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彼と彼の事情

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彼と彼の事情

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◆『カシ』衣装屋
「ふぅ。返ってきた衣装をクリーニングに出して、それから衣装の補充を――」
 貸衣装屋にて忙しなく働いているセリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)は、これからの予定を声に出しながら倉庫内をメモを片手に歩いていた。返却されてきた衣装の箱を見つけ、傍の台車に積んでいく。
 セリスが運営を手伝うことになった経緯は、いつものごとくパートナーであるマネキ・ング(まねき・んぐ)らの提案だった。

(ハロウィンを手伝いたいって……あいつらの場合、年中頭の中も外もハロウィンのような気がするがな)
 提案された時にセリスは心の中でそんな事を思ったが、手伝うこと事態は反対じゃなかったため、今に至る。
「っと、これで全部か」
 荷台にたくさん詰まれたダンボールを倉庫の外へと運ぶ。

トリック・オア・トリーーート! 

 そして倉庫から出た瞬間に聞こえた大音量に、
「……他人の振りだ」
 と、スルーして従業員専用の奥のスペースへと消えていった。
「えっ? な、なに?」
「アウッ! ハロウィンの夜は、素敵な貴方と出会えるよ!
 ボクの愛あるコーディーネートの出番だね!!」
 セリスがスルーした声の持ち主は、出迎えられた客の腰が引けているのもあまり気にせず――というより気づいていない?――白い全身タイツを引っ張り出してきた。

 胸には『野獣』という字が黒で大きく書かれ、背中には白い突起……どうやら天使の羽『らしいもの』(言われないと羽には見えない)がだらりと垂れ下がり、頭の部分には2本の触覚(先端は☆型)がついている。

 一体、誰が、どういう意図で用意したんだ、それ。

 思わずツッコミをいれたくなるような衣装を手に、笑顔で客へ勧めているのはマイキー・ウォーリー(まいきー・うぉーりー)だ。ありがた迷惑としかいえない衣装だが、彼に悪意はない。

「ポウッ! 今宵も素敵な君へ大変〜〜身っ!!」

 本当に。心のそこから素敵になれると信じているマイキー。客も悪意はないと分かったらしいが、それを着るのは勇気がいる。
「あ、ありがとう。でっでも、着たいものはもう決めてるから」
「そう? それは残念だけど、どうかカーニバル楽しんでいってね!」
「お、おう」
 
「……野獣じゃなくて、悪魔の方がよかったかな」
 いや、そういう問題じゃない。というか、文字違いがあるのか。
 だが彼は一度の失敗では諦めない。
 次の男性客に上半身は素肌、下半身はパンツ一丁。頭には丸い――この街のマスコットを乗せるという格好を勧める。
「名づけて土星くん・マン! だよ。肌の色をこれで染めるともっと雰囲気でるかも」
「素晴らしい! これぞ私の求めていたものだ!」
 奇跡的に、マイキーとセンスが合致する客もいたようだが。

 う〜ん、世界は広い。

+++

「ハロウィン用のコーディーネートか。……どんなものがいいんだ? 
 ああ、分かった。俺に任せな」
 そしてこちらはマイキーとは反対に落ち着いた声の――巨大な手がコーディネートをしていた。
 客はその姿に一瞬といわず驚いていたが、どこか大人な雰囲気ある軍手をつけた手に「よろしくお願いします」と頭を下げた。
 巨大な手――ゆる族の御手洗 ジョウジ(みたらい・じょうじ)は、ふっ任せなと渋く笑った。
「大人な雰囲気に見せるなら、こんなのはどうだ。それと前髪もあげて、軽くメイクもしてもらうといいかもな。
 メイクは担当がいるから、そっちで聞いてみるといい」
 差し出された衣装は、客である少年の好みピッタシだった。失礼ながらまともなのが出てくるか心配だった彼が、思わずわぁっと声を上げてしまうほど。
 ジョウジはそんな少年に目を細め、それから少し待て、と声を鋭くさせた。
「え、どうし」
「む……これはいけない。衣装にほつれがあるようだな。
 少し待ってくれ。すぐに直してやるぜ!」
 マントの部分にほつれを発見。少年から衣装を受け取り、建物内に用意された裁縫道具で器用に直していく。
「これで大丈夫だ。ハロウィン、楽しむといい。
 っと、忘れちゃいけない……とっときな!
『ファクトリー』というイケる店でお菓子がもらえる引換券だそうだ」
「はい、ありがとうございました」
 笑顔で去っていく少年を見送る。

「さて、一仕事終わったな……外で一服してくるか」

+++

 貸し衣装屋の奥では、マネキが書類仕事をオモに担当していた。
「ふむ。やはり利用者に我が店『ファクトリー』にて交換できる、お菓子(あわびせんべい)の引換券を配るのは中々効果があるようだな」
 ぶつぶつと呟いていることから、どうやらやはりというべきか。ただ運営を手伝うだけではないようだ。
 しかしまあ、店のPRだけならば何も問題はない。ないのだが……。
「カーニバルを企画したことは褒めてやる。褒美として『0(ゼロ)』を増やしてやろう……フフフ」
 今作業している書類には、請求書と書かれてあった。請求先は、カーニバル運営委員会。

(我ながら可愛い悪戯である。
 奴らめ……「あら? マネキさんに萌えキュン」とか思っているに違いないな!)
 
 ほくそ笑みながら書類を封筒にいれて、しっかりと封をする。それから、運営本部から報告書を取りに来た委員の男に封筒を手渡した。
「報告書だ。頼んだぞ」
「はい。たしかに」

 去って行った委員の背を見つめながら、マネキは楽しみだと笑みを浮かべていた。


◆ドブーツの事情
 カーニバル開催の数日前。黒崎 天音(くろさき・あまね)は、武流渦のテーブルに頬杖をついていた。
 今日はいつもの女将姿ではない。ぼけーっと見つめている先には、

「やはりいつもより出入りの監視が弱くなるのが問題ですね」
「まあ普段からそう厳しいわけでもありやせんがね」
「祭りがなくてもやってくる観光客が多いですからねぇ。祭りの影響で一体どれだけやってくるのか」
「最近、妙な動きをしているやつらがいますし、あっしらがより厳しく取り締まるしかないでしょうな」
「う〜ん、そういうのも大事かもっすけど、何か出し物しませんか? せっかくの機会なんすから、地域の人との交流も大事っすよ」

 カーニバルの影響で治安が悪化しないように、地域の人々との交流を、と相談しあう巡屋一家がいた。

 別に天音は聞き耳を立てているわけではなく、本当になんとなくみていただけなのだが、ふいに美咲が顔を上げた。目が合う。
 天音が微笑んで手を振ってみると、美咲はびっくりした様子で目をパチパチさせ、それから慌てて顔をテーブルに向けなおした。
「おや、振られちゃったかな?」
 彼女の耳が赤いのには気づかぬふりをして、くすりと笑う。
 板前姿のままのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が、ふと思い出したとそんな天音に告げる。
「……そういえば、ドブーツも来るらしいな」
 ドブーツの秘書から聞いたんだが。
「へぇ〜」
 天音の目がブルーズに向き、頭の中に少年の顔が浮かんだ。
 友達が大事なのに素直になれない少年……少し前まではそれだけだと思っていたのだが。
「友達を殺した、か」
「やはり気になるか?」
「まあ、ね。そっちもでしょ?」
「そうだな」
 2人の知っているドブーツという少年は、悪ぶろうとしているが、誰かを殺すような人物ではない。
 そんなドブーツがいつも気にかけているジヴォートという少年の行動は、遠回しとはいえ、自ら危険な場所に足を運んでいる節がある。
 ドブーツはジヴォートの願いを叶えるかのように、わざと妨害行為――命の危険はない――をしているのではないか。危険すぎる行いをさせないため……と、見えなくもない。他に何かあるのかもしれないが、妨害行為がジヴォートを守っているのは確かだ。

「まあ何かあったとしても、本人の口から語るには重すぎる話のような気がするな」
 ブルーズがため息をつきながら、カウンターテーブルに『ハロウィン☆かぼちゃ定食』を置いた。それから秘書に聞いてみるか? と提案する。
「もしかしたら何か知っているかもしれん」
 いつでも連絡は取れるが、というブルーズに。天音は「そうだね。そうしようか」と頷いた。


 そして今、目の前には丸い物体があるわけで。
「とても似合ってるよ〜」
「笑いながら言うな!」
 怒っている少年をからかいながら、街を歩く。やや離れた前方にはジヴォート一行がいる。

「そうそう。ドブーツ君に少し聞きたいことがあったんだけど」
 同行者の一人、美羽が、やや真剣な口調で口火を切ったのはそんな時。

「前にジヴォ君と話したとき、こんなこと言ってたの。

『最初に出来た友達を俺が殺した』

 すっごく悲しそうに言ってたから、気になって……何か知らないかな?」

 ドブーツの足が止まる。それに合わせ、全員の足が止まり、視線が彼へと集まる。
 ドブーツが小さく呟く。……う。

「違う。殺したのは、俺だ」

 その事実を噛み締めるように、言い聞かせるように、ドブーツはつげ、足の動きを再開した。
 話を聞いた美羽がさらなる混乱に至るが、ドブーツが元の様子に戻っていたので少し安堵し、明るい話題を振る。
「知ってた? その着ぐるみの輪っかには実は回転機能がついてて、とある仕掛けがされてるの。仕掛けを見つけたら幸せになれるんだって」
「……嘘だろ」
「えー、つまんない。ジヴォ君なら『マジか! どれだろ』とかって仕掛け探してくれるのに」
「あいつ――未だにバカなのか」
「ふふ。でも、最近は家庭教師がついて、大分社長さんらしくなってきてますよ。すごく頑張ってらっしゃいます」
「……そうか」

 笑顔を見せたドブーツを見ながら、天音は小さく呟く。

『殺したのは、俺、か』


+++
 ドブーツの父親は、ジヴォートの養父(イキモではない)の右腕のような存在だったらしい。
 そうした信頼関係があったがために、当時は存在を隠しに隠し通していたジヴォートをドブーツと会わせたのだ。

「本当は、主人の秘密を漏らすなどあってはならないのですが……誰もお話されませんでしょうから」
 仕方ないと呟いた秘書は、
「当時私はおそばにいませんでしたので、これらはすべて。ジヴォート様に仕えている知人から聞いた話なのですが」
 それを考慮した上で聞いて欲しい、と言った。

「ジヴォート様は、ドブーツ様から聞いた学校、というものに興味をもたれたそうです。一度も外に出たことがないのですから、仕方がないと思います」
 それを見に行きたい。それがきっかけだった。
 子供たちは、大人達に内緒で外に出た。

「……しかしワキヤ様は強引な手法を取られる方でしたので、恨みを買っておいででした。その恨みの矛先は、当然右腕であるあの方にも」
 たとえ親のことであったとしても、恨みを持つ者にとってみれば子どもは良い弱点である。子どもだけで屋敷の外に出たドブーツたちは、待ち構えていたものからすれば飛んで火にいる夏の蟲だ。
 外に出た子供たちは、誘拐されかかった。
「幸い、2人には大きな怪我もなかったのですが」
 1つの命は失われた。

「そして先ほども説明しましたとおり、ジヴォート様の存在は秘匿されています。つまり」
 襲撃者達の狙いは、ドブーツだった。

「……ワキヤ様はジヴォート様をそれはお叱りになられ、ドブーツ様とあの方に深く謝罪されたそうです。
 そのことに感銘を受けたあの方はますます忠誠を誓われたとか」
 秘書は奇妙な笑顔を見せた。

「可笑しなことです。事件の当事者達の間には見えない溝ができましたのに、親の結びつきは強固になるなんて」

+++


 ドブーツは自分がいなければと思っただろう。それと外に出ることを止めていれば。
 ジヴォートはジヴォートで、自分が外に行こうといわなければと思ったことだろう。

(……悪いのは誰、なんて問いかけ。無駄なのにね)

「おい、遅いぞ。貴様ら。何をしてる」
「あー、ごめん。今行くよ」
「申し訳ありません。すぐに」
 天音は前方からとんできた声に軽く手を振り、緩めていた足の速度を速める。

「……マスター刹那、聞コエマスカ?」
 ずっと黙っていたイブが、刹那へと連絡をする。その機械的な目は

「土星くんの着ぐるみを中途半端に脱ぐと、妙な生き物になるな」
「しょうがないだろう。そうしないと食べられんのだからな」
「大変だねぇ〜。なんでそんな大変なの着てるの」
「お前らが着せたんだろうが!」
「まあまあ、落ち着いて。血圧上がるよ?」
「誰のせいだ。誰の!」
 と文句を言っているドブーツを見つめている。
 何を思っているのかは、そこから察することはできない。

「例ノ作戦ヲお願イ イタシマス」
『うむ。分かった』