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白雪姫へ林檎の毒を

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「ジゼルさんたちの作戦は、上手くいっているのでしょうか……」
 カラオケ店の入り口にほど近いその場所で、一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)は独り言のようにそう呟いた。聞き手は仁科 耀助(にしな・ようすけ)。二人は今日、ジゼルの護衛として作戦に参加していた。
「おにーちゃんから連絡あったし大丈夫だと思うよ」
「そうですね」
 ふっと息を吐いて柔らかく微笑む悲哀の表情に、耀助からも自然と笑みが溢れる。
 少し前、悲哀から連絡があったのだ。
「ジゼルさんが狙われているとか……、なんとか、してあげたいのですが――。
 耀助さん……出来れば一緒にジゼルさんのボディガードをして頂けませんか?」
 そう言われた時耀助は何故か嬉しかった。あれは多分悲哀が自分を頼りにしてくれた事が――、そして彼女が友達想いの優しい子であると分かった事が嬉しかったのだと思う。
 なんで悲哀が優しい子だと嬉しいのか、その部分は深く考えなかったが二つ返事で請け負った。
 敵の目を悲哀自身へ向け攻撃を一手に引き受けようと提案する彼女に首を振り、「背ばかりは大きいので……囮の役割は果たせるかと……思いますので……」と落ち込む彼女に苦笑して、そんな風に彼女と組んだ一日はあっと言う間に終わりに近付いた。
 気づけばあんなに晴れていた空は雲で覆い尽くされ、雨粒が落ちて地面を濡らしてゆく。
「暗いと思ってたけど、時間だけじゃなかったか」
「そうですね……」
 言いながら悲哀は深紅の番傘を広げる。これを持っているのも囮として自分を目立たせる為だ。全力で頑張る姿に耀助は素直に好感を覚えている。
「リスト通りだと店ん中いる人間除いたら白の教団ってもう後殆ど居ないんだよな。
 時間切れになる前に全部終わるといいけど」
「焦らずとも、ジゼルさんならまた頑張ってくれると思います。
 それに……他にも行ける場所があると思うんです」
「へえ、例えばどんな?」
「そうですね……あの……」
「ん?」
 下を向いた悲哀の顔を覗き込むと、暗い中でも彼女の頬が赤く染まっている事が分かってしまう。
遊園地……とか……
 蚊の鳴くよりも小さなその声を拾って、耀助は微笑んだ。
「いいね、俺も一緒に行きたいな」

* * *

 舞花のリストにあった白の教団のメンバー、彼等はジゼルの護衛をしていた契約者達が捕らえていた。洗脳解除の方法が分からずじまいだった為、取り敢えずプラヴダの駐屯地に移送され見張られているだけだったが、そこに居ない十数名は実は既に洗脳を解除されている。
 それを行っていたのは薫と考高、尊の三人だった。彼女達がこの件について知ったのは数日も前の事だ。
「俺は罠に嵌められる、と思う」
 蒼空学園に近い某コーヒーショップ、そのテーブルの上に置いた端末の画面を薫たちに見せながらアレクはそう言った。
「わな?」
 覗き込んだ内容は英語で書かれているので良く分からなかったが、彼の軍隊について決算報告がどうとか言う内容らしい。
「寝ぼけて適当に返事したんだが、よく考えてみると……否よく考えなくてもこれは罠だ。
 キアラの考えてる事は大体分かるし、裏も取った」
「何時もの軍人さんたち?」
「何時もと別の軍人さん達にお願いした」
 短い沈黙の間に、薫は以前番号を交換したもののアレクが元来のメール無精からポツポツとしたやり取りしかしない携帯を鳴らしてまで呼び出しをかけてきた理由を何となく察する。
 この間のイルミンスールの時も、アレクは何かを悩んでいるようだった。もしかしたら彼は、薫に助けを求めているのかもしれない。
「我達、アレクさんから見たらまだまだ頼りないかもしれないし、ちゃんと信頼関係を築けているかわかんないけど……我は、アレクさんを信じているのだ。
 前にも言ったかもしれないけど……力になりたいのだ」
「うん、覚えてる。
 それで俺は今、その有り難い言葉に甘えようと思ってる。薫ちゃん……とその他二名――」
「おま!」
「てっ、てめー! このー!」
「――頼みが有る」
 頭を下げたアレクに聞いたのが、トーヴァたちの事とミリツァの事だった。
 舞花のリストを薫は持っていなかったが、彼女の手には洗脳前のトーヴァが調査していた報告書と、アレクが独自に纏めたものがある。そこには洗脳解除の方法も載っていた。
 この日一日アレクはミリツァの気をひき囮になる。そして空間把握の能力を使うよう誘導させる。その間に秘密裏に動く薫達が洗脳を解いていこう。そういう作戦で、実際にそう動いた。
 動き出してからもアレクの側についたのはほんの数名だ。
 大人数で動き回らず、確実に一人ずつを抑えていき鎮圧するのが今回のアレクのやり方らしい。プラヴダの隊士たちが巻き込まれた事に対し、「もう個人的な問題とは言っていられないが」と言ってから言葉を止め、アレクはひと呼吸の後こう言った。
「これは元々は俺の妹の起こした事件だ、我が侭を言わせて貰えば、兄として解決してやりたい。
 だから部下じゃなく、……友達に頼りたいんだ」
 
 200以上の人間があちら側に取り込まれていると考えると気が遠くなるようだったが、薫はアレクの信頼に応えたいと思っていた。
 こっそり確認したカラオケルームで、アレクは何だか凄いことになっていたが、それでもそこまでの覚悟で彼が妹の心に立ち向かおうとしているのだと分かって、薫は気持ちを新たにするのだ。
「アレクさん、頑張ってるみたい。我達も全力を尽くすのだ」
「ああ、そうだな薫!」
 薫の横で、考高も何時でも出て行ける様にと刀の柄を握りしめる。
 そんな二人からもう一度アレクへ視線を移して、尊は一人冷静に呟いていた。
「……でも薫、あいつもう死ぬかもしんねーぞ……」
 アレクは陣の隣でもうぴくりとも動かない状態になっていた。

* * *

 カラオケルームの防音扉は強く閉めようとしても重くてそうはいかなかった。
「...Umoran sam napolje.(疲れ果てたわ……)」
 悪態をつくつもりでそう言った声は掠れている。ミリツァにとってただ一人の話し相手だった兄はそんなに喋る人じゃなかったから、今日は一生分喋った気がした。
 ミリツァと仲良くしようと努力するティエンは饒舌で、ミリツァは上手に合図値をうてていたかすら分からない。けれどあの会話は不快では無かった。
 疑いの眼差しを向けられている事は分かっている。それを向けない人達の諭すような目も厭だった。
 でも、ティエンの向けてくるあの目は何なのだろう。
 ティエンといるとミリツァの胸の奥にチリリと熱いものが込み上げてくる。それに咽に迫り上るこの言葉は何なのだろう。
 トイレにいくと言ったのは勿論嘘だった、一人になりたくてロビーまで歩いてきたミリツァの背中に、突然何かが飛び乗った。
「にゃはははははははー♪
 にゃーはパラミタ最強黒にゃんこなんだにゃー!」
「――ッ!!!」
「ごめんなさいですー」
 ミリツァが悲鳴を上げるよりも早く、オルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)が謝罪を口にしながらミリツァの背にのった夕夜 御影(ゆうや・みかげ)をぺりぺりと剥がしていく。
「にゃにするんだにゃ!」
「いけませんよー。人に急にくっついたらびっくりするのですよー」
「馬鹿め! にゃーが何故忍者になったか知ってるかにゃ?
 それは、背後から誰にも知られずに忍び寄って確実に飛びついて遊んでもらう為なんだにゃ!」
 キリッと言ってのける黒猫にミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)の溜め息が飛んでいる。
「あ、あなた達は何?」
 一歩下がりつつ構えるミリツァの問いかけに、オルフェリアは応えない答えを口にした。
「あ! あなたはミリツァさんですねー!」

 カラオケ店のロビーのソファの上で、ミリツァは両脇をオルフェリアとミリオンに挟まれ逃げ場が無い。
 しかもそのほっぺを御影が鼻息荒く興奮しながら『もにゅもにゅ』してくるので、あらゆる攻撃的な気持ちが削がれていた。
「ジゼルさんから聞いていたのですよー、アレクさんの妹さんが強化人間さんだってって。
 オルフェにも強化人間の親友が居るので、なんだか放って置けないと思ってきちゃったんですー」
「放っといて頂いて結構よ」
 ふんっとそっぽを向いてみるものの、オルフェリアの反対隣にはミリオンが居る。
 ミリツァは何処を見たらいいのか分からなくなって、『もにゅもにゅ』を続ける猫の尻尾を見つめるしか無い。
「ジゼルに言われたの? 私を邪魔しなさいとか、つけこみなさいとか」
「いいえー。
 オルフェは自分で、ここにきたのですー」
 オルフェリア声には邪気が無く、ミリツァは自分の邪推が本当に邪推であったと知った。
「ミリツァさんは、ミリオンになんとなく似てるのです。
 だから、オルフェはきっとお友達になれると思うのですよー♪」
「……似てる……ですか」
「あらぁ、あなたの方は不服そうね?」
「あぁ、いえ……なんでもありませんよ」
 皮肉げな笑顔のミリツァに指摘されて、笑顔で取り繕うミリオン。そんな二人の様子を見て、オルフェリアはやっぱり二人は似ている気がすると笑うのだ。
「ふふ、天御柱学院の元生徒として、強化人間さんには色々接してきたので、何か困った事があったら相談に乗るのですよー♪」
「……そうね、今まさに困っている事があるのだけれど、聞いてもらえるかしら?」
「なんですかー?」
 と期待の笑顔を向けてくるオルフェリア。その反応に心の奥がまたチリリと痛む。
 それでもミリツァは口を開き、その言葉を吐き出す事を止めなかった。
 それで自分が傷つくと分かっても、ミリツァは『私とお兄ちゃんだけの世界』を守る為に、他人を排除し続ける。
 そうしなければ兄を守る事は出来ないと、彼女は今も信じているのだ。

「うるさいのよあなた。消えてくれないかしら」