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【3章】護れ! その笑顔


「この辺りは高い樹が密集しているのよ。で、こっち側は少し地面が隆起してたわね」
大雑把に描かれた地図の東側を指で示しながら、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は言った。
「おお、そうじゃな。確かにその辺はそんな感じじゃ。お前さんたちよく調べて来てくれたのう」
 真面目な顔でハーヴィと会話している恋人の姿を見ながら、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は少し意外に思っていた。普段ならいい加減で大雑把な性格のセレンが、今回の作業に関しては驚くほど細かい所に気を配っているように見える。
「それから、ここら辺は妙に苔類が多かった気がするけど……」
「ああ、そこは昔、広範囲に渡って沼だった場所でのう。ジメジメしているし、地盤がかなり緩いんじゃよ」
「それなら、そこは避けて柵を設置した方が良いわね。建てたけど簡単に崩れましたなんていうのは、お話にならないし」
 集落を守る防護柵の設置にあたって、セレンとセレアナは周辺の地形や植生を念入りに調べて来ていた。今はその情報をハーヴィの持っているそれとすり合わせて地図上に落としながら、防護柵設置班の全員で効果的な柵の設置場所を考えているところだ。
「でもよ、安全の為の防護柵って言うけど、柵程度じゃ森の動物に飛び越えられたり登られたりする可能性があるだろ? いっそ城壁級の物を作っちまおうぜ!」
 そう言ったのは不良っぽい外見の柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)だった。
「まあそうなんだけど、危険なのは動物だけじゃないからね。この前のように誘拐犯やらなにやら、悪意を持った人間が、またいつ集落に手を出さないとも言い切れないわけでしょ? それを考えると、ただ立派な物を作るだけじゃダメだと思うよ」
セレンの言葉に、セレアナも大きく頷いて同意する。
「むしろ、ツタなどの植物を絡ませたり、防護柵の傍の樹木と紛れるようにすることで、ちょっと一見しただけでは柵の存在が分からないようにした方が効果的だと思うわ」
「よし、ならばこれでどうかの」
 ハーヴィは地図の北側を指して続けた。
「集落を出て森を抜けた先に山岳が連なっておる。その断崖に――知っている人は知っていると思うが――訳あって封印された洞窟があるんじゃ。丁度ここ辺り、集落から見て北北西の方向じゃな」
 注意深く洞窟の位置を指し示しながら、ハーヴィは言う。
「この洞窟がちと厄介なのと、それに関連して先日現れた不審者集団の一角が、どうやら北へ逃げて行ったようじゃからのう。北側に城壁級の柵とやらを作って貰うと、我としては安心じゃ」
「よし、任せろ!」
「うむ。ぜひ巨人にも対抗出来そうなやつを頼む」
恭也に北側の防護柵を任せたハーヴィは、次にセレン、セレアナの方を向いて口を開いた。
「通常、人が入って来易いと思われるのは山よりもむしろ平坦な森の方じゃろう? そういった場所には、お前さんたちの手で目につき難い柵を設置して貰えんかのう。地形も把握してくれてるようじゃし、柵の形状や何かはそっくり任せるから」
「分かったわ」
 首を縦に振ったセレンを見て、ハーヴィは安堵の表情を浮かべる。
 その時、『悪の戦闘員養成所』を解体し終わったルカルカが話し合いに合流した。
「木材、余分に調達して来たわよ。それで、私はどこを担当すればいいの?」
「あっち側じゃな。それから、集落入口付近を頼みたいのう」
 ハーヴィが指し示した方向を地図で確認して、ルカルカは頷いた。
「オーケー、任せて。ただ思うんだけど、『防護柵』って言い方が物騒よね。集落を囲むから『リーフサークル』でどう?」
「ふむ、別に構わんが、何故リーフなんじゃ? ウッドでもフォレストでも良くはないかのう?」
「ふふ。それは、後のお楽しみ♪」
 そう言ってルカルカは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


 柵にしろ校舎にしろ建てるには材料が必要なわけで、吹雪とコルセアが作った資材置き場は大変重宝することになった。その隣には、郁乃も加わり急ピッチで建設が進められた倉庫が二棟、行儀よく並んで建てられている。一方の倉庫は食料を備蓄しておくための穀物庫で、郁乃の提案によって小さな水車が付けられることになった。
「リンゴを低く手入れして作った垣根とか、作りたいものは沢山あるんだけど、中々人手って足りないもんだね。そういえば、吹雪はどこに行ったの?」
 郁乃の言葉につられてコルセアも周囲を見渡したが、確かに吹雪の姿が見えない。ちょっと見てくる、と言ってコルセアは、一人道具類が収められる予定の倉庫に入って行った。
「皆に黙って地下に秘密の保管庫を作り上げたのであります」
 吹雪は薄暗い地下室でにんまりと笑いながら、満足げにその保管庫を見回していた。
その時ふいにギイッという音を立てて天井の隅が開き、上階から光が差し込んでくる。見上げると、コルセアが少し怪訝な表情を浮かべながらこちらを覗いていた。
「この地下の倉庫は何を保管するのよ?」
「この前みたいな事が有った時に『こんな事もあろうかと』と色々出す為であります」
「荷台にやたらと戦車や爆弾が積まれていたのはこういう事だったわけね……」
 吹雪が地下倉庫に運び込んだと思わしき兵器の山に気付いて、コルセアは思わず溜息を吐いた。


「さぁ、ここに城壁作るつもりで挑むぞお前ら!」
 恭也はそう言って戦術甲冑【狭霧】に乗り込むと、大きな木材を勢いよく地面に突き立て始める。
 長さにして約5メートル程だろうか。片側が杭状に尖っているこの木材は、突き刺さった状態でさえ戦術甲冑の全長よりも高さのあるものだった。
等間隔に立てられたその杭の側面に、第一から第四までの分隊に分かれた特戦隊たちが別の木材を打ちつけていく。恭也はそうして並べられた杭の外側と内側を補強するよう分隊たちに指示を出した。両面に木材を打ちつけることで、強度の高い壁が出来上がるだろう。
 一方、森に入ったセレアナは、高められた空間認識能力を活かして場に相応しい柵の形状をセレンに伝えた。防護柵の傍の樹木には刃物を仕込むなどして、万が一枝伝いに柵を乗り越えようとする不届き者がいても対処出来るよう、万全の備えを行う。
 また、セレンは木々の間に細い紐を張って拍子木を吊るし、鳴子を作った。不審者が近づいてうっかりこれを鳴らしたら、速やかに迎撃態勢に移れるようにという配慮だ。
さらに念には念を入れて、防護柵の周囲には罠も設置しておく。これは草むらや木陰など、目立たない場所に設置する一方、一部はわざと発見されるようにして設置した。罠だと誤認してくれた方が相手はそれを解除に当たるから、結果としてカモフラージュになるので都合がいい。
ルカルカはといえば、別の場所で三十一人の手勢を率いて柵の設置にあたっていた。
特戦隊とチョコレート仮面に目印の紐を張らせ終わると、彼女は「グラウンドストライク」を唱えながらその外郭を周る。見事な連携で手勢が紐に沿って鬼柊の若木を植樹しながら、岩の鋭角が集落の外に向くように微調整を行った。
「ここからが本番よ」
 そう言うとルカルカは「エバーグリーン」を唱え出した。見る見るうちに若木だった柊の樹高が伸び、緑の壁を形作っていく。
「柊は魔除けだし、棘も樹も防衛柵に丁度良いわ」
ルカルカの言葉と共に、 樹木と大地による「リーフサークル」が今ここに完成した。