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ニルミナスの一年

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ニルミナスの一年

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事後処理

「なんだか、やるせませんわね……」
 ウエルカムホームにある藤崎 穂波(ふじさき・ほなみ)の部屋でユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)はそう言う。
「犠牲者は、出てしまいましたし……取り返しようもないのでございます」
 アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)はユーリカの言葉にそう返す。……前村長が死んだ。その結果はけして覆ることはないと。
「……おじいちゃんはずっと死にたがっていました。……だから、村のための犠牲者じゃないです。…………もしも、村のために死んだとするならただの無駄死にになってしまいますから」
 だから犠牲者という言い方はしないでほしいと穂波はお願いする。
「……では、我らが何をしても前村長の死は止められなかったのであるか?」
 イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)はそう穂波に聞く。
「いいえ。そうではありません。死のうとするのを止める方法はあったんです。……お母さんがやろうとしたことがその一つですし」
 ミナホお姉さんはそのことを忘れてしまっているけれどと。
「……とにかく、もうあんなことが起こらないように皆さんには集まってもらったんです。前回の事件の整理と現状の把握をしっかりとしましょう」
 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナー御神楽 舞花(みかぐら・まいか)はそう言う。穂波を始めとし非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)とそのパートナーを呼び集めたのは舞花だった。ニルミナスの今後のため、今できるとことしようと。瑛菜やアテナ、ミナホも誘ったのだが、残念ながら瑛菜とアテナは時間が合わず、ミナホは気分が悪いと今は眠っていた。
(……ミナホさんが今眠っているのは儀式の影響かもしれませんね)
 実際のところは分からない。けれど、人一人に関する記憶をすべて失うというのは単純にすべての記憶を失うのより負担があることじゃないだろうかと思う。
「近遠さん、『儀式対象範囲の変更』で、『破産』までどの程度の余裕が出来たのか分かりますか?」
 ミナホへの心配を振りきれない中で舞花は近遠に聞く。
「まず、儀式の対象ですが……街道の先にある街まで広がっているようです。あそこは都市に近い規模の街ですから。破産が儀式対象の規模に影響されるのを考えると今までの20倍から30倍程度には余裕ができてるのではないかと」
「では、そう簡単には破産は起きないんですね」
「そうであるが……粛清の魔女の力を考えるなら今までのように借りるのは危険であるのだよ」
 破産は起きないにしても繁栄の力を使えば使うほど粛清の魔女の力は増えるのだ。また、万が一を考えるならニルミナスどころか隣街まで『破産』で滅ぶというのはけして許されることじゃない。
「すぐに繁栄の力の利用をやめるのは難しいでしょうが、できるだけ早くゼロに近づけないといけないと思いますよ」
 近遠の言葉に舞花は頷く。
「儀式の研究をしてできるだけ円満に儀式を終わらせる方法を見つけたいですわ」
 ユーリカの言葉。
「?……穂波さん、どうしたのでございますか?」
 話の中一人俯いている穂波に気づいてアルティアは聞く。
「……いいえ。なんでもありません。誰も死なずに儀式を終える方法を探すのを手伝わせてください」
 穂波は笑顔でそう言った。

「それと……ミナホさんの失った記憶を取り戻す方法はないんでしょうか?」
 舞花はどうにかしてミナホのなくした記憶を取り戻せないかと思っていた。
「それなんですが……おそらく不可能です」
 それを近遠はムリだと答える。
「……どうしてですか?」
「単純な記憶喪失……あるいは記憶の封印であるなら取り戻す方法があるかもしれません。……けれどミナホさんに起こったのは『衰退の力による記憶の消去』です。衰退の力の性質上、それは絶対でしょう」
「そう……なんですか」
「だから、僕たちにできるのは、これ以上ミナホさんが記憶を失わないようにすることです。儀式を終わらせることができればそれが叶うでしょう」
「……そうですね。失ったものは取り戻せなくても……これ以上奪わせないことはきっとできますよね」
 少しでも明るい未来を目指して。舞花はこの村に関わっていく。




「『よろしく』か……余所者で、蝙蝠で、娘の命を奪おうとした俺に、何でよろしくなんだかな……まったく、最後の最後までアナタは厄介な人だったよ」
 前村長の部屋。ミナホが近づかなくなった部屋で佐野 和輝(さの・かずき)は前村長……将の遺品整理を行っていた。
「重要なものはこちらで保管ができるが……ある程度は処分しないといけないか」
 少なくともこの部屋に置きっぱなしという訳にはいかない。ミナホの状態を考えるならこの部屋に入らせるのは得策じゃない。
「……あの人がやっていた裏の仕事は俺がある程度引き継いでいるからいいが」
 隠居していたとはいえ前村長は表の仕事もある程度付き合っていたというのはこの部屋を見れば分かる。
「一人の人間の死を持って、大部分問題を解決。数字的に見れば、軽微な損失だけと判断できますが……数字ではない観点から見れば、少なくない損失を受けてしまいました。裏側の我々からすれば、難しい状況になったものです」
 スフィア・ホーク(すふぃあ・ほーく)の言葉に和輝は全くだと頷く。
「アニス。辛いなら、外で待っててもいいんだぞ?」
 厄介な状況といえば今和輝の後ろにいるアニス・パラス(あにす・ぱらす)もそうだろう。将の死を見届けた彼女はおそらくこの村で一番ショックを受けているはずだ。
「「うん……大丈夫、大丈夫だよ」
 小さな声でそう答えるアニス。
「(……スフィア。アニスは大丈夫なのか?)」
「前村長の死直後と比べれば大きく安定しています」
「……そうか」
 今はそれで十分だろう。自分に出来る事はこうしてそばに居てやることくらいだと和輝は思う。
(……あとは、『皆』に頼むしか無い)


(……なんだろう、いつもより、『皆』の声がはっきり聞こえる)
『もう……将くんたら……バカなんだから。あなたのせいでこの子こっちに近づきすぎてるわよ』
(あなたは……だれなの?)
 普段アニスは『皆』のことを『皆』として認識している。『皆』の中にそれぞれ違いがあるのは理解しているが、それでもその『皆』が『誰』などという『個』として認識することはなかった。それゆえに得られる情報は限定的で、交渉の末に更なる情報を引き出すのも難しい。
『ダメよ。私を誰かと認識したら、きっとあなたは戻れなくなる』
(……戻れなくなる……?)
 それはどういうことだろうかと。アニスはどこかふわふわとしていた。
『……あなたのパートナーと一緒に入れなくなるってことよ』
(…………いやっ!)
『そう……なら戻りなさい。こんな形で話すのはこれが最後になると祈ってるわ』
 その言葉に従い夢心地からアニスは覚めていくのだった。