|
|
リアクション
三章 大廃都調査
一方、大廃都では調査団が行動を開始していた。
調査団の目的は一つ。未だ謎に包まれている大廃都を調査し、機甲虫を出来る限り駆除する事である。
機甲虫の駆除はアルト・ロニア復興作業の一環であり、何人もの契約者が調査団に参加していた。
「おお、これが一号遺跡でありますか!」
そんな調査団の中に、変わり者が一人。葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)である。
吹雪は、遺跡の奥に眠る財宝を発掘するために調査団に加わった契約者である。アルト・ロニアに最も近い『一号遺跡(仮称)』に到着するや、吹雪は早速辺りを見渡してトレジャーハンターとしての勘を昂ぶらせた。
「これは怪しい……お宝が眠っていそうな匂いがしますな」
大廃都周辺は鬱蒼とした森林地帯となっている。肝心の遺跡も苔による侵食が激しく、如何にもと言った感じの雰囲気を醸し出していた。
「良ーし、中に入るぞー!」
かけ声と共に、調査団が一号遺跡の内部に足を踏み入れた。
一号遺跡は、人里に近いためこれまでにも頻繁に調査が実施されている。危険な罠の類は全て解除され、発掘用の機材がそこかしこに放置されており、最早遺跡と言うよりは『工事現場』と言った有様だった。
そこかしこに謎の紋様が刻まれた壁面に視線を向けながら、吹雪は問うた。
「本当に、こんな所から機晶姫が発掘されるでありますか?」
「ああ。しかし話によると、一号遺跡は発掘されすぎて機晶姫はもう出て来ないらしい」
調査団の先頭を行くはシャンバラ教導団の兵士だ。階級は吹雪と同じだが、ここの調査を任されるという事は上層部から信頼のある人物なのだろう。
「要するに、一号遺跡はほとんど調査済みという訳だ。めぼしいお宝なんぞ出て来ないとは思うが……」
その瞬間、吹雪のトレジャーセンスが働いた。
(この辺りから金銀財宝の匂いがするであります!)
吹雪は近くの壁に走り寄ると、紋様の内の一つに触れた。途端――紋様の中心から赤い光が迸り、壁面がゴゴゴ……と音を立てて開いた。
「おおっ、開いたであります!?」
「う、嘘だろ――――――!?」
調査団全員が驚愕の表情を見せた。
「こんな……こんなあっさりと隠し扉を見つかるなんてッ……!」
愕然の余り崩れ落ちる調査団長を横目に、吹雪は隠し扉の向こうに踊り出た。
「一番乗りであります!」
扉の向こうの部屋で吹雪が目にしたのは、無数のカプセルだった。
大きさは、大人が一人入れる程度のサイズ。長年使用していないのか、どのカプセルにも埃が堆く積もってた。
「さて……一儲けできるといいでありますが!」
歓喜の声を上げカプセルに手を伸ばす吹雪。
そんな吹雪の背後から、忍び寄る者がいた。
「気を付けろ、吹雪! ――機甲虫だ!」
大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)の声を契機として、部屋が騒然となった。
カプセルの陰に隠れていた機甲虫が飛び出し、吹雪に襲いかかったのだ。
「土嚢作りと塹壕堀には自信があります! 機甲虫にゃんも、一緒に土嚢作りと塹壕堀するといいであります!」
相手の行動を予測していたのか、吹雪はひらりと身をかわすと、対イコン用手榴弾を放った。
――ドゴォォォォォォォォォンッ!
イコンをも倒せる威力の爆発が部屋を襲った。調査団は咄嗟にカプセルの陰に隠れ、爆風をやり過ごす。
「まったく、無茶をするぜ」
爆風が落ち着いた頃を見計らい、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)が神狩りの剣を突き出した。間髪入れず、ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)と風森 巽(かぜもり・たつみ)が龍殺しの槍を、剛太郎が小銃を、コーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)が弓矢を放った。
それら全ての切っ先――あるいは飛び道具――は、機甲虫の腹部を見事に貫いていた。
如何にイコン並の装甲と言えど、対イコン装備の前には役には立たない。
機甲虫は断末魔じみた合成音声を発しながら、床に落ちた。
「これが噂の機甲虫でありますか」
機能停止した機甲虫を睥睨する剛太郎は、無線越しに現在の状況を伝えた。
無線の相手は、一号遺跡の前で待機している解析班だ。解析班にできうる限りの情報を伝えた剛太郎は、眼前に並び立つカプセルの埃を払った。
顔を近づけ、内部に保存された物を見て――剛太郎は、眉をひそめた。
「機晶姫……か?」
未起動の機晶姫たちが、幾つもカプセルの中に横たわっていた。
ここに来て、ようやく剛太郎は理解した。吹雪は、とんでもない代物を引き当ててしまったのだと。
「ちょっとこっちに来てくれるでありますかー!」
吹雪の陽気な声が後方から響いた。
今度は何事だとばかりに剛太郎が奥に進むと、そこには、地下へ通じる巨大な階段があった。
階段を下りて地下に降り立った調査団が目にしたのは、驚くべき光景だった。
「これは……調査は無理だな」
迷宮である。複雑怪奇極まる通路が何層にも絡まり合った古の迷宮が、眼前に広がっていたのである。
コーディリアは一瞬にして悟った。この迷宮を踏破するには、人数が足りない。そして、装備が足りないと。
それは、他の調査員も同じだった。
「……撤退。一号遺跡前まで、我々は撤退する」
撤退を決めた調査団は、来た道を黙々と戻った。隠し部屋を抜け、調査され尽くされた一階を歩み、眩しい日射しに当てられて遺跡を出た。
「大丈夫ですか、剛太郎様!」
ふらつく剛太郎を、コーディリアは両腕で支えた。
「少し目眩がしただけだ」
「そうは思えません。そうですわ、ここで休憩を取りましょう。皆様も、それでいいですよね?」
頷く者が大多数だった。
とは言え、調査団の行為が徒労だったかと言うと、そんな事は全く無かった。隠し部屋に加え、地下迷宮の発見。これは、解析班を驚愕させるに足る事実だった。
「つっ……! もう少し、優しく頼む」
ブライドエンジェルで周囲を警戒しつつ、剛太郎に手厚い看病を施すコーディリアはふふっと微笑んだ。
「治療なのですから、我慢して下さい」
あの時、対イコン用手榴弾は剛太郎に若干の手傷を負わせた。爆風で飛んで来た破片が、身体の関節に刺さったのだ。
パワードヘルム改等といった重装備が無ければ少し不味い状況になっていただろう。コーディリアは、最後の破片を抜いた。
「はい、出来ました。破片は全て取り除きましたよ」
「ありがとう、コーディリア。さて……」
剛太郎は立ち上がった。その視線の先には、『二号遺跡(仮称)』が聳え立っていた。
「また行くのですか!?」
「仕事でありますからな」
剛太郎はコーディリアの頭をそっと撫でると、微笑を浮かべてこう告げた。
「コーディリアがいるなら、何の問題も無いのでありますよ」
にこにこと笑うヨルディアが怖いと思ったのは、多分、初めてではない。
「早く機甲虫を倒しませんと、お買い物ができませんわね」
にこにこ。にこにこ。にこにこ。――ただし、目が笑っていない。
調査団と共に二号遺跡を探索しながら、宵一はヨルディアにこう告げた。
「そうだな。早めに機甲虫を駆除しないと、まずい事になる」
「へー。それは、まずいですわね」
ジト目で言うヨルディアに、宵一は胸中で『すまない』と謝っておいた。
ヨルディアの気持ちは分からないでもない。だが今は、あの非道な虫たちを駆除するのが優先すべき事柄だった。
(俺はしがないバウンティハンター。たまにはボランティアで虫退治ぐらいはするさ)
そう、これはボランティアだ。バウンティハンターとしては甘いかもしれないが、一度関わった事件を放っておくにはいかない。
一時間ほど歩いた頃だろうか。苔むした二号遺跡の奥を調査団と共に進む宵一は、何者かの気配に気付いた。
「――殺気か……!」
ヨルディアにとって、今日は楽しい一日になるはずだった。
宵一と一緒にお買い物をして、たまの休日をいい気分で過ごす予定だったのだ。ところが、宵一が機甲虫駆除をしたいと言い出したために、お買い物は中止となってしまった。
機甲虫に自分の楽しみを邪魔されたように感じ、ヨルディアはご機嫌斜めだった。
(これはもう、機甲虫を一刻も早く駆除するしかありませんわね)
機甲虫の話は宵一から聞いている。不意打ちを防ぐため、ヨルディアはアイアンハンターと賢狼と共に警戒しつつ遺跡の奥に進んだ。
どれ程の時が過ぎただろうか。長い通路を抜けると、広大な空間が眼前に現れた。天井は遥かに高く、奥行きもある。まるで、コンサートホールのようだった。
「ここは……何なのでしょう?」
コーディリアが問うた直後だ。宵一が、神狩りの剣を構えた。
「――殺気か……!」
周囲を見張る賢狼が唸り声を上げた。辺りから漂う殺気を看破したヨルディアは、龍殺しの槍を勢いよく繰り出した。
「ギィィィィィィィ……!」
イコンの装甲をも貫く一撃が、物陰に潜んでいた機甲虫を貫いた。
ヨルディアは、槍に貫かれた機甲虫を注意深く見やった。どうやら、完全に機能停止しているようだった。
「意外とあっさりとしていますわね」
「いや……単なる前座のようだ!」
宵一が警告を発した直後、頭上から巨大な機甲虫が降ってきた。
数百キロの重量物が落下した衝撃で、辺りが軽く波打った。
「ギィィィィィィィィ……!」
調査団の前に立ち塞がったのは、全長10メートルの巨大な機甲虫であった。
他の契約者たちが各々の武器を構える傍ら、巽は両腕をクロスさせ、ツァンダー変身ベルトに手を当てた。
「全く、一匹見たら何とやらか? ――変身ッ!」
ツァンダー変身ベルトから発せられた光粒子は、瞬く間に巽の身体を包み込み、スーツを形成した。
その間、約1ミリ秒。一瞬にして仮面ツァンダーソークー1に変身した巽は、高らかに口上を上げた。
「蒼い空からやって来て、埋もれた真実探す者! 仮面ツァンダー……ソークー1ッ!」
「ギィィィィィィィィィィィッ!」
口上を言い終えた直後、巨大な機甲虫が突進を開始した。
契約者たちが咄嗟にその場を飛び退く。しかし、回避直後の身動きできない状態を狙い、機甲虫の腹部から2本の足が伸びた。
「きゃあっ!?」
「くっ!?」
機甲虫の足はマニピュレーターのようになっており、人間の手のような細かい動作が可能となっていた。
コーディリアと剛太郎を捕らえた機甲虫は、二人を握り潰すべく足に力を込める。瞬間、巽たちが動いた。
「やらせるものかッ!」
巽とヨルディアが龍殺しの槍で機甲虫の足を貫き、粉砕する。続けて吹雪と宵一が、22式レーザーブレードと神狩りの剣で機甲虫の足を切断した。
「感謝するであります!」
解放された剛太郎はコーディリアを抱えると、小銃のアンダーバレルのM203グレネ−ドランチャーから40mm擲弾を発射。調査団の者たちも射撃を加え、機甲虫の頭部から生える3本の角の内、2本を吹き飛ばす事に成功する。
「ギィィィッ……!」
機甲虫は残った角を振り回し、周囲を薙ぎ払った。唸りを上げて振るわれる角が遺跡の壁面を削り、粉砕する。
天井からぱらぱらと零れ落ちる粉塵を前にして、巽は決断した。
これ以上は遺跡の方が保たない。巽は渾身の力を込めて突貫、二本の龍殺しの槍を機甲虫の頭部に突き立てた。
しかし、機甲虫の機能を停止させるにはまだ足りない。剛太郎たちの援護射撃で機甲虫が怯んだ隙を狙い、巽は大きく跳躍した。
「届かないと言うのならば、もっと深く撃ち貫くまで……!」
龍飛翔突――巽は強烈な跳び蹴りを繰り出した。
「トゥッ! ドラゴンツァンダーキックッ!」
弾丸の如き速度で放たれた蹴りが、狙い違わず槍の石突に命中。槍をより深く抉り込ませ、機甲虫を絶命させた。
「ギィィィィィィィィィィ……ッ!」
全長10メートルを誇る機甲虫の瞳から輝きが失われ、身体が崩れ落ちる。衝撃で周囲の壁面に罅が入り、遺跡の一部が崩落し始めた。
「むっ……!?」
天井から降り注ぐ瓦礫から身をかばいつつも、巽たちは驚くべき物を目の当たりにした。
崩れ落ちる壁面より現れたのは、一号遺跡の隠し部屋にあった物と同じ――地下に続く階段であった。