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魔女 神隠し

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■ 魔女 神隠し【4】 ■



 それが、敵か、味方か。
 疑問に思うまでもなかった。
「対処します!」
 前のめりに前方に体を傾け疾駆する相手に、ベアトリーチェは大鋸の前に出て、両足を広げ姿勢を落とし、ディオニウス三姉妹の縁ある箒、ディオニウスブルームを構えるとその先端から光弾を発射した。
 使用者の魔力を糧に放たれた光りの攻撃は照明により元々明るかった通路を更に輝かせる。
 着弾に煌めく光の中に突っ込んだのは瞬発力に自信のある美羽と舞華だった。
 美羽が、光の尾を引いて出現したソレに、ちゃっちゃとトドメと翻るミニスカートなど構いもせず頭部を狙って足を振り上げた。
 舞華も拳聖の動きで美羽に遅れることなく、同時に胴に渾身の一蹴りをと、軸足は床を掴んで、舞華を支えた。念の為にと手首足首に巻かれた銀の飾り鎖、細い銀環が涼やかな音を立てる。
 敵の先制攻撃を防いで反撃をブチかます為、怒りも想いも乗せた二人の綺麗な弧を描く靭やかな足は、しかし、空を切っただけだった。
「!」
 瞬時、刃の輝きを視界の隅に捉え、二人はそれぞれ回避し、距離を取った。
 一体が二体に分かれ、回転回避、そのまま攻撃に転じ、振り回されたブロードソードは獲物を見失って、大きく空振る。それぞれ左右に振られた刃の切っ先は、横幅に余裕を持たせた通路の壁にぶつからず、二体のゾンビは剣を構え直した。
「シェリエ」
「そうね」
 相談するような小声のファイにシェリエは頷いた。
 殺意も敵意も感じさせない冷たい雰囲気が、説明不要と物語る。
 契約者達は名を知る術もないだろう、ルシェードの館で唯一守役の肩書と名前を持つ不死者ソルベ。簡素な白のワンピースという軽装の見目も綺麗なゾンビ。少女の外見と裏腹な、握りしめる使い古したブロードソード。
 額に『真理』の文字を輝かせ、契約者達の前に立ちはだかる者。
「分裂とか有りかよ。割り振るか、AとかBとか……!」
 隣で某に嫌そうに呻かれて、フェイはそんな事を言っている場合かと不機嫌な顔を更に顰める。
「どうやら……普通のゾンビとは違うようですね。彼女が守り役、ということでしょうか」
 二体に分かれて一層小柄になった守役に、ウィルがファラを見た。
「あの身のこなし厄介と受け取るべきか……しかし、こんな地下では巨大な雷撃など使えんしのう……」
 言うも、ファラが懐から取り出すのは五本の跳投げナイフ。彼女は美麗に笑い、投げ放つ。まっすぐと滑空するように飛来した跳投げナイフをソルベAは難なく避けた。
「避けて終わりじゃないのう!」
 サイコキネシスの加減を加えてファラは跳投げナイフの向きを反転させる。再度向かってきた刃をソルベAは叩き落とした。
 そのナイフに向けられた注意の隙を狙って接近したウィルは肉弾戦に持ち込む。
 歴戦の立ち回りの身のこなしに接近戦に持ち込まれたソルベAは近すぎる距離に上手く剣を振るえなかった。
 修練の結果身についた怪力が乗った拳はウェポンマスタリーの達人並みの巧みさでもってソルベAの死角を狙う。
 正拳突きや裏拳、掌底に前蹴り、回し蹴りという打撃中心の近接攻撃。ウィルの攻撃に反撃を許す隙はなかった。
 流れるような組手の如くウィルに翻弄されて、ソルベAは窮地に追い込まれた。
 ふわっとファラのサイコキネシスを受けて持ち上がった跳投げナイフに気づいたソルベBが三本纏めてバットを振り抜く様にブロードソードを振り回した。打ち振るった先はソルベAと交戦しているウィルだ。
 攻撃として動かした自分の得物が反撃として使われた事に、ファラは慌ててて静止を掛けるが、最後の一本が間に合わない。
「ウィル!」
 危機を知らせられ、ウィルはなんとか半身を撚り、躱すことに成功する。跳投げナイフはそのままソルベAの剣を持つ手首に刺さった。ガランと死者の手から武器が落ちる。
「二体居るならいっぺんに狙ってやるぜ」
 不死鳥型機晶生命体の現身、フェニックスアヴァターラ・ブレイドを飛ばし、両手の先をそれぞれのソルベに狙いを付けて、ロケットパンチを発射した某は、間断入れず詠唱に入った。
 天井付近を飛来し背後に回るフェニックスと、まっすぐ狙って撃たれたロケットパンチの挟み撃ち。自ら攻撃を受ける以外であれば、避ける範囲は限られ、それは簡単に予測できるものになる。
 戦略通りに攻撃を避けてくれたソルベに某は腕を振り上げ、下ろした。
 グラビティコントロールの重さに二体のソルベの姿勢がひしゃげる。
 刹那、銃声が二発分、通路の中を反響した。
 某の重力操作で動けなくなった所を狙ったフェイのスナイプ技術に、額に浮かぶ文字の一文字ごと頭部を撃ち抜かれ、ソルベは沈黙した。
 互いに寄り添い合うように崩れた二体のソルベは、案外あっけなく終わったと安堵した契約者の前で、融け合うように統合し、ブロードソードを握り直した。
「ああ、もう本当にアンデッドだね!」
 一度や二度で倒れない厄介さは、その名に相応しい。
「ダーくん!」
「いつでもいいぜ!」
 顔を上げて再び襲ってきたソルベに、いい加減にしてと叫んだ美羽は大鋸と目配せし合い、床を蹴った。
 二人に気付き、ファラは地面に落ちたままの跳投げナイフに再度サイコキネシスで命を吹き込むように上に跳ね上げさせた。
 丁度ソルベの移動線上に割り込む跳投げナイフ。突然の投擲武器の出現にソルベは気を取られた。
「死人の癖にナイフの一本も怖いってか!」
 その隙を突いて、大鋸はブロードソードを持つ腕を掴み捻ると裏に周り、美羽に正面を向けさせ逃げられないように固定した。
「これで、終わり!」
 美羽のハイキックが額の文字を捉え、消し、飛ばした。
 全文、全て綺麗に消去された。
 浮かぶ『真理』の文字が一番怪しいと検討を付けて狙っていたが、どうやらその認識は正しかったようだ。
 一文字というわけではなく全部消したことで、肉体を繋ぐ力を失った守役は砂のように呆気無く崩壊した。



 守護者を失った扉は無防備に契約者達の前に曝け出された。
「どう?」
 シェリエに聞かれてルカルカは鍵穴から目を離した。
「大丈夫。任せて! シェリエの手を煩わせる程のことでもないわ」
 こういう時の為にと用意したピッキング技術でもって、若干楽しそうにルカルカは鍵穴を弄っていた。
「あれよね。玄関は開いてたのに此処は鍵がかかってるって不思議ね」
 独り言の様に聞かれてシェリエはそうねと同意する。
「でも、つまりそういう事よね。トレーネ達はこの中って言ってるも同然じゃない」
 もうすぐ会えるねとルカルカはシェリエに笑って見せた。
「それにしても、よくわからないわね」
 ルシェードの館に侵入して僅かな時間しか経っていないが、きっちりしてるのか抜けているのかわからない館のセキュリティに、ルカルカは軽く考えを巡らす。
 それが彼女らしいと思えばらしいが。ずいぶんと不安定な成長の仕方だ。善悪の区別もついているのかすら疑わしい。誰も正しい教育を施していなかったのかと疑問が浮かぶ。善悪を知っていてもそれを無視するような少女の姿を思い浮かべ、微かに遣る瀬無さが残る。
 手応えを感じてルカルカはシェリエを見上げた。
「開いたわ」
 三姉妹はもうすぐ再会を果たすだろう。