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■ 魔女 神隠し【6】 ■



「させるわけないでしょ!」
 この際本当にそんなことが可能かとかいう問題より、逃亡を阻止するのが先決である。
 まさか目の前で口論されるとは予想してなく、戸惑ったが、させるかとのセレンフィリティの張り上げた声に、セレアナ、フレンディスとベルク等がほぼ同時に顔を上げた。
 ひらりと身軽に机の上に立ったルシェードは両手を打ち鳴らし、ジャンプ! 着地と共に更に死者の連続召喚を行う。
 ルシェード自身戦闘の先陣を切るのを見るのは初めてだった和輝は、それ故に彼女が館ごと逃亡する気でいる事を確信した。
 でなければ少女自ら時間稼ぎに前線には立たない。
 長年の経験から来る勘で潮時かと流れを読み取る。
 さて、どう立ち回りを変えようか考えの先回りをするように、レティシアが剣を構えていた。
 緩く笑う様は死合いに歓びを見出す様で、潜在解放に纏うオーラは本気そのもの。
 これは、ルシェードの援護に向かおうと思っても簡単には振り切らせてくれないだろう。
「フレイ!」
「はい、マスター!」
 時間的余裕は無いと判断したベルクの掛け声に、意図を察したフレンディスは呼吸を変えた。
 要は死なせなければいいのだ。加減の仕方は良く知っている。
 互いに呼吸を合わせたフレンディスとベルクは躊躇い無く出現した死者の群れに突っ込み、乱撃を振るった。
 双翼の光刃の幾多の光刃放つ様は、青と桜色の乱れ咲き。死者も少女も巻き込んで、目にも艶やか成り。
 ただ、それを見捨てる人間が居ないわけではなく、館全体を範囲に取り込んで計算する中、少女への助けに入ろうとした破名は、メシエが仕掛けた奈落の鉄鎖の重力の重さに身動きできなくなった自分に気づくのが遅れた。
 椅子を避けるのももどかしく机に上がったエースは、腕を伸ばし破名の両肩を掴んだ。
「駄目だよ。君は! 君は、子供達の元に帰るべきなんだから」
 破名の銀色の目にエースは自分の緑色の瞳を重ねる。
「嫌だって言っても絶対連れて帰らせるよ!」
 目を開けて動いているのがそもそもいけないのだとエースは、破名から彼自身の意思を奪うべくヒプノシスを間近い位置で掛けた。そして、その眠りは疲労困憊に参っていた体には致命的であった。
 抵抗できず、破名の体から力が抜ける。
 連撃を受けても平然と立ち上がったルシェードに肉薄したセレンフィリティとセレアナは掌に抱えたタイムコントロールを少女の体に撃ち込んだ。
 最大十年時間を加速させる力を二人分。
 急成長に耐えられずルシェードの白い装束が引き裂けた。
 襲撃に乗った勢いそのままで反撃される前に総出で押さえ込みにかかる。死者召喚の方法は知っている。先ずはその四肢を封じる!
 一緒になって取り押さえるネーブルは三十を過ぎた女性と成り果てたルシェードの腕を掴み、唇を噛み締めて、睨むようにネクロマンサーを見た。
「だい、じょうぶだよ」
 どうしてそんな言葉を投げかけたのか。
 後になってもよくわからなかった。
 ルシェードの顔を見て、ただ、もう一度強く叫んでいた。
「大丈夫だよ!」と。
 そして、研究室はアニスが神降ろしにて増幅されたホワイトアウトの猛吹雪に包まれる。



 窓が割れる音がして、吹雪が止んだ。
 荒らされた研究室には残された者だけが、残された。



 窓から脱出を図った和輝は入り口近くで張られた落とし穴に気づく。ディメンションサイトでこれを確認し、避けた。
 賢狼の背に乗るアニスと『ダンタリオンの書』の安全を確認し、和輝は逃走に視線を前に戻す。
「リオンの知識欲による介入から始まったこの騒ぎも、決着をつけてもらいたいものだわ」と。
 館に来る前、小さく囁いたスノーの言葉を思い出しながら、和輝は兎に角現場を去る事に集中した。



 実験室の扉を開けると凍えるような冷気の出迎えを受けた。この部屋も他と同じく死臭が濃い。
 地下室ながら照明の魔法で明る照らされている室内。
 広い部屋の中央に石の寝台が十数個並べられていて、誘拐された魔女達はその上に一人ずつ横たわっていた。
 その光景にシェリエは走りだそうとしている自分をぐっと堪えて、罠や敵が居ないか用心深く室内を伺う。
 数分時間をかけてから、大丈夫と、わかりシェリエは走り出す。
「トレーネ姉さん! パヒューム!」
 消えた時と同じ服装の二人。額の徴が気になるが、綺麗な寝顔で安らかに眠っている姿にシェリエは目を閉じて安堵した。
「よかったですね、シェリエお姉さま」
「ええ」
 大事にならず本当によかったと舞華はシェリエに声をかけた。反対側のシェリエの横に立つフェイも同じ思いでいた。
 死臭の匂いに慣れない上、何もない伽藍堂の大部屋に寝台が並んでいるという、どう見ても安置室にしか見えない部屋に顔を顰めている某。
「パヒューム! 大丈夫?」
「寝ているようですね」
「起きそうにねぇか?」
 眠ったままのパヒュームに美羽はベアトリーチェを見た。怪しいのは額のソレだが、大鋸が思い切って触っても消えなかった。
「って、それに見覚えがあります」
 じっと徴を眺めていたベアトリーチェは引っかかった記憶に、声を漏らす。
「キリハさんならこれが何か教えてくれると思います」
 何度か見たこともあるはずだ。この徴は破名が使う古代文字に良く似ているのだから。
「トレーネお姉さま……」
 トレーネが眠る寝台を遠くから眺め、無事がわかって泣きそうになっている忍の横で、こっそりとリョージュはビデオカメラを回し、隠し撮りに勤しむ。
 誰にピントを合わせるか決めてないがこれはまぁ、気分だった。が、あまりに忍が心配気なので、リョージュは軽く両肩を竦めた。
「寝てるだけだろ?」
「そう、だけど……」
「まーたっく。うだうだしねえでさっさと行くぞ」
 言ってシェリエ達に近づくとリョージュは断りを入れて、無造作にトレーネを抱え上げた。
「りょ、リョージュくん、何してるの!」
 慌てる忍の声に被さるように、
「皆さん無事ですか? ゾンビの出現が無くなりました。今の内に早く逃げましょう!」
状況を伝えに降りてきた凶司の言葉が被さった。
 促されリストと照らし合わせながら全員居るか確認していたルカルカは、最後の一人の顔を見て、頷いた。
「そうだね。急ごう」
 脱出に動き出す面々を眺め、ウィルとファラはどうやって魔女達を運び出そうかと頭を捻った。



 ルシェード・サファイス。
 魔女達の誘拐を行った少女は、契約者達が忙しく動きまわる中、忽然とその姿を消した。

 館は、どこを探しても何も出なかった。
 何も出なかった。
 確かに呪いの研究をしていたらしい痕跡はあったが、それは痕跡だけで収穫らしい収穫にはならなかった。
 ルシェードの手段を選ばないまでに情愛を傾けていた研究に関するものは何一つでなかった。
 また、ルシェードのパートナーと思しき『はちみつちゃんのおへや』は、ガラスというガラスが全て割れ砕け、内包していた臓器や肉体はぐずぐずに腐り崩れ原型を失っていた。
 彼女を探す手がかりはまだ見つかっていない。