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「見た目はただの便箋だね、アディ」
「そうですわね。何年後に宛てて書きます?」
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)はそれぞれ便箋とにらめっこしていた。
「……10年後にしようかな。アディは?」
 さゆみは少しだけ考えてから何年後にするか決めた後、アデリーヌに訊ねた。
「わたくしもさゆみと同じにしますわ」
アデリーヌは迷う事なくさゆみと同じにした。想像でもさゆみと一緒にいたいためだ。
「まずは便箋の特別な力を確かめてから」
 さゆみは躊躇う事無く未来を想像しながら便箋の優しい匂いを嗅ぎ想像を一層鮮やかにしていった。
「そうですわね(今回は効果も保証されていて妖怪の山とは違うからありませんから安心ですわ)」
 アデリーヌはさゆみの様子をちらりと見、胸中で安堵してから未来を想像しながら便箋に染み込んだ匂いを楽しんだ。何せとある調薬団体が関わる騒ぎに巻き込まれさゆみを失いかけたため。
 とにもかくにも二人は同じ10年後の想像の中へ。

■■■

 10年後、夜のひととき。

「……何度見ても素敵ですわ。この映画が賞を取ったのは主演のさゆみの演技があってこそですわ」
 アデリーヌは有名な賞を取ったさゆみ主演映画を再生して楽しんでいた。吸血鬼のためアデリーヌの姿は10年前と同じ。
「褒めてくれるのは嬉しいけど、見る度に言われると照れるから。明日、朝早くから撮影に昼からは音楽で早く寝ないといけないのに眠れないからやめて。というかアディも忙しいと思うけど」
 さゆみは10年経って31歳の大人の美人に変わっていた。そんなさゆみは、自分主演の映画を見る度に恋人は指摘もするが褒める事の方が多く聞く身としては嬉しくも恥ずかしいものだったり。この頃には、さゆみ達はアイドルからアーティストや女優としての顔を見せるようになっていた。
「そうですけど、少しだけなら明日には響きませんわ」
 アデリーヌはそう言って映画鑑賞を続ける。
「そうね」
 さゆみはそれだけ言い、映画鑑賞に参加した。眠らずにアデリーヌと過ごす事を取ったのは少しでも一緒に過ごしたかったからだ。何せ主演映画が賞を取った事でますます多忙になっていたから。

 映画鑑賞中。
「…………(やっぱり、吸血鬼だから10年経っても昔と変わらないなぁ。それに比べて私はすっかり10年分年を取って……)」
 さゆみは映画を見るアデリーヌの昔と変わらぬ美しい姿を見つめ、自分と彼女が異なる時間を持って生まれた存在である事を改めて思い知っていた。
「…………(でもアディを愛している気持ちは昔以上。きっと種族が違っていたからこそ逆にこんなにも好きになれたのね)」
 さゆみは微笑を浮かべつつ今と昔を思い出していた。時間を重ねれば重ねるほど恋人への思いが強くなっている事を感じる。
「…………(多忙で休みもまともに取れなくて仕事の合間の少ししかアディと過ごす事が出来なくとも……最愛の人との大切な時間……生きている限り、全ての時間をアディとの思い出を紡ぐ大切な時間。日々、いや一秒一秒を大切にしなきゃ)」
 さゆみは決意をするのだ。どんなに忙しくても二人で過ごせる時間が取れればそれら全てをアデリーヌと過ごすために使うのだと。
 さゆみは気付いていないが、アデリーヌもまた映画を見ながら同じような事を思っていた。
「……ここの台詞、素敵ですわね(もう10年ですわね。わたくしにとってはほとんど一瞬に等しい時間だけれど、さゆみにとっては途方もなく長い時間)」
 アデリーヌは昔と姿が変わったさゆみの姿を見ながら種族の違いを改めて思い知っていた。
「…………(さゆみは寿命に限りがある人間。後どれだけ生きられるかで一緒に過ごせる時間が変わってしまいますわね。もしかしたら今日明日かも知れない。もしそうだとしても全て、さゆみの側に)」
 アデリーヌはさゆみへの思いを胸中でつぶやく。人生は種族に関係無く様々な想定外が起こるもの。
「さゆみ」
 アデリーヌはさゆみの方に振り向いた。
「……どうかした、アディ? 次はアディが出演した映画でも見る? それとも二人で……」
 あれこれ物思いに耽っていたさゆみは声をかけられ、慌てて我に返りいつもの調子で答えた。
「愛していますわ、さゆみ。この先もずっと一緒に」
 さゆみの問いには答えず、アデリーヌはこれまでに幾度も口にした想いを言葉にした。ずっと一緒に、の先に続くさゆみが生きている間という言葉は口にしない。言わなくとも相手は分かっているから。
「えぇ、もちろんよ、アディ。私も愛しているわ」
 さゆみは笑みを浮かべて答えた。自分がアデリーヌの側にいて愛する事に限りがあるとしても。
 二人はどちらともなく唇を重ねた。 

■■■

 想像から帰還後。
「アディ、十年後もその先もずっと一緒にいてね。私がどれくらい生きられるかは分からないけど……」
 さゆみは想像の影響か改めてアデリーヌに思いを伝えた。
「もちろんですわ。さゆみが生きている間のわたくしの時間は全てさゆみと過ごすためのものですもの」
 アデリーヌの返事は当然決まっていた。アデリーヌにとっての一番の幸せはさゆみと共に生きる事だから。
「ありがとう、アディ」
「お礼を言うのはわたくしもですわ」
 互いに礼を言い合った後、ペンを手に手紙を書き始めた。

「……(10年後がどんな風であれ、今と変わらぬ関係がずっと続いて行くように)」
 さゆみはずっとアデリーヌを愛し愛される関係が続く事を願い丁寧にとりとめなく書き進めた。
「……(こうして同じ時を過ごし同じ思いを抱いて同じように生きる。10年後の今頃もその幸福をずっとずっと紡いでいきたいですわ。生きる長さが違い儚くて一瞬のものだとしても、わたくしはさゆみを愛し、愛されていたい)」
 アデリーヌもまたさゆみと同じ気持ちで便箋に手を進めた。