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リアクション
「……あ……お邪魔でしたね」
守護天使は“禁猟区”をかけようとして、手を止めた。
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は恋人同士だ。
彼が何かの助けになることはないだろう、と退転しかけた時、美羽はちょっと待って、と呼び止めた。
「どこか痛くないですか? 念のため治療しておきますね」
美羽の“ヒール”を受けて、雪だるま事件から情けない姿を見せてばかりだった守護天使はちょっと気持ちが楽になりかけたが、ふと顔を上げて。
彼女からあふれ出る幸せいっぱいのオーラを感じて、彼はちょっと目を細めた。
彼に“ヒール”をかけるのに幸せいっぱいになる少女がいるはずもないし、それが趣味っていう美羽でもない。むしろ抑えきれないほど幸せだからあふれちゃっている、ほうが正しい――それくらいの分別は、守護天使にはあった。
「……どうかしたの?」
「あー、……あの、幸せそうだなと思いまして……」
「分かっちゃう? 実はね、私たち婚約したんだ!」
「結婚式はもう少し先なんだけどね」
頬を赤らめながら臆さずに笑顔で答える美羽と、はにかむようにしているコハク。確かに並んでいても、二人の物理的な距離が前より縮まっている気がする。
「おめでとうございます」
守護天使は丁寧に頭を下げた。婚約直後だからこんなに幸せなのかーと納得したようだが、ちょっとうらやましそうな顔をしていた。
「……それでは、失礼し……」
「ボブさん待ってよ。弾き飛ばされたって感じだったけど、詳しい状況を教えてくれないかな?」
美羽は再び呼び止めて、彼から話を聞き出した。
話を要約すると、空から様子を見ようとして飛んだボブ(仮)は城の屋上部分を見付けた。そこから上がれないかと飛んで行ったら、見えない“何か”にぶつかった……と思ったら、強い衝撃を受けて落下した、と言う。
「結構速度出してたので、そのせいもあるかと思うんですけどね。だけど痛くなくて、バチーンっていうよりボヨヨーンっていうか……。
あ、あと、ちょっとだけ見えましたよ! 屋上部分に庭園っぽいのがあったんです!」
「痛くないなら余計安心だね。ね、ボブさんももう一度私たちとやってみようよ!」
こうして、美羽は地上から小石を投げ、コハクはヴァルキリーの翼で空を飛び、弾き飛ばされず屋上に上がれないか、しばらく試してみた。
結果として、外からは上がれないということが判明した。
屋上には東屋のある庭園のようなものがあったが、“何か”がドーム状に、穴や隙間なく覆っているのだ。
「あそこに秘宝があるのかな……?」
コハクは“何か”――おそらく魔法の力を眼前に感じながら、屋上を覆う緑を遠目に見る。
(仕掛けを設置してまで、屋上に人が上がってこれないようにしている理由は、そのくらいしか考えられないかな……)
(うーん、やっぱり神々しいなぁ……)
降りてきた守護天使を目の前にして、東條 梓乃(とうじょう・しの)は目を輝かせていた。
絵面だけ見たら、綺麗な花畑に光の翼をもつ守護天使が目を閉じて……あ、いや、目を開けていても? 横たわっている光景は、冒険の経験が少ない彼の目にはちょっと神々しく映っていたからだ。
そして、再び舞い上がって降りてくる姿は様になっていた(単に守護天使でかつ樹上都市が住まいだったからだが)。
(背景が古城だからそう見えるだけなんじゃないのかね?)
対して梓乃のパートナー・ティモシー・アンブローズ(てぃもしー・あんぶろーず)は皮肉っぽい笑みを浮かべていた。
(大体、折角の休みをこんなところで潰そうだなんて、シノが言い出さなきゃ――古城の秘宝ってなんだかわくわくするねぇ、なんてさ)
タシガンの吸血鬼としては、古城なんて見慣れていて、どうってことない。退屈が口癖なくらいだ、そんな見慣れたところを「冒険」したって、別にドキドキしたりはしない。
「はいはい、シノが楽しそうでボクも楽しいよ……チェシャ猫達は元気ないけどね」
梓乃のサラサラ頭を手慰みにぽんぽんする。
あまりに退屈だ。いつもなら四匹のチェシャ猫も彼の側で気まぐれに現れたり消えたりしながらシシシと笑っているものだが、今は日当りのいい花畑の上で、やる気なく丸まって団子状態になっている。
ティモシーは目を細め、あくびで浮かんだ涙を、流麗な仕草の指先で弾いた。
「ねぇティモシー、折角ここまで来たんだから、謎を解いてみるために僕らも『聞き込み』しようよ」
下らない……と止める間もなく、梓乃は守護天使に話しかけていた。
守護天使は話しかけられたことにいい気がしたのか、あれこれと得意げに話す。梓乃がちょっぴり胡散臭さのようなものを感じ始めた頃、暇つぶしにティモシーが背中から声をかける。
「どうせ、女の子に格好良いトコでも見せようと思ったんでしょ?」
チェシャ猫のようなニヤニヤ笑い。
「ティモシー! ……ごめんなさい、お話し聞かせてくれてありがとうございますっ」
梓乃は慌てて手を掴んで脱兎のごとく駆け出すと、角を曲がって居館の陰に隠れた。
「はぁ、もう……なんであんな事言うかなぁ」
「だって、本当の事じゃない?」
「本当の事だとしても初対面でいきなりあんなこと言うもんじゃないよ」
優等生らしく注意してから、彼はメモにまとめた情報を、一応ティモシーにも分るように話して聞かせた。
「なんかこんなテレビ番組、小さい頃あったような……?」
推理ドラマだったか、探偵ものだったか、秘境探検だったか……。
秘宝がいいもの、という保証はないけれど……。たとえば、それを動かすと、古城か島が崩壊するものだったりしたら、持ち帰れなかったという記述になるわけだ。それでも例の探検家が見たというのものを、自分も見てみたい。
眼鏡をくいと押し上げて、彼は逸る気持ちを抑えて、メモを届けに塔へ向かった。
「お城なの。探検するの! だってそこにお城があるんだもん!」
見慣れてなかろうが力が出ようが出まいが、目の前にお城がある。お城だから探検する! だってお城なんだから。
及川 翠(おいかわ・みどり)のいつもの謎理論はいっそ哲学的だった。
そして翠の言葉に、一人を除くパートナーたちが同意するのもいつものことだった。
サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)は目をキラキラさせて、
「お城さんだ……お城さんがある……お城さんってことは、きっと探検したら色々と出てくるんだよね?」
「そうなの、だってお城なの!」
「翠ちゃんも瑠璃ちゃんも、早く行こうっ!」
促され、割と常識的な徳永 瑠璃(とくなが・るり)さえも危険がないと分かっているからか、
「一体どんなお城さんなんでしょうか? 何が隠されてるんでしょう? 翠さん、とにかく行きましょう!」
「え、お城だから探検するって……どこかの登山家さんじゃないんだから……ってもうお城に突撃してるし……」
目の前で急スピードで話が展開し、こういう時のストッパーであるミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)は常識人であるが故に予測を上回られ、
「翠、とにかく待ちなさ〜いっ!」
好奇心の塊になって走っていく三人の背中を慌てて追いかける――いくらなんでも決断が早すぎだ。
「あれれ、調子が悪いみたいなの?」
ミリアは息を切らしながらやっと追いついた……と思ったら目の前で立ち止まられて、今度は早速ぶつかりそうになってしまう。何を入口で固まってるのかと思ったら、皆で翠のHCを覗き込んでいた。
「精密機械なんかの調子が悪くなる、って説明されたじゃないの」
ミリアは言いながら手を伸ばし――、
「めげないの。ペンでも地図完成させるの! ……あ、あれ?」
「……走らないの! みんな掃除中よ!」
飛び出そうとした翠は、くいと後ろに引っ張られて、盛大に仰け反った。更にミリアはもう片方の手で、サリアの首根っこを捕まえている。
「いい、大人しく……は、無理でも、突撃しないこと! 力がでないんだから、普段とは違うのよ!」
言っても効果がないのを分かっていても言わずにはおれない。
「分かってるの! ……えっと、じゃあ、大人しく全部見て回るの!」
と言いつつ、手を振り払って駆け出そうとする翠を慌てて再び捕まえて、ミリアは溜息をついた。
(冗談抜きで、リードでも付けてしまおうかしら……)
たとえ大人しく――それが単に全力疾走しない、という意味だったとしても――三人がバラバラに何か弄り始めて、バラバラの場所に魔法で出されようものなら、もう止めようがない。
「あっ、もう、瑠璃まで! ちょっと待ちなさい!」
いつも以上に保護者のミリアは、全力を尽くした……尽そうとした、そのはずだった、が……。
「この絵って、このお城なの?」
「ミリアお姉ちゃん、引き出しの中にきれいな石が入ってたよ!」
「……何でしょうね、あら、これは……?」
カーテンに隠れるし、絵を外すし、戸棚は片っ端から開けようとするし、扉と見たら突撃するし……。
「助けてなのー!」
沼の絵から沢山のカエルが飛び出してきて、逃げ回る翠。それを捕まえようして、カエルを追い払うミリア。ミリアにぴたっとくっついてくるサリア。
「ねぇ、これもらってもいいのかな? 駄目かな? どうかな? どう思うお姉ちゃん? 聞いてる? どっち?」
「あら、……外れてしまいました。これって直るでしょうか?」
押さえておくのと、しっちゃかめっちゃかにするものを片づけるのとで、大変なのに……。
「もう、大人しくしなさーい!」
耐え切れず大声を上げたミリアは、けれど、
「ひぃきぃぃぃぃぇぇえぇぇっぇぇぇぇ!!!!」
その開いたままの扉の向こう、廊下を怪鳥のような叫び声をあげて、両手を変な形に万歳して疾走する自分と同年代の(つまり三人より年齢的に年上の)女性と、それを全力で追いかける女性の姿を見て……しばし、呆然とするのだった。
怪鳥……もとい、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が怪鳥と化したのには、理由があった。
「……わぁ、素敵ね」
さゆみはまず居館に足を踏み入れ、周囲を見まわした。
石の塊のはずなのに、何故こうも城というのは、想像力をかき立てるのだろうか。
(秘宝が眠っているかどうかはともかく、無人島にそびえたつ古城なんてロマンティックよね)
少し埃っぽいが、中の状態はいい。魔女の趣味なのか、調度品もシンプルで地味で実用的だった。何かの肖像画やタペストリーがかけられているくらいで、一階は生活用品が中心だ。こういう場所によくあって訪問者を脅かす「長槍を持った全身鎧」や「壁に掛けられている剣や斧」はなかった。
「あれは誰かしら?」
遠くに見えた、壁にかけられた肖像画までさゆみは近寄り、
「あれは何かしら?」
さらに目に留まったものに興味を惹かれて近寄り、それを繰り返しているうちに、横から恋人アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)の申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
「さゆみ……大変聞きにくいのですが、あなたの方向音痴は治りましたの?」
ぎぎぎ、とさゆみは首を油の切れたブリキの人形のような音を立てて、振り返る。
アデリーヌはぎょっとしたように、さゆみの顔を見た。顔面が蒼白になっている。不安はあったけれど、ノリノリだったから水を差してはいけないと、つい口を挟めずにいた。でも、もう少し早く言っておくべきだったろうか……?
「……だ、大丈夫、だいじょうぶ……、だいじょぶだってば」
さゆみは背中に冷や汗をかきながら、心臓の鼓動が一瞬止まったような感覚にとらわれながら自分に言い聞かせ、パニックに陥りそうになるのを辛うじて堪える。そうして、言葉を絞り出した。
「そういえば……私……絶望的方向音痴だったんだ……」
目の端に涙をためた恋人に、アデリーヌはあぁやっぱり、と溜息をついた。
「ねぇさゆみ、そこに椅子がありますから、少し休みましょう」
「あはははははははは!!!」
「大丈夫ですわ。落ち着いて思い出せば――」
ぴとっとくっついてくる恋人の背中をさすってなだめるが、さゆみはもう全くアデリーヌの声など聞こえていないようだった。
アデリーヌは、腕にぎゅっとしがみかれて正直重くて動きづらかったが、目を見開いてぶつぶつ出たい出たいと言っているさゆみを引き剥がすわけにもいかず、よろよろと共に廊下に出た。
ここまで何処をどう歩いたかは覚えていないが、階段は登ってないから一階のはず。小さいお城だし掃除だのなんだので一階には結構人が出入りしているから、すぐに元の場所に戻れるはずだ。
「ねぇさゆみ、ここは美術品の保管部屋のようですわ……あら、これって……」
「ぎゃー!! 怪物!!」
しかし、さゆみの脳内はいつの間にかホラー映画と化していて、目には現実が映っていなかった。そうして、さっきの「ひぃきぃぃぃぃぇぇえぇぇっぇぇぇぇ!!!!」という叫び声をあげて走るに至り……、部屋を飛び出して廊下を全力疾走していく。慌ててアデリーヌは追いかけながら、叫んだ。
「さゆみ、待って! これはただの石像ですわ! ……さゆみ! さゆみ!?」
哀れさゆみは“トラップ”にひっかかったらしい。
目の前に広がる青い空と花畑の映る窓――に見えるが、ただの良くできた絵画――に両手を広げたまま突っ込んだ。酷い音がした。ゆっくりとそのままのポーズでさゆみは仰け反ると、ばたりと石の床に倒れる。
アデリーヌはこうして、気絶している恋人を救護室まで運び込む羽目になるのだった。
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