアンデッドの気を引くために飛び出していく。要するに囮だ。
“バニッシュ”の光が、投げ込んだ機晶爆弾が、彼らの気を引く。
撤退方向は島の進行方向。潜入組と真逆である。
*
その少し前のこと。
(……了解。そちらの進行ルートは把握しました。これから私たちと、皆さんの現在の位置情報をお伝えします、推定ですので、差異があれば修正をお願いします)
羅儀からのテレパシーによるコンタクトに、
水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)の落ちついた声が返ってくる。
(そっちは二人で大丈夫か?)
(ここから帰還用のルートは確保できています。可能な限り戦闘を割けますが、敵が少数で短時間であれば問題ありません)
(それは頼もしいな。こっちは不本意ながらちょっと戦わなきゃいけなくなったようだ。……じゃ、よろしく頼む)
(了解)
ここまで、斥候及び潜入ルートの確保を任務としていたゆかりと
マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は、複数のルート確保に従事していた。
先ほど船の中に入らなかったのもそのためである。地上の戦闘による振動は、海中の材木の位置を時折変更させ、道を塞いでは作り、複雑な状況を作り上げていた。
用心のためにウェットスーツの腰から水中銃を片手に持つと、ゆかりたちは本隊の位置を考え、新たな撤退ルートの偵察と確保を始める。
「ゆかりは言ってたわね、『潜入の方がかえって危険よ、下手すれば味方に救いを求められない状況になりかねないから』って」
「ええ」
ゆかりは頷く。
「相手はアンデッド、水中での動きはこちらより鈍いでしょうね。本隊が負けるとは思えないけれど、撤退に時間がかかると、水中での長時間の活動は体力を奪うし――」
海の獣人のアステリアはともかく、人間にとっては、ここでは飲み食いが殆どできない。
「最悪、島に取り残される可能性もありますから」
ゆかりとマリエッタは互いの位置を確認しながら、マリエッタは時折“神の目”で光を発しながら、周囲の様子を確認、撤退用のルートの確保を始める。
本体との距離は遠くない。すぐに合流できるはずだ。
はずだが……。
(……ちょっと、来てくれ)
再度のテレパシー。
(どうしたんですか?)
(蛇の尾が……)
ゆかりたちが急いで向かうと、そこはおおよそ、島の中央部だった。
マストに巻き付いていた蛇の黒々とした尾が、ここに垂れ下がっていた。
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