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リアクション
第3章 基地づくり
そうこうするうちにも、古城の中には船からの物資が続々と運び込まれていった。が……、
「あー、ダメダメ、そんなとこに置くな!」
船医が慌てて、獣人の少女のところに飛んでいく。彼女はむっとした顔で彼をにらみつけると、
「準備が終わってないのが悪い」
「……あのな、仕方ないだろ。人手が足りてない……」
そこに地下から上がって来たフェルナン・シャントルイユ(ふぇるなん・しゃんとるいゆ)が若干辛気臭い顔で、
「貯蔵庫にも牢屋にも、何も残っていませんでした。古い布などはありましたが、使い物になりませんね。
それよりもカビくさくて……申し訳ないのですが、水はもう使えますか?」
「ん、だからお前ら勝手なこと言うなよ。野郎は池で水でも浴びとけよ、海でもいいぞ」
「職務放棄じゃないの?」
「だから、人手が足りてないんだって……」
と彼が言いかけた時、彼らのいる一階の使用人区画に声が響いて来たかと思うと、生徒たちががやがやと入って来た。
「船医のおにいちゃんのお手伝いに来ました!」
「私たちは掃除しに……」
「ご飯も作りますよ!」
「あぁ悪いな、助かるよ」
いつの間にか、階下にいた主計長が船医に医薬品の瓶を渡しながら言った。
「お手伝いに感謝します。今夜には間に合いそうですよ」
手伝いに来た生徒たちは、持ち場の希望を申し出て、それぞれ散らばっていった。
一階、キッチン周辺。
「はー私がこんな荷物を重く感じるとはねえ……突然力がなくなるなんて、力と技を鍛え戦ってきた私の今までの人生はなんだったのか……」
「鎖も荷物も重く感じますね。朧さんも何だかいつもより存在感が薄い気がします。私達のように力を失っているのでしょうね……」
緋柱 透乃(ひばしら・とうの)と緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)、それに虚無霊の二人と一人は、キッチンと隣の食料貯蔵庫を見て回っていた。なお、鎖とは陽子の持参してきた武器のことである。
探検の基地づくりの手伝いというより、探検が目的だが、備品などを探すのも大事な仕事だろう。
「今でこそ殺し合いが生き甲斐になってるけど、もともと私がパラミタに来たのは食べ物に興味があったからだし、その原点に戻るのもありかな」
透乃たちは、まずはキッチンを見渡した。
石を積み上げて作った薄暗いキッチンには、石のかまどと使い込まれたオーブンの他に、作業台、食器棚などが並ぶ。作りなどからいって、フル回転してもせいぜい2、30人を賄うのが限界といったところか。
「とりあえず護身用にナイフやフォーク等の食器を探しましょう」
透乃は物騒なことを言った。無論、本人にはそんなつもりはないのだろうが……但し真意を知ったらもっと物騒だと思うだろう。
(何より力が無いのに闘志が残ってるから武器になるものをもっておかないと、いつものように素手で殴りに行きそうで危ないし)
食器棚の引き出しには、木製や錆びかけた鉄のスプーンやフォークが入っていた。他に戸棚に、大小も形もそれぞれの皿が入っている。その他、後日誰かが(たとえば探検家などが)残していったのか、時代の下がった食器類も少しあった。綺麗なものは、洗えば使えるだろう。
使用人用のものらしく、恐らく高価な食器は(持ち去られていなかったとするなら)別の場所に保管されているのだろう。
そのほか、調理道具としてナイフ、フライパン、大小の鍋、焼き串、オーブンの天板、焼き型、火かき棒などなど。シンプルな料理が多かったのだろうか。
「ワインセラーとかはないんだね」
キッチンも食料貯蔵庫もそれほど大きくないし、お城で王様が開く豪勢な宴会はなかったのだろう。
食料貯蔵庫にも入ってみたが、案の定食料は残っていなかった。いや、残っていたとしても食べる気にはならないものしかという意味だ。「5000年もののワイン」とか「古王国の生キャラメル」なんかはあったが、食べるには相当覚悟が必要だ。
均一な埃の積もり方からいっても、ここが殆ど空になっているのは……この城を出る時に誰かが掃除していったのだろう。
陽子の方は、キャンドルの火をかざしながら、棚の後ろや机の下、死角になりそうなところを覗き込んでいた。
「食器棚の上に何があるか見てきてくださいね」
高所は朧に頼んであちこち調べるが、置き忘れたらしい瓶やレシピのメモが見つかるくらいで、城の謎を解く手がかりのようなものはなかった。
「他の倉庫も見ましたが、食べられるものはないようですね。庭に野菜や果樹がありましたので、少しなら、そこから採ってこれるでしょう」
主計長は何やらメモを取っていた。
「水の方は、井戸を掃除してもらっています。もう少しで使えるようになりますよ」
「それを聞いて安心したわ」
そう答えたのは、祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)だった。
教壇に立つ教師のはずだが、腕まくりをして両手にデッキブラシを握っている。足元には雑巾の入った桶があった。
「やっぱり水があると掃除が捗るわ。寝るところは多少汚れていても我慢はできるけど、食事する場所くらいは清潔にしておかないと」
髪を結んで三角巾を被り、マスクをして、祥子は早速掃除に取り掛かった。
「ちょっとそこ御免なさいね」
透乃と陽子に埃がかからないよう注意しつつ、道具を退かして、天井から壁から床から、がっしがっしとデッキブラシを動かした。長年放置されていたことによる埃や、地味に張っている蜘蛛の巣などを絡め取り、外にかきだしていく。
まずはキッチン、次に使用人用のダイニング。
(衣食住というし、まずは食べる所から?)
探索が一日で済まないなら、効率よい探索……と、あと雰囲気的にもここで寝泊まりすることになる。屋内でもテントを張るみたいだけど、やっぱり衛生的にも気分的にも綺麗な方が気持ちがいい。
後顧の憂いなく気分よく生徒たちに探索してもらおう――と考えるのは、春から百合園女学院の非常勤講師となったせいだろうか。
「お待たせしました、お水使えますよー。飲んでも大丈夫ですよ」
ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が報告してくれたので、祥子は早速水道の水を流した。配管から少し濁ったものが出た後、綺麗な水が溜まり始めた。
「んー、やっぱり気持ちいいわ」
ざぶざぶざぶ、デッキブラシを洗い。さらに掃いて、掃いて、掃きまくる。
きゅっきゅっきゅ、オーブンも作業台もあちこちを拭きあげる。拭いて、拭いて、拭きまくる。
有志が食事を作ると言ってくれた、それまでには終わらせたい。ダイニングの方は館の見取り図のメモが止めてあって、着々と書き込まれている。
無心になって掃除していると、ふと前の冒険の事を思い出た――静香がヴァイシャリー湖の無人島に冒険に行こう、と言い出して始まったあの旅を。
(今度は海かー。桜井校長もまだ世間並みなら女子高生だったのにもう成人かあ)
静香の嘘と告白。静香と生徒たちと分かり合えたように思えた旅。それも、もう生徒たちと交流を深めて、笑い合える間柄になった。
(あれから五年近く経ってるのね……私もあの頃はまだ教導団だったっけ。それが色々あって、百合園の教師になってるんだもんねー。時の経つのも早いものね……)
それに、結婚して姓も変わった。
しみじみ思い返しながら、祥子は懸命に手を動かしていく……。
「水道管には問題がないようですね……魔法的なものでしょうか? ま、とにかく使えるなら仕組みがどうなっていても構わないのですが」
「おいおい、シャワーのお湯が突然冷たくなって心臓が止まりそうになった経験がないのか、お前は?」
「ありませんね」
主計長と船医がチクチク言い合いながら報告し合っていると、
「これで大丈夫ですよ!」
その井戸掃除のお手伝いをしてくれた女の子――ヴァーナーは、天使の救急箱の蓋をパチンと閉じた。
ベッドには頭に包帯を巻いたさゆみが目を閉じて横たわり、アデリーヌが心配そうに、そして情けなさそうに頭を下げていた。
船医はアデリーヌに、どこも悪くない、一時的なパニックだと保証すると、その包帯は単に無茶しないための精神的な「御札」で物理的な「緩衝材」だから本人が大丈夫そうだったら取っていい、と話した。
「怪我した人がいなくて良かったです。……えっと、次は何をすればいいですか? ベッドが足りなくないですか?」
救護室にした一部屋を掃除して、船から運んできた寝具などを全部入れてくれたのもヴァーナーだった。
「ちょっと休んでいいよ。疲れてるだろうし、力が出ない自分の体に慣れないだろ?」
「だいじょうぶですよ!」
「こっちも手分けしてくれてるからな……キッチンとダイニングも、風呂もやってくれてるし……そうだな、まだ終わるまで時間があるか……じゃあ俺と一緒に来てくれないか?」
「はいです!」
「次は大変だけど、広間の掃除をしよう。奥を折角綺麗にしてもらったんだ、行く間に埃を付けちゃお嬢さん方の努力が勿体ないからな」
広間は居館に入ってすぐの空間で、城のあちこちに通じている。
船医は二本の箒のうち一本をヴァーナーに渡すと、俺はこっちからやるから君はあっちを頼む、と掃除を開始した。
ヴァーナーは小さな体には、大きく感じる箒を一生懸命動かした。
特に絨毯はとても重いけれど、二人で外にずりずりと動かし、絨毯そのものをパンパン叩いて埃を払う。
……契約者としての力が発揮できないのは、この城の力のためだろうけれど。どんな力が、必要なのか。必要じゃないのか。あるのか、ないのか。
ヴァーナーはもうロイヤルガードを辞めるなどして、百合園でもシャンバラでも特別の地位のない一般人に戻っていた。
「いつも手伝ってくれてありがとうな」
船医はヴァーナーに、照れくさそうにお礼を言った。
「本当に平気か? 他はともかく、こういう城のトイレっていうのは……お嬢さんにやらせるような場所じゃないと思うんだが……」
船医が訊ねた時、彼女はこう答えた。
「はい! 寝室にトイレにお風呂、大事な事ですもんねっ。探索で疲れた皆さんが寛げる場所にしたいものです!」
元気いっぱいに答える遠野 歌菜(とおの・かな)を複雑な表情で一瞥すると、月崎 羽純(つきざき・はすみ)は決意を含んだ真面目な表情で、船医に応じる。
「ああ、俺が一緒にやるから、平気だ。というより……歌菜に一人で掃除させるのは危険だ」
「そ、そうか。……じゃあ、頼むな。トイレは……一応言っておくが、こういう仕組みになっていて、備品をこんな風にして貰いたいんだが――」
「了解です! 掃除はちょっぴり苦手な私ですが、頑張りますよー!」
……ちょっぴり苦手とは控えめすぎる表現だ、と羽純は思った。
二人は、井戸水が使えるまでの間もあり、先に使用人の寝室から手を付けた。
小さな城ということもあり、ここの使用人部屋は四つだけだ。一番状態の良かった一部屋は掃除済みで救護室として使われており、あと三部屋が残っていた。
歌菜は扉を開け放って空気を入れ替えて、箒を手にあちこち掃き始めた、のだが……。
「本人に悪気がなくても何故か余計に散らかるんだよな……」
「気を付けるもん! って、わぁ……! ご、ごめんなさい……!」
早速、がちゃん、という大きな音がして、放置されていた水差しや皿が机の上に散らばった。
寝具もない、フレームだけのベッドと、棚と、机椅子くらいしかないのに、どうしてぶつかってこれだけ散らかすことができるのか羽純には不思議だった。
「……こっちはやるから、お風呂とトイレお願いできる?」
扉の向こうから、掃除の手伝いに来た女性が顔を出して、二人に呼びかける。
「何で私が手を付けると散らかるのでしょうか……! わざとじゃないんですよ……」
しょんぼりと肩をすぼめる歌菜に羽純はここぞとばかりにぴしっと、
「ほらみろ。一か所に詰め込み過ぎなんだ。掃除にも手順とコツがある。歌菜は俺の指示に従え、いいな?」
「う、うう、大人しく羽純くんの指示に従いますー」
「まぁ、風呂やトイレなら散らかるモノはないだろうな……」
二人は部屋を出て、風呂とトイレに向かった。
……と言ってもお風呂は他の部屋と同じような四角い部屋で、違いといえばタイルが貼ってあるくらいだった。大きな金属製のバスタブのようなものが端に据え付けてあり、側の壁に水道の蛇口と、下部に排水溝がある。
トイレの方は、いわゆる椅子型便器が並んだもので……一応水洗になっているようだが、長年使用されていないのが幸いと思える代物だった。ついでに、男女別でも個室でもない。
船医が言ったのは、トイレットペーパーの他に、一応間を布で区切って欲しい、というようなことだった。
「まずは埃を吐き出すぞ。それから……」
羽純は掃除が苦手な歌菜に、具体的に指示していった。それから一緒に、軍隊用のスツールタイプの折り畳み簡易トイレを運んでくる。
「う、重い……普段なら、これくらい軽く持ち上げられるのに……」
「なら、俺に任せろ。力が出ないんだから、無理はするなよ。そっちの布を運んでくれ」
「羽純くんは……男の人なので、頼りになります! 力持ちだなぁ……えへへ」
褒められて悪い気はしないが、羽純は歌菜の頑張りぶりをちょっと不思議に思った。
「何でそんなに張り切っているのか……」
「古城って、ロマンチックでしょう♪ 掃除してピカピカになったら、ちょっとしたお姫様気分が味わえそうじゃないです? そう考えるとやる気が漲って来ます!」
実用的な面から掃除を引き受けた羽純は、歌菜は女の子なんだな、と思う。
「終わったら食事を作るんだろう? そっちは心配してないが、早くしないと間に合わないぞ」
「うん! 冒険には美味しいご飯は必須ですもん♪ それで夜には、素敵な夜空が見れそうです!」
「油断するなよ」
心配そうな視線で歌菜を見守る羽純だった。
歌菜と羽純の二人に代わって寝室の掃除を引き受けた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、張り切っていた。
(外に出る魔法かぁ……一階にも関係あるかもしれないな。掃除したら手がかりが見付かるかも)
秘宝を探して古城の謎を解き明かすのは楽しそうだ。
ま、それはそれとして……、
「詩穂の広大なお屋敷を掃除する技術で、ピカピカにしてみますっ! 『一流奉仕人認定証』の名にかけて」
メイドの一流奉仕人認定証も持つ詩穂は、早速道具を用意して、テキパキと掃除を始めた。
(ホコリを被った何かが眠っているかもしれないし、何もなくても寝る場所も必要だからねっ)
埃や汚れを綺麗に取り払いつつ、歌菜の散らかしたものをきちんと揃えて収めていく。
「そうですねぇ、寝室ならば一番気になるところはベッドの下とか。……ううん、それはありきたり」
木のフレームでできたベッドの下をかがんで覗く。埃が積もっている上に、暗くてよく見えない。
「折角だから全部退かしちゃおう」
家具を動かし、間に挟まっている埃、蜘蛛の巣、カビなどを箒や各種ブラシで払う。絨毯に詰まった埃をかきだし、絨毯の下を覗き込み、模様を確かめる。
特別な仕掛けはなかったけれど、ところどころから忘れ去られたような買い物や仕事のメモがでてきたのが、古代の人々の生活を思い起こさせて面白かった。
(今分らなくても、他の人と話し合えば何か判明するかも……)
寝室三部屋をあっという間に綺麗にしてしまうと、こちらも綺麗になったキッチンでお湯を沸かし、メイド向け高級ティーセットでお茶を使用人用ダイニングに置いて、
「ミーティングしましょう」
と、声をかけた。
徐々に埋まっていく見取り図を見ながら、契約者たちは作業の報告をし合う
結果、一階や城壁、屋上付近を除く外には特別な仕掛けがないことが分かった。誰かがうっかり押してしまうようなことを避けるためだろうか?
「後は探検してる方の結果待ちですね」
綺麗になったリビングで皆でお茶を飲んでいると、生活感がでてきて。
まるで古代にタイムスリップしたような気分になってきた詩穂だった。
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