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リアクション
第三章
「陽菜都さん、はじめましてー! 僕、ペトラっていいます! よろしくねー!」
深めにフードを被った姿で完全魔動人形 ペトラ(ぱーふぇくとえれめんとらべじゃー・ぺとら)が陽菜都のところへ駆け寄ってくる。
「こちらこそ、よろしく」
笑顔でそう返す陽菜都に、ペトラはポンと手を叩いた。
「にゃ、この黒フード、夏だとちょっと暑いけどさ。この格好って男の子みたいでしょ? もともとはこういう格好してたから僕のこと男の子だと思ってた人が……え、いない? うーん、おかしいなぁ。ちょっとみすてりー的な感じでナイショにしてたんだけどね!」
口元に指をあてて話すペトラの話を陽菜都は楽しそうに聞いていた。
「それはともかく、こういう格好してても僕の事殴ったりしないじゃない! だからきっと、ちょっとずつ慣れていけば大丈夫だよ! ってことで……マスター! マスター! こっち来て!」
(ああ、やっぱりペトラは陽菜都の近くに行っても殴られたりはしないんだな。それはさておき、ペトラに同年代? の友達が増えるっていうのは単純に喜ばしいことだ。ペトラが少しでもその悪癖を治す助けになるといいのだけれど)
そんなことを考えていたアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)は当のペトラに呼ばれ、覚悟を決める。
「腹に雑誌を仕込んでいる。そうそうひどいことには……」
「わーーー! ごめんなさいーっ!!」
「っとぬおぉぉ!? こちらこそーーーー!!」
呟きながら近づいたものの、さっくり吹っ飛ばされてしまった。
「まさか見事に吹っ飛ばされるとは……予想以上の破壊力だな。この力を生かした戦い方を身につけたらどうだろうか。まあ、効くかどうかはわからないがこのアルクん人形ストラップがあれば【素敵】に出会いやすくなる」
「ストラップ、ですか?」
「ああ。ちょいと改造して……スーパーアルクんHNTとでも名づけようか。こいつはプレゼントだ。スーパーは本来特に信頼する仲間にしか渡さない特別製で持ってる人も少ないんだ。大事にしてくれよ?」
「な、殴っちゃったのに……すみませんありがとうございます!!」
少し離れたところからポンと投げられた人形を両手で抱えると陽菜都は全力で頭を下げた。
「陽菜都ちゃん! 初めまして! ボクは赤城花音。陽菜都ちゃんの男性恐怖症克服大作戦に協力するよ。色々バタついてたみたいだから、いったん座って落ち着こうか」
赤城 花音(あかぎ・かのん)が陽菜都を会場の端っこの方の席に案内すると、少し離れたところにリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)も腰を下ろした。
「ボクはイルミン所属だけど、音楽に関係する方の……プロフィールはチェックしているんだよ。だから陽菜都ちゃんに協力したいんだ」
花音の言葉に陽菜都は嬉しそうに頷いた。
「さて、男性恐怖症の克服だけど、まず下心の無い男性を見極める目を養えない?鉄拳を食らっても……陽菜都ちゃんを、心配してくれる男性を信用する事からかな? 今日もそういう人たちいると思うんだよね」
そう言うと花音は周囲を見回す。
「不埒な輩はKOしちゃっても良いけどね。男性は怖い部分を持っているのも事実。でも、心に想う人を護ろうとする時……とても頼もしいんだよ。パートナーのリュート兄もそうだよ。リュート兄は……ボクを護る事がすべてじゃないのが良い処でもあるし……。陽菜都ちゃんも信頼できる男性と出逢えると良いね!」
花音の言葉を受けたリュートは立ち上がるとゆっくりと陽菜都に近づく。
「気にせず殴っていいですよ」
咄嗟に距離を取ろうとする陽菜都に優しく声をかけるとその拳を受け止め……
「ぐふ……」
きれなかったが、そのまま柔らかく手を押さえこむ。
「陽菜都さんは歌が特技と聞きます、それだけに音楽を良く聴くのではありませんか? 男性アーティストの楽曲を、聞き込んでは如何でしょうか?」
「そうそう。あと、音楽活動には蒼空学園が一番! 最適な学校だと思うよ。バックアップが充実していると思う。ボクは楽曲作成に地力を付けるために……イルミンに入学したけどね。……戦略を立てたのはリュート兄だよ。頼もしいね」
「陽菜都さんの未来のファンの為に! 男性恐怖症の克服を目指しましょう!」
陽菜都の周囲に、今日一番のキラキラした空気が流れた瞬間だった。
「オルフェたちも、陽菜都さんとお話してもいいですか〜?」
「もちろんだよ! じゃあ陽菜都ちゃん、またね!」
花音とリュートはオルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)たちに席を譲ると手を振って席から離れていった。
「めまして陽菜都さん! オルフェはオルフェリア・アリスって言うですよ〜。えっと、男性恐怖症だってお聞きしたですが本当ですか? もし本当なら、それは凄く寂しい事だと思うのです。お友達って、男の子だからならないとか女の子だからならないとか、そういう物じゃないってオルフェはなんとなく思うのです」
「うん……そうだよね」
「だから、オルフェは陽菜都さんにちょっとだけプレゼントを差し上げに来たのです。ふふ、オルフェは童話が大好きです。これはオルフェの宝物の一つですが、陽菜都さんにお譲りするのです」
「え? いいの……?」
「もちろんです! ねぇ、陽菜都さん。恋と、愛と、友情はとても似てるものです。どちらも根底には相手を思いやる気持ちがあるのです。だから、陽菜都さんにも気持ちが伝わればいいなって思うのですよ。そうしたら、きっと男の子だって怖くなくなるのです。誰も、貴方を傷つけようとしてないのですよ。大丈夫大丈夫」
「うん……」
「皆、陽菜都さんが大好きで、お友達になりたがってるのです。だから、ゆっくりでいいから声を聞いてあげて下さいなのです。皆、待っててくれますから」
「……破壊するのは得意ですが、何かを与えたりするのは苦手です。歓迎にはおよそ向きませんが……貴方は男性が怖いと言いましたね。貴方はこの話を知ってますか?」
そう言うと、ミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)はすっと1冊の本のタイトルを見せる。
「よくオルフェリア様はそれに出てくる主人公の友人になりたいとおっしゃられますが……この話では結局、主人公と本当の幸いを探す約束をしながらも、途中で消えてしまいます。だからこそ、あの方は「誰も置いていかない友人」に拘るんだと最近思ったんです。貴方にとっての、本当の幸いが見つかるといいですね」
会話を聞きながら、1つ離れたテーブルでは『ブラックボックス』 アンノーン(ぶらっくぼっくす・あんのーん)が食器を用意していた。
「無理には近づかん。殴れば相手は痛いだろうが、自分も痛い。それを判っててもやってしまうのは多分、辛い事だと思うしな」
そこまで言うとふっと顔を上げ、陽菜都を見つめる。
「今回は色々仕込ませて貰ったが……アッフォガード』は知ってるか? バニラアイスに温かい珈琲をかけて食べるのが主流だが……かける飲み物は別に珈琲じゃなくてもいいんだ」
「そうなんですか?」
意外な真実に驚く陽菜都にアンノーンは頷く。
「バニラアイスは大量に作ってきた。飲み物は王道の珈琲の他に紅茶、緑茶、ほうじ茶。シロップは、サクラ、グリーンティー……あとは梅だな。香りを楽しんでくれ」
それだけ言うと、陽菜都が安心して食べられるようにと3人はさっと席を立った。
「いいか。フィリスが男の娘と知らせずに会話を進めてもらって、打ち解けてきたらネタばらしだ。それでも大丈夫なら俺も参加する」
黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)の言葉に頷くと、黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)、リゼルヴィア・アーネスト(りぜるゔぃあ・あーねすと)、フィリス・レギオン(ふぃりす・れぎおん)の3人は揃って陽菜都の元へと向かった。
「えーっと、なに話せばいいんだろ。あ、男の人は強い人が多いから、いざという時に助けてもらえますよ! ……陽菜都さんも結構強いんでしたっけ」
頑張って励まそうとしてくれるフィリスに、陽菜都は思わず笑みをもらした。
「学生で男の人が苦手なんてもったいないです! 恋愛もできませんしね! 好きな人と一緒にいられて、お互い支え合えて、守ってもらえて、すっごく幸せですよ。……今はちょっと遠巻きですけど」
距離を取って状況を見守っている竜斗を拗ねたようにちらりと見ながら、ユリナも言う。
「陽菜都お姉ちゃん男の人が怖いの? 悪い人ばっかりじゃないよ! それに男の人は力持ちさんがいっぱいだから、重たいもの持ってくれたりするし、遊んでもたのしいよ! それに、ユリナお姉ちゃんは竜斗お兄ちゃんと結婚できてすっごく幸せって言ってたから、男の人と結婚すると幸せになれるみたいだよ?」
「やっぱりユリナさんとルヴィちゃんは恋愛の話にするんだぁ。僕も、いつかはルヴィちゃんの……こ、恋人に……」
「ねぇフィリス君、陽菜都お姉ちゃんもボクもいつか結婚して幸せになれるよね?」
「……って、ルヴィちゃん! いきなり話振らないでよ! ビックリしたぁ!」
行きがかり上、自分のとの対話タイムに突入していたフィリスは、突然ふられわたわたと慌てる。
「し、師匠!! 作戦、僕は大丈夫だったよ!」
ごまかすように竜斗のところに駆け寄ると、作戦の報告をした。
「作戦?」
「ああ、悪かったな。実はフィリスはこう見えて男なんだ」
「えええええええええええええええええええええ!」
咄嗟に繰り出された拳からフィリスをかばいつつ、竜斗は改めて距離を取る。
「うーん。気づくとダメなのか。見た目だけの話でもないんだな。どうしたものか……」
竜斗はふむと考え込む。
「陽菜都さんが思ってるほど男性は怖くないですよ」
真剣に考えてくれる竜斗と、そっとそんな竜斗の隣に立つユリナやリゼルヴィアとフィリスのやり取りを見て、陽菜都は、少しずつなら治していけるのかもしれないという気になってくるのだった。