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みんなで楽しく?果実狩り! 2023

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みんなで楽しく?果実狩り! 2023

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【お菓子と少女と悪魔の事情】


 10月某日、自身の運営する孤児院『系譜』の学習室で、二人の少女を前に破名・クロフォードは饒舌に質問への答えを出している。
「――食餌? ああ、勿論。俺はあまり詳しくないからマザーにお願いして一緒に考えてもらっている。季節ものとか、『今は』食品添加物というのがあって中には毒になってしまうのがあると聞いているしな。
 ……うん。子供達が食べる物だから食材は結構選ぶ方だな」
「そうですねー、見た目は綺麗で美味しそうですからつい手が伸びちゃいますけど、よく考えたら怖いですよねー。
 クロフォードさんの子供を気遣う姿勢、とても素敵だと思いますー」
 笑顔で話す飛鳥 豊美(あすかの・とよみ)と名乗るこの魔法少女とは、数ヶ月前に出会った。
 頓痴気で物騒な事件に共に巻き込まれたという苦い思い出から始まった出会いだったが、その後も不思議と彼女との交流は続いたのだ。
 一度守ると約束しただけの系譜の子供達も今も細やかに気に掛けてくれ、こうして空いた日や時間を見つけては顔を出してくれる豊美ちゃん。そんな風に温かく邪気の無い彼女だから、クロフォードのような頑なな者の心も直ぐに解いてしまう。
 その豊美ちゃんの隣に座るのが、もう一人の少女ジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)だ。
 こちらの彼女とクロフォードの付き合いは、豊美ちゃんと出会うよりも更に前からである。
 買い物中に系譜の子供の一人が迷子になり、彼女に助けてもらった――というよりも綺麗で優しい女性だから一方的に懐いてしまったというのが正しいだろうか。それ以来ジゼルは手作りのお菓子を持ってクロフォードと子供達に会いにきてくれるようになった。
 豊美ちゃんが『魔法のお姉さん』なら、ジゼルは『お菓子のお姉さん』と言ったところだろうか。二人は子供達の憧れの存在としてこの孤児院ではすっかりお馴染みになっていた。
「そうそう。この間は少々変わった名前のケーキを……何と言ったか……黒くて、上に粉がついていて――」
「デビルズフードケーキ?」
 全く名前が出て来ないクロフォードに、ジゼルは彼女が持って行った中で記憶に新しい菓子の名前を出す。
「チョコレートケーキですねー」
 クロフォードの拙い会話を飲み込んでくれた豊美ちゃんがそう付け足してくれた。
「ああ、それを作ってもらった。何時も事前に材料のリストとか作ってくれて。
 持ってきてくれるまで何のリストか俺には全く分からないんだが、そういう配慮が嬉しいな」
 初めてリストを貰った時、クロフォードは「どうして材料について事前に断りを入れる必要があるのか」と、マザーに質問した事がある。彼女が教えてくれたのは、食品添加物であるとかアレルギーであるとか、食材を選択する際に気をつけなければならない問題点だった。
 クロフォードはこのマザーの話と結びつけてジゼルの行動に痛く感心し、彼女がやってきた時に「そんなところにまで気を遣ってくれたのか」と礼を言った。
 しかしジゼルから返されたのは少し困ったような笑顔だ。
「そんなに難しい事じゃなくてね。単純に好みかどうか分からなかったから聞きたかったのよ」
 このジゼルの言葉には驚かされた。菓子といえば子供達が取り合いの末喧嘩に発展する程好きなものの筈だ。それを嫌いな人間が居る事や、マザーの言う様に身体が受け付けない人間が居るなど、及びもつかなかったのだ。
 こういった細やかな人間の習性や機微を、クロフォードは近頃契約者との関わりを通じて学びつつあった。彼の中で何かが少しずつ、変わっていこうとしている。
「俺は料理は全く出来ないし、マザーは最近の子が作る料理やお菓子は難しいって言っていたから、ああいうお菓子は本当に――子供達が喜んでいた」
 今回のケーキは発狂の末乱闘していたとは流石に言えず「感謝する。ありがとう」と締めた。
「喜んで貰えたなら嬉しいって言うか……張り切っちゃう、次は何にしよっか!
 んー……折角の秋だし、果物が入ったレシピがいいかしらね」
「果物、いいですねー。……あっ、私果実狩りが出来る所、知ってますよー。
 毎年お世話になってる農園があるんです。今年もそろそろ収穫の時期ですから、お手伝いを兼ねて果実狩りなんてどうでしょうー」
「行くー! そういえば私果物が直接実ってるところって見た事ないの」
「そうなんですか?」
「うんっ。地上のお野菜はココにくるまで見た事無かったものばかりだったもの。ワカメとかコンブとかはよく取って食べたなぁ……。
 あ、知ってる豊美ちゃん。ジャイアントケルプって、味は微妙だけど健康に良いんだってー。姉様達が美容の為にって庭で育ててたんだけどにょきにょき伸びて大変な事になっちゃってね――」
「……果物か」
 豊美ちゃんとジゼルが会話を続ける中、クロフォードは一人この孤児院の立地環境を思い出していた。それほど外れではないがこの辺の地域は鮮度が重要になってくる野菜や果物は、根野菜ほど簡単には入手できない。
 『転移』という特殊な能力を行使する事の出来るクロフォードだが、あれはそこまで便利な力という訳ではなかった。座標の分からない場所に転移するのは激しい疲労を伴うし、クロフォード自身元々体力に自信が無いタイプだ。そんな彼だから日々の『仕事』をこなすだけで精一杯。子供達へ土産を購入して帰ってくる余裕など無かったのだ。――実際そういった発想自体が無かったとも言えるが。
 自らの手で収穫し、子供達に振る舞う。それは理想的だし、クロフォードが提示する条件は十分満たしていた。これは食育としても絶好の機会ではないだろうかと欲が出る。
 が、同時に是非にとお願いしてもいいものなのか判断できなかった。系譜はただの孤児院では無い。クロフォードもただの孤児院の運営者ではない。系譜の機密は守らねばならない。そのことを誰よりもわかっているクロフォードは知らず唇を引き結んだ。
(これ以上、孤児院というフリをままごとのように続け、増して外部との交流を深めてどうするのか)と自らに問いかけ、考え込んでしまった時だった。
 ふいに廊下から騒がしい声が幾つも聞こえてくる。何事かとドアノブへ近付くと、扉は向こう側から開かれた。
「くろふぉーど、あれくおにーちゃんがきたの!」
 アレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)の手を引いて学習室へ入ってきたのは院で一番小さいフェオルだった。獣人のふさふさの尻尾をばたばたとさせてフェオルはこの孤児院の支援者の来訪を喜んでいるようだ。
(俺の気も知らないで無邪気な事だ)と思わず皮肉が頭を過る。因縁あってクロフォードはアレクが苦手なのだ。
 クロフォードが複雑な感情を隠す事が出来ずに棒立ちで居るのに気づいて、系譜の子供シェリーが立ち上がりアレクに会釈する。彼女は年長者で一番の古株だから、そこまで気が回るのだ。クロフォードの事も良く分かっていた。こんな風に子供たちに助けられている事に、クロフォードは気づいているのだろうか。
「お久しぶりです、アレクさん」
「そうか、『お久しぶり』になるのか」
「そうですよ。この頃はお仕事お忙しいの?」
「まあね。今月は特に。昨日こっち帰ってきたばかりだし。
 ああこれ、お土産」
 アレクが最後迄言い終えるより早く、学習室にいた子供達が彼の持ってきた袋に一斉に群がっていた。クロフォードとシェリーはそのあらゆる非礼を嗜めようとするが、最早子供達の耳にその声は届いていない。
「あけていい!? あけていい!?」と急かす声にアレクが頷いた瞬間、逆さになった袋から中身が散撒かれた。
 シンプルな木製テーブルの上に広がる、大量の菓子――もとい色の洪水。
 ピンクとブルーのクリームにパープルのデコレーションがのったカップケーキ。
 カラフルな渦が巻いたバカデカいロリポップ。
 キャラメルに漬け込んだんじゃないかと思うようなギトギトのポップコーン。
 マシュマロとヌガーがたっぷり入った砂糖の塊のようなチョコレートバー。
 人間が口にしていい味なのか分からないフレーバーのジェリービーンズ。 
 如何にも子供が好みそうなお土産に案の定喜びの奇声がそこかしこから上がるが、クロフォードの方は青くなるしかない。
 こんなもの口に入れたが最後、舌の色が赤から七色に変わってしまう。添加物がどうとかそれ以前の問題だ。
 余りの衝撃に首だけをゼンマイ仕掛けのようにギギギと回して、クロフォードは豊美ちゃんとジゼルへ助けを求めるのだった。
「すまないがその農園の話をもう少し詳しく教えてくれないか? できれば場所も知りたい」