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【祓魔師】災厄をもたらす魂の開放・前編

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【祓魔師】災厄をもたらす魂の開放・前編

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第3章 砂嵐の向こう側へ Story2

「砂嵐に近づき過ぎると、操舵を持ってかれるわよ!」
 グラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)は片手で払い、待機している仲間たちへ下がるように言う。
「仮に、これが魔性の力を利用したものだとして、これだけ大規模な砂嵐をたった一人の術で作れるはずがない」
「まぁ、そうだろうね」
 ボコールの接近に備え、探知役をしている佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が頷く。
「一人がやられた時のリスクを考えると妥当な戦法。敵ながら天晴れと言ったところかしら」
 発見を遅らせるだけでなく、内側から術を行使させ手を出しづらくさせる。
 こちらの攻撃を回避かつ、侵入者を風の力で刻む手段。
 腹立たしさを通り越して、褒めるに値するものだ。
「魔性の力というより、取り込んだ状態でもアタシたちの力があれば対処は可能」
「誘き寄せて、彼らから魔性を離脱させるんだったよね」
「ターゲットがバラけているのが難点だけど、裏を返せば潰した分だけ術が弱まるってこと」
「うん、そんな話だったよね。…あれ?シィシャさん、さっきから黙ってるけど、どうしたのかな?いつもはもっと喋っていたよね」
 口を閉ざしたままのシィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)を見つめ、なぜだろうと首を捻る。
「他者から見て、私とグラルダの関係がどのように映るかは分かりませんが、私個人に不満はありません」
 グラルダから離れて弥十郎へ小さな声音で言う。
 パートナーから隷俗のような扱いをされているシィシャ自身、甘んじて受けてそれをよしとしていた。
「最近は小言を言う機会が多いのは事実ですが、それは私にとっても不本意なのです」
 皮肉ることさえあるが、彼女には好ましくない状況だった。
「私という存在が、グラルダに慢心を与えるようでは本末転倒」
 他者から見れば一般常識人に見えるシィシャも、屈折した思考の持ち主。
 道具があれこれ言うべきではないし、グラルダの考えた命令がこなくなってしまいそう。
 彼女自身が判断し、慢心を与えないよう苦悩も糧として成長する機会も減りそうだ。
 そう思うと過保護だろうか…?
 ―…などと思いつつ、自分自身は発言する機会を減らすべきだと考える。
「一人でも潰せば陣形は破綻する。対処のために、術者が動けばそれだけこちらにチャンスが回ってくわ」
「う〜ん。何人かから、魔性を離脱させないといけないかもだね」
「平たく言えばってこと。術者が減れば減るほど、砂嵐は弱まるってことよ。引き寄せる前に…、クローリスの香りをもらわないとね」
 大気のトゲに捕まってしまうと呪いにかかり、アンデット化してしまう。
 呪いに対する耐性を得ておこうと、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)へ視線を移す。
「クローリスくん、キミの素敵な香りを分けてくれないかな?」
 グラルダに小さく頷いた彼は、肩に乗せているクローリスに言う。
「ふぇぇえ、めんどくさい…。な、何よ、その笑顔は!!むーっ、分かったわよー、もうっ」
 だるそうに言いつつもクリストファーの笑顔に、しぶしぶ頼みごとをきいてやる。
 彼の肩から降りた小さな少女は可愛らしいダンスを踊り、薄いピンク色の花びらを手の平から散らせる。
「合図を頼んだよ」
 クローリスを肩に乗せてグラルダへ目を向けた。
 静かに頷いた彼女は、顎をしゃくって“祓魔銃を撃ちなさい”とシィシャに命令する。
「やつらの術をかわしきれないと思ったら、箒を乗り捨てなさい。それには、宝石の効果はないのよ」
「はい、了解しました」
 シィシャは抑揚のない声で言い、空飛ぶ箒スパロウに乗って祓魔銃を空に向けた。
 わざとらしく目立つように、先発者と離れた彼女は照魔弾を放った。
 青空を白く染めた明りは、砂嵐の向こう側にいる者たちの目にも届いた。
 弥十郎のペンダントの中の宝石が、鈍い光りを示す。
 彼女たちに目配せをし、彼らの接近を知らせた。
「(進入を成功させるには、術者の数を減らさないと…。大地の魔性よ…俺たちに力を貸しておくれ)」 
 エレメントチャージャーをはめた手でニュンフェグラールを掲げ、クリストファーはシルキーを呼び出す。
 彼の祈りに応じ、白髪のドレッドヘアーをした女の姿の魔性が現れた。
 シルキーは手をかざして、召喚者の魔力を糧に作り出した箒を振り回し、黄土色の礫を撒き散らせた。
 礫がグラルダのスペルブック…裁きの章に降り、大地の魔力を吸収したページの文字が黄土色に変色する。
「これでやつらを…。っと、その前に一々術をくらうわけにはね」
 グラルダは弥十郎の表情を読み、シィシャに向かって片手をパタパタと振って下がるように指示を送る。
 黙ったまま頷いた彼女は箒から飛び降り、藍色の宝石の力で限界速度まで上げて風の刃を回避した。
「シィシャ、位置は分かる?」
「先程感じ取りましたが、反応がなくなりました」
「広範囲は厳しそうね。まぁいいわ、相手も私たちの道具を知っているなら、すぐ離れて攻撃の機会を狙うはず」
 彼らは祓魔師とは数人で行動しないことを知っている。
 当然、仲間にも手をかけようとしてくるだろう。
 だが、離れている先発者たちを探すよりも、まずは目立つ明り目掛けてくる。
 背後を取られる前に、確実に潰しにかかるタイプなのだ。
 そう分析したグラルダは、弥十郎の視線の位置に合わせて詠唱を始めた。
 無論相手はそれを許すはずもなく、エアスライサーを放ち彼女を切り刻もうと仕掛けてきた。
「(やっぱりアタシを狙うか)」
 声を聞かれれば気づかれるのは当たり前。
 シィシャばかりにじゃれつくより、スペルブック使いに狙いを変更するほうがよいと考えたようだ。
 彼女にとってはそれも計算済み。
 賈思キョウ著 『斉民要術』は農業専門書に走行の加速をしてもらい、軽々とかわしてみせた。
「遅いわね。これが、祓魔師の能力よ!」
 口の端を持ち上げて冷笑し、不可視の者に酸の雨を降り注ぐ。
「気配の動きが遅くなったようだね」
「ほう。後は取り込んだやつの意思が、表に出ればよいのだったな。アニス、位置を…」
「はぁ〜い!斜め上のほうかなぁ。んー、もうちょい上!そこっ」
「(派手に撃つよりも、静かに沈めたほうがよいか)」
 禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)は彼女の示すポイントへ光りの小波を放つ。
「アニス。中のやつは離脱したか?」
「ううん、まだ気配が重なっているね」
 エアリエルは取り込まれたままだとアニス・パラス(あにす・ぱらす)が言う。
「―…再憑依させぬように、ある程度弱らせるのは必要かもな」
「やめてリオン!その子は何も悪いことしてないんでしょ。傷つけないであげて!!」
「(うーむ、面倒な…)」
 そう言いかけたが“アニスの目の前では仕方あるまい”と思い嘆息した。
 リオンとしても不必要なダメージを与えるつもりはないが、眉を吊り上げている彼女に見張られている。
 さすがに、このままでは術を行使しづらい…。
「だがな、消滅してしまうよりはよいだろう?無用に痛めつけるようなマネはせん」
 多少は止むを得ないだろう。
 そう納得してもらおうと、有事の際の場合のみだと告げた。
「むー…約束だよ?」
「(なんともやりづらいものだ)」
 涙目になるアニスを背に、また嘆息してしまった。



 始めは知識を求める程度だった。
 ―…が、いつの間にやら、任務に参加するまでに至った。
 リオンは“私は何をやっているのか……。”と俯く。
「どーしたの?元気ないね、リオン。そんなことじゃ、悪い子たちに隙をつけれちゃうよ」
 彼女の気も知らずに、いつもの調子でアニスが話しかけてきた。
「あぁ、そうだな。気をつけるとしよう」
「魔性を取り込んだやつは、ヒトを捨てたってことは…。もう、ヒトじゃないんだよね」
「うむ、そのはずだが?」
「にひひっ。じゃあアニスでも話しかけやすいかも♪」
「(親しげに近寄って利用されなければよいが)」
 人外に接するアニスの優しさが、マイナスの方向に使われそうだと感じ、佐野 和輝(さの・かずき)に目をやった。
「(リオン。ボコールには、接近させないようにしよう。エアリエルのほうも、正気に戻りきらない限り接触は危険だ)」
「(暴れられて風の刃で傷つけられてしまうやもしれん。ところで和輝。説いても聞く耳を持たぬ“器”のほうは、時と場合によっては加減せぬほうがよいか?)」
「(まぁ、殺さない程度にしておけ)」
 アニスが見ているところで苦しめるまでに至る手段には出づらい。
 ただし、大気の魔性を狂気に走らせて再憑依させようものなら、少々力を強めるのは致し方ないだろうとテレパシーで言う。
「(了解した。それとだな、後方支援として章使いは2人なのだが。どちらが、どの章を使うべきか…)」
「(俺から聞いてみるよしよう。―…グラルダ、メインとして使う章を教えてくれ)」
 テレパシーをグラルダへ切り替え、どの章を使うのか聞く。
「(さっきは裁きの章をシィシャに攻撃してきたやつに使ったけど。哀切の章をメインにする予定よ)」
「(では、こちらは裁きの章をメインとする)」
「(えぇ…お願いするわ)」
 シィシャに祓魔銃を使わせ、術の軌道を逸らせている隙に哀切の章を唱える。
 眩い光りのミストが、“そこだ”というふうに知らせているかのように強く輝く。
 降りしきる酸の雨により、さらに狙いを絞ることができる。
 なにやら怒声らしきものが聞こえるが、砂嵐の騒音でいったい何を言っているのか分からない。
 詠唱者によっては聞くに値しない、細事なことだった。
「気配が止まったよ、術が命中したのかな」
「魔性と器はどうなったのだ、アニス」
「うん……離れたみたい!」
 アークソウルに意識を集中させ、重っていた気配が離れたことを確認した。
「だけど、“器の悪い子”がまた何かするかもっ」
 揺らめくように点在している者に、何者かが迫っている。
 探知の反応からしてヒトや、その辺の生き物とは違う。
 砂嵐の風音で聞き取りづらかったが、それがぶつぶつと呟いているようだった。
 あぁ、やっぱりそうなんだ。
 ―…と、確信したアニスは、“止めて!!”声を上げた。
 彼女の声にグラルダは哀切の章を唱え、エアリエルの進行を遮った。
 ボコールは大気の魔性を狂気に落とし、再憑依させようとしたのだ。
 術を行使する力を削ぐべく、リオンは光りの波で飲み込み停止させた。
「話し合いの通り、裁きの章だけのつもりだったが、致し方あるまいな」
「ありがとう、助かったわ」
「これも予想できたことだ」
 礼を言われるほどでもないと無愛想に言う。
「不殺に留めるならば、残存抵抗力を全て奪ってしまうのが基本だろう」
 再憑依など面倒な術を使われない。
 使わせなければ問題なのだろう?と言い、アニスの視線の先を見る。
「当然のことだわ。あぁそれと…。その子を休ませて、探知役を代わってもらったらどう?」
「アニスがなんと言うか…。うーむ、長引きそうだからな。私が説得するとしよう」
 リオンは大蜘蛛の背に乗り、アニスのほうへ寄る。
「―…アニス。しばしの間、探知役を交代してもらったらどうだ」
「えぇえええーー!!まだ頑張れるよーっ」
「他にも仕事があるだろう?すぐ片付くことでもないしな、そっちのほうを頼みたい」
「むぅー、リオンがそう言うなら分かったー…」
 不服そうに頬を膨らませつつ、呪術や和輝への支援などの仕事もたくさんあるからと、しぶしぶ納得した。