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【アガルタ】宇宙(そら)の彼方で待つ者

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【アガルタ】宇宙(そら)の彼方で待つ者
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■『彼女』は嘘をつかない■


 浴衣を着た人たちが大勢ひしめき合っていた。
「ユカタ……不思議な服ね」
 自身の格好を興味深げに見下ろしているのは、額にクリスタルの輝く女性。模様が気に入ったのか、ふふふ、と楽しげに笑っている。
 周囲には他にもニルヴァーナ人たちが浴衣を着ており、大勢で賑わう祭りの中を歩いていた。
『それでやな、もう少し行ったところに……お、おったおった! リネン!』
 一行の先頭を歩いていた土星くんが手を振る。リネンもそれに気づいて手を振りかえした。
『約束どおり、連れてきたで』
「ふふ。ありがとう。人ごみで疲れたんじゃない? ゆっくりしていって……とはいっても。私1人の場所じゃないけど」
 アガルタは今、秋祭り真っ最中。その中に設けられた休憩スペースにリネンはいた。
「ああ、土星ちゃんさ。遅かったさね?」
『すまん。その……ついあちこち行ってもうて』
 そこへマリナレーゼもやってきて声をかけると、土星くんは少し申し訳なさそうな顔をした。
 でもマリナレーゼもリネンも、笑った。土星くんがはしゃぎたくなる気持ちは、痛いほどに伝わったからだ。
「えっと、コーン。ここは? それと土星くんというのは?」
 わけも分からず連れてこられたニルヴァーナ人が首をひねる。土星くんはそれに対してにやっと笑い(名前に関してはスルーした)、
『ここはな』

「「「おかえりなさい!」」」

 言い終わる前に、そんな言葉が周囲から大合唱された。
 実は秋祭りの休憩スペースというのはカモフラージュで、ニルヴァーナ人たちの歓迎会がここで行われるのだ。
 主催者はハーリーだが、ニルヴァーナ人たちの話しを聞いた住民たちが歓迎したい、と言う要望書をいくつも持ってきたため、では全員で歓迎しようと開いたのだった。
 歓迎の大弾幕に、たくさんの料理や飲み物が並ぶ。見たことのないものから、懐かしいものまで。
 それらすべてが、想いの込められたものだ。

 ニルヴァーナ人たちはそんなサプライズにしばし呆然としていた。

 実のところ。まるで別世界へと姿を変えた故郷は、彼らにとってどこか遠い場所だった。居心地の悪さを感じていたが、かけられた言葉で、彼らは思い出せた。

 帰ってきたとき、なんという言葉を発するのかを。

「……ただいま」

 彼らは本当の意味で、今ようやく故郷へと帰還したのだった。


* * *


 音がする。
 彼は耳が拾った音に、疑問を感じた。なぜなら、彼の耳はとっくの昔に音を拾わなくなっていたから。
(わしは夢、でも見ておるのか?)
 しかし夢にしては真っ暗だ。
(いや、夢でも良い。この音は――いや歌は――)
 聞き覚えのない。しかしどこか懐かしい歌が聞こえる。この綺麗な音を奏でる楽器は、どんなものなのだろう。どんな人が弾いて、歌っているのだろう。

 彼が興味を覚えると、まるでソレにあわせるように耳がいろんな音を拾い出す。
 どうやら演奏者以外にも大勢が周りにいるようだ。その声にも聞き覚えがない。
『素敵な歌ですね――さん』
 だが、傍で自分の名前を呼んだ声には覚えがあった。忘れようとも忘れられない。いち早く目覚めた自分を、傍でずっと励まし続けた声だ。眠る前からずっと、自分たちの希望であった声だ。忘れるはずがない。
「本当に、良い歌じゃな」
 声をかけると、驚いた気配が伝わった。それは周囲に伝わり、心地のよい歌声も途切れてしまった。
 残念だ。
 そう彼が思っていると、再び演奏が始まった。
「どうした? そばにおるのだろ? 何を黙っておる」
 気配だけはするのに黙り込んだ彼女に声をかけると、震えた声で『なんでもありません』と帰ってきた。
 仕方ない奴じゃ、と彼は思った。彼女はとっても泣き虫だ。
 なぜなのか理由は分からないが泣いている彼女に手を伸ばす。
 だが、どこにいるのか正確にはつかめない。手が空気に触れる。

 どうせ夢ならば、目も見えるようにはしてくれないだろうか。
 
 苦笑しながら目を開けてみれば、キルルの丸い影と、大きな大きな月が見えた。
 それは彼がずっとずっと見たいと思っていた、故郷の月とよく似ていた。――似すぎていた。

 そこで彼は目を見開く。気づいたのだ。これが夢でないことに。

 瞬きを忘れた目から、液体が零れ落ちる。
 そしてふと彼は思い出す。
 いつだったか。まだ彼の目が開き、耳が音を拾えた頃だ。
 この愛らしいスークシュマに、自分を殺してくれと頼んだことがあった。もう希望がないのなら、いっそのこと殺してくれと。
 それにスークシュマはこう答えたのだ。

『絶対帰れます。またあなたの大好きな故郷の満月が見れます!』

 彼が笑った。

「本当に、お前は嘘をつかんの」
『……何を言っているのですか。嘘をついてはいけないと教えてくれたのは、あなたですよ』
「そうじゃったか」
『そうですよ』
 彼はそんなやり取りにもう一度笑ってから、周囲へと目をやった。見知った顔があった。見知らぬ顔があった。
 全員に向かって、彼は軽く頭を下げる。
「どうかキルルを頼みます。彼女は泣き虫での」
 何人かが頷きを返すのを確認した彼は、再び空を見上げた。

 そして深く深く息を吸い込み、


「ああ。本当に。本当に綺麗な月じゃ……ありがとう」


 最後の息を吐き出した。




『――さん? ――さん?』
 スークュマが名前を呼んだが、彼はもう「キルルや。そこにおるのか?」とは返さなかった。
 もうその目が、開くことはない。

 だが彼の顔はとても穏やかな笑みを作っていたから

『……こちらこそ、ありがとうございます。あなたがいたから、私は』

 スークシュマ――キルルは、嬉しさと悲しさと寂しさが混じった不思議な表情で、静かに泣いた。