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ルチアお嬢様と実りの山

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ルチアお嬢様と実りの山

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第四章



「ソーマ! ほら、あそこにキノコがあるのじゃ!」
「さすがでございます、お嬢様」

 ルチアは明るい表情で木の近くに生えていたキノコを採ってソーマに見せてくる。

「あ! あっちにも何かあるのじゃ!」
「お嬢様! あまり走られては転んでしまいますよ」

 ソーマが声をかけるが、ルチアはさっさと遠くに行ってしまい、ソーマはため息をついた。

「オ疲レデスネ」

 ソーマの隣を歩いていたイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)が声をかけると、飲み物の入ったコップを渡してきた。

「これは?」
「果物ジュースデス。疲レヲ癒ヤセルヨウニ作ッテミマシタ」
「ありがとうございます」

 ソーマはコップを受け取り、一気に飲み干すとルチアが不満そうな顔をして近づいてきた。

「ソーマばっかりずるいのじゃ! イブ! 妾にも何か作るのじゃ!」
「お嬢様……イブさんは仕事でお嬢様の身辺警護をしているのであって、メイドではないのですよ」
「ソーマサン、オ気ニナサラナイデクダサイ。ルチアオ嬢様ニハオ弁当ヲ作ッテキタノデ、召シ上ガッテクダサイ」

 イブはそう言ってルチアにお弁当を手渡した。お弁当の中は手にとって食べられるおにぎりやサンドイッチがメインだった。
 ルチアはニコニコと笑顔を浮かべながら満足そうにそれを食べる。

と、周辺を警戒していた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が戻ってきた。

「敵じゃ」

それだけ告げるとソーマは浮かべていた笑みを消して刹那が視線を向ける先を見ると、そこからセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が姿を現した。
ソーマはそっとルチアの目に手を置いて、視界を遮った。

「何をするのじゃソーマ」
「ただいまお嬢様の前に痴女が出ましたので、お嬢様の教育上よろしくないと判断しました。しばらく、そのまま目を瞑ったままでお願いします」
「ちょっと! 誰が変態よ!」

セレンが噛みつくと、ソーマがかぶりを振った。

「山の。それも秋も深まるこの時期に水着姿で歩き回っている女性は充分に痴女かと存じますが」
「駄目とセレン。明らかに向こうが正論だわ」
「今はあたしの格好なんてどうでもいいでしょ! それに! お嬢様のワガママを止めない方がよっぽど教育に悪いじゃない!」
「親が命じたことを忠実にこなすのが部下の務めですので」
「あっそ、それならあたしたちが教育してあげるわ! 行くわよセレアナ」
「はいはい」

セレアナは熱くなっているセレンを見てため息をつきながら構成員たちに向けて恐怖の歌を歌った。
セレアナの歌声が耳に届いた瞬間、構成員たちは全員身体を震わせ構えていた拳銃の照準がぶれてしまう。
続いてセレアナは悲しみの歌う。身体から恐怖が抜けない状態で耳に入る悲しみの歌に構成員たちは戦意を根こそぎ奪われて地面に膝をついてしまう。

「セレン。ソーマたちへの最短コースはテレパシーで指示するわ」
「うん、頼りにしてるわ!」

 セレンはゴッドスピードを使い、セレアナの指示に従って膝をつく構成員たちの間をすり抜けて一気にソーマへと詰め寄る。

「致し方ない。わらわも出るとしよう」

 刹那はソーマの背後から現れると、セレンに向けて毒虫の群れを放った。

「っ!?」

 突然目の前で津波のように現れた毒虫にセレンは思わず後ろに飛び退る。それを追撃するように暗器を放つと、そのまま暗器と共にセレンの懐に潜り込んだ。

「悪く思うな。これも仕事なのじゃ」
「そんなので納得出来るわけないでしょ!」

 刹那の霊気剣をセレンは拳銃の銃身で受け止め、後ろに飛び退りながら発砲する。刹那は再び暗器を投げて銃弾を弾き飛ばした。


 遠くでその戦いを見ていたのは漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を纏った中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)だった。
 綾瀬は呆れたようにため息をつく。彼女は普通に散歩と収穫を楽しんでいるだけで、この騒ぎに巻き込まれてしまったのだ。
 だからといって立ち去ろうという気は微塵も無く、思考は既にどうやってマフィアを撃退するかで動いていた。
 綾瀬は隣にいた魔王 ベリアル(まおう・べりある)にわざとらしく見せつけるような仕草で荷物を探し始める。
「あら、困りましたわ……そろそろ休憩しようと思っていましたのに、ベリアルから預かっていたプリンが見当たりませんわね……先ほど黒服の方々とぶつかった際に、あちらの荷物と間違われて持っていかれてしまったみたいですわね、我慢……」

そこまで言った時にはベリアルの姿は既に無く、

「……出来る訳ありませんわよね。 私の散歩を邪魔した罪……存分に味合わせて差し上げなさい……」

 微笑みながら呟き、猛然とルチアへと突っ込んでいくベリアルを見送った。

「部下は動けない……仕方ない、俺が相手をするか」

 突進してくるベリアルを見つめながらソーマが指の骨を鳴らすと、

「フハハハハ! まだ貴様の出番には早いな! ここは我らオリュンポスに任せてもらおう!」

 白衣を翻しながらドクター・ハデス(どくたー・はです)はソーマの前に立った。
 ソーマはその姿を見て、黙って一礼するとベリアルの相手をハデスに任せて自身はルチアのそばに立った。

 ハデスは部下の戦闘員たちを前に出してシュトゥルム・ウント・ドラングによる演説を行った。

「さあ、我らオリュンポスの恐ろしさをこの山に来た愚か者たち全員に教えてやるのだ! 我々は一騎当千の精兵! 制圧前進で眼前の敵は踏みつぶせ!」

 演説を背に受けて戦闘員たちは互いの腕を絡めてベリアルの前に壁を作る。

「同盟を組んだばかりでこのようなことになるとは思わなかったが、盟友の危機では捨て置けまい!」
「僕のプリンはどこだーっ! お前か!お前が盗んだのか!? プリン置いて行けーーっ!!」

 互いに言いたいことだけ言い合い会話がドッジボール状態になりながらベリアルは戦闘員たちに向けて魔闘撃を放つ。
 振り下ろされた拳は大地を揺らし戦闘員の数人が衝撃で吹き飛ばされる!

「プリンを返せー!」

 叫びながら拳を振り回す。まるでだだっ子のようではあるが、振るわれる拳の威力は一撃必倒であるのだからかなりタチが悪い。

「戦闘員よ! 距離を取り、間合いギリギリで拳を振るわせろ! 相手のスタミナが切れるのを待ってから攻勢に転じるのだ!」

 戦闘員たちはベリアルの周りを囲むと一切手を出そうとはせずにベリアルの攻撃を回避することに徹し、スタミナ切れを待った。

 正面のあちこちで戦闘は発生し、ソーマもその行く末をルチアの隣で見届けていると、

「……背後からの奇襲とは感心しませんね」

 背を向けたまま、ソーマはそう言って振り返る。
 背後にはダグ・ニコル(だぐ・にこる)の姿があり、ソーマは目を丸くした。
 マフィアの世界でも少し名の知れた人物の登場にソーマは思わず身構える。
 ルチアもダグからただならぬ雰囲気を感じ取ったのか表情に怯えの色が浮かんでいた。

「お嬢様、お下がりください」

 ソーマが短くそれだけ告げると、ルチアは正面の戦いに巻き込まれないギリギリの所まで下がった。
 ソーマはダグに一礼した。

「あなたほどの人物とこんな所でお会いするとは思いませんでした。……何か、ご用ですか?」
「そうだな。少し、年寄りのお節介をしにきたってところだ」

 ダグはルチアに目を向ける。


「お嬢ちゃん、あんたのワガママで部下たちが痛い目にあってるが、それに関しては何も思わないのかい?」
「部下は父上から譲り受けた妾の物じゃ。だから、妾の命令で動く。それに何の問題があるというのじゃ?」

 震えながら虚勢ともとれる言葉を吐くルチアにダグは呆れたように口元を上げて見せ、

「やれやれだ、お嬢ちゃん。あんた、ボス失格だ」

 ダグはルチアに向けて銃の引き金を引いた。
 乾いた破裂音が響く。
 周囲にいた人間の動きが一斉に止まる。弾丸は──ハデスが展開していたトリップ・ザ・ワールドにより弾かれた。

「うわ……わ……」

 自分に目がけて容赦なく発砲されたことでルチアの表情からは血の気が引き、小さく震えていた。

「怖いだろ? お嬢ちゃんの部下はこんな思いをしながら命令に付き合わされてるんだ。自分の部下をないがしろにして、ボスの肩書きを名乗るんじゃねえ」
「実際に嬢ちゃんの部下に色々聞いてみたんやが、やっぱり影じゃそうとう嫌われてるみたいやのう。ギースって奴の所では悪態つけて逃げ出すもんまでいたとか。ま、今の態度なら当然か」

 突然撃たれた恐怖に続いて及川 猛(おいかわ・たける)も追い打ちをかけるような言葉を投げかけ、ルチアは目に涙を溜めていく。
 その涙を堰き止めるように、ソーマが黙って前に出た。

「お嬢様は……確かにまだボスとしても人間としても未熟だ。失敗から学ばなければいけないことも多い」

 言葉を途中で遮り、ソーマは鋭い双眸でダグを見つめた。

「……が、どんな理由があろうとお嬢様に銃を向けたことを許す理由にはならねえぞ……ああ!?」

 ソーマは一歩一歩、地面を踏みつぶすように歩いていき、その姿を見た敵も味方も手を止めてソーマを見つめる。
 もはや、怒りという感情の一言で今のソーマを表すことは出来ず例えるなら今のソーマはどす黒く粘つくような炎そのものと言ってよかった。

「やれやれ、きかん坊は一人じゃなかったみたいだな。あっちは頼んだぜ大将」
「説教するならやり方ってものがあるだろ……」

 神崎 荒神(かんざき・こうじん)はため息をつきながら襲いかかるソーマと拳を交える。

「邪魔だ! 今の俺は誰だろうと加減して戦う気はねえぞ!」

 叫び、荒神の顔目がけてハイキックが飛ぶ。荒神はブロックしてそれを防ぐが、今度はその手を掴まれて背負い投げを仕掛けられる。
 荒神は身体を宙に浮かせながら体幹を捻り、足から着地する。その隙を狙うようにソーマの膝蹴りが荒神の腹を狙い、荒神はその膝を受け止めて動きを封じた。

「今、ダグがしたことは謝る。あいつだって外すつもりで撃ったんだ。だから」
「だから? 説教のために一々お嬢様を射的の的にしろってのか? 謝罪で許せる一線はとうに越えてんだよ!」

 片足立ちの状態からソーマは掌底打ちを放つ。荒神はそれをかわしながらソーマの膝から手を離し、肘鉄をソーマの鳩尾にめり込ませた。

「ぐ……っ!」

 動きは明らかに鈍くなったがソーマは構わず拳を振るう。が、これも受け止められ荒神の拳がソーマのアゴを捉える。
 怒りで我を忘れていることもあるが、それ以上に荒神が繰り出す我流の近接戦闘術がソーマの意表を突いていた。
 怒りで単調になった攻撃を防がれ、相手から飛び出してくる予測不能の攻撃にソーマは防戦を強いられるが、

「……うっざっってえんだよ! ああ!?」

 ソーマは荒神から繰り出される拳を無視して殴りかかった。当然、荒神の拳は深くめり込むが、荒神も捨て身の攻撃に出るとは思わず、苦し紛れに出した一発で攻撃の流れを切られてしまう。
 そのままペースを戻されぬようソーマは五体を全て使って攻撃に転じた。
 相変わらず単調な攻撃ではあったが、勢いに乗った分拳にも重みが増し荒神はガードしているにも関わらず徐々にダメージを蓄積させていった。
 先の先で押しまくるソーマを止めるべく、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)も加勢に入る。

 ジェライザは強引に二人の間に割って入るとソーマの拳を両手で受け止めた。

「邪魔するなら、てめえも一緒に始末するぞ!」
「確かにこちらも道理に外れたことをした! だからと言って、それに激昂して暴れれば泥沼になる! それは、あんたが仕えるお嬢様が望んでることなのか!」
「っ!」

 ソーマの目の色に動揺が浮かぶ。それと同時にソーマの拳から一瞬だけ力が抜けた。

「とりあえず大人しくしてもらうぜ、悪く思うな、よ!」

 ジェライザは神速の正拳突きを放ち、荒神は跳躍し蹴りを見舞った。
 ソーマの腹に拳がめり込み、こめかみに蹴りの衝撃が走る。
 ソーマは足を震わせて、片膝をついた。

「ぐ……!」

 ソーマは立ち上がろうとするが、足が震えて立ち上がれずソーマは何度も足を拳で殴りつけた。

「少しは落ち着いたか?」

 ジェライザはそう言って、ソーマの傷をヒールで癒やす。

「な……」

この行動の真意が分からず、ソーマは目を丸くして怒りの熱は徐々に引いていった。

「……どういうつもりですか?」
「互いに外れた道理を戻しただけだよ。そっちは山の物を全部奪う。こっちはそれを阻止する。そのために一旦治した。これでフェア、公正なる果たし合いは自分の価値を高める」

 ソーマは苦笑した。

「無茶苦茶な理屈ですね。ですが、頭に上った血が降りてきた今なら助け船のようにも聞こえる言葉だ。危うく俺は自分の仕事を忘れて感情だけで暴れるところだった。感謝します」
「いいよ、そんなこと。それより……まだやるんだろ?」
「それは勿論……。山の実りを全て狩るのが俺達の仕事。邪魔をするなら排除するまで!」
「なら、こっちも全力で阻止させてもらう!」

 ジェライザが構え、ソーマが接近し殴りかかる。ジェライザもガードをせずに殴り返し、互いの拳が肉体に響く。それでも二人は手を止めず殴り合う。両者ノーガード、べた足で拳の応酬だ。
 拳に相手の血がこびり付き、殴られた衝撃で跳ねた顔から血が飛び散る。
 ルチアはその光景を震えながら眺めることしかできなかった。正確にはそこにいた誰もが二人の殴り合いに視線を向けていた。
 が、そんな中、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)だけがひっそりとルチアに近づいていった。
 
「さっきは怖かったね? ごめんね?」

 ルカは優しくルチアの頭を撫でると、ルチアの目から涙が少しだけ引いていく。

「あのおじさんもね、仲間を大事にしなきゃ駄目だから怒ったんだよ? だってさ、栗きんとんとかマロンパイとか秋鮭御飯とかキノコ土瓶蒸しとか、色々な美味しい物は沢山の人と食べた方が楽しいと思わない?」
「……ソーマやグレゴやギースたちと食べるより?」
「うん! 皆で収穫して皆で料理して皆で食べた方が百倍美味しいよ! そのためには今いる仲間を大事にしないと。……そんな人になるためには、今からどうすればいいかな?」
「……」

 ルチアは言葉を返さずに踵を返すと、ソーマの元へと駆け寄り、ジェライザの拳の前に飛び出した。

「っ!? お嬢様!」

 ソーマは寸でのところでジェライザの拳を受け止めると、ルチアは両手を広げてまた泣きそうな顔に戻っていた。

「妾がバカであった。山の物は全て返す! だからもう、妾のワガママのためにソーマを殴らないで欲しいのじゃ!」
「お嬢様……」

 ルチアの申し出にソーマが目を丸くしていると、ジェライザは疲労を現すように手をだらりと下げ、ソーマも肺の中の空気を一気に吐き出した。

「仲裁が来てよかった……。あんたタフすぎるって……」
「それは、こっちの台詞です……よ」

 二人はボコボコになった顔で口元を歪めると、どちからたともなく背中からぶっ倒れた。

「ソーマ!? 駄目じゃ! 目を開けるのじゃ! 死んだら嫌なのじゃ!」
「ルチアちゃん、大丈夫だよ。二人とも気絶しただけだから」

 ルチアが耳を傾けると、二人の口から寝息が漏れた。
 ルカはルチアを見て、ニッコリと微笑む。

「二人が起きるまでに料理を作ってあげようか?」
「……うん!」

 ルチアが明るい表情で返事をすると、周囲を見渡して頭を下げた。
 敵も味方も、その言葉を聞いて武器を下ろす。
 構成員の中には不服そうな顔をする者もいたが、ルチアーノファミリーの山狩り騒動はこうして幕を閉じることとなった。