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バレンタインは誰が為に

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バレンタインは誰が為に
バレンタインは誰が為に バレンタインは誰が為に

リアクション

 そして、同じ頃。

 空京の別の片隅では、楽しげなノーン・ノート(のーん・のーと)と、微妙な顔をする千返 かつみ(ちがえ・かつみ)がという妙な組み合わせが歩いていた。
(とは言え、実際歩いているのはかつみであって、ノーンはそのフードの中であるが)
 かつみの複雑な理由はこの散歩のことである。ノーンの言うところ「デート」らしいのだが、かつみ自身にはその気は全く無いのである。パートナーとして大事に思っている。同性同士がダメだと言いたいわけでもない。
(でも、そういう感情は持ってない…………なんて言えば傷つけずに断れる?)
 ああでもない、こうではない、と脳内でどれだけシュミレートしてみても、結果は同じだ。頭をかかえて呻きだしたかつみに、ついに耐え切れずにノーンは噴出した。
「な、なんだよ、何がおかしいんだ?」
 首を傾げるかつみに、ノーンは「冗談だよ」としれっと言った。
「お前の反応が面白そうだと思ったから、ついな」
「冗談って、何だよ……もう」
 今までの自分の葛藤はなんだったんだ、と呆れ半分、文句半分でかつみは溜息をついたが、行動こそ冗談なノーンはあったが、その動機は純粋にパートナーへの心配からだ。
 かつみがパートナー以外の外に興味を持ち始めたことは良いことだと思っているが、半面で、変わることを急ぎすぎているように、ノーンには見えるのだ。不意に真面目な声で「焦るな」と言ったノーンに、かつみがぱち、と目を瞬かせる中、ノーンは続ける。
「私は、お前が一人で生きてきた割に根がバカ正直というか、詰めが甘いというか、パートーナーや友人がからむと面白いぐらい空回ったり……」
「何だよ突然」
 突然始まったダメ出し大会にかつみが眉を寄せるのも構わず、あれこれと続けたノーンは、ふっと声のトーンを和らげて、その手でぽん、とかつみの頭を叩いた。
「……そういうお前と契約して良かったと思ってるぞ。だから、焦るな」
 優しく諭すその声に、先日熱を出したりしたことで、パートナーに酷く心配をかけていたこと、そして今もとても大事に思ってもらっていること。ある種の告白のようなノーンの言葉でそれを理解して、かつみは思わず俯いた。多分、嬉しいしありがたいと思っているのだろうけれど、それを上手く言葉にできない。かといって素直に言うのは照れくさい。
「ああ……もう」
 照れ隠し紛れに、かつみは近くにあった店に飛び込むと、陳列してあった適当なチョコを勢いで買うと、そのままそれをノーンへと手渡した。一瞬虚を突かれたように目を瞬かせたノーンに、かつみはまだ照れくさげな様子ではあるものの、頬をかきつつ「友チョコってのもあるんだし」と言い訳のように口を開いた。
「パートナーチョコがあっても、悪くないだろ」
 素直ではない言い方ではあるが、言いたいことは通じたらしい。こちらも軽い照れもあったのだろうか、受け取ったチョコを見せびらかすように高く掲げた。瞬間、周囲で殺気じみた気配を感じてかつみはごくりと喉を鳴らした。
「……なんか、暴徒達がこっちに反応してる気がする」
「ふふん。羨ましいのだろう」
 嫌な予感が膨らむかつみに反して、ノーンは嬉々として掲げたチョコをこれ見よがしに見せ付けると、わざちらしく声を上げた。
「やーい、こっちは両思いだぞー」
 パートナー的意味で。と言う一言をあえて飲み込む。と、当然、暴徒達は目の色を変えて迫ってきた。その勢いたるや、その攻撃がいくら危険が少ないと判っていた所で平然としていられるものではなかった。ソレを更に、やーいと繰り返すノーンが助長している。
「こ、こらノーン煽るな!」
 やがて、土埃や雄叫びを上げて接近してくる暴徒達に、かつみはとうとうくるりと踵を返した。

「逃げるぞ!」




 そうしてかつみたちが逃げ出したその先では、ちょうど辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)がショッピングの真っ最中だった。
 もちろん暴徒達は、仲よさげにしている二人組みは全てカップルであると即座に誤解するレベルの暴走振りであり、必然、彼女らにも狙いを定めていたが、刹那はさりげなく道を避け、迂回しと、ここまでは出来るだけアルミナに悟らせない、巻き込ませない、を貫いてこれたのだが、残念ながらどれだけ回避してみようとも、騒動はあちらの方から近づいてくるようだ。
「……全く、騒がしいことじゃのう」
 刹那は諦めに似た溜息をついたが、遠巻きに二人を見つけたかつみは顔色を変えた。
「危ない、逃げろ……!」
 慌てて警告の声を上げたが、刹那は表情ひとつ変えず、何事かと首を傾げるアルミナの光景が目に飛び込むよりも早く横道にするりと滑り込ませると、更にその視界を軽く覆うような仕草と共に、しびれ粉をアタリへとばら撒いた。暴徒となっているとは言え、身体能力はただの一般人たちである。刹那たちへ接近するよりも早く、あっさりと崩れ落ちてしまったのだった。尚、それにかつみとノーンが巻き込まれていたのは、言うまでも無いことである。風上でのしびれ粉散布はダメ、ゼッタイ。
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
 アルミナが首を傾げるのに、安心させるように刹那が頭を撫でた、その時だ。
「フハハハハ!! このぶらっく・ばれんたいんとドクター・ハデスの前でいちゃつくとは良い度胸だ!」
 その背後で特徴的な高笑いが響いたかと思うと、もうすでにどっちがぶらっくなのだかという有様で、仁王立ちに立つハデスの姿がそこにあった。ちなみにぶらっくは既に諦めて、はためく白衣のその後ろで、なんだか黄昏たような顔をしている。
「企業の策略に踊らされる愚かな民衆よ! 我が盟友、ぶらっく・ばれんたいんの前にひれ伏すが良い! フハハハハ!」
 何時盟友になったかどうかはとりあえず横の方に置いておくとして、絶好調のハデスはその間に刹那がアルミナの耳をそっと塞いで「先にあの店で買い物をしておいてくれ」と逃がしたことに気付かなかったようで、ばっと悪の大幹部らしくその手を振るった。
「行け、ペルセポネ!」
「分かりました、ハデス先生っ!」
 命令を受けて、迷うことなく前へ出たのはペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)だ。先程は咲耶(のチョコレート)に先を越されてしまっただけに、今度こそはバレンタインを絶望へ落としてやります、とその顔がやる気に満ちている。それもどうかと思うが。だが、そんな誰かの思惑とは裏腹にペルセポネは構えを取った。
「機晶変身っ!」
 高らかにコマンドを唱えると、ペルセポネの服が光の粒子となって消え去り、輝くブレスレットから現れた装備がペルセポネの体を包み込んでいく。お約束の変身シーンを経て、戦闘態勢をとったペルセポネは、何か妙に視線を感じるな、とは思いながらも、ビームブレードをびしっと構えた。
「お菓子会社の手先であるぴゅあさんの味方をする皆さん! この攻撃を受けて下さいっ!」
 言うが早いか、飛び出したペルセポネの一撃は、刹那の空蝉の術によって身代わりになった手近な看板に激突した、瞬間。ドロリと看板がチョコレートまみれになったのを見て、ペルセポネの方が目を見開いた。
「ええっ、なんで剣がチョコビームブレードになってるんですかっ?!」
 そう、ぶらっく・ばれんたいんの影響で武器は全て、チョコまみれ専用・チョコレート仕様となってしまっているのだ。
「って、もしかして…」
 戸惑って自分の体を見下ろすと、案の定。身につけたスーツやらなにやらが全てチョコレート製になっているではないか。しかもその下、素肌である。もしかしてこれは、と思った時には、刹那が接近して回し蹴りを放っていた。咄嗟にガードしたが、その場所にばきりと脆い音がする。流石チョコレート製、耐久力はあまり無いようだ。慌てて飛び離れたペルセポネは顔色を変えた。このままでは待っているのはストリップショーである。
「で、でも攻撃さえ受けなければ……って、きゃあ!?」
 そう言って気を取り直そうとしたが、そこへアルミナと刹那の後ろで隠れてついてきていた、夕飯の買い物帰りのイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)が容赦なく狙撃してきた。
「……任務遂行、開始シマス」
 その呟きにも似た声は誰の耳にも届かなかったが、その引き金が引かれるたびに、チョコレート弾がペルセポネに降りかかる。一撃目のおかげで狙撃方向はわかったため、二度目以降は出来る限りの直撃を避けているが、それでも身体にチョコが張り付いて気持ちがいいものではない。
「うう……きょ、距離がありすぎます……」
 近付いて倒すべきかどうか、思案していたその時だ。ふと、どろりと流れるチョコの感触の違和感に気付いてペルセポネは我が身を見下ろして、声にならない悲鳴をあげた。
 そう、纏っているスーツはチョコレート製なのだ。外が寒いとは言え、密着している部分は素肌である以上体温がチョコを温める上、激しい運動によって体表温度は上がる一方である。つまり。
「きゃああああ――!!!」
 ペルセポネの柔らかな肢体の上に、溶けたチョコレートがゆっくりと垂れていき、しかも降下を続けている。半端にスーツの形が残っているのが逆に危ない感じになっているために、暴徒達の中でも特に男性達が、協力することも助けることも忘れて見入っている有様である。
 余談だが、普通にリア充なはずの男性陣も思わず見入って、彼女に平手打ちを喰らったりしているので、ヘイトへの貢献はしていると言えなくも無いかもしれない。
「うう……目のやり場に困る……」
 そうしている間にも、絶え間ないイブからの攻撃とそれを避けるための動きと相まって、事態はどんどん悪化しており、しびれて動けないためにその光景を目の当たりにしたかつみは見ないように見ないようにしてはいるが、顔が真っ赤だ。
「おい! これ以上は放送できないよオチになっちまうぞ!」
 ぶらっくの方も耐えかねたのか、視線を逸らしながら言った。案外に純情なようである。
「む……仕方ない。一時撤退!
 その言葉を合図に、ぼわんっとぶらっくが黒い光で周りを覆うと、一瞬の後にはハデス達の姿は掻き消えていたのだった。
「全く、とんだ災難じゃ……」
 それはどちらかというと、かつみ達の方の気もするが、兎も角、これで一件落着とばかり、刹那は先に行かせたアルミナの後を追うと、既に店の中で目的は果たしたらしいアルミナは「おかえり」と微笑んだ。
「何かあったの?」
「いや、何でもないのじゃ」
 首を傾げるアルミナ様子に、わざわざ教えることでもないだろう、とにっこり笑って済ませた刹那は、店に入って丁度フェアをやっていたため、並んでいたチョコレートを手に取った。店に入ったところでバレンタインだということを思い出したららしいアルミナが、直前までじっと眺めていたチョコレートである。きょとんとしているアルミナにそれを渡すと、その可愛らしい顔がぱちぱちと目を瞬かせて、やがて満面の笑みでチョコレートの箱を抱きしめた。
「せっちゃん、ありがとう」
 その顔に満足げにしながら、刹那はアルミナを連れ、その背後で密かについてくるイブと共に帰路へついたのだった。