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種もみ学院~配り愛

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種もみ学院~配り愛

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ファイル4


 アメリカから勧誘したカウボーイ一家を訪問するため荒野を移動していた桐生 円(きりゅう・まどか)は、上空をSインテグラルナイトが通過していくのを見送った。
「行方不明の誰かを捕まえたのかな」
 そんなことを思いながら、もうじき着くオアシスを目指す。
 やがて着いたオアシスで、目的の一家の家はすぐに見つかった。
 ここで唯一牧場を構えているからだ。
 牧場に行けば、一家の息子が柵に寄りかかって自由に駆ける馬を眺めていた。
「おーい、息子くん。お届け物だよ」
「あ、マドカさん! 届け物って、僕に?」
「そう。今日が何の日か知らないわけないでしょ」
「テキサスから?」
「そこまでは知らないよ。ま、とにかく受け取ってよ」
 円はチョコを収めてあるケースから、彼のためのチョコを取り出して渡した。
「ありがとう! 誰からだろ……母さんだ……」
 彼の笑顔は苦笑に変わった。
「ふつうにくれればいいのに」
「サプライズっぽくていいと思うよ」
「僕に来てるなら父さんには?」
「あるよ。ここに……あっ」
 円は父親宛ての送り主の名前を見て戸惑った。
 正確には送り主の名前ではなく、その横にある店の名前だ。
 キマクにある大人の男性のための店の名だった。
 これは奥さんのマリに渡そう。
 円はそう決めた。
「マドカ、どうしたの」
「何でもないよ。ほら、これがお父さんの分」
「待ってて。みんなを呼んでくるよ」
 息子が家族を連れて来ると、マリとパートナーになった種もみ生もいた。
「モヒ夫、ここにいたんだ。探す手間が省けたよ」
「いや、モヒ夫じゃなくて……」
「細かいことはいいから。ほら、女の子からだよ。──あれ?」
 円は包みに書かれた字を見て首を傾げた。
 何か引っかかる。どこかで見た字だ……。
(モヒ夫の字?)
 意味がわからないまま渡しかけてハッと気づく。
「モヒ夫ってば、自分で自分に……!」
「そんなことない!」
 思わず口にしてしまった円の呟きをかき消すようにモヒ夫は叫んだが、焦りからか声が裏返っていた。
 二人の息子がにやにやしてモヒ夫を見ている。
 円はちょっぴり同情の目を向けた。
「ま、事情はそれぞれってことで。これはボクからね。恋人と一緒に作ったの。知り合いにあげてきたらって言われたんで、みんなでどーぞ」
 円は一口チョコを代表としてマリに渡した。
 問題のチョコも一緒に。
 マリの目がキラリと光る。
 修羅場もまた愛ゆえだよね、と他人事だから気楽に考える。
「マドカ、お茶でも飲んで行かない?」
「ごちそうさまです」
 マリに誘われ、円は嵐の前の時間を一家と楽しんだ。



 荒野を疾駆する悍馬をパラ実生が駆るスパイクバイクが追っている。
 馬上の冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)はうんざりしてため息を吐いた。
 追いかけて来るパラ実生が叫んだ。
「その袋の中はチョコだろう! あま〜い匂いがするぜェ!」
「なーんてな、本当はチョコ配りのバイトがあるのを知ってたのさ! 孤児院周辺を張ってれば、どこぞのお人好しがチョコをたっぷり運んでくるってな!」
「このチョコは、貴方達のものではありません!」
 小夜子はピシャリと言い返したが、パラ実生達はヘラヘラ笑っているだけだ。
「チョコがダメならあんたが俺らと遊んでくれよ〜」
「カラオケ行こうぜェ。そこであま〜い時間を過ごせたらいいや」
 小夜子は鳥肌がたつような嫌悪感を覚えた。
 手綱を引いて悍馬を止めると、鋭くパラ実生達を睨みつける。
「お断りと言っているのがわからないようですわね。口で言ってわからないなら、もっと直接的にわからせるしかありませんわね」
「直接的って……」
 パラ実生はけしからんことを想像した。
 小夜子はそれを灰にするような勢いで火術を放った。
「あちぃー! てめぇ、何しやがる!」
「つまらないことを考えるからですわ」
「……気が変わったぜ。チョコもあんたももらう! 泣いて許してくれって言うなら、考えなくもないぜ!」
 一人がそう叫べば、周りもヒャッハーと悪乗りする。
 小夜子は馬から降りると、静かに身構えた。
 パラ実生達は素手もいれば武器を持っている者もいた。
 じりじりと包囲を狭め、横手から攻めようとした一人を目で制し、小夜子は先ほど軽く燃やしたパラ実生に迫る。
 素早く懐に飛び込むと、2メートル近い巨体に七曜拳を叩きこむ。
 何度も修羅場をくぐった小夜子の拳は速さと重みがあった。
 巨体の膝ががくりと折れた。
「さあ、お次は誰ですの? 面倒ですからまとめてお相手しても良いですわよ」
 一瞬の早業にたじろいだパラ実生だが、挑発的な小夜子の言葉にカッとなった。
「なめたこと言ってんじゃねぇぞ! もう泣いても許してやんねー!」
「こちらのセリフですわ」
 一対多の喧嘩が始まった。
 小夜子は四方からの攻撃を見切り、拳や蹴り、魔法で相手の体勢を崩しては追い打ちをかけていく。
 不意をつかれて羽交い絞めにされた時も慌てずに、脛を蹴りつけ頭突きで振りほどいた。
 一人二人と確実にダウンさせていき、十分もたたないうちに立っているのは小夜子だけになった。
 顔にかかる髪を払い、足元でうめくパラ実生達を冷たく見下ろす。
「もうよろしいかしら」
「くっそ……何て強ぇ女だ。惚れたぜ……」
「いりません」
「バレンタインだからな……特別に愛があふれてぶほぉっ」
 小夜子はしゃべるパラ実生を踏みつけて黙らせた。
「私の愛する人はただ一人。その人以外の愛はいりませんわ」
 言い捨てると、小夜子は再び馬上の人となり去って行った。
 その後ろ姿を、パラ実生がうっとりと見つめていた。

 目的の孤児院に着いた小夜子は、院長に挨拶した後、チョコがたくさん詰まった袋を子供達の前で開けた。
 子供達は我先にとほしいチョコを取っていく。
「こんなにたくさんのチョコをいただけるなんて……ありがとうございます」
「私は運んだだけですわ。送り主はお菓子会社のようです」
「そうでしたか」
 お礼の手紙を書かなくてはと院長は言った。
 その時、小夜子の前に来た子供が聞いた。
「お姉ちゃんは誰かにチョコをあげたの?」
「まだですわ。でも、あなた達が喜んでくれたから、次は恋人に喜んでもらおうと思ってますの」
「チョコ、ありがとね!」
 小夜子は、言ったことを実現するため孤児院を後にした。
 ぽこぽこと馬を歩かせながら、ふと思う。
「バイト代は種もみ学院に寄付しようかしら」
 お土産話も持って、小夜子は恋人のところを目指した。



「やあ、待たせてすまなかったね」
 空京にある、今回のチョコ配達企画の担当者でありバイトの面接官でもある広田が、事務所の応接室に入ってきた。
 ティーカップを置き、ソファから立ち上がって優雅に会釈した美人に広田も笑顔を返し、それから「おや?」と首を傾げた。
「男性と聞いていたんだけど……聞き間違いだったかな」
 失礼とわかりつつも、広田はリクルートスーツを着こなす女性にしては長身の人物を、上から下まで観察した。
「聞き間違いではありませんよ」
「おやまぁ、ではご趣味で?」
「チョコ配達企画の広田さんがどう思うかなという、ちょっとした悪戯心ってことで」
 美人──黒崎 天音(くろさき・あまね)が打ち明けた内容に、広田は朗らかに笑った。
「おもしろい人だなぁ。あなたもパラ実生?」
「いえ、薔薇の学舎に」
「あそこは個性的な子が多いって聞くけど、本当みたいですね」
 広田はタシガンに行ったことはない。
「ところでお話しというのは?」
 広田が話を切り出すと、天音は姿勢を正して口を開いた。
「パラ実への寄付金のことです」
 天音は、パラ実への寄付金がどのように処理されているか、以前ジークリンデから聞いたことを話した。
 現状、パラ実に送られてくる寄付金は、主にジークリンデが処理している。
 寄付金の窓口もパラ実であり、各分校ではない。
 三つまでしか数えることのできない分校生に大金を預けることはできないからだ。
 また、寄付をしてくれる人が、パラ実の内情に詳しいとは限らない。
「もし広田さんのお知り合いに、種もみ学院の活動に興味があって寄付を考えている方がいらっしゃるなら、その方の目的通りの使い方がされるよう、ご協力をお願いしたいのです」
「一言、種もみ学院へと書き添えればいいのかな」
「ええ。そうすればきっと経理をこなしている人がうまく取り計らってくれると思う」
 今の種もみ学院は、必要なものがあればチョウコが中心になって校長に申請しているという。
 この前購入した苗木も、種もみの塔の周りや繋がりのあるオアシスに植えられている。
「オアシスが潤うには、足りないものがたくさんあるんだ」
 天音は、相変わらず貧乏だとぼやいていたカンゾーを思い出した。
 自由に使えるお金が増えれば、彼らの活動内容も充実するだろう。
「わかった。何人か心当たりがあるから話してみるよ」
「お願いします。ところで、用件はもう一つあって……」

 事務所を後にした天音は、外で待っていたブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)と百貨店を訪れていた。
「ふむ、確かに良い品だ」
 ブルーズは、チョコレートファウンテンの器具を見て頷いた。
 天音が広田に紹介された店だ。
 店員に広田の名前を出したら、価格もそこそこで品質も良い商品を見せてくれたのだ。
「では、これにしよう。天音、後はフルーツやビスケットを買うだけだな」
「そうだね。がんばった人達への労いだ。喜んでくれると嬉しいね」
 バイトにはけっこうな人数の種もみ生が参加したが、特にもらうあてのない者達は二人が提案した軽食パーティを楽しみにしていた。
 ブルーズの料理が美味いのは、プリンなどで知れ渡っている。
「軽食とはいえ彼らの食欲は侮れん……」
 ブルーズは何をどれだけ買うか、思案しながら市場を歩く。
 その横で天音は、あれもこれもと買うものを増やしていくのだった。



 遠野 歌菜(とおの・かな)が大事に抱えていた、たくさんのチョコが入った袋の中身も残り一つとなった。
 炎水龍イラプションブレードドラゴンの手綱を握る月崎 羽純(つきざき・はすみ)が、もうじき着くことを告げた。
「次は何もないといいな」
 ため息交じりの声に、歌菜は苦笑した。
 二人はタシガンの各家や施設にチョコレートを届けていたが、宛先ミスがあったり、お茶に誘われてなかなか解放してもらえなかったり、中には歌菜の血をいただこうとする者までいたのだ。
 もちろん、そんな時は羽純が睨みをきかせて歌菜を守ったが。
 炎水龍が下降を始めた。
 降りた場所は森の傍で、奥にある屋敷まで小道が延びていた。
 常に霧に包まれているタシガンの森は深い。
「何か出そうな雰囲気の森だね……」
「怖いのか?」
「そ、そんなことないよ」
「素直に言えばいいのに」
「違うってば」
 しかし、羽純の軽口で歌菜の気が紛れたのは事実だった。
 とはいえ、わざわざそれを言うのも悔しいので歌菜は先陣切って森の小道に踏み出した。
 小道はよく整えられていた。
 森の木々も手が入れられている感じがある。
「行き先がお化け屋敷じゃないことは確かだな」
「もう……。ふふっ、実は羽純くんが怖がってるんじゃないの?」
 からかうように言った歌菜だったが、鼻で笑われてしまった。
 そんなふうにおしゃべりしながら緩く蛇行する小道を抜けると、ついに大きく立派な門の前に出た。
 召使いに迎えられ、客室に通された。
 歌菜は家の主に渡してくれればいいと言ったのだが、送り主から前もって連絡が行っていたようで、ぜひ休んでいってくれと誘われてしまったのだ。
 いかにも貴族な部屋のソファに座り、タシガンコーヒーを飲みながら待っていると、やがて主がやって来た。
「素敵な贈り物をありがとね。孫から連絡が来た昨日から、年甲斐もなくずっとそわそわして仕方なかったのよ」
 にこにこしながら言ったのは柔和な顔立ちの年輩の女性だった。
 誰であっても孫はかわいいものらしい。
「それでね、こんな奥地まで届けに来てくれたあなた達にお礼がしたいの」
 彼女が振り向くと、扉付近に控えていた召使いがドアを開いた。
 すると、ワゴンでアップルパイとティーセットが運ばれてきた。
「口に合うといいのだけれど」
「私達、仕事で届けただけなのに……」
「ほんの気持ちよ。後はそうね……少しだけ、年寄りのおしゃべりに付き合ってちょうだい」
 そう言われては断れない。
 それに、アップルパイはとてもおいしそうだった。
 三人は甘いアップルパイと香りのよい紅茶で、ゆったりと楽しい時を過ごした。

 二時間ほど後、二人は屋敷を後にして炎水龍のもとにいた。
「すっかりごちそうになっちゃったね」
「あんなに喜んでもらえたら嬉しかっただろ」
「もちろん」
 ほら、と羽純が軽く手を掲げると、笑顔の歌菜の手と打ち合う音が鳴る。
「今日はバイトに付き合ってくれてありがとう。こんな素敵なバイトなら、毎年してもいいな。あ……でもそうすると、羽純くんとバレンタインデートができなくなっちゃう?」
 それは困るなぁと呟く歌菜を、羽純は炎水龍に乗るように促す。
「帰りはタシガンの風景を眺めながらのんびり行こう」
 先に乗った羽純が歌菜を引き上げた。
「落ちないように、しっかり掴まってろよ」
 羽純の後ろに乗った歌菜は、抱き着くように腕を回した。
 少し感じていた肌寒さが、たちまち暖かくなる。
 炎水龍が舞い上がり、眼下に森が広がっていった。
 帰りのコースは、羽純が今日の配達で見つけた景色の良いいくつもの箇所だ。
 お互いがいれば、いつでもデート気分──。
 はからずも二人は同じことを思っていた。