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おもちゃに無理やり意思を持たせたらこうなった。

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おもちゃに無理やり意思を持たせたらこうなった。
おもちゃに無理やり意思を持たせたらこうなった。 おもちゃに無理やり意思を持たせたらこうなった。

リアクション



その1



 


 突然の爆発音、そして、それから響く銃撃音に、空京の郊外にあるおもちゃ工場の外では、ちょっとした騒ぎが起きていた。
 周囲の人々を非難させようとするもの、状況を確認するために携帯端末を取り出すもの、工場の中へと突入するもの、と、さまざまだ。

「おもちゃが暴れだした!」

 逃げ出したものは口々にそう言った。それを信じようともしないものいたが……事実であった。
 工場内ではすでに人形たちとの戦闘が始まっていた。
 
「やあ、もうすぐクリスマスだね」

 工場の入り口、サンタクロースの大きな人形にもなんらかの力が働いているのか、人が通りかかると笑ってそう話しかける。

「プレゼントはなにがいいかな?」

 その人物は訝しげな表情を浮かべたが、少し考え「ハンバーグ」と答える。
「デカイやつ」
 付け足すように、言葉を加える。

「わかったよ」

 サンタの人形は笑顔で頷いて、言葉を続ける。

「じゃあ君の体を挽き肉にして」
「ふんっ!」

 回し蹴りが人形の頭を襲った。

「全く……わけがわからないわね」
 セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)は軽く息を吐いて、倒れて動けなくなった人形に目を向ける。
「人形が動き出して、しかも人を襲ってるって言うの? なにが起きてるのよ、もう」
 セイニィは駆け出した。工場の中に残っている人たちが心配だ。

 そして、そんなセイニィの背を眺める、一人の人影がいた。
 彼女は緒方 樹(おがた・いつき)だ。その手に一見カエルに見える、ゆる族のパートナー、緒方 コタロー(おがた・こたろう)を抱きしめている。
「おもちゃしゃん、なんれこーにゃったか、こた、たんてーしゃんすうれすお!」(訳 おもちゃさん、なんでこーなったか、コタ、探偵さんするですよ)
「探偵さん?」
 コタローはこくこくと頷いて、
「きしょー石の力、このおもちゃしゃんからかんじるれす!」
 コタローは樹の腕から飛び降り、動かなくなったサンタの人形を手にした。
「こた、きゃぷちぇんなんれす。きしょー石の力つかったてくにょろじーは、おまかせなのれすお!」(コタ、キャプテンなんです! 機昌石を使ったテクノロジーは、お任せなのですよ!)
 そう言って、コタローはおもちゃを持ち上げたり服をめくったりしている。
 そんなことをしているあいだにも、奥からは銃声やら悲鳴やらが飛び交っている。
「ふう……仕方がないな」
 コタローがしたいことを手伝うのが、親の役目なんだろうな。と樹は思う。コタローの身が危なくならないようにしないと、と、樹は銃を取り出してコタローの前に出る。コタローは気づかず、サンタ人形につきっきりだ。
「げんいんわかりゅといーれすね……」(原因わかるといいですね)
 【こたのくらーとPC】(インプロコンピューター)を取り出して人形に向き合うコタローは、人形遊びしているようにも見える。
 そのようすがとても微笑ましいもので、樹は思わず笑みを浮かべたが……息を吐いて表情を引き締め、前を向いた。






 女の子向けのおもちゃコーナー






 この工場はいろいろなジャンルの商品を扱っていて、ジャンルごとに部屋が分かれている。
 女の子向けのおもちゃコーナーにあるのはぬいぐるみや人形たちの家、着せ替えできる人形など、ファンシーなものが多い。
 そして……そんなものが自分勝手に動いているわけで、

「きゃー♪ 可愛い! すっごく可愛いよ、羽純くんっ♪」

 と、いう感想を持つものもいた。遠野 歌菜(とおの・かな)だ。

「可愛いか? 俺にはちょっと不気味に思えるんだが……」

 月崎 羽純(つきざき・はすみ)は浮かぶ人形を見て言う。
 彼らが目にしているのは着せ替えできる人形だ。中心に一体の人形がいて、衣装ケースの服を広げている。

『いいドレスがないわ』

 人形がそう口にする。
「ドレスを選んでいるのね」
 歌菜が人形に近づいていって言う。
『お姉さん、とっても綺麗ね』
「えへー、ありがとー♪」
 人形も歌菜に近づいて言う。素直に褒められ、歌菜は笑顔を浮かべた。
『その服も、とっても素敵』
「ありがとー」
 歌菜の服、【アヴニールのショコラメイド(ディーヴァの夜会服)】を見て人形が言う。歌菜はくるりとその場を回転して、人形に全身を見せた。人形が羨ましそうに身を乗り出す。
『とっても素敵ね、その服。ねえ、お姉さん』
「うん? なにかな?」
 歌菜が少し身をかがめて人形と視線を合わせた。
『その服……頂戴』
「歌菜!」
 羽純が飛び出してきて歌菜を引っ張る。刹那、歌菜が立っていた場所にナイフやらなにやらがひゅんひゅんと飛んできていた。
『ちっ……』
 ひどい顔で舌打ちをする人形。
『どこかなお姉さん……うふふふふ』
 そして周りにおもちゃの凶器を浮かべ、ふわふわと空に浮かんで移動を始める。
「み、見かけによらないね……」
 物陰に隠れた歌菜はその様子を見て言う。
「見てみろ」
 羽純は少し離れた床を指さす。そこには壊れた着せ替え人形が、ばらばらに壊れて転がっている。それらは皆、服を着てない。
「うわぁ……えげつない」
 人形は腕やら足やらを折られたり、顔を真っ二つにされて壊れている。
「もしかして、あの人形が?」
 一体だけ浮かんでいる人形を見て歌菜は言う。
「だろうな……童話ごっこでもしたんじゃないのか?」
「童話……え、なに?」
 羽純が突然妙なことを口にして歌菜は首を傾げる。
「世界で一番美しいのは誰? って。それでケンカでもなったんじゃないか」
「あ、なるほど」
 言われてみればそういう話があったか。人形同士のケンカがここまでひどいとは思えないが、あれほどの衣装を持っているのだからその可能性はあるだろう。
 そしてなによりも、歌菜が思ったことがあった。
「羽純くん、場所が場所だからか、考えがファンシーだね」
「……っ」
 羽純は少し恥ずかしそうに顔を赤くする。歌菜はくすくすと笑った。
『そこね』
 おもちゃのナイフが歌菜の近くを通った。羽純は歌菜の手を引いて走り出す。
「っ!」
「わあっ!」
 羽純は歌菜をお姫様抱っこの要領で持ち上げ、スキル【ゴッドスピード】で速度を上げて走り去った。
 人形に見つからないよう、右へ左へと逃げ回る。
「こっち!」
 そんな二人に声がかかった。【ホークアイ】も使って視界を広くしていた羽純の目に、手招きする人物の姿が映る。組み立てレーンかなにかの隙間にいたその人物の隣に、二人はそのまま滑り込んだ。
「セイニィか」
 そこにいたのはセイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)だ。が、
「……どうした、その服」
 彼女の服装はぼろぼろだった。ところどころが破けており、そうでなくても露出の高い服がとんでもないことになっている。彼女の左手は、胸元を隠していた。
「人形に襲われて、服を剥ぎ取られそうになったのよ」
 きっ、っと悔しそうに唇をかんでセイニィは言う。
「か、勘違いしないで! べべ、別に人形が可愛くて油断したとかそんなんじゃないのっ! 隙をつかれただけなんだからね!」
 誰も聞いてないのに付け足す。人形にとてとてと近づいて行って返り討ちにあったセイニィの姿を想像して、羽純は少し微笑んだ。「笑うな!」とセイニィが叫ぶ。
「えーと羽純くん、降ろしてほしいな……」
「あ、悪い」
 歌菜は抱えられっぱなしだった。抱えたままで狭いスペースに入ったからか、密着度がすごいことになっている。息がかかるし。
「相変わらずね」
 セイニィが言う。それに対しては両方とも答えなかった。そんな話をしている場合でもないし。
「あの人形が、ここのリーダー的存在なのか?」
「多分ね。可愛い服とかを見ると奪い取ろうとするみたいよ」
 セイニィが自分の服を握りしめて言う。
「逆に作業服とかの人には襲い掛からないみたい。さっき、従業員の人が通ったけど、なにもしなかったわ」
「作業服か……着て俺が前に出るというのも手か」
 羽純は言う。
「作業服ねえ」
 歌菜は羽純を見て思考を巡らす。


 作業服に安全メット。首にタオルを巻いて、額にちょっと汗を浮かべて。
「あ、お疲れっす」
 目が合うと、メットを抑えながら軽く会釈。


「悪くないかも……」
「なにを想像してるんだ」
 目を輝かせている歌菜に羽純は突っ込む。
「いや、ちょっとワイルドな羽純くんもいいかなって」
「なんの話よ」
 セイニィが口にする。


「ふえええぇぇぇぇ!」


 そんなやりとりをしていると、女の子の悲鳴が聞こえた。何事かと、三人が顔を出す。
 見るとキッチンを模したおもちゃから盛大に火柱が上がり、それに驚いて女の子が尻餅をついていた。
『見つけた』
 その姿を見て先ほどの着せ替え人形がそちらへと向かう。
「まずい!」
「行かないと!」
 羽純と歌菜は飛び出した。
「ええっ! ちょ、待って!」
 セイニィは服装を気にして飛び出すことができず、
「あぁん、もぉ! あたしは一体どうすればいいのよー!?」
 一人でそう叫んでいた。


「び、びっくりしたぁ」
 火柱に驚いていた女の子、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は息を吐いて立ち上がる。
 おもちゃなのでガスなどは出ていないはずなのに、火が飛び出した。やかんはぴーぴーと鳴っているし、蛇口からは水が出ている。
「なんらかの力が働いてるってことなのかなあ……普通だったら、こんな風になるはずないもんね」
 ネージュはあごに手を当ててうーん、と唸る。
「うう、考えてたらまたトイレに行きたくなったよぅ」
 ほんの少しだけ足をもぞもぞと動かして言う。
『さっきのお姉さんじゃないね』
「へ?」
 そんな彼女に背中から誰かが話しかける。
 振り返ると着せ替え人形が回りにおもちゃのナイフやら包丁やらはさみやらを浮かべ、ぷかぷかと浮いていた。
『でも、その服も可愛いわね。いただくわ』
 着せ替え人形が左手を掲げ、そして、ゆっくりと振り下ろす。浮かんでいたナイフだとかが一斉にネージュに向かって飛んだ。
「え……」
 突然のことで彼女は動けなかった。飛んできたナイフをただ見つめ、それが、眼前に迫ってくるのを、
「おっと危ない!」
 なにか大きな影が彼女を覆った。カキンと甲高い音を響かせ、ナイフやらなにやらが跳ね返ってゆく。
 ネージュが顔を上げるとそこには人間型のロボットが立っていて、それが彼女を庇うように立ち、
「大丈夫でありますか?」
 低い声で、そう口にしていた。
「【火術】!」
 そして、彼女たちの後ろから火の玉が飛んでくる。
『く……』
 着せ替え人形は炎を避けるが、体にわずかに火が触れてスカートの一部が焼けた。手で火を振り払うと、
『わたしの服をよくも……』
 低い声でそう言いつつも、ネージュたちから距離を取る。そして、工場の機械の陰に隠れ、見えなくなった。
「大丈夫? 怪我とかない?」
 ネージュに一人の女性が近寄ってきた。
「望美さん!?」
 ネージュとは顔見知りだったらしく、女性――鮎川 望美(あゆかわ・のぞみ)は手を上げて「おひさ」と口にした。
 その後ろには先ほど火の玉を飛ばしたコーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)もいる。
「え? じゃあ、このロボット」
 ネージュは自分を庇ったロボットを見た。
「自分でありますよ、大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)であります」
 ロボット――剛太郎は親指を立てて言った。
「たまたま装備品にパワードスーツがあったからね。全身をカバーしたんだって」
 望美が息を吐いて解説した。
「がはははは! おもちゃの攻撃なんざ受け付けないでありますよ!」
 全身装甲の剛太郎が言う。
「ふん」
「ぎゃゃややああっ!」
 そんな剛太郎が悲鳴を上げた。見ると、ほんのわずかな装甲の隙間に歌菜が手刀を入れていた。
「歌菜様たちも来ていたのですね」
 コーディリアが言う。羽純たちは手を上げて答えた。
「ななななにをするでありますか!」
「いやー、なんとなく」
 歌菜が笑いながら言う。
「ネージュだったのか。怪我がなくてよかった」
 羽純がネージュに向かって言う。ネージュも、
「うん。剛太郎さん、ありがとう」
 と全身ロボットの剛太郎に例を言う。
「で、これ一体どういう状況なのでありますか?」
 剛太郎がひどい惨状の工場を眺めて口にした。
「おもちゃが暴れまわってるんだ。原因はわからない」
 羽純が答えると、
「特別な力が働いているみたい」
 ネージュがそう呟いた。
「特別な力? どういうことでありますか?」
 剛太郎が聞く。
「わかんないんだけど……なんとなくそんな感じがするの」
 ネージュはそう言葉を続けた。
「とにかく、あの人形を止めないと」
「そうだな」
 歌菜が言い、羽純が答える。
「そうね。とにかく、さっきの人形を追いましょう」
 望美が口にし、皆が頷いた。
「あの……その前にトイレに行ってもいいですか?」
 ネージュがそう口にし、皆が脱力した。



 同じコーナーの、少し離れたもう片方の入り口にも、数人の人物が足を運んでいた。
「えろう壊れてまんなあ。なにがあったんやろか」
 高崎 トメ(たかさき・とめ)が壊れた機械を眺めて口にする。
「傷が細かいわ、壊そうとして壊したというよりも、巻き込まれた感じやねえ」
 高崎 シメ(たかさき・しめ)が機械をなぞって言う。
「そうみたいね」
 高崎 朋美(たかさき・ともみ)がシメと並んで機械を眺めた。
 少しあごに手を当てて考えごとをしつつ、足元に転がったぼろぼろになった人形を拾う。
「こんなにされて、可愛そうに」
 そう言って残った右手をくにくにと動かす。人形は動かないが、朋美に動かされてわずかに嬉しそうにも見えた。
「……なによ」
 そして、微笑んでその光景を眺めているトメとシメ。
「いやー、朋美がそんなお人形さんで遊んでいるところ、初めて見たさかい」
「ええなあ」
 二人して頷きながら言い合う。
「ええなあって……」
 朋美は恥ずかしそうに人形を(ゆっくりと)近くの機械の上に置き、
「もう、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! とにかく、ここになにがいるのか探索しないと!」
 少し早口にまくし立てる。トメ&シメはうんうんと頷き微笑んでいたが、
「っ! 誰か来ます」
 トメが言い、三人は物陰に体を滑らせた。
 息を殺し、身を乗り出して様子を見る。少し離れたところからだんだんと人影が近づいてくる。
「うーん……女の子ってなにをプレゼントすれば喜ぶんだ?」
「可愛いものがいいな♪」
「お前にあげるんじゃないんだからな」
 怪しいものではなさそうだ。この状況でプレゼントを探している、というのが少々怪しいが。
「わらわはぬいぐるみがよいぞ」
「だからお前らにあげるんじゃねーって! 今日はもともと、シンクたちへのプレゼントの下見なんだからな!」
「ええー」
 それにしても賑やかだ。
「これなんてどう、動物の家」
「ほほお、なかなかのものじゃな」
 二人の女性が近くにあった動物の家を眺めた。
 木でできた二階建ての動物の家。キッチンと寝室が並んでおり、二階には子供部屋がある。そこに、リスかなにかをモチーフとした動物たちが暮らしているらしい。
「キ?」
 キッチンに立っていた、母親と思わしきリスが振り返り、二人は凍りついた。
 リスの手には包丁。そして、キッチンにはどこからか連れてきたのか、人形の残骸が転がっていた。
「ぎゃあああ!」
「は、ハコ! 癒しの動物ハウスがスプラッタハウスに!」
「ちぃ!」
 男が二人の手を引き自分のほうへと引き寄せる。そこに、包丁を持ったリスが飛び掛ってきて、
「【サイコキネシス】!」
 誰かが叫んだ。すんでのところでリスの動きは止まり、そのまま念力によって家に押し戻される。
 勢いよくキッチンに衝突し、包丁を落として動かなくなった。
「ふう……危なかったな、大丈夫か?」
 駆け寄ってきたのは千返 かつみ(ちがえ・かつみ)だ。【サイコキネシス】を放った千返 ナオ(ちがえ・なお)は右手を掲げたまま息を吐いた。
「なんとか無傷だ……アブねえアブねえ、ありがとな」
 男―ーハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)は立ち上がって例を言う。
「人形が襲ってくるとか……なんでこう、騒ぎに巻き込まれるかなあ」 
 ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)が大きく息を吐いて言う。
「ハイコドの日ごろの行いが悪いからではないか?」
 じー、っとハイコドを眺めてエクリィール・スフリント(えくりぃーる・すふりんと)が口にする。
「日ごろの? なにが悪いってんだよ」
「わらわに内緒で温泉に行ったりしたではないか! くー、行きたかったぞ、北海道!」
「話したろうが……それに、ただの里帰りだっての」
 息を吐いてハイコドは言った。
「仲がいいんですね」
 ナオが言う。ハイコドは「まあな」と小さく返した。
「俺たちはさっきついたばかりなんだ。これはいったい、なにが起こってるんだ?」
 かつみがそのように聞くが、
「人形が暴れてるってな。それだけしか知らん」
 ハイコドは軽く肩をすくめ、答えた。
「気づいたら大騒ぎだったんだよ。慌てて移動したら壁とかも壊れててさ、たどり着いたのがここ。ついでだから、子供へのプレゼントを見ていこう、ってね」
 ソランは言う。


『ほかにもいたんだ』


 そうやって話をしていると、なにか声が聞こえて全員が振り返った。
「人形?」
「浮いてるのお」
 かつみとエルクが口にする。
『ふうん、なかなかいい服ね。ドレスの材料にちょうどいいわ』
「ドレスだと?」
「物騒なこと言いますね」
 ハイコドが少し前に出た。口にしたナオも、その言い回しに顔をしかめる。
『大人しくなさい』
 人形が手を掲げた。その手に合わせ、周囲にナイフやら包丁やらはさみやらが浮かび上がる。
「ナオ!」
「こんなには無理ですよっ……」
 ナオが手を掲げ、【サイコキネシス】を再び発動させるが、数が多い。いくつかは彼の力をすり抜け、向かってきた。
「ちっ!」
 ハイコドがソランたちの前に出る。ソランの叫び声が聞こえる中、宙を浮く凶器たちがハイコドへと向かう。


 ――が、そんな空間に銃声が轟いた。銃弾がハイコドたちの前を横に抜けて行き、凶器を跳ね飛ばしてゆく。
『なにっ!?』
 驚いたのは人形もだった。皆の視線が向くと、ショットガンを持った朋美、トミーガンを握ったトメがこちらに走ってきていた。
「っ!」
 さらに剣を構えたシメが人形へと向かう。振るわれた【フロンティアソード】を人形は宙に浮くナイフを握ってはじき返し、下がる。
「大丈夫!?」
 朋美がハイコドたちの前に出る。
「どうやら、あの人形がここのリーダーみたいやなあ」
「そのようやね……どないします?」
 トメとシメが並んで口にする。
『く……どうして邪魔をするの! わたしはただ、ドレスが欲しいだけなのに!』
 人形が悔しそうに口にした。
『だったら!』
 人形が大きく手を振り上げた。
 たちまち、地面に落ちていたぼろぼろの人形が紐で引かれたように動き出す。ぎくしゃくと動き、体の一部が欠けているにもかかわらず動き出す人形たちの姿は、不気味さに満ちていた。
「ずいぶんいるな!」
 ハイコドが言う。
「こっちにもいる!」
 かつみがハイコドとは反対側を見据えて叫んだ。四方八方が、人形やぬいぐるみなどで埋め尽くされている。
「微笑ましい光景やけどなあ」
「んなこと言うとる場合ありまへん……」
 シメとトメも銃を構えながら口にする。
『さあ、わたしの僕たち』
 人形が声を張り上げる。
『その者たちを捕らえなさい!』
 壊れた人形たちが、動き出した。
 が、


「なんでしょうか?」
 ナオが耳に入ってくる穏やかなメロディーに耳を傾けた。皆も気づき、動きを止める。
『くっ……ううっ……』
 人形たちはまるで苦しんでいるかのよう。欠けた体を小刻みに震わせている。
 だんだんと歌う声は近づいてきて、歌を奏でる人物が姿を見せた。
「歌菜さん!」
 朋美が叫ぶ。
 歌を奏でていたのは歌菜だ。歌菜が【ハーモニックレイン】を使い、魔力の込められた澄んだ歌声を響かせている。
「効いている……」
 それは人形たちの動きを止めていた。中には糸が切れたように崩れ落ちる人形たちもいる。
「今のうちであります!」
 歌菜の後ろから現れたロボットが声を上げた。かつみたちが驚いていると、【パワードマスク改】を一度外して顔を見せ、
「人形たちを抑えるであります!」
 叫んだ。
『く……余計なことを!』
 リーダーの人形はうめき声を上げていた。手を振り上げ、地面に転がったナイフなどを再び飛ばす。
 歌声を響かせている歌菜にまっすぐそれは飛んだ。「歌菜さん!」とハイコドが叫ぶ。
 が、歌菜は動かない。避けない。目の前に、影が飛び出るのはわかっているから。
 羽純が歌菜の前に出て、槍でナイフを弾き飛ばしていた。
「歌菜には触れさせない」
 羽純が言う。歌菜は少しだけ笑みを浮かべ、大きく息を吸う。次のフレーズが始まると、他の全ての人形は力尽き、地面に再び横たわっていた。
『どうして、どうしてよ!』
 残った人形は壊れたように体をぶんぶんと振り回し、狂気の表情を浮かべると周囲の武器を手当たり次第に飛ばす。
「剛太郎」
「わかっているであります!」
「あたしもいくよ!」
 剛太郎と望美が前に出て、ショットガンで武器を撃ち落す。撃ち逃したいくつかはコーディリアがレイピアで叩き飛ばした。
 朋美やシメたちも協力して弾幕を張り、人形の近くにはもう武器がなくなった。
『くぅ……』
 人形が悔しがって逃げようとする。
「今だナオ!」
 かつみが叫んだ。人形が通った場所には、二人の仕掛けた罠が仕掛けてあった。【迷彩塗装】によって隠された【大蜘蛛のハンモック】が、人形の足を取る。
「歌菜!」
「うん!」
 歌菜が前に出た。
「【エクスプレス・ザ・ワールド】!」
 そして叫ぶ。その術は歌菜の歌の力を現実のものへと変える。彼女が新たに奏でた歌は『悲哀』だ。槍でできた牢に閉じ込められた、歴戦の戦士の歌だ。
 その歌の力が槍を具現化し、その槍は人形の上へと降り注いだ。殺すためではない。彼女を閉じ込めるために。
『いやあっ!』
 人形が最後に叫んだ。槍は彼女の体を避けるように地面に刺さり、彼女の周りを覆った。
「ふう、これで安心」
 そして、人形が完全に閉じ込められてから、歌菜は歌を終えた。
「いい歌ね」
 ソランが言った。歌菜は「ありがと」と小さく口にする。
「しっかし、ひどい有様だな」
 ハイコドが周りを見て言った。壊れた人形たちが、あたり一面に転がっている。
 そんな人形の一体を拾い上げてじっと見つめているのは剛太郎の後ろに隠れていたネージュだ。
「かわいそう」
 彼女は人形を見て、そう口にした。
「そうですね……どうしかして、直せないでしょうか」
 コーディリアもネージュと並んで言った。
「任せて」
 かつみは【ポムクル大工セット】を取り出して言う。
「それで修理は難しいんじゃないか?」
 羽純は言うが、
「大雑把にならなんとか、あとはナオがやってくれるよ」
 かつみは言ってナオを指さした。彼の近くには【繕い妖精】が飛んでおり、壊れた人形を手にしている。
「自分たちは残骸を集めるであります。コーディリア」
「はい」
 剛太郎が残骸を集め始めた。手の空いているものたちも残骸集めや、かつみたちと修理を手伝う。
「コアはないわね」
 望美が残骸を見つめて口にした。
「コア?」
 ハイコドが聞き返す。
「人形たちを操っているのは、なんらかの人為的なものかと。核となるエネルギー体や動力源を持っている人形がいると思われます」
 コーディリアが人形の残骸を確認しながら言う。
「この場のコアの人形となると……」
 歌菜は槍の牢を見つめた。しばらくはどんどんと叩く音が聞こえていたが、今はすっかり音がしなくなっている。あきらめたか。
「可能性はあるわね。とにかく、あれにはしばらく触らないほうがいいわ」
 望美も残骸を確認しながら言った。
 皆はそれに頷いて、残骸の回収と修理に戻った。
 女の子向けのおもちゃコーナーは、すっかり静まり返った。しばらくは工具や人形を拾うかちゃかちゃとした音だけが、響いていた。